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二章

二十四話

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「……言葉には気をつけろよ」
「自覚がないってのは考えものだねえ。いいよ、他でもないマスター契約者の為だ。特別に一肌脱いであげるよ」


 怒り心頭に睨みをきかせる俺の視線を暖簾に腕押しとばかりに受け流し、バランは虚空から己の得物を瞬時に創り出す、、、、
 刃の部分だけで1m以上はあるだろう大剣。
 ストーリーボスにのみ許された固有能力。
 バラン特有の〝創造〟。


「何するつもりだ。おい、答えろバラン」


 不敵に笑いながら大剣を片手にバランが歩き出す。
 俺のいる方向とは真逆。
 楓と、レクスのいる方向に向かって。


 脳裏を過ぎる不安。
 最悪の可能性。


 バランは現時点では俺が存在自体を危険視しているため、誰にも危害は加えれない事になっている。
 だが、その契約は本当に嘘偽りないものなのか。
 絶対と言える証拠は?
 何を根拠に信じる?


 不安が疑問を呼び、疑問が疑問を呼び込む。


「まて……」


 契約が履行。
 バランの身体は見えない枷をつけられたかのように身体が急激に重くなる。
 それでも、人外染みた身体能力を十全に活かし、何事もないように彼は歩みを止めない。


「まてよ、おい……」


 バランから漏れ出る異様な雰囲気に圧倒され、その場に立ち尽くす楓とレクスに切っ尖が向けられる。


「ボクのマスターに、足手纏いは必要ない」


 だから——。


「ここらで死んどきなよ、おふたりさん」


 大剣が、霞む。
 目にも留まらぬ神速の剣撃。
 楓とレクスが相手をするにはあまりに実力差があり過ぎるゆえにバランが何をしたのか。
 その認識すらコンマ数秒遅れている。
 そしてコンマ数秒あればバランならば首を飛ばす事が可能。


 思考が高速化。
 自分は何をすれば良いのか。
 それが瞬時に思い浮かび、意識外。
 もはや、無意識のうちに身体は動いていた。


「待てって言ってんだろクソがッ!!!!」


 もはや容赦は必要ない。
 バランはやはり危険過ぎる。
 俺がもう後腐れなくここで斬る——ッ。


 そう決め、インベントリから武器を取り出す。
 使い慣れたダガー。
 狙うは首元。
 数秒でも早くバランアイツの首を落とさなくては楓とレクスが危険にさらされる。
 だから早く、早く——


「はい、首おーちた」


 言葉の発声元はバランで。
 楓とレクスを助けに行った筈が、気づけばバランが創造した大剣を首元に当てられ、薄皮一枚斬られていた。


「あの2人が大事なのは理解してる。でも、なら尚更ボクに一任すべきだと思うけどな。理由はほら、この通り」


 現時点において、バランが優位に立っているように見えるが、その実、バランの腕はすでに動けない状況となっている。
 契約者を絶対に殺す事は出来ないように契約で縛られているからこそ、大剣がこれ以上動く事は決してあり得ない。


 俺もそれは理解している。
 が、そんな中、その場に佇んでしまったのもバランの言葉が原因だ。


「その過保護さはいつか致命的なミスを招く原因となるだろうね。それは間違いない。今のままではこの2人がそれなりに強くなったとしても変わる事ないだろうし」
「……話の確証は何処にもない。今回はたまたまだ。楓とレクスも月日を重ねて強くなれば俺も今ほど気にかける事もなくなる。油断したのもこれが最初で最後だ。安心しろ」
「いいや、言い切れる。ボクだから、、、、、そう言い切れる」


 おちゃらけた態度はそこになく。
 いつになく真剣な表情で真摯に見つめ返してくる。


「ボス撃破報酬でマスターは見たよねえ? ボクが〝闘神〟に至ったワケ、その根源をさあ」


 ストーリーボス撃破報酬は大きく分けて2つ。
 ボスドロップと呼ばれるアイテムと。
 撃破したボスの過去を追憶出来る小洒落た報酬が与えられていた。


「……見た、な」
「ならわかるんじゃないの? ボクの言いたい事」
「…………」


 思い出す。
 今でこそ〝闘神〟と呼ばれるバランであるが、〝闘神〟に至ろうとした理由が1つだけあった。


「ボクはさ」


 確かそれは、


「ボクを庇って死んだ姉さんの為に〝闘神〟に至ろうと思った。姉さんは強かった。ボクはもちろん、誰よりも」


 そうだ。
 バランコイツの根源は、自分を守って死んでいった親族に対するものだった。


「でも、周囲の奴らは笑った。姉さんを、愚かだと。救いようのないアホだと。ボクの生まれた村は実力至上主義。力ある者は力無き者を導かなければならないなんて風習すらあった。だから力無き者にあたるボクを庇って死んでいった姉さんは愚かだと笑われた。それも盛大に」


