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貴殿は、狼さん派? ライオンさん派?

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 サタン様の前といい、さっきといい、やたらと失言が多い気がするな……

 いや、別に、後から思い出すほど赤面ものの発言なんて、今に始まったことではないんだけどさ。

 気を抜けば、漏れ出そうなため息を、丁度飲みやすい温度の紅茶と一緒に飲み込む。

 いつもと同じスッキリとした口当たりに、しっちゃかめっちゃかになっていた気持ちが、ようやくマシになってきた。

 なのに、俺の目は、ソファーの脇で静かに佇むバアルさんを、ごく自然に捉えてしまっていた。

 それまで彼は、おへその辺りで手を重ね、ピシっとした立ち姿のまま、触覚や羽、指先ですら微動だにしていなかった。

 けれども、俺と視線が絡んだ瞬間。まるで花が咲きこぼれたかのごとく唇に、一切隠す気のない喜びを浮かべたのだ。

 そんなことをされてしまえば、俺の心が惹きつけられてしまわない訳がない。案の定、心臓が暴れ始めてしまった。身体の中で、お祭り騒ぎでもしてるのかってくらいに。

「ところでアオイ殿。一つ貴殿に伺いたいことがあるのだが……」

「へっ? あ、はい。なんでしょう」

 うっかりなどと、そんな一言では済まされない。やらかしてしまっていた。

 向かいの席で、優雅に白のティーカップに口を寄せていたヨミ様の存在を。完全に自分の意識から外してしまっていたのだ。

 地獄の王様に対して、なんて失礼極まりない。一気に顔が熱くなる。

 バアルさんが関わると、何故かことごとく空回ってしまっている。その事実に多少なりとも自覚はあったつもりなんだけど。

 流石に、これは酷すぎる。なんで、ただ隣に居ないってだけで、チラチラと彼のことを確認してしまっているんだろう?

 いまだに頭ん中がとっ散らかってるのか、単に学習能力が欠けてしまっているだけなのか。またしても、自覚なしにヨミ様のことをそっちのけにしてしまっていた。

 一人で思考の渦にはまっていた俺を、その渦ごとぶっ飛ばすことで引っ張り上げたのは、他ならぬヨミ様の一言だった。

「狼さんは、好きだろうかっ?」

「はい?」

 ヨミ様は真剣な顔をしている。身を乗り出し、スゴく重要な話をしているんだと言わんばかり。

 そんな彼の口から発せられたとは、到底思えない言葉に、ただただ疑問の声しか出ない。

「もしや……貴殿は、ライオンさん派だったかっ?」

「へ、え?」

 そちらであったか! と拳をぐっと強く握り締め、真っ赤に輝く瞳を大きく見開く。

 ヨミ様の子供みたいに無邪気な表情に「なんで、さん付けなんですか?」なんて、水を差しかねない質問だけが、まっさらになった頭の中にぽこんと浮かんで、すぐさま消えた。

「成る程、選ぶことが容易ではないのだな? それも仕方あるまいっ! どちらも甲乙つけがたい気高さだからなっ」

「あ、いや……えぇ?」

「なに、案ずるな。貴殿の心を満たせるよう、どちらも用意してあるからなっ! 遠慮なく受け取りたまえ、さあっ!!」

 困惑している間にもヨミ様は、超特急で俺を置き去りにして話を進めていく。

 しなやかな腕と真っ黒な羽を勢いよく広げ、マントをはためかせている。

 室内で、なおかつ窓も閉じきっているというのにばたばたと音を立てている、高級そうな黒い生地から現れた。

 手品みたく、ぽんっ、ぽんっと。白銀の見るからにして、もふもふしてそうな狼の大きなぬいぐるみ。黄金のふわふわのたてがみを持ったライオンのこれまた大きなぬいぐるみ。

 二体が飛ぶように俺の鼻先まで近づいてくると、両隣にぽすんと座り込んだ。

「えっと……ヨミ様、これは?」

 唐突に、挟まれてしまった。俺の身長だと高い高いでもしなければ、二匹の尻尾を引きずってしまいかねない大きさの、もふもふとふわふわに。

 頭上でハテナマークが飛び交っている俺と違って、ヨミ様は大変満足気だ。満面の笑みを浮かべ、うんうんと頷いている。

「うむっ説明しよう。まず彼等には私の魔力を込めた結晶を仕込んである」

 ことの真意を尋ねたものの、返ってきたのは俺が望んでいる回答ではなく、ぬいぐるみ達が持っている機能の説明だった。

「ゆえに、常に人肌の温もりを維持することが可能になっている。さらに」

 おまけに、やたらと饒舌に語っているもんだから、口を挟むタイミングを完全に逃してしまっていた。

「首に下げてあるペンダント、この中に入れてある布に、アロマを染み込ませることで……」

 そうこうしている間にも、再びマントから、とととんと現れていく。

 カラフルな、それぞれデザインが違う小瓶が七本。花のラベルが貼られた、それらがテーブルの上に並んでいく。

「その日の気分によって、香りを変えることも出来るぞっ! どうだ?」

 俺は、眺めていることしか出来なかった。

 得意気な顔をしたヨミ様が、キラキラと輝かせた瞳を俺に向けるまで、ぽかんと口を開けたまま。
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