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とある王様は、隠し通せたつもりだった

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 特に、怪しい素振りを見せたつもりはない。ごく自然に、いつも通りに振る舞えていた。筈だった。

「やはり、御身自らが向かうおつもりでしたか」

「……バアル」

 なのに、どうしてだろうな。昔から彼に、バアルにだけは、隠し事が通用しないのだ。

 すっかり日も落ち、暗い静寂が漂う自室。よっぽどのことがなければ訪れない場所、訪れない時間帯。だというのに、当然のように彼は居る。音もなく静かに、いつの間にか私の後ろに佇んでいた。

「はっはっは、何を言っておる? 確かに朝一番にお忍びで、城下に繰り出そうとは思っておったがな」

 動揺するな、笑え。

「なに、偶の息抜きだ。父上や皆にも許可は取っておるから、心配するでない」

 口を挟ませるな、騙し通せ。

「それよりも、早くアオイ殿のところへ戻るといい。貴殿が居なくなったと知れば、寂しい思いをする筈だ。泣いてしまうやもしれぬぞ?」

 斯様な私の努力は、懸命に重ねた嘘は、やはり通用しないらしい。

「お気遣い痛み入ります。ですが、この身は写し身、本物の私はアオイ様と共に眠っております」

 流れるように美しい所作でお辞儀を披露した、真っ直ぐな緑の眼差しの前では。

「……一人きりで向かうおつもりですね? サタン様やレダ殿にも伝えていませんね? 儀式に向かうという旨を」

 ……ああ、今、少し分かったやもしれん。物語での悪役の気持ちが。バレちゃあしょうがないな、という類のが。

「……此度の儀式は私だけで行う。遠征隊から穢れが減っているとの報告もあるからな。問題無いであろう」

「減っているのは元から薄い場所だけ……でございましょう? 大元が危険なことに変わりはございません」

 射抜くような視線がより鋭くなる。此方の心中の、奥底までをも見透すかのように。

 察しが良い上に頭も切れるとか、やはり私の右腕最強か? 全く……こういう時でなければ、小躍りしたいところであるな。

 だが今は敵だ。言い負かさねば、引き下がらせなければならぬ敵。全くもって、厄介だ。

「であれば、尚更私が行く」

「穢れに侵された際、対抗手段があるのは私だけです。御身が侵されれば、我が国は……」

「侵されなければいいだけだろう。なに、ちゃっちゃと捧げるものを捧げてお暇するさ」

「ええ。ですから、いつものように私が、ちゃっちゃと捧げて戻ります故」

 正論だ。分かっている。正しいのはいつもバアルだ。私が言っているのはただの我が儘。幼子のように駄々をこねているだけ。それでも……

「……が……あろう……」

 それでも、やっぱり、口にせずにはいられなかった。

「アオイ殿が居るであろう!! 貴殿のことは信じておる……だが、万が一が有ったらどうするつもりだ!! 貴殿は……もう、何も負わず、縛られることなく、愛する者と幸せに生きるべきだ!!」

「だからです」

 返ってきたのは、驚くほど穏やかな声と柔らかい微笑み。あまりにも場違いな慈愛のこもった眼差しに、足が勝手にたじろいでいた。

「……え?」

「……私にはアオイ様が、私の全てをかけて愛し、幸せにしたいと思える御方が出来ました」

 凪いだ海のような瞳。私を見ているようで別の誰かを見ている緑が僅かに伏せられ、そして。

「ですから、必ず何事もなく戻ります。いつものように」

 真っ直ぐに私を見据え、言い放った。

 ……ずっと守られて、守られ続けて。だから、守れるようになりたいと思っていた。もう、守れるようになれたと思っていた。

 誠に厄介だ。まだ、越えさせないつもりか。また、強くなったのか。

 一心に見つめ続ける鮮やかな緑。揺らぐことのない強い光に、私は引き下がるより他はなかった。

「……そう、決めたのだから、絶対に曲げないのであろう? 仮に私が命じたとしても」

「……申し訳ございません」

「……貴殿は昔っからそうだ。私はいつも、貴殿の……バアルの幸せを願っているというのに……」

「ヨミ様……」

「覚悟しておくがいい! 帰ってきたら、パーティーだ!! 美味しいものをたらふく食べさせて飲ませるからな!」

 精一杯の強がりだった。高らかに声を上げ、口角を上げ、不敵に振る舞う。

 押し戻しても、振り払っても、後から後から込み上げて渦巻く不安。内側からじくり、じくりと私を蝕んでいく不快感から必死に目を背け、笑った。

「ふふ……それは、尚の事、急いで帰らねばなりませんね」

 瞳を細め、擽ったそうに、幸せそうにバアルが笑う。こんな風にも笑えるのだったな……と思い出し、守らなければ、と決意した笑顔で。

「……伝えるのか? アオイ殿に」

「はい」

「そうか」

 短い会話。これが、こんな簡素なやり取りが、私達の最期になる訳がない。

 そう、信じるしかなかった。今までのように、何事もなく笑顔で「只今戻りました」と帰ってくるんだと。そう信じて、去りゆく背中を見つめることしか出来なかった。
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