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俺は随分と欲張りな男らしい
しおりを挟む いまだに心臓はドキドキとはしゃいでしまっているけれど、それなりに緊張がほぐれてきた俺は楽しんでしまっていた。
バアルさんとゆったり過ごす夢のような時間を。今現在、両手で触れさせてもらっている、白くてすべすべな彼の頬の感触を。
ふと、細くて長い指が、俺の手の甲をそっと撫でてから、中指で親指を弾き音を鳴らす。瞬間、手品のようにパッと見覚えのあるオレンジ色の石が彼の指先に現れた。
鮮やかな彼の魔術に見入ってしまい手を止めていた俺に、どこか申し訳無さそうに眉を下げたバアルさんが口を開く。
「……昨日は申し訳ございませんでした。私めの浅はかな嫉妬心で、勝手に貴方様の物を取り上げたあげく、隠してしまって……」
そっと差し出された、大きな手のひらの上で淡く輝く石。投影石は所謂ビデオカメラで、石に魔力を込めることで録画は勿論、撮った映像をコマ送りや巻き戻して見ることが出来るんだ。
そういえば、バアルさんが預かったままになってたのか……
ぼんやり見つめていた視線の先では、しょんぼりと彼の触覚が下がってしまっていた。慌てた俺の声が、静かな朝の空気を震わせる。
「あっ、いえ、そんな……気にしないでください。俺の方が悪かったんですから」
そう、俺が悪いのだ。
ご褒美をあげる約束をしていた彼を労いもせずに、放ってしまっていた俺が。石に収められている、6人の兵士さん達と本気になって戦うバアルさんの映像に、すっかり夢中になってしまっていた俺が。
繋ぐように石を挟んで重ねた俺の手を、大きな手がおずおずと握ってくれる。
「……許して、頂けるのですか?」
「許すも、何も、怒ってませんよ……全然。それに、俺も同じ立場だったら……寂しいなって思うし……だから、その……」
気がつけば、視界いっぱいに花が咲いたような微笑みが広がっていて、柔らかい温もりが口に触れていた。
角度を変えながら、優しく何度も食んでもらえて。落ち着きかけていた心臓が、再びバクバクとはしゃぎ出す。
わざとらしいリップ音を最後に、俺を解放した唇には悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。
「ん、バアルさん……」
自分では気がついていなかったけれど。俺は随分と欲張りな男らしい。
離れていってしまったのが寂しくて、まだもうちょっとだけ触れ合っていたくて。俺にしては大胆にも、スッと通った高い鼻に自分の鼻先を擦り寄せながら、続きを強請ってしまっていたんだから。
「アオイ様……」
熱のこもった緑の瞳がゆるりと細められ、甘さを含んだ低音で俺の名を紡いだ唇が、再びそっと重ねられる。ぽやぽやとした浮かれた熱で、頭の芯まで蕩けてしまいそうだ。
求め合うように交わしている最中、お互いの吐息が混じって深いものになりかけた時だった。俺達の耳元で突然、けたたましい鈴の音が鳴ったのは。
「ひょわっ!?」
「……コルテ」
あまり聞いたことのない……いや、むしろ初めて聞く不機嫌そうな声で呟いた彼の視線の先には、光る緑の粒。彼の従者である、小さなハエのコルテが「そろそろ支度のお時間ですよ!」と書かれた小さなスケッチブックを掲げていた。
光沢のあるボディを震わせ、ガラス細工のような羽をはためかせ、ゆらゆら飛んでいる。先程、俺達の耳元で鳴った音を、アラームのようにリンリンと奏でている。
……一体、あの小さな身体のどこから鳴らしているんだろうか?
