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とある兵士にとっての夢のようなひと時、二種のフィナンシェを添えて

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 今日、俺は思いがけず、存分に味わわせていただくことになった。画像や映像からでは、決して得られない本物の輝きを。

 それから、改めて思い知ることになった。幼なじみであるヤツの、凄まじい思い切りの良さを。



 いまだに、とてつもなく良い夢を見ているとしか思えない光景が、俺の目の前で繰り広げられている。何度太ももをつねろうが、ぼやけた視界を擦ろうが変わることはない。

 生きているんだ……動いているんだ……温かい笑顔を浮かべながら、バアル様とアオイ様のお二方が仲良く手を繋いでいらっしゃるんだ。

「昨日は、ありがとうございました。これ、良かったら皆さんで召し上がってください」

「ありがとうございます」

 何もない空間から、見覚えのある大きなバスケットが現れる。バアル様に手伝ってもらいながらアオイ様が、小さな手をめいいっぱい広げ、ふにゃりと頬を綻ばせながら兵団長へと差し出した。

 何が入っているかは、すぐに分かった。ほんのり漂ってきた美味しそうな甘い香りと、一言二言兵団長と言葉を交わしたアオイ様が「……あの、皆さんもどうぞ」と緑のリボンでラッピングされた包みを、俺達にも順番に配り始めていただけたからだ。

「お、美味そうですね、ありがとうございます。これ、なんて名前のお菓子ですか?」

 俺より先に受け取ったヤツが尋ねる。透明な袋の中に4つ綺麗に収まっている長方形の焼き菓子を、鱗と同じ黒い光沢を帯びた鋭い爪で、袋越しにちょんちょんとつつきながら。

「フィナンシェです。これがプレーンで……こっちは紅茶の味にしてみました」

 琥珀色の瞳を細めて、アオイ様が細い指で黄金色のお菓子を指差してから、次に薄茶色の方を指し示す。

「バアルさんの紅茶で作ったんです……」

 はにかむ笑顔に胸がいっぱいになり、一瞬思考が羽ばたきかけていたが……俺はワンテンポ遅れて、思いっきりツッコんでしまっていた。

 ……なんでお前は、そうやすやすとアオイ様と話せてんだ!? と勿論心の中でだが。

 きっと俺だけじゃなく、皆が胸の内で似たようなことを叫んでいたことだろう。

 華奢なアオイ様の腰を抱き寄せながら、柔らかい微笑みを浮かべているバアル様。そして、普段の凛とした表情からは考えられないくらいに目尻を下げて、見守っている隊長を除いて。

 そうに違いない。皆、驚きと羨望の混じった眼差しでヤツを、アオイ様とのお喋りを楽しんでいるヤツを見つめているからな。

 皆、面と向かって「ありがとうございますっ……」とお菓子を受け取るだけで精一杯だったってのに……

 ヤツの行動力に、さっきはとても助けられたものの、無意識の内に奥歯を噛んでしまっていた。羨ましい。

「へぇ、早速いただいても?」

「はいっ、どうぞ」

 返事を聞くや否や、ヤツは手早くリボンを解いた。迷わず紅茶のフィナンシェをひとつまみ、牙の生え揃った大きな口へと躊躇なく一口で放り込んだ。心の中の俺が、ヤツに再びツッコミを入れる。

 ……いやいや、だからっ、なんでそんな気さくな対応を取れるんだよ!? あ、すげぇうめぇ……じゃないよ!

 そわそわと小柄な身体を揺らしながら、じっとヤツを見上げていたアオイ様の頬が、ぽっと真っ赤に染まる。

「……お口に合って良かったです」

 頬を綻ばせたアオイ様の嬉しそうな表情に、あっさり俺は手のひらを返した。心の中でヤツに向かって称賛の拍手を送っていた。

 ありがとう……とんでもなく可愛い表情を引き出してくれて……ありがとう……素晴らしいものを間近で拝めさせてもらって……

 ……さっきから情緒が忙しくて仕方がない。心の中が複雑だ……モヤモヤするのとほんわかするのが、ぐっちゃぐちゃに入り交じってしまっている。

 本当にスゴいよな……アイツ、あとズルい。俺だって……出来るもんならアオイ様と……お二方と笑顔で会話を交わしたいのに……

 気持ちと一緒に自然と下がっていた視界におずおずと、皆が受け取っていたのと同じ可愛らしい包みが入ってくる。柔らかい温もりが、そっと俺の手に触れて、控えめな力で握られた。

「シアンさんも、どうぞっ……その、お口に合えば嬉しいんですけど……」

 小さな手から伝わってくる体温に、あどけない声で紡がれた自分の名前に、目の奥の熱が一気にぶり返してくる。

 弾かれたように上げてしまっていた、すでにぼやけかかった視界には、アオイ様とバアル様の笑顔が映っていて……もう、駄目だった。また止まらなくなってしまった。

 またしてもアオイ様を困らせてしまっていると……いつの間にやってきたのか、ヤツが俺の背を軽く叩いていた。顔を上げれば黒い手が、情けのない声を漏らしていた俺の口に、無理矢理ヤツの分のフィナンシェを突っ込んでくる。

 ふわりと香るバターの風味と口いっぱいに広がっていく幸せの味に、あっという間に涙が引っ込んでいく。素直な気持ちを自然と漏らしてしまっていた。

「…………美味しい……」

「ほ、ホントですか? 良かった……ありがとうございます」

 透き通った瞳を輝かせ、安心したようにほっと息をつくアオイ様。その優しい微笑みに胸がじんわり熱くなる。

 ズシリと感じた肩の重みに横を向けば案の定、得意げに白い牙を見せるヤツがいて。今夜の飲み代は全部俺が奢ろうと、密かに心に決めたんだ。
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