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拘束されて強制連行、のち強制検査……俺の人権は?

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 黒服の男達によって謎の施設へ強制連行されたかと思えば、今度は白衣の男達に囲まれ怒涛の強制検査。

 正直、全身拘束のが可愛かったレベルだ。

 壁も床も真っ白な、病院のような研究所のような施設内をたらい回しにされ、全身をくまなく調べられてさ。人体実験でもされてるんじゃないか? って気分だったからな。

 あらかた調べ尽くしたんだろう。ようやく解放された俺は、白衣の二人組によって最後の検査を行った隣の部屋へと案内された。

「レン……」

 そこで待っていたのは、俺にとって唯一の心の支えであるヒスイ。

 血液やら何やらを採取されている時は、隣で手を握ってくれ。妙な機械に入れられた時もギリギリまで側に居てくれた。

 どうやら、先程の検査も見守ってくれていたらしい。部屋の左の壁はガラス張りになっていて、俺が居た部屋を、俺の全身をスキャンしていた妙な機械を、拝めるような造りになっていた。

 マジックミラーってヤツか。俺からは、壁にしか見えなかったからな。

「よく、頑張ったね……」

 筋肉質な腕を広げ、俺を迎えてくれる。辛さを堪えているような、引きつった柔らかい笑顔。

 一体どれくらいの間、この優しい親友は俺の為に心を痛めてくれたんだろうか。目元も鼻も痛々しいほどに赤く、頬にはいくつもの涙の筋が残っている。

 思わず泣きそうになった。

 だから、思いっきり抱きついてやった。分厚い胸板に顔を押しつけ、広く頼もしい背中に腕を回して、力いっぱい。

 ヒスイは何も言わなかった。ただただ、その温かい腕で俺を抱き締め、背中を、頭を撫でてくれた。

「いやぁーホントに仲良しだねぇーキミ達。いいねぇ、いいよぉ」

 あまりにも場違いな声だった。呑気で、陽気で、楽しげな。鼻にかかったような男の声。

 いつの間に部屋に入ってきたのか、白衣を身に纏うひょろっとした長身の男が、俺達に向かってぐっと親指を立てていた。

「……白花博士」

 また、ヒスイは知っていた。

 それもそうか。俺と違って、関係者みたいだからな。あの青年達と一緒で。

「どうしたのぉ? 緑山クン。こわーい顔しちゃって? あ、もしかしてカレのこと? ごめんごめん、ボクなりに上に進言したんだよぉ? あんまり乱暴はしないでね? って。でも、アイツらぜぇーんぜん聞く耳なしって感じでさ、絶対に確保しろって息巻いちゃってぇ……」

 指先で、くせっ毛のある白い髪をイジりながら、大げさに溜め息を吐く。

「やんなっちゃうよねぇ、どうかしてるよ。だってカレ、すっごく貴重なサンプルなんだからさぁ……丁寧に厳重に保管するのが普通じゃない? でしょ?」

 掴みどころのないふわふわとした声色が、突如ナイフの刃先みたいな冷たさを帯びる。

 まるでガラス玉みたいだった。温もりのない水色の瞳が、観察するように俺を見つめている。

「……っ」

「レンは人間ですっ! 物なんかじゃっ……」

「ごめんごめん、言葉のアヤだよ、あーや。だいじょーぶ、ここに居る間はボクが一番偉いんだから! 上の好きにはさせないよ? ちゃーんと二人共守ってあげるからねぇ」

「……余計に信用出来ません」

「がーん」

 胸を張り得意げに笑ったかと思えば、今度はオーバーリアクション気味に肩を落とす。

 ヒスイの言う通りだ。まだ、第一印象のみだけど、信用出来ない。全身から胡散臭さが溢れている。

「何か今、不名誉なレッテルを貼られた気がするなぁ……まぁ、いいや。ボクは白花イズモ、よろしくねぇ天音レンクン」

「……何で俺の……いや、それよりもココは何処なんですか? 俺を、ヒスイをどうするつもりなんですか?」

「どうもしないよぉーキミ達、貴重な戦力だもん。むしろ、バッチリケアして、全力でフォローしてあげるからねぇ」

「答えになってないじゃないですか! ちゃんと説明を……」

「ごめんごめん、順を追って説明するから、怒らないでよ、ね?」

「……分かりました」

 とにかく座ろうよ、と勧められ、並べられた二つのイスにヒスイと座る。

 白花という男も、引っ張り出してきたイスを俺達の前に置いて腰を下ろした。背もたれのない、スプリング音が無機質な室内に響く。

「ここは、お国が秘密裏に作った施設。キミが見た影を研究したり、戦う組織って感じかな」

「じゃあ、ヒスイは」

「戦闘員だよ。ここに所属してもらっている。キミが出会ったカレらもそう。居たでしょ? 三人」

「……はい」

 言葉で聞いただけじゃ荒唐無稽な話だ。

 でも、俺はすでに目の前で見てしまっている。影と戦う青年達を、群がる影を一瞬で消し去ったヒスイの力を。

「で、これからは、キミにも協力してもらおうってワケ。いやーホントに良かったよ、見つかって。ずーっと探してたからさ。キミ専用の部屋は用意したけど、やっぱり緑山クンと一緒の方がいい? それなら、もっと広い部屋に変えて」