「ありがとう、知らせてくれて。じゃあ着替えを……」
「延長で」
「ふぇ?」
思わず、間の抜けた疑問の声が漏れてしまっていた。通りのいい声によって食い気味に遮られ、膝の上から下りようとしていたところを、筋肉質な腕によって素早く阻止されたからだ。
「延長、致しましょう」
決定事項だと言わんばかりに断言した彼の羽は、いつの間にかぶわりと大きく広がっていた。どこか落ち着きなくぱたぱたとはためかせている彼に、手をしっかと握られ、反対の腕で腰をがっちりホールドされる。
手のひらから滑り落ち、ふかふかのベッドに受け止められた石が、柔らかい日差しを受けて淡く輝いていた。
「いや、でも……」
「……お嫌でしょうか?」
「そ、そんな、俺だって……バアルさんともうちょっとだけ、こうしていたいですけど……準備しないと、いけないし……」
縋るような眼差しで見つめられながら、繋いだ手を弱々しく握られ、自然と素直な気持ちが口からぽろぽろこぼれ出す。どこか安心したように小さく息を吐いた薄い唇が、ふわりと綻んだ。
一度、軽くきゅっと絡めてくれてから離れていった、細く長い指が宙に横線を引くように動く。すると、何処からともなく白い陶器のティーセットが、部屋の手前にある銀の装飾が施されたテーブルの上に現れた。
ぽかんと口を開けたまま見入っていた俺の頬を、白い指先が続けてするりとひと撫でする。
途端に、頭の先から爪先まで念入りに洗ったような清涼感に包まれる。気がつけば、服もゆったりとしたトレーナーとズボンから、シンプルな白いシャツに濃い緑のベスト。それから細めの黒いズボンへと変わっていた。
言わずもがな、バアルさんの魔術によるもので。当然のように彼の服装も、いつもの執事服へと変わっており、下ろされた髪はカッチリと後ろに撫でつけられたオールバックに、口元の髭は綺麗に整えられていた。
「これで、問題はございませんね?」
「……はい、何も……」
どこか得意げに綺麗な笑みを浮かべる彼の、いくつもの六角形のレンズで構成された瞳が宝石のように煌めく。
それだけでも、十分に俺の心は鷲掴みにされてしまっていたのに。再び繋いでもらった手の甲へと、恭しく口づけてくれるもんだから困ってしまう。
ただでさえ熱い顔が、だらしなく緩んでしまいそうだ。いや、緩んでるな……確実に。
「コルテ」
これが阿吽の呼吸ってやつなのだろうか。
呼びかけられただけで、コルテには伝わったらしい。針よりも細い手足で掲げられたスケッチブックには「3分前にまたお知らせいたします!」と書かれている。
バアルさんが「お願いします」と微笑むと、コルテは一度緑色に瞬いてから、煙のようにポンッと消えていってしまった。
そんなやり取りに俺は、羨ましいなって思ってしまったんだ。深い信頼関係というか……俺とは比べ物にならない、積み重ねた時間の長さを垣間見たような気がしてさ。
「アオイ様」
「……はい」
「今、私めが……貴方様に何を求めているのか……お分かりでしょうか?」
「へ? えっと……」
そう尋ね、ゆるゆると俺の頬を撫でてくれているバアルさんは、何故か上機嫌だ。触覚、揺れてるし。そわそわと羽をはためかせている彼の期待に応えるべく、必死に頭を回す。
……もともとキスの途中でコルテが来たんだから……続きをすればいいのかな?
