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★ 少しでもバアルさんの好みに近づけるなら、遠慮はしないで欲しい

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 俺が求めさえすれば、好きなだけしてくれる。そうバアルさんに約束してもらえ、俺は心臓が小躍りするほどの喜びに浸っていた。

 だから素直に従った。微笑む彼からの「……一度、休憩に致しましょう」という提案に。

 ぶっちゃけ俺としては、着替える必要はないと思っていた。心もとない下半身も、丈の長いトレーナーを伸ばせば、太ももの半分位まではなんとか隠せていたからさ。それでよかったんだけど。

 けれども結局、気配り上手の彼の手によって「そのままのお姿では、お風邪を召されてはいけませんから……」とパンツもズボンも綺麗サッパリ着替えさせられてしまったんだ。

 逞しい胸板に背中を預けていた俺の前に、どこからともなくピッチャーとペアのグラスが現れる。ほどよく冷えていそうな水には、輪切りのレモンがぷかぷか浮かんでいる。

 まるで自分の意志があるかのように、ピッチャーが2つのグラスに水を注いでいく。終えると、広々としたベッドの側、にふわふわ浮かんでいく。そこに、ちょこんと佇む白いサイドテーブルの上へと音もなく着地した。

 続くように、一つのグラスが俺の手元へと寄ってくる。もう一方は、俺を抱えている彼の側で浮いていた。

「ありがとうございます、いただきます」

 バアルさんが「どうぞ……」と微笑む。思っていた以上に、俺は喉が乾いていたらしい。

 口をつければ、まだじんわりと火照ったままの身体に、しみじみと染み渡っていく冷たさ。ほのかに香るレモンの爽やかさに、気がつけば一息にグラスを空けてしまっていたんだ。

 相変わらず、思いやりの心が海よりも深い彼の術によって、俺のグラスは勝手に手元から離れていく。サイドテーブルの上にいるピッチャーから、おかわりをたっぷり注いでもらい、戻ってきた。

「すみません、ありがとうございます」

「いえ、他に必要なものがございましたら、何なりと申しつけ下さい」

 顔だけで振り向くと、穏やかな微笑みを湛えた唇が俺の額に優しく触れてくれる。

 ゆるりと目尻を下げた彼の瞳には、さっきまで灯っていた妖しい熱はすっかり消えていた。代わりに柔らかい光を帯びていた。

 再び、ちびちびとグラスを傾けながら、全身を彼に預けると、大きな手がゆったり俺の頭を撫で回してくれる。

 俺達の間に漂っているまったりとした空気に心が緩んだのか、彼からの「何なりと申しつけ下さい」という言葉に触発されたのか、その両方か。

 不意に頭の中に浮かんだ疑問を、俺は口にしてしまっていたんだ。

 ……こんなこと、彼に聞いてしまっていいのか? と事前によく考えることもなく。

「……あの、バアルさんから見ても……俺って弱いと思います? その…………気持ちがいいことに……」

 頭の後ろでゴホッと盛大にむせる音がした。

 反射的に俺は身体ごと振り返っていた。白く滑らかな頬を真っ赤に染めたバアルさんが、口元を覆い、落ち着きなく羽をはためかせている。

 彼の側には、思いっ切りひっくり返したみたいに傾いた飲みかけのグラスが、ぷかぷか浮かんでいた。そのまま時が止まってしまったかのように、水を吐き出しかけている状態で。

 まるで、そういう風に作られたアート作品か、ダイナミックな食品サンプルみたいだ。

 勿論、中身は一滴も、シーツの上にこぼれることはなく。しばらくしてから時間が巻き戻るみたいにしっかり全部、グラスへと収まっていったんだけどさ。ホント魔術ってスゴいよなぁ。

「……何故、そのように……お思いになられたのでしょうか?」

 俺は、向かい合う形で、彼の膝の上に座り直させてもらっていた。支えるように俺の腰に引き締まった腕が回されて、大きな手が頬に添えられる。温かい手のひらが、ゆるゆると撫でてくれた。