「ちょっ、ちょっと待って下さい!」

 トントン拍子に進める声を遮ると、きょとんとした目で見つめられた。

「協力はします……いや、させて下さい。ヒスイの力になれるんだったら」

「レン……」

「ほんとかい!? なれるなれる、それどころか必要不可欠だよ! 緑山クンが、戦場から無事に帰って来られる為にはねっ」

 嬉しそうな悲しそうな、複雑な表情で俺を見るヒスイに対して、白花博士は前のめりだ。手を合わせ、嬉々として目を輝かせている。

「っ……だったら、尚更、頑張ります。でも、先に家に帰って家族に話を……」

「悪いけど……キミ、もう帰れないよ?」

 頭を殴られた気分だった。

 急激に乾いた喉からは、か細く震えた音しか出ない。

「……は?」

「正確には帰せないんだ、お国の命令でね。当分ここに住んでもらうことになる」

「国の、命令?」

「だいじょーぶ。高校は特別な休学扱いだし、お家にもちゃーんと連絡してあるからね」

 思考が回らない。言葉が何も入ってこない。

 ……何だよ、それ? 何が大丈夫なんだよ?

「そんな、勝手に……」

「世界の為なんだ」

 真っ直ぐに俺を見つめるその表情からは、さっきまでの飄々とした笑みはない。能面のような顔が、俺を静かに見据えていた。

「今、キミという存在を失えば……ボク達人類は、いずれ確実に滅びるだろう。皆、仲良く影にされてね。キミも見ただろう? 見たハズだ」

 抑揚のない声が諭すように尋ね、断言する。

 途端に蘇った悲痛な叫び、絶望に染まった顔、溶けるように変わっていく形。人だったもの。

「あ、あ……」

「白花博士!」

 力強い声が、包み込んでくれた温もりが、暗い記憶から引っ張り上げてくれた。

 逞しい腕で俺を抱き締めたまま、今にも噛みつきそうな目をしたヒスイが博士を睨む。

「ごめん、ごめん。とにかく、そういうことだから。詳しいお話と今後のことについては、また明日ね。疲れてるだろう? ゆっくりお休み。あ、ここのご飯すっごく美味しいんだよ? なんせ、全国から三ツ星シェフを引き抜いてるからね。まぁ、お国の為に命削ってるんだからさぁ、これくらい当然の権利だよねぇ」

 また、ころりと変わる。さっき見せた顔はウソだったみたいに。

 お部屋にも運んでもらえるから、楽しまなきゃソンだよ? なんて、星が飛びそうなウィンクまでしてくるくらいだ。

「……行こう、レン。大丈夫、俺がついて」

「ちょーっと待った! 緑山クンは、まだここに残ってもらわなきゃ」

 眉を顰めたヒスイの腕が、肩と腰を支え、抱き抱えるように俺を立ち上がらせてくれる。

 そのまま二人三脚の形で立ち去ろうとしていた俺達を、長い腕を大げさに広げた博士が立ち塞がった。

「な、約束が違うじゃないですか! レンと一緒に居させてくれるって……」

「うん。検査が終わったら、好きなだけ一緒に居ていいよ。でーもーキミ、変身出来たんだろう? ちゃーんとメディカルチェック、しないとね? 天音クンも分かってくれるよね? 緑山クンの為なんだ」

 言葉尻に近づくにつれ、感情がなくなっていく声。無機質なアイスブルーが、俺を見つめていた。

「大丈夫……俺は大丈夫だからさ……ちゃんと、検査……受けろよな」

「レン……」

「よーし決まりだね! じゃあ後のことはよろしくね、黒野センセ」

 気がつけば扉の近くで、音も気配もなく佇んでいた長身の男。無駄な筋肉が一切ないスタイルのいい体躯に、少し気怠げだが整った顔。

 白花博士と同じ白衣を纏い、黒く艷やかな髪を後ろで緩く結んだ黒野と呼ばれた男は、どこか不機嫌そうな、憂いを帯びたような濃い紫の目で俺達を捉えた。

「……悪いな、緑山君」

「いえ、黒野先生のせいじゃありませんから……レンを、お願いします……」

「ああ、任せて欲しい」

 この人は、まだ信用出来るみたいだ。博士相手には、番犬並みに警戒していたヒスイの態度が明らかに和らいでいる。

 ヒスイに代わり俺の肩に腕を回しながら、済まない、と鋭い瞳を伏せた。やっぱり良い人のようだ。

「レンっ終わったらすぐに行くから!」

「はいはーい、天音クンの為にもじゃんじゃか、隅々まで調べていこうね! いやぁ、楽しみだなぁ!」
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