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一章

十五話

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 閑散と化した砂漠の上。
 未だ効果を発揮し続け突き刺さる制約の灰鉄グラーシーザを引き抜き、インベントリに納める事で展開されていた結界が薄れて消えて行く。


 残された砂煙。
 照らしつけてくる月光を仰ぐと同時、妙な違和感に襲われる。
 間違いなく楓とレクスは倒しきった。それは制約の灰鉄グラーシーザが証明している。
 対象同士の決闘を強要するアイテムであるが故に、効果はどちらかが倒され、結界の外に弾き出されるまでその効果は持続。
 こうして抜いてインベントリに納めれた時点で倒しきれていなかった、という線だけはあり得ない。


 じゃあこの違和感は……。
 思考を巡らす事数秒。
 警戒心が普段から尋常でなく高かったからか、すぐに答えに辿り着く。


「……目が潰されてる?」


 ここで言う目とは使い魔。
 つまり〝八咫烏〟。
 八咫烏は10羽程。他にも少々強めの使い魔を見回り用に放っていたが、数が明らかに減っている。


 八咫烏に至っては1羽残らず存在を消されていた。


「まずい……!!」


 消耗したHPをポーションで回復する時間すら惜しんで駆け出す。
 制約の灰鉄グラーシーザによって結界の外に弾き出された者のHPは1割固定。
 状況は最悪の一言。


 制約の灰鉄グラーシーザを使う前には人影は周囲になかった。だとすれば、敵は姿を隠す〝ステルス系〟のスキルを使っていた可能性が高い。


「くそがっ、間に合えッ……!!!」


 弾き出されてから既に1分近く経過している。
 しかも、相手は制約の灰鉄グラーシーザによる決闘に夢中だったとはいえ、八咫烏の目に映らずに倒した手練れ。
 誰かを視認すれば情報が伝達されるため、どれだけ他の事に夢中だったとしても、それだけは気づいたはず。


 傍目すら気にする事なく、【無音】に駆ける——。







「休む間もない、とはこの事ですかね……」


 逼迫したこの状況にレクスと楓が渋面。
 目の前の5人組に目を見やりながら、再び、戦闘態勢を整える。
 今はまだ、RAINが放っていたであろう狼型の使い魔が足止めをしているが、5人の力量、連携を考えて十数秒保てば良い方か。


 やるしかない、と己を奮い立たせる。
 戦いを見る限り、底知れないと思わせるようなナニカはない。
 確かに強い。万全に準備をしても敵わないかもしれないとも思う。
 それでも、それでも。


 手加減はしないと言って尚、それでも明らかに手加減をして。
 加えてバフすら十全に使用せず、スキルすら使用制限を課して人数差もあったというのに返り討ちにしてしまうRAIN程ではないと。


 一度だけ、移動速度について話をした事がある。
 RAINの、【無音】の強さの秘訣。
 その圧倒的な移動速度について。


 聞けば、〝無歩——瞬殺〟で、一撃決殺出来るギリギリの火力だけは確保するが、それ以外は全て移動速度重視。
 【魔法のスクロール】によるバフなどを含め、全プレイヤー中最速。自バフ込みであれば、例え他職のバフを十全にかけていたとしても、RAINの移動速度を上回る事はないらしい。


 他のプレイヤーには、視認した時には既に刃を振るうエモーションに入られていて対処のしようがないと言われていたらしい。
 RAINに対抗する為には付け焼き刃でも移動速度を上げるか、初撃を勘で防ぎ、かつ、無差別に散らされる〝幻術〟への魔法対抗も上げ、長期戦に持ち込まなければまず間違いなくRAINが勝つらしい。


 そんなRAINが後方に控えている。
 制約の灰鉄グラーシーザの効果さえ切れれば駆けつけてくれるだろう。RAIN最強が。


「見た感じ、とてもじゃないですが友好的な方々、ではありませんね」
「ええ、そうね」


 僅かに残っていたMPを使用し、楓によるビショップ【ヒーラー】専用スキル——ディバインヒールによってHPバーは6割程にまで回復を終えている。


 一貫して敬語を使うレクスとは異なり、RAINの前でのみ敬語を使用する楓は倦怠感を露わにしつつ返答。


「数分だけでも時間を稼げれば私達の勝ち。RAIN様が異変に気付いて駆けつけてくれるだろうから」
「ですねえ」


 ただ。
 ビショップ【ヒーラー】とソーサラー【魔導師】という組み合わせだというのに、2人ともMP切れを起こしている。
 雀の涙程度はあるが、それでもMPは使えない。
 つまり、近接武器による戦闘を強いられるという事になる。


「出来ますか? 楓」
「ばぁーか」


 誰に物言ってんの。
 と、笑いながらインベントリからサーベルを取り出す。


「出来るじゃなくて、やるの。やらなくてどうにかなるわけでもあるまいし」


 それに。


「あの方の使用人としても、私達が負けて許されるのはただ1人。こんな状態でも足止めくらいわけないわ」
「威勢が良いですね」
「生憎と、いつもこんな性格よ」
「そうでした」


