上 下
5 / 10

5話

しおりを挟む
 †

「く、くくくッ、ははははははは!! 昨日はただの冗談か何かかと思ってたが、本気だったのかよ、カレン嬢」

 あれから一日。
 セバスに説明したように、王城にあるルシアータ公爵家の為に用意されていた広すぎる私室にて、私は夜を過ごし、再びゼフィールの下へとやって来ていた。

 側にはバレンシアード公爵もいる。
 どうにも、彼は一日一度はゼフィールの下を訪れているらしい。

 あの後、話にならないと部屋から叩き出された私がまた訪れるとは思っていなかったのだろう。滅茶苦茶楽しそうに笑われた。

「……本気じゃなかったら、あれだけの荷物を持ってくる訳ないじゃないですか」
「確かに、それもそうだ。しかし、友達になりたいってよ。間違っても、婚約者に向かって言う言葉じゃねえだろ」

 結婚を前提とした婚約を結んだ相手である。
 私以外の人間からすれば、何を言っているんだと言いたくなる気持ちはよく分かる。

 ただ、私の場合は八年後に婚約破棄をされる未来を知っているので、その為にもできれば友人くらいの関係に落ち着いている必要があると思った。

 そしてその関係値ならば、縁談が破棄されても陰ながら何らかの形で支える事は出来るだろう。そうする事で、原作主人公であるユリアの負担は確実に減るし、もしかすると私の望むハッピーエンドにたどり着けるかもしれない。

 あれは、だからこその発言であった。

「でも、おれは応援してるぜ。昨日は部屋から一瞬で叩き出されちまったけどな」

 理由も聞かずに、バレンシアード公爵は私の考えを尊重すると口にする。

「どういう目的でああ言ったのかは知らんが、あいつには頼れる人間があまりに少な過ぎる」

 原作の時ほどの人間不信ではないものの、何者も省みようとしない様子は八年前から変わっていなかった。

「だから、カレン嬢があいつの拠り所になってくれるってんなら、これ以上ねえと思った。もっとも、あの人間不信の友は骨が折れると思うがな」
「……何か裏があるとは思わないんですか?」

 本当は、ゼフィールに対して一人であたって砕けろを繰り返すつもりだった。

 でも、ゼフィールの側にはバレンシアード公爵がいた。
 傍から見れば、急に距離を縮めようとする怪しい人間にしか見えない事だろう。

 そう思っての質問だったのに、バレンシアード公爵は悩む素振りを見せる事なく破顔した。

「裏を持ち込むような人間が、無防備に一ヶ月も王城に留まる、なんて言い出すもんかよ。仮に目的があったとしても、きっと悪いもんじゃねえ。おれがそう思った」

 私の父が何か良からぬ事を考えていたとしても、私を一人で送り出すなんて真似をする訳がない。逆も然り。
 だから、裏はないとバレンシアード公爵は笑いながら断じていた。

「それに、本当の意味でのあいつの支えにおれはなれねえからよ」

 少しだけ寂しそうに。
 今この世界で、一番ゼフィールとの距離が近いであろうバレンシアード公爵は呟いた。

「……それってどういう」
「おれがあいつに世話を焼いてる理由に、『同情』や、『贖罪』。そういった余計な感情が僅かながらでも入っちまってるからな。だから、どれだけ距離が縮もうと、どう足掻いてもあいつの本当の意味での理解者におれはなれねえ。勿論、たとえそうだとしてもゼフィールを見捨てる気はないがな」

 そうして、私は再びゼフィールの部屋の扉の前にたどり着いた。

「んじゃ、頑張ってくれよカレン嬢」
「バレンシアード公爵閣下はご一緒なさらないんですか?」
「同世代の人間同士の方が色々とやりやすいだろ。こんな、二回り以上も年食ったおっさんと一緒にいるよりもよ。それに、ちょいと公務が忙しくてな。今日は、ゼフィールの事頼むわ」

 背を向け、手をひらひらさせながらバレンシアード公爵は踵を返してその場を後にしてゆく。

(……どうして、バレンシアード公爵は原作に出て来なかったんだろう)

