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とある王様は、とある秘書に弱い?

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 やはり堕ちてしまっていた……私があんまりにも彼の忠告を聞かずにおると出てくる、闇堕ちレタリー。とはいえ豹変するのは口調と態度だけで、端々から根の優し過ぎる本来の彼が垣間見えるのだがな。

「ちょっとずつだぞ? 一気にいっちまうと、喉と胃がびっくりすっからなぁ」

 無理矢理ストローを咥えさせられ、促すように肩を優しくぽん、ぽんっと叩かれる。いや私、赤子ではないのだが?

 じっと見つめてくる黄緑色の視線が、雨に濡れた子犬さんのような眼差しが、私の心をちくちく刺してくる。

 仕方がない……ちょっとだけ……

 軽く吸って水を含めば、険しい表情がぱぁっと明るくなった。無意識であろうが……本当に、そういうとこだぞ、そなた。

「良く飲めたじゃねぇか。偉いぞ」

 肩の拘束を解いた手が、私の頭をわしゃわしゃ撫で回す。大層満足気に微笑むその表情は、陽だまりのようだった。もはや、闇な部分は言葉遣いくらいにしか残されていない。

 ……結局、グラス一杯、しっかり飲まされてしまったな。仕方がないであろう。飲まなければ、しょんぼりと瞳を濡らし、飲んだら飲んだで嬉しそうに目を輝かせるのだから。

「おら、食え」

 こちらの気も知らず、今度はハムとレタスのサンドイッチを摘み、私の口元へと運んでくる。

「……口開けろよ、な?」

 黙秘を決め込んでいれば、またしても寂しそうに瞳が細められる。さっきまで、千切れんばかりに揺れていた黄緑色の尾羽もしょんぼり下がっていく。やはり狙ってやってないか? そなた。

 抵抗すれば抵抗するだけ、隣で待つ黄緑色の眼差しが潤んでいく。細身だが、スタイルのいい男前の後ろにだんだんと、子犬さんの幻が見えてくる。

 ……可愛らしいもの、愛らしいものに滅法弱い私だ。幻とはいえ子犬さん。勝てる訳がなかった。

「よしよし、よく頑張ったな。いい子だ」

 渋々口を開ければ、ポイっと放り込まれてしまった。最初っからそのつもりで、ひと口サイズにしていたな。策士め。

「ふぉい……いちふぉう、わたひ」

 相変わらず、たったこれだけのことで、わしゃわしゃと大げさに褒めてくれる秘書殿に、一言物申そうとして防がれた。

 人差し指で口をちょんとつつかれたかと思えば、自分の口元でシーっと指を立てる。私、幼子ではないのだが?

「聞いてやっから、ちゃんとごっくんしてからにしろ」

 しっかりモグモグしろよ? と釘を刺してから、グラスに水を注ぎ始める。再びストロー付きの蓋をして、準備万端と言わんばかりに、グラスを差し出した格好でじっと見つめてきた。

 いやはや、この程度で喉を詰まらせるような失態は冒さんぞ? やはり、幼子だと思っておるだろう、そなた。

 一切瞬きをすることなく見守っている真剣な眼差し。むぐむぐと少し膨らんでいた頬が戻り、喉が上下するところまで見届けてから、ようやくゆるりと細められた。

「…………いや、だから私、そなたの上司ぞ? 王ぞ?」

 喜びに満ちあふれていた瞳がはたと見開き、呆れたように細められる。

「あ? んなの当たり前だろうが。アンタは俺にとって最高の上司であり、王だよ。それがどうした?」

 バアルとはまた違う、けれども真っ直ぐ過ぎる言葉に、全身の熱が一気に顔へと集中していく。

「…………本当に、そういうところだぞ、そなた……」

 そう言い返したところでブレることはない。

「? よく分からんが……アンタはこの国の星なんだ。もっと自信持ってふんぞり返っていいんだぞ?」

 グラスをテーブルへと戻し、私の背中をゆったり撫でる。よっぽど自信をなくしたと思われたのだろう。優しい声色でつらつらと励ましてくれる。

 やれ、私が優し過ぎるとか、父上に似て面倒見がよいだとか。それだけでも十分、世辞だとしても抜群に嬉しいのだが。威厳とカリスマがあふれているだの、神が作られた最高傑作だの、とベタ褒めしてくるもんだから大変だ。

 なにゆえ、斯様に至極真面目な顔をしたまま堂々と言えるのか。こちらは、角の先端まで熱を持ち始めているというのに。

 ……そういえば、レタリーの教育係はバアルだったな。

 ふと思い至り、ならば仕方がないかと納得してしまった。
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