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とある王様は、とある秘書と兵団長に挟まれる

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 ほんのひと口と一杯ではあったが、口にしたことで安心したんだろう。それ以上勧めてくることはなかった。

 が、今度は強制的に、カーテンで仕切られた仮眠用のベッドで、寝かしつけられそうにはなっているのだが。

「わぁーれーらが、とうとぉーきーいっちばーん星よー……漆黒のつぅーばーさぁー」

 耳障りのいいテノールが、静かに滑らかに歌い続ける。

「紅のひぃとぉみーがーみぃちーびく、まばゆーい未来あすへー……いーざー続かんー勇っ敢なるぅーーじーごぉーくの信徒よぉー」

 リズムに合わせてぽん、ぽん、と布団越しに私のお腹辺りを、優しく叩きながら。

「……私への王室歌を子守唄代わりにするのは止めてくれぬか?」

 このまま放っておけば、二番、三番と歌い続けるに違いない。流石に自分を褒め称えてくれる歌で、眠りにつく趣味はない。というかむしろ逆効果だ。嬉し恥ずかし過ぎて目が覚める。

 黒いスーツの袖を引っ張り訴えれば、傍らで跪いていたタレ目の瞳がきょとんと瞬いた。

「おや……以前は、これを聞かねば寝れぬ! と大層ごねていらっしゃったのでは?」

「いや、以前って私が幼い頃であるし。そもそも歌ってもらっていたのは、父上の曲であるからな?」

 確かに、ものすっごく若かりし頃、バアルに強請って歌ってもらっていたのは事実だ。どんな伝言ミスで私の王室歌へと変わったのかは謎だが。

 ……全く引き継ぐならば、完璧に引き継いで欲しいものだ。いや、引き継がんでよいわ、こんな情報。

「心得ました。では、あーあー……わぁーれーらを見守ぉーりーしー、いっだぁーいなるたいよぉーうー」

「だーかーら幼い時であるっと言っておろうが!」

「昔眠れていたならば、今も眠れますよ。ほら、さっさと横になって下さい」

 思わず勢いよく起こしていた上体を「おら、おら」と肩を掴まれ、ふかふかのベッドへと押し倒される。またしても、闇堕ちレタリーが顔を出しかけていたその時、不意に力強いノック音が訪れた。

「おおっ、構わぬ、入るがよい」

「失礼致します」

 ベッドから飛び起き、前のめりで乗った助け舟。出してくれたのはレダであった。

「……用件は、何だ?」

 弾んでいた自分の声が、落ち着いていくのが分かった。

 ……何があったというのであろう。レダの表情は驚くほど穏やかだ。今朝の暗く沈んだ様など欠片もない。温かさに満ちている。

「失礼を承知でお願い申し上げます」

 角度のついたお辞儀に合わせて、彼の軍服の胸元を飾っている勲章がチリンと揺れる。少し長めに下げてから弾かれたように顔を上げた。

「ご同行願います。今すぐに、何も聞かずに。レタリー殿もご一緒にお越し下さい」

 刈り上げた短髪と同じ薄茶の耳がピンっと立ち、藍色の瞳が懇願するように私を見つめてくる。

 真っ直ぐな、何事も包み隠さずに話す彼にしては珍しい。よっぽど切羽詰まっておるのだろうか?

「構わぬが……せめて、何処で何をするのかだけでも……ふぉわっ!?」

 唐突に感じた浮遊感。ぶわりと動いた視界が止まったかと思えば、目の前に居た筈のレダが見えなくなっていた。

 視界に映るのは、ついさっきも見た黒いスーツに映える黄緑の尾羽。やはりというかなんというか、またしても担がれてしまっていた。

「では、参りましょう! レダ殿!」

「ご協力感謝致します。レタリー殿」

「いやいや、事を勝手に進めるな! 私をそっちのけで!」

 意気揚々とした掛け声に、なんの疑問も抱かぬどころか感謝が返ってくるとは。え、私の意思は? これ、マジで物扱いでは?

「行くから! 黙ってついて行くから、せめて自分の足で歩かせてはくれぬか?」

 流石に、このまま城内を連れ回されるのは勘弁願いたい。だって、私、一応王だし。

「仕方ないですねぇ……」

 必死に頼み込むと下ろしてもらえた。私が悪いのか? 有能な秘書殿の声にも表情にも、やれやれ感が滲み出ているのだが。

 とはいえ、これで最低限、王としての威厳は保てそうであるな。そう、安堵していた私の考えは甘かったらしい。

「では、レダ殿は右側をお願い致します」

「承知」

 スマートボディとガッチリボディに両側を素早く挟まれたかと思えば、左右のお手手をしっかり繋がれていた。なんなの貴殿ら? 息合い過ぎでは?

「そんなに信用がないんであろうか……私は」

「バアル様から、ヨミ様の武勇伝という名の大脱走劇は、耳にタコが住み着くほど聞かされておりますので」

「バアル様とアオイ様ご夫婦の城下町デートの際も、最初は投影石片手について参ろうとしておりましたよね?」

 たった一言漏らした呟きが、倍になって返ってきた。なんなら現在進行形で返り続けておる。

 やれ、執務室の窓から飛び降り、修練場までバアルを追いかけて行っただの。兵士らの目を盗んで父上と一緒にこっそり城下へ出掛け、スイーツを食べ歩いただのと。ぐうの音も出ない過去の脱走劇が続々と。

「……誠に優秀であるな、そなたらは」

「お褒めに預かり光栄です」

 どうにか絞り出した皮肉もなんのその。綺麗なハモリで返されてしまった。
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