 ふと思う。

 ここまでバレンシアード公爵閣下とゼフィールの関係値が良いのに、次代のバレンシアード公爵とゼフィールはどうしてあれほど険悪だったのだろうか。

 ……今思えば、まるで禁句のようにバレンシアード公爵の話題だけがすっぽりと抜け落ちていたようにも思える。

 でも、考えても仕方のない事だと割り切り、私は一旦バレンシアード公爵の事は忘れる事にした。

「さて、と。時間も限られてる事だし、頑張って仲良くなりますかね」

 扉を押し開けるべく、ドアノブを握り力を込める。しかし、そこからは確かな抵抗感しか帰ってこない。
 やがて、まるでロックされているかのように、ガチャン、ガチャンと音が連続して響く。


 ……これ、あれだ。鍵掛けられてる。


「ば、バレンシアード公爵閣下!! 殿下が扉に鍵を掛けてます……!!」
「……あ、あんにゃろ。夜以外は鍵掛けんなってあれほど言っただろうがッ」

 格好良くその場を後にしたバレンシアード公爵が、私の声を聞いて慌てて引き返してきてくれる。

 ややあって、開けられた扉の先には、性懲りも無くまた来たのかと悪びれもせずに呆れるゼフィールの姿がそこにあった。
 ただ、私の視線はゼフィールの手元に置かれていた水晶に似たものに引き寄せられる。

 作中では何度も見かけたそれは、魔法使い達が魔法の制御を練習する為に使用していたものであった。

 部屋にこもって何をしているのかと気になっていたが、おそらくゼフィールは日頃より己の魔法使いとしての力の制御の為に試行錯誤していたのかもしれない。

「魔法の制御、ですか」
「……分かるのか?」

 今度こそ、またな。と足早にその場を後にするバレンシアード公爵を尻目に、私は半ば反射的に呟いていた。

「ほんの、少しだけですが」

 ……そうだ。私には、八年後の原作の知識がある。決してそれはこれから起こる事象にのみ活用出来るものだけでなく、単に八年後では当たり前だった知識を今、伝えられるというアドバンテージも存在している。

 だったら、私はゼフィールの魔法使いとしての懸念を無くす事に尽力しよう。
 そうすれば、本来の人間不信王子などと不名誉過ぎるあだ名をつけられたゼフィールとは別の未来を彼が歩めるかもしれない。

「……いや、なんでもない。お前には関係のない事だ。婚約はクヴァルが勝手に進めた事だ。お前までそれに付き合う必要はない。分かったらさっさとここから出て行け」

 言葉には隠してすらない棘がある。
 でも、原作のゼフィールほど、容赦のないものではなく、入り込める隙が僅かほども見出せなかった本来の彼とは程遠い気がした。

 これならば、私でも十分可能性があるように思えた。


 何者も省みず、何者も信頼しようとせず、誰の言葉にも耳を貸さない。
 そうする事で孤立しようが、彼からすれば寧ろ望むところ。
 自分の為だけに生きる彼は、本当に誰も必要とはしていなかった。


 カレン・ルシアータとしての悲劇から逃れたいと思う以上に、ゼフィールにまた、そんな悲しい生き方を私はして欲しくなかった。

 だから私は、自分の目的の為に。
 そして、ゼフィールの為にこの世界も捨てたもんじゃないんだって、知らしめる事に決めた。

「私の知識は虫食いですけど、でも、殿下の力になれると思います。ですから、今日から一緒に魔法の制御の練習もしましょう! 勿論、私とお友達にもなって貰いますけども!」
「……俺の話を聞け。というか、あの戯言は本気だったのか」
「そりゃあ、私も友達になろうって相手に嘘をつくほど人でなしじゃありませんから」

 『嘘』という言葉に反応し、ゼフィールの表情が険しいものに変わるその一瞬を私は見逃さなかった。

 原作でも、ゼフィールは嘘をひどく嫌っていた。だからこそ、私はあえてその言葉を用いた。そして、自分の退路も無くしてしまう。
 もし反故にでもしてしまえば、私自身が彼にひどく恨まれる事になると分かった上で、口にするのだ。
 そうでもしなければ、彼の信頼は勝ち取れないと思ったから。


