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穴だらけな作戦の末路

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 俺の作戦は完璧なハズだった。

 見慣れていない部分を見続けて、ドキドキの許容範囲を超えてしまったんだったら、見慣れている部分だけ見続ければいい。という作戦は、完璧なハズだったんだ。

「……斯様に愛らしい表情で熱心に見つめてい頂けると、年甲斐もなく照れてしまいますね」

「ふぇっ……ご、ごめんなさい……」

「ふふ、謝らないで下さい……大変嬉しく存じておりますので」

 そう、俺はとんでもない誤算をしていた。完全に失念していたんだ。

 俺が唯一見慣れているのは、彫りの深い彼の顔なのだから。作戦を実行している間は、必然的に彼と見つめ合う形になってしまうということを。

 傍から見ると、俺の姿は不審者でしかないだろう。黒いハーフパンツの水着一丁でひたすらバアルさんを見つめ続けながら、手探りで彼のシャツのボタンを外しているのだから。

 そんな、明らかにおかしい行動をしているにもかかわらず、バアルさんは柔らかい笑みを浮かべたまま。大きな手で時折、俺の頭を撫でてくれる。彼は、もしかしなくても、優しさの化身なのかもしれない。

「本日は……いかがなさいますか?」

 全てのボタンを外し終えた頃。どこか嬉しそうに触覚を揺らしながら彼がぽつりと尋ねてきた。聞き返すまでもない。昨日ギブアップしてしまった下の件だろう。

「やります……やらせてください」

 バアルさんは色っぽい目尻をゆるりと下げ「畏まりました」と俺の頭をひと撫で。彼のキュッと引き締まった腰に瞬きの間に、すらりと伸びた長い足を覆い隠すタオルが巻かれる。

 上の方も、いつの間に脱いだのか。すでに畳み終えた白いシャツを、バアルさんは手元からどこかへと手品のように消してしまっていた。ホント魔術って便利だよな。

 さすがに学習した俺は、すぐさまタオルへと視線を移した。見つめれば見つめるほど、体温も鼓動の早さも上昇してしまう、彼の温かい微笑みから。

 取り敢えず……外すことが出来ないと、お話にならないよな……

 覚悟を決めて、巻きタオルの中へと両手をお邪魔させてもらい、ベルトのバックルに指をかける。

 手を動かすたびに、打ち鳴る小さな金属音は、自分ので散々聞き慣れているはずなのに。

 好きな人のズボンを脱がす手伝いをさせてもらっているんだと、脳が強く認識してしまったのか、顔から火が出せそうなくらい、カッと熱くなってしまう。寒くもないのに、指先が小刻みに震えてしまう。

 いやいや、これくらい大したことないだろ?
だって昨日は……もっと刺激の強いことを、彼に致してもらったんだからさっ!

 自分で自分を励ましながら、俺はどうにかこうにかベルトを外すことが出来た。そのままの勢いに任せ、手触りのいい上質な生地のズボンを引き下ろしていく。

 丁度いいタイミングで足を軽く上げてくれた、彼の配慮のお陰もあり、無事脱がすことが出来た。

「ありがとうございます」

 安心していると彼の大きな手が、俺の頭を撫でてくれた。俺からズボンを受け取り、手早く畳むと今までの衣服同様、手元からパッと消していく。

 なんだ……俺にも出来たじゃないか。

 小さな小さな成功体験から生まれた余裕。儚いそれは、あっさりなくなることになる。彼の引き締まった身体に、ぴっちりと纏っている下着を下ろさせてもらった瞬間に。

 ……重量を感じた。明らかに俺にはない、大人の男性の重量を。

 ……いや、そりゃあ俺より圧倒的に年上なんだし、背だって高いし、男らしい身体つきをしていらっしゃるんだからさ……あちらも、ご立派であられるのは当然というか…………って今は、そんなことを考えてる場合じゃないだろっ……

 自分を叱りつつも、俺の頭はすでに真っ白に塗り潰される寸前だった。

 勿論、手の方も。彼の下着を摘んで少し下げたまま、完全に止まってしまっていたんだ。

「……そこまでに致しますか?」

「ひょわっ……だ、大丈夫、です……大丈夫ですから」

 心配そうな声色で「左様でございますか……」と答えた彼を、これ以上困らせる訳にはいかない。早く済ませなければ。気を紛らわそうとしたせいで、頭の中でひたすらモコモコと湧き出し始めた、羊の数を数えながら一気に下ろす。

 それから、俺と同じ水着を穿くお手伝いをさせていただいたんだろうが……ぶっちゃけ覚えていない。必死過ぎて、がむしゃら過ぎて、どうやったのかも。ちゃんとやれたのかも、全く。

 気がついた時には、どこか上機嫌に羽をはためかせている彼に、青い石造りの浴室で全身を隅々まで綺麗に洗ってもらった後だったからな。

 で、結局作戦はどうなったのかって? 想像はつくだろうけどさ……失敗だよ失敗。

 あ、でも今回は、限界になる前にちゃんと彼にギブアップ宣言をすることが出来たからさ。一緒にお湯には浸かれたんだ。これだけでも、また一歩くらいは進んだだろ? 進んだよな?
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