思い浮かんだら即実行してしまう単純な俺は、早速、額を合わせて口を重ねた。ほんの少し前の甘い触れ合いを思い出しながら、彼がいつもしてくれるみたいに軽く食んだ後にそっと離す。
「……違いましたか?」
「いえ、大正解です……良く出来ましたね」
あふれんばかりの喜びを湛えた唇が、俺にご褒美を、触れるだけのキスをしてくれた。
すっかり気持ちが舞い上がった俺は、調子に乗って「……バアルさんは、分かりますか? 俺が、して欲しいこと……」などと尋ねてしまったんだけど。
微笑みかけてくれた彼に、あっさり見抜かれてしまったんだ。よしよしと頭を撫で回してもらっただけじゃない。全身を余すことなく撫でてもらいながら、時間いっぱいまでぎゅっと抱き締めてもらってしまったんだ。
バアルさんとゆったり過ごす夢のような時間を。今現在、両手で触れさせてもらっている、白くてすべすべな彼の頬の感触を。
ふと、細くて長い指が、俺の手の甲をそっと撫でてから、中指で親指を弾き音を鳴らす。瞬間、手品のようにパッと見覚えのあるオレンジ色の石が彼の指先に現れた。
鮮やかな彼の魔術に見入ってしまい手を止めていた俺に、どこか申し訳無さそうに眉を下げたバアルさんが口を開く。
「……昨日は申し訳ございませんでした。私めの浅はかな嫉妬心で、勝手に貴方様の物を取り上げたあげく、隠してしまって……」
そっと差し出された、大きな手のひらの上で淡く輝く石。投影石は所謂ビデオカメラで、石に魔力を込めることで録画は勿論、撮った映像をコマ送りや巻き戻して見ることが出来るんだ。
そういえば、バアルさんが預かったままになってたのか……
ぼんやり見つめていた視線の先では、しょんぼりと彼の触覚が下がってしまっていた。慌てた俺の声が、静かな朝の空気を震わせる。
「あっ、いえ、そんな……気にしないでください。俺の方が悪かったんですから」
そう、俺が悪いのだ。
ご褒美をあげる約束をしていた彼を労いもせずに、放ってしまっていた俺が。石に収められている、6人の兵士さん達と本気になって戦うバアルさんの映像に、すっかり夢中になってしまっていた俺が。
繋ぐように石を挟んで重ねた俺の手を、大きな手がおずおずと握ってくれる。
「……許して、頂けるのですか?」
「許すも、何も、怒ってませんよ……全然。それに、俺も同じ立場だったら……寂しいなって思うし……だから、その……」
気がつけば、視界いっぱいに花が咲いたような微笑みが広がっていて、柔らかい温もりが口に触れていた。
角度を変えながら、優しく何度も食んでもらえて。落ち着きかけていた心臓が、再びバクバクとはしゃぎ出す。
わざとらしいリップ音を最後に、俺を解放した唇には悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。
「ん、バアルさん……」
自分では気がついていなかったけれど。俺は随分と欲張りな男らしい。
離れていってしまったのが寂しくて、まだもうちょっとだけ触れ合っていたくて。俺にしては大胆にも、スッと通った高い鼻に自分の鼻先を擦り寄せながら、続きを強請ってしまっていたんだから。
「アオイ様……」
熱のこもった緑の瞳がゆるりと細められ、甘さを含んだ低音で俺の名を紡いだ唇が、再びそっと重ねられる。ぽやぽやとした浮かれた熱で、頭の芯まで蕩けてしまいそうだ。
求め合うように交わしている最中、お互いの吐息が混じって深いものになりかけた時だった。俺達の耳元で突然、けたたましい鈴の音が鳴ったのは。
「ひょわっ!?」
「……コルテ」
あまり聞いたことのない……いや、むしろ初めて聞く不機嫌そうな声で呟いた彼の視線の先には、光る緑の粒。彼の従者である、小さなハエのコルテが「そろそろ支度のお時間ですよ!」と書かれた小さなスケッチブックを掲げていた。
光沢のあるボディを震わせ、ガラス細工のような羽をはためかせ、ゆらゆら飛んでいる。先程、俺達の耳元で鳴った音を、アラームのようにリンリンと奏でている。
……一体、あの小さな身体のどこから鳴らしているんだろうか?