 何気ない会話。
 使い魔は残数ゼロ。
 次の標的として楓とレクスが認識される。
 相手は無傷。
 MPも減った様子はない。


 そんな観察をしてる最中——、


「——ごめんねえ」


 声が、
 楓のすぐそばで響く。


「恨みはないけど、こうしないと、、、、、、いけないから、、、、、、
「早……っ!」


 早い。
 それでも認識はできる。辛うじて身体は反応する。
 敵は無手。
 であれば、


 足下が妖しく光り出す。
 スキル発動兆候。
 シノビ【忍者】専用スキル——


「影縛——、っ!!」
「へえ?」


 相手の余裕過ぎる態度に違和感を持ち、慌てて発動をキャンセル。
 だが、それを判断すると同時、襲撃者である彼女もそれを理解し、スキルを発動。
 手のひらを押し出すように、楓の腹部目掛けて繰り出す。


「反応は悪くなかった、よッ!」
「か、はッ……」


 モンク【格闘家】専用スキル——〝発勁〟。
 堪らず肺から空気が漏れ出る。
 砂の大地に叩きつけられ、衝撃によって喀血。


「クレルダン大聖堂までご案内~」


 戯けた口調で。
 それがどうしようもなく腹が立って。
 ムカついて。それでいてRAINと模擬戦をした後とはいえ、このまま負けるのが悔しくて。


 レクスに視線をやると、彼はまだ戦っている。
 もちろん劣勢。
 それでも、相手の気を引けたこの数秒は何よりも価値があるものだった。


 やっと休める。それに、私達の勝ちだ。
 だってさ。
 ほら。


「あはっ」
「っ……!」


 危険を察知してか、襲撃者である女性はいち早く楓にとどめを刺す前に距離を取ろうと動き出す。


 濃密な殺気が後方から押し寄せてくるのが分かる。
 責任を感じてるんだろう。
 自分の不注意で、なんて。
 そう思うと楓はくすりと笑わずにいられない。
 彼女は何も気付かない。気づけない。
 多分、今も、これからも。
 だから代わりに、楓が言う。


「……そんなんじゃ、避けれないのに」


 彼女は楓の言葉を耳にしても、ソレの対策は叶わない。絶対に。
 だってそれは。
 PvP最強による最速の一撃決殺。


「——ごめん」


 誰に向けての言葉なのか。
 そんな事は聞かなくともわかる。
 だから、笑う。微笑む。
 そして言う。


「お気になさらず」


 派生スキル。
 【魔法のスクロール】を習得する際、運営が決めたルールとして【魔法のスクロール】によって習得したスキルの延長線上として〝派生スキル〟がごく稀に使えるようになる事がある。


 たまたま、俺の場合そうなっただけで、意図してのものではなかった。だから何を組み合わせて習得すればこのスキルが習得出来るかなんてわからない。


 それでも、これのお陰で【無音】と呼ばれるに至った。そのスキルは。


「取り敢えず死んどけ」


 視認、感覚、反応。
 最速ゆえに俺の場合、一瞬のラグが生まれるらしい。
 具体的に言うならば姿形がブレる。その一言。


「……は」


 即殺一閃。
 〝無歩——瞬殺〟


「避けるにせよ、遅過ぎる」


 相手が何を言おうとしてたのか。
 言い切る前に首筋目掛けて叩き込む。


 直後、HPバーがゴッソリと削れ。
 HP全てを削り取る。
 HPとは頭部へのダメージが一番重く、首を刈り取られでもすれば間違いなくHPは0と化す。


 だから誰もが頭部は守るし、心臓部だって守る。
 無駄にリアル。それが【イニティウムオンライン】の醍醐味とさえ言えるのであるが。


「次」


 首の飛んだ死体に目もくれず、視線を移す。
 【イニティウムオンライン】の中で死んだ者は数秒後、死体が光に包まれ、復活地点へと転移する。


 向こうが殺す気だったのだからと振るわれた一撃に迷いはなく。必殺の一撃と化した。


「……おいおい、なんかヤバイの1人混じってんぞ」


 声が聞こえる。
 男の声。焦燥感に駆られたような声だった。


「……逃げちゃいます?」


 もう1人の男が言う。


「いや、キツそうな気がするぜ。アイツ、相当エグい。【蜜柑】のやつを一撃で殺すってなるとNPKノートリアスプレイヤーキラークラスなのは確定。そんな奴が逃してくれるとは思わねえが」


 それに。


「瀕死のあちらさんもまだやる気らしい」


 そう言ってレクスを見やる。


「負けたまま、というのは性に合わないもので……!」
「……それでこそPvP、だよなあ」


 マジかあ、と逃げ腰だった男が呟く。
 だが、そう言いながらもスキル発動準備を怠ってはいない。


「しゃーない」


 【蜜柑】と呼んだ女性プレイヤーの死体を見つめながら、


「迎え撃ちますか」


 不敵に、笑う——。
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