「今すぐ信じてくれとは言いません。ですが、これだけは覚えていて下さい。私は、貴方を何があっても忌避しないし、見捨てない。何があっても、私は貴方の味方ですから。ゼフィール・ノールド王子殿下」
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】名前もない悪役令嬢の従姉妹は、愛されエキストラでした

犬野きらり
恋愛
アーシャ・ドミルトンは、引越してきた屋敷の中で、初めて紹介された従姉妹の言動に思わず呟く『悪役令嬢みたい』と。 思い出したこの世界は、最終回まで私自身がアシスタントの1人として仕事をしていた漫画だった。自分自身の名前には全く覚えが無い。でも悪役令嬢の周りの人間は消えていく…はず。日に日に忘れる記憶を暗記して、物語のストーリー通りに進むのかと思いきや何故かちょこちょこと私、運良く!?偶然!?現場に居合わす。 何故、私いるのかしら?従姉妹ってだけなんだけど!悪役令嬢の取り巻きには絶対になりません。出来れば関わりたくはないけど、未来を知っているとついつい手を出して、余計なお喋りもしてしまう。気づけば私の周りは、主要キャラばかりになっているかも。何か変?は、私が変えてしまったストーリーだけど…

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

悪役令嬢ってこれでよかったかしら?

砂山一座
恋愛
第二王子の婚約者、テレジアは、悪役令嬢役を任されたようだ。 場に合わせるのが得意な令嬢は、婚約者の王子に、場の流れに、ヒロインの要求に、流されまくっていく。 全11部 完結しました。 サクッと読める悪役令嬢(役)。

【完結済】冷血公爵様の家で働くことになりまして~婚約破棄された侯爵令嬢ですが公爵様の侍女として働いています。なぜか溺愛され離してくれません~

北城らんまる
恋愛
**HOTランキング11位入り! ありがとうございます!** 「薄気味悪い魔女め。おまえの悪行をここにて読み上げ、断罪する」  侯爵令嬢であるレティシア・ランドハルスは、ある日、婚約者の男から魔女と断罪され、婚約破棄を言い渡される。父に勘当されたレティシアだったが、それは娘の幸せを考えて、あえてしたことだった。父の手紙に書かれていた住所に向かうと、そこはなんと冷血と知られるルヴォンヒルテ次期公爵のジルクスが一人で住んでいる別荘だった。 「あなたの侍女になります」 「本気か?」    匿ってもらうだけの女になりたくない。  レティシアはルヴォンヒルテ次期公爵の見習い侍女として、第二の人生を歩み始めた。  一方その頃、レティシアを魔女と断罪した元婚約者には、不穏な影が忍び寄っていた。  レティシアが作っていたお守りが、実は元婚約者の身を魔物から守っていたのだ。そんなことも知らない元婚約者には、どんどん不幸なことが起こり始め……。 ※ざまぁ要素あり(主人公が何かをするわけではありません) ※設定はゆるふわ。 ※3万文字で終わります ※全話投稿済です

【完結】転生したぐうたら令嬢は王太子妃になんかになりたくない

金峯蓮華
恋愛
子供の頃から休みなく忙しくしていた貴子は公認会計士として独立するために会社を辞めた日に事故に遭い、死の間際に生まれ変わったらぐうたらしたい!と願った。気がついたら中世ヨーロッパのような世界の子供、ヴィヴィアンヌになっていた。何もしないお姫様のようなぐうたらライフを満喫していたが、突然、王太子に求婚された。王太子妃になんかなったらぐうたらできないじゃない!!ヴィヴィアンヌピンチ! 小説家になろうにも書いてます。

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

転生したら推しに捨てられる婚約者でした、それでも推しの幸せを祈ります

みゅー
恋愛
 私このシーンや会話の内容を知っている。でも何故? と、思い出そうとするが目眩がし気分が悪くなってしまった、そして前世で読んだ小説の世界に転生したと気づく主人公のサファイア。ところが最推しの公爵令息には最愛の女性がいて、自分とは結ばれないと知り……  それでも主人公は健気には推しの幸せを願う。そんな切ない話を書きたくて書きました。 ハッピーエンドです。

せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません

嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。 人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。 転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。 せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。 少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。

処理中です...