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笑う牙

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 施された術が俺の危機を感じ取ってくれたんだろう。これで、グレイ先生にも伝わったハズだ。先生にさえ伝われば、他の先生方にも伝わるハズ……後は助けが来るまで耐えられれば……

「これは……魔術障壁か!」

「は、はい……グレイ先生からもらって……俺達の場所も伝わったハズです。発動したら、先生に連絡がいくようになってるので……」

「それは有り難い。シュン、君はそこから動くなよ。コイツは俺が仕留める」

「気をつけて下さい! 無理は、しないでっ……」

 ああ、と頷き先輩は腰から剣を抜き放ち構えた。

 唸りを上げながら獣が地面を蹴って先輩に飛び掛かる。勢いよく振り下ろされる、鋭く光る爪。

 襲いかかる強力な一撃を、剣の切っ先で受け流し、そのまま振り払う。肉を裂くような音がして獣が短い悲鳴を上げた。

 続けざまに獣の懐に飛び込むと、頭を目掛けて剣を振り下ろす。

 決まった! と思った。仕留め切れないにしても、致命傷は負わせることが出来ただろう。そう、思ったのに。

 寸前だった。紙一重のところで獣が後ろに飛び退く。その場で身体を回転させ、丸太のように太い尻尾を鞭のようにしならせた。

「しまっ……!」

 先輩が剣で受け止めようとするも間に合わず、無防備な脇腹に吸い込まれるように、獣の尾が叩き込まれる。

「先輩っ!!」

 勢いそのままに横へ薙ぎ払われ、大きくふっ飛ばされた先輩の身体が木の幹に叩きつけられた。

「かはっ……」

 重力に従ってドサリと地面に倒れ伏す。そして、ピクリとも動かなくなってしまった。

「そんな……先輩……」

 早く、先輩のところに……障壁で、守らないと……

 急がないといけないのに、側に行きたいのに……足が動かない。

「こ、の……動けよ……動けっ……」

 無理矢理動かそうとしても震えが収まらず、這いずる程度しか進めない。

 鼓膜を揺らす、背筋が慄く低い唸り声。気がつけば獣が近くまで迫っていた。牙の生え揃った大きな口から涎をボトボト垂らしながら。

「ひっ……」

 後退ろうとするが、すぐに木の根に阻まれてしまった。鼓膜が割れそうな咆哮を上げ、俺に向かって鋭い爪を振り下ろす。

 ガキンッと音を立てて障壁が強撃を阻んだ。

 俺が安堵の息を漏らしたのもつかの間、獣は諦めることなく何度も障壁に爪を立て続けている。

 獣の猛攻を阻む度に、障壁の放つ光が徐々に弱々しくなっていく。

『強い衝撃を受け続けると壊れてしまうからね』

 はたと過った忠告に背筋が凍りつく。

 もし、もしも、障壁が壊されてしまったら俺は……

 焦れた獣が真っ赤な口を開け、その大きな牙を障壁に突き立てた。牙が刺さった場所にピシリと小さなヒビが入る。

 笑ったように見えた。獣がニタリと口元を歪ませてヒビに目掛けて爪を振り下ろす。

 ピシピシと音を立てて亀裂が徐々に広がっていく。視界が歪んでガチガチと奥歯が音を立てた。

 誰か、助けて……グレイ先生、ダン、ソレイユ先輩……

 助けて……誰か、俺を……

 パリンと乾いた音と共に、俺を守ってくれていた障壁が砕け散る。

「助けて……サルファー先輩っ!!」

 獣の爪が俺に容赦なく振り下ろされた。
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