 そして結果。


「だからボクは笑った奴らを全員笑えるようになろうと努力を重ねた。姉さんを誰も笑えないようにボクは強くなった。〝闘神〟に至った。そしてボクは笑った奴らを全員半殺しにして嘲笑った。いつまでも笑ってやった。そいつらを。腕をへし折りながら酷い笑みを向けてたかなあ、たぶん」


 俺が討伐報酬として見た映像通りの話だった。
 そこまで聞けば何を言いたいのかなんてものは見えてくる。


「つまり、マスターは姉さんと同じなんだ。だからいつか死ぬ。致命的なミスをおかして死ぬ。だからこそ、ボクの提案をマスターはのむべきなんだ。例え生き返るとしても、残された2人が負う傷は優しいものじゃない筈さ」
「俺はお前の姉じゃない」
「いいや、同じだね。話を戻すけど、この3人の中でマスターが唯一実力を認めてるのは間違いなくボクだ。しかも自分よりも恐らく強い、そんな事すら思ってるでしょ?」
「……そうだな」
「そんなボクが生死を問わず本気で2人を鍛える。それが果たされればマスターの過保護は恐らく解消されると思わない?」


 話としては、一応筋が通っている。
 俺の致命的過ぎる弱点を指摘し、かつその打開案を提示。確かにバランが本気で鍛えたとなれば俺が楓とレクスを過保護に護ろうとする事は無くなるかもしれない。
 それでも。それでも、それはあまりに


「……ダメだ。リスクが高過ぎる」
「強情だなあ」
「俺なら兎も角、あいつら2人を危険にさらす事は出来ねえよ」


 これが本音。
 これだけは曲げられない。


 俺の返答に落胆したのか、バランはため息をひとつ。


「じゃあ言い方を変えよっか。今死ぬ可能性が少なからずあるけど、それを乗り越えれば後々死ぬ確率は格段に減るのと、数ヶ月先に絶対死ぬの、どっちがいい?」
「どういう意味だよ」
「ボクは倒されたし恐らく、次の1月ボスは〝死霊術師バビロン〟」


 運営のお知らせにも、そんな事は一切書かれてはいなかった。確証はない。が、バランが嘘をついている様子もない。



「元は人間でありながら魔術の深淵を覗き込み、死霊術に取り憑かれた哀れなリッチー。実力でこそボクより格下だけど、周りへの被害が尋常じゃないヤツなんだよ」
「というと?」
「〝死霊術師バビロン〟が登場したその瞬間から辺りに溢れるよ。力を持った死霊達が」


 今まで、ストーリーボスが周囲に影響を与えるといった事は未だかつてなかった現象だ。
 それをバランが言ったからと信じるには些か早計にすぎる。
 だけど、本当ならば考えを変える必要があるかもしれない。


「死霊の力は術者依存。〝バビロン〟の影響下にある限り死霊の強さは相当なものになるよ。そうなれば間違いなく死人が出る、ここからも2人以上は確実に」
「…………」


 もし、それが本当ならば時間は惜しい。
 だが危険にさらす事は憚られる。
 どうしてか、制約の灰鉄グラーシーザの使用はバランが嫌っており、鍛錬をする際はどうやっても使わせて貰えないんだろう。
 命令を使って無理矢理に制約の灰鉄グラーシーザを使わせるのも手ではあるが、無理矢理を強要し続ければいつかしっぺ返しがくる可能性が高い。
 出来る事なら使いたくはない。


「……わかった。バランの提案を受け入れる」
「うんうん、それが良いよ絶対に」
「だが条件が1つある」
「条件、ねえ」


 バランの頭に浮かんだのは制約の灰鉄グラーシーザの使用。
 しかし、それは使わないと言ってある。
 それでもと使用を強要する程トンチンカンな男ではないと思ってはいるが、その可能性は捨てきれず、渋面を見せる。


「楓やレクスがドギツイ鍛錬をするんだ。もちろん邪魔はしないが、1人のほほんと気ままに過ごすのは性に合わない。だから——」


 それはあまりに意外なもので。
 流石のバランも目を見開いた。


「その鍛錬に、俺も混ぜろ」
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