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十一話

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 イグナーツのその一言に、二人して私達から目を逸らすように俯いた。
 あからさまにソレと分かる反応。
 そこまで面倒な話であると思ってもみなかったのか、アイリスは私の側で深い溜息を吐いた。

「……え、えっと、僕らは一応、止めたんですけど、止められなかった、というか」
「だって、あいつら、私達の言葉なんて何一つとして聞こうとしなかったし……」

 とどのつまり。
 残りの二人のパーティーメンバーは今も尚、ダンジョン内にいる、という事なのだろう。

「……ねえ、ダミアン」
「なんすか?」
「使いっ走りのような真似をさせて申し訳ないのだけれど、学長を呼んできて貰っていいかしら」

 イグナーツ一人に向かわせるのはまずい。
 かと言って私はまだ治療中。
 となると、今手が空いているのはダミアン一人だけ。だから、己にその役回りがやって来たと理解してか、

「仕方ねえっすね」

 あっさりとアイリスのその言葉を受け入れ、先程通って来た道を帰るようにそれだけ言って、私達に背を向けて走り出した。

「……それ、で。他にこの事を知ってる人は?」

 こめかみを軽く抑えながら訊ねるアイリスの様子から、かなりまずい状況であると悟ったのか。

「い、いえ。それにあいつら、すぐに帰ってくるって言ってたし……」

 口籠もっていた先程までとは一変して、取り繕うように言葉を早口に並べ立てる。

「ダンジョン絡みで、すぐに帰ってくる程信用ならない言葉はないわよ」

 ————監督者は一体、何をしてるのだか。

 ダンジョン内が危険な場所であると身に染みて理解をしているからなのだろう。
 やや怒りを含んだ口調で、にべもなく吐き捨てられた。

「で、その筋金入りのバカの名前は?」
「ミフェルと、ローレンです」
「ミフェルと、ローレン……て、それ、今年入ってきた問題児共じゃない」

 この場にもし、学長がいたならば「問題児て、お前が言うなお前が」などと突っ込んだ事だろう。
 私ですら、アイリスが口にする「問題児」というワードに引っ掛かりを覚えるのだ。
 他の人間であれば、尚更だろう。

「問題児て、お前が言うなお前が」
「……そのセリフをイグナーツだけは言っちゃいけないと思うなあ」

 けらけらと面白おかしそうに笑うイグナーツが、今まさに言っていたものだから、堪らず私も口を挟んでしまう。

 指摘を受けたアイリスは戯言をのたまうイグナーツを相手する気もないのか。
 華麗にスルーを決め、もう一度ため息を吐いた。

「……今は20層以降が教師によって侵入禁止になってる筈だから、恐らく5層から19層の間のどこかにいるわね」

 理由は分からないけれど、20層以降が教師によって侵入禁止になっているのであれば、そこまで深刻視はしなくても問題はない。
 今からでも助けに向かえば、問題なく助けられるだろうし、何なら、助けに向かうまでもなく自分達の足で帰ってくるのでは。

 私がそんな事を思った時だった。

「平時ならそこまで問題はないし、担任からも少し怒られる程度で済んだでしょうが……よりにもよって、この時期……不味いわね」
「何かまずいの?」
「……今の時期は、〝掃除屋〟がいるのよ」
「「あ゛」」
「だから、20層以降は教師が侵入禁止にしてるのだけれど……その反応を見る限り、二人とも完全に忘れてたわね」

 通称、〝掃除屋〟。

 そんな名前で呼ばれている魔物が、ある周期でダンジョンに出現するようになっている。

 しかも、その魔物は厄介な事に、深層と呼ばれる50層以降から低層と呼ばれる20層付近までを彷徨く習性を持っており、その為、50層より下に生息する魔物並みの力量でありながら低層にまで顔を出すというはた迷惑な魔物であった。

 〝掃除屋〟と呼ばれる魔物は、魔物でありながら魔物を食らう習性があり、まるで他の魔物を掃除しているようにも見える事から〝掃除屋〟というあだ名で知られている。
 ただ、魔物の本来の習性は〝掃除屋〟も持ち得ており、もちろん、人を襲う。

