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バアルさんと一緒にゴロゴロ、inこたつ

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 まさに極楽だ。

 ふかふかのこたつ布団は足の先から肩まですっぽり包み込んでくれ、程よい温かさが今日一日の疲れをじんわり癒やしてくれている。

 枕代わりにしている猫クッションのふわもこ加減も相まって、ぬくぬくな全身はすっかりリラックス状態。

 ふと仰向けになれば、青い水晶が煌めくシャンデリア。またうつ伏せに戻れば、幾何学模様と花柄が組み合わさった模様が芸術的な絨毯。

 大きく広いテーブルや上質な生地が使われたソファーには、当たり前のように華やかな銀の装飾が足や背もたれ等に施されている。勿論、ベットはキングサイズ……いや、それよりも大きいかもしれない。

 そんな、いかにもファンタジーな貴族の方々が生活なさるような一室に、和の象徴ともいえるこたつがど真ん中でフル稼働していることは、やっぱり違和感しかない。

 が、この快適さの前では些細なことだ。現に住まわせてもらっている俺は気にしていないし。そもそも再び出してくれたのは、同居人であり俺の大事な人である彼、バアルさんだからな。

 胸がときめく柔らかい微笑みを思い浮かべたからだろうか。聞き慣れた穏やかな低音が、うとうとしかけていた俺の鼓膜を揺らす。

「アオイ様、お風呂の準備が整いました」

 声の方へと顔を上げたものの、すらりと伸びた黒いシルエットしか見えない。

 下がりまくっている重たい瞼によって、視界が制限されているせいだ。あとぼやけてるし。

 軽やかな動きからして、多分いつもの指先までキレイな所作で丁寧なお辞儀をしているんだろう。ピタリと止まった彼が流れるような動作で跪いたことで、ようやく鼻筋の通ったお顔とご対面出来た。

「んぅ……ありがとう、ございまふ……」

 何とか返事だけ返せたものの、すでに口の方にまで眠気が回っていたらしい。柔らかい笑みの形をしていた唇から、くすりと小さな吐息が漏れる。

「ふふ、どういたしまして」

 ますます深くなった笑顔が素敵だ。ゆるりと細められた、宝石のように煌めく緑の瞳に見惚れてしまう。

 勿論、キッチリ後ろに撫で付けたオールバックも、清潔感漂う白い髭も渋くてカッコいい。スーツの上からでも分かる、鍛え上げられた男らしい肉体は憧れでしかない。

 なのに、かわいさも兼ね揃えてるんだからズルい。額から生えている触覚は上機嫌に揺れ、背中にある半透明の羽はひっきりなしにぱたぱたとはためいている。

「では、参りましょうか」

 頭の中がバアルさんでオーバーフローしかけていた俺に、白手袋を纏った手が差し出される。

 当然俺は、喜び勇んで手を乗せた。もし今も、あのウサギさんフードマントを身に着けていたら、全力で耳と尻尾が揺れていることだろう。

 だが、それ以上身体は動かなかった。意識の方はわりと覚めているのに、どうしてもこたつの中から抜け出すことが出来ない。というか出たくない。

「……アオイ?」

 不思議そうに小首を傾げた彼の白い睫毛がぱちぱち瞬く。そりゃそうだ。さっきは一目散なお手を披露したってのに、いまだこたつに潜り込んだままなんだからな。

「もうちょっと……もうちょっとだけですから……」

 やっぱり俺の思考と口は繋がっているらしい。気がつけば我儘な気持ちが、相変わらずふにゃふにゃな口から漏れてしまっていたんだ。それだけじゃない。

「あ、バアルさんも一緒にゴロゴロしましょうよ……ね?」

 いっそのこと共犯にしてしまおうと繋いだ彼の手を引っ張ってしまっていたんだ。何やってんだと頭を抱えていることだろう。後々、冷静になった俺は。

 でも、この時の俺は、ちょいちょい引っ張り続けることを止めなかった。すでに、バアルさんとこたつでぬくぬくすることしか頭になかったからな。

 じっと見つめ続けていると、白い頬がほんのり染まっていく。連動するみたいに柔らかい曲線を描いていたはずの口元が、きゅっと結ばれ、歪んだ。

 どうしたんだろう? 照れている、みたいだけど……今までの流れで照れる要素、あったっけ?

「……お邪魔させて頂きます」

 バアルさんが繋いだ手を離す。降参を示すように、しなやかな腕を軽く上げてから腰を下ろした。透き通った羽をそわそわとはためかせる彼の表情は
、もう何事もなかったかのように柔らかく綻んでいた。

 キッチリ着こなしていた黒いスーツジャケットとベストを手早く脱いで、続けて緩めたネクタイと手袋を何処かへと消す。二、三個緩め、無防備になったシャツの襟元から、綺麗な鎖骨がチラリと覗いた。

「へへ、やったぁ」

 何事も無かったかのようになったのは俺も同じで
。単純な俺の脳みそからは、先程の疑問があっさり抜け落ちていた。またしても頭の中がバアルさん一色に染まっていく。

 入りやすいようにこたつ布団を捲くれば、バアルさんはその長身の体躯をするりと潜らせた。

「……失礼致します」

 そう一言断りを入れた彼が、優しく俺の頭を持ち上げる。さっきまでの慎重さとは打って変わって、すぽんっと勢いよく猫クッションが引き抜かれた。お役御免ということだろう。

 彼がひと撫でするだけで、俺の重みでくしゃりとシワの寄った姿はキレイに戻り、ふよふよと宙を浮きながらソファーへと戻っていく。俺もこれくらいスマートに術を使えるようになりたいもんだ。

 ぼんやりクッションを見送っていた俺の頬に、大きな手が添えられる。はたと視線を戻せば鮮やかな緑の瞳とかち合った。

「アオイ様……さあ、此方へどうぞ」

 白くしなやかな指が俺の頬を撫で、穏やかな低音が誘う。緩やかに上がった口角が、なんだかスゴく色っぽい。

「ひゃい……」

 一発で心を掴まれた俺の口からは、間の抜けた音が漏れていた。鼓動がドキドキ小躍りし始めるのを合図に、さっきまでいたハズの眠気が俺の元からキレイに旅立っていった。

 吸い寄せられるようにもぞもぞ近づいて、逞しい胸元へ頬を寄せる。途端に包み込んでくれる優しい体温とハーブの香りに、みるみるうちに表情筋が溶けていってしまう。

 ……恐らく見せられない顔になってしまっているけど、問題ないだろう。この体勢なら、見られることはないんだからな。

 そんな風に高を括っていたせいなのかもしれない。すっかりお胸の筋肉を堪能していた俺は、この後、今以上に情けない顔をばっちり見せることになったんだからな。
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