「ありがとう、知らせてくれて。じゃあ着替えを……」
「延長で」
「ふぇ?」
思わず、間の抜けた疑問の声が漏れてしまっていた。通りのいい声によって食い気味に遮られ、膝の上から下りようとしていたところを、筋肉質な腕によって素早く阻止されたからだ。
「延長、致しましょう」
決定事項だと言わんばかりに断言した彼の羽は、いつの間にかぶわりと大きく広がっていた。どこか落ち着きなくぱたぱたとはためかせている彼に、手をしっかと握られ、反対の腕で腰をがっちりホールドされる。
手のひらから滑り落ち、ふかふかのベッドに受け止められた石が、柔らかい日差しを受けて淡く輝いていた。
「いや、でも……」
「……お嫌でしょうか?」
「そ、そんな、俺だって……バアルさんともうちょっとだけ、こうしていたいですけど……準備しないと、いけないし……」
縋るような眼差しで見つめられながら、繋いだ手を弱々しく握られ、自然と素直な気持ちが口からぽろぽろこぼれ出す。どこか安心したように小さく息を吐いた薄い唇が、ふわりと綻んだ。
一度、軽くきゅっと絡めてくれてから離れていった、細く長い指が宙に横線を引くように動く。すると、何処からともなく白い陶器のティーセットが、部屋の手前にある銀の装飾が施されたテーブルの上に現れた。
ぽかんと口を開けたまま見入っていた俺の頬を、白い指先が続けてするりとひと撫でする。
途端に、頭の先から爪先まで念入りに洗ったような清涼感に包まれる。気がつけば、服もゆったりとしたトレーナーとズボンから、シンプルな白いシャツに濃い緑のベスト。それから細めの黒いズボンへと変わっていた。
言わずもがな、バアルさんの魔術によるもので。当然のように彼の服装も、いつもの執事服へと変わっており、下ろされた髪はカッチリと後ろに撫でつけられたオールバックに、口元の髭は綺麗に整えられていた。
「これで、問題はございませんね?」
「……はい、何も……」
どこか得意げに綺麗な笑みを浮かべる彼の、いくつもの六角形のレンズで構成された瞳が宝石のように煌めく。
それだけでも、十分に俺の心は鷲掴みにされてしまっていたのに。再び繋いでもらった手の甲へと、恭しく口づけてくれるもんだから困ってしまう。
ただでさえ熱い顔が、だらしなく緩んでしまいそうだ。いや、緩んでるな……確実に。
「コルテ」
これが阿吽の呼吸ってやつなのだろうか。
呼びかけられただけで、コルテには伝わったらしい。針よりも細い手足で掲げられたスケッチブックには「3分前にまたお知らせいたします!」と書かれている。
バアルさんが「お願いします」と微笑むと、コルテは一度緑色に瞬いてから、煙のようにポンッと消えていってしまった。
そんなやり取りに俺は、羨ましいなって思ってしまったんだ。深い信頼関係というか……俺とは比べ物にならない、積み重ねた時間の長さを垣間見たような気がしてさ。
「アオイ様」
「……はい」
「今、私めが……貴方様に何を求めているのか……お分かりでしょうか?」
「へ? えっと……」
そう尋ね、ゆるゆると俺の頬を撫でてくれているバアルさんは、何故か上機嫌だ。触覚、揺れてるし。そわそわと羽をはためかせている彼の期待に応えるべく、必死に頭を回す。
……もともとキスの途中でコルテが来たんだから……続きをすればいいのかな?
思い浮かんだら即実行してしまう単純な俺は、早速、額を合わせて口を重ねた。ほんの少し前の甘い触れ合いを思い出しながら、彼がいつもしてくれるみたいに軽く食んだ後にそっと離す。
「……違いましたか?」
「いえ、大正解です……良く出来ましたね」
あふれんばかりの喜びを湛えた唇が、俺にご褒美を、触れるだけのキスをしてくれた。
すっかり気持ちが舞い上がった俺は、調子に乗って「……バアルさんは、分かりますか? 俺が、して欲しいこと……」などと尋ねてしまったんだけど。
微笑みかけてくれた彼に、あっさり見抜かれてしまったんだ。よしよしと頭を撫で回してもらっただけじゃない。全身を余すことなく撫でてもらいながら、時間いっぱいまでぎゅっと抱き締めてもらってしまったんだ。
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