 だから、アイリスは平時であれば、、、、、、と言っていたのだろう。

「にしても、〝掃除屋〟ねえ。確かに、そんな奴もいたっけか」
「……恐らく、問題児二人組はどこかで〝掃除屋〟の話を聞きつけて、自分達が倒してやろう。なんてバカな事を思ったか。はたまた深層に興味があっただけのただのバカか。なんにせよ、救えないバカである事に変わりはないわね」

 酷い言いようである。

 でも、〝掃除屋〟のいるこの時期にあえて二人で勝手にダンジョン攻略を行おうとしたのだから、庇えるものも庇えない。

 とすれば、やっぱり急ぎで助けに行く事は必至か……と、そんな事を考える最中。

「……あの、よくご存知ですね」

 すっかり私とアイリス、イグナーツの三人で言葉を交わし合っていた事で蚊帳の外になっていた生徒のうちの一人。
 リフィーと呼ばれていた少女が此方の様子を窺うように、言葉をもらした。

「そりゃ、一年前までは私達も此処に通ってたからねえ。しかも、問題児なんてレッテルを四人して貼られてたし」

 私とダミアンが問題児呼ばわりされている事に至っては、完全にイグナーツとアイリスのせいだ!!
 って弁明を求めてたけど、なんだかんだお前らも好き勝手やってるよと学長から指摘されて以来、甘んじて受け入れてはいた。

「……そういえば、お二人とも、何処かで見覚えがあるような」
「あーあーあー。そんな事はどうでも良いから。こいつはただの通行人Aよ。いい? 分かった? 兎に角、そのバカ二人を連れ戻しに行くわ」

 イグナーツの顔を知らなかったのか。
 けれども、思い出しかけていたリフィーの思考を遮るように、適当に誤魔化しに入る。

 ……確か、ダンジョンの最高踏破層を更新してやった時の記念撮影。
 とか称して四人で魔道具を用いて撮った写真を無理矢理、イグナーツが学長室に飾らせてたからそれでじゃないだろうかと思いつつ、

「でも、どうするのアイリス」

 〝掃除屋〟はかなり面倒臭い相手だったと記憶してるし、何より、最悪守りながらダンジョンから抜け出さなきゃいけない状況に陥る可能性だってある。
 もし、その二人の生徒が怪我を負っていた場合は?

「……学長を巻き込むのは当然として、手の空いてる教師を二人ほど組み込んで急造のパーティーを作るわ」

 流石のアイリスも一人で向かうという選択肢はあり得なかったのだろう。
 今考えうる限り、一番最適であろう選択を口にしていた。

 ……ただ。

「————いやいやいや、それは悪手だろ。もっと確実で、もっと良い選択肢がすぐ目の前に転がってんのによ」

 あえてそうする理由が分からない。
 と言わんばかりに、異議を申し立てる声が一つ。

 多分、ダミアン辺りが思わず悲鳴をあげてしまいたくなるような考えが声の主であるイグナーツの脳内では描かれてるんだろうな。
 と思いつつも、実際に言ってしまえばそれこそ取り返しのつかない事になりそうだったので、私はあえて口籠もっておく。

「……貴方、今の自分の立場分かった上で言ってるの?」
「当然だろ。こんな面白そうな事を見逃して……じゃない。上に立つ者の一人として、母校の生徒を助ける事は当然だからな。それに、ことダンジョンにおいては下手な教師よりも俺らの方が上手く立ち回れると思うが?」

 ……一応、取り繕ってはいたが、完全に手遅れ……というか、失言してしまっている。
 本音がダダ漏れであった。

「それに、まさか此処にいるとは思ってもなくて、後回しにする予定ではあったんだが、アイリスに相談したい件、、、、、、もあったんだ。つぅわけで、目先の問題は早いところ片付けてそっちの話もしたいんだわ」

 だから、手伝うのだと。
 そんなことで話す時間を奪われるのは己にとってもよくないのだと理由をつけてイグナーツは首を突っ込もうとしていた。

 ただ、一つ。
 イグナーツに不幸があったとすれば。

「だから、久々に四人でダンジョン攻略と行こうじゃねえか。やっぱり俺らといえばダンジョン攻略だろ?」

 ちょうどその発言をした際に、学長を呼びに行っていたダミアンが、学長を連れて戻ってきていた事だろう。
 過程を聞かずとも、ダンジョン攻略を行おうとしていると分かるその発言を前に、絶対に行かせるものかと言わんばかりに顔を歪めたダミアンと学長の表情がとても印象的であった。
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