 ほんの少し前の慌てっぷりなんて、嘘だったかのよう。バアルさんは、柔らかい声色で尋ねてくる。

 その彫りの深い顔にも、大人の余裕に満ちた微笑みが浮かんではいるが、額から生えている触覚はいまだにそわそわと揺れていた。

「それは……その、俺、昨日よりもすぐに…………出しちゃったから……もともと経験なくて、免疫? みたいなのが無いからかな……とも思ったんですけど……」

 なんでかは分からない。けれども、珍しい彼の様子が見れて、俺は胸の辺りがほっこりしていた。素直に自分が思っていたまま、考えていたままを彼に伝えていた。

 静かに耳を傾けてくれている彼の表情は、穏やかに微笑んだ形のまま。ぴくりとも揺るがなかったけれど、言葉を重ねていく度になんとなくだけど、触覚の揺れ方が徐々に速くなっていっているように見えたんだ。

「成程、左様でございましたか…………ですが、ご心配なさらずとも宜しいかと存じます」

「……もしかして、原因みたいなの……分かってたりします?」

 どこか不安気に瞳を細めた彼の口から「大変申し上げにくいのですが……」と前置きをしてから語られた事実により、俺の頭は衝撃でぐわんぐわん回っていた。

 再び浮かんできた疑問を、そのまま口にしてしまっていたんだ。

「……え? じゃあ、俺が気持ちよくなりやすくなってるのって……バアルさんが、そういう風になるようにしてくれてるってだけ、なんですか?」

「っ……ええ、性感帯は、刺激する度に……徐々にではございますが……感度が上がっていきますので……」

「かっ!?」

 自分のことで、いっぱいいっぱいな俺は気づかない。

 彼の顔が、耳までポッと真っ赤に染まっていることも。そっと俺を見つめる、煌めく宝石のような緑の瞳が少しずつ、熱を帯び始めていることも。

 おまけに、先程のぶっちゃけまくった疑問を投げつける以上のことを。後で思い返す度に顔を熱くし、膝から崩れ落ちてしまいそうなことを、彼に尋ねてしまっていたんだ。

「…………じゃ、じゃあ俺の身体って、その……少しはバアルさんの好みに……近づいてたり、します?」

 一瞬で、石像になってしまったのか?

 そう勘違いしそうになるほど、バアルさんはピシッと固まってしまっていた。揺れていた触覚も、はためいていた羽も、指先すらも。

 明らかに様子のおかしい彼に、ようやく自分がとんでもないことを口にしていたことに気づく。

 気づいてはいたのだが、しかし、先程の衝撃で、よっぽど頭がバグってしまっていたんだろう。目を見開いたままピクリとも動かない彼に続けて、俺にしては大胆過ぎる言葉を重ねていたんだ。

「す、すみません……俺……バアルさんが、初めてだから……分からないことだらけで……ですから、その……それで少しでも好みに近づけるんだったら、遠慮しないで……して欲しいなって、思ったんですけど……」

「……誠でございますか?」

「へ?」

「そのお言葉に、甘えさせて頂いても宜しいのでしょうか?」

 指を絡め、きゅっと繋いでくれた彼の瞳は期待と不安からだろうか、僅かに揺れていた。

 俺があげられるものなら何でもあげたいし、彼の為に出来ることなら何でもしたい。

 常日頃、そう強く思い続けていた俺の答えなんて、当然決まっていた。

「はい……勿論。バアルさんが喜んでくれるんだったら……俺も、とても嬉しいですから……」

 頷き、大きな手を握り返した俺に、ゆるりと細められた瞳が、光の粒を閉じ込めたように煌めく。

「……では、少し段階を上げさせて頂きますね……」

 額をそっと合わせて、艷やかな笑みを浮かべた彼にほんの少しだけ、ヘタレな俺が不安を覚えてしまった。でも、すでにはしゃいでしまっている俺の心臓は、ドキドキと高鳴り続けていたんだ。
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