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一章

三話

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「取り敢えず、現状報告をしたい」


 使い魔のスクロールを使用して早30分。
 装備の点検をはじめに、楓とレクスの装備を見繕いながら時間を潰していると、八咫烏の一匹が街と思しき場所を見つけ、視界を同調して俺へと情報が伝わった。
 それを伝えるべく、二人に声をかける。


「如何さないました?」
「使い魔が街を見つけた」
「それは、吉報ですね」
「ああ、見たところ、【イズモ】に似た街だけど、【イズモ】とは少し違う街ってところ」


 【イズモ】とは【イニティウムオンライン】内に存在する街の一つで、江戸時代をモチーフにした城下町だ。
 見たところ、それに酷似しているが、微妙に違っている。
 おそらく、似て非なる街、と捉えた方が良いはずだ。


「見たところ、治安も特別悪くはなさそうだし、そこへ向かうって事でいい?」
「異存はありません」
 わたしも楓と同様。異存はありません」
「なら決まりだ」


 方針が決まったところで俺は部屋の中の物を片っ端からインベントリに納めていく。


「拠点はここに捨てていく。物は全て回収。住む場所は向こうについてから調達しよう」
「ええ、それがよろしいかと」
「ああ、それとひとつだけ」


 ここからが何よりも重要。
 俺のとる方針で進む限り、これだけは外せない。


「可能な限り、プレイヤーと思しき人物との接触は避けていく。今の俺たちは何よりも、知らなさすぎる、、、、、、、。であるならば手の内は隠すのが必然。出先でもし何かあれば俺を呼んでくれ」


 ローテーブルの上に指輪を二人分転がす。


「念話の指輪、ですか」
「そうだ。後、二人共に使い魔のスクロールを5枚ずつ渡す。可能な限り死角は潰せ」
「用意周到ですね……」
「アサシン【暗殺者】の性分、なのかもな。後、戦闘用ウルフのスクロールも2枚ずつ渡す。威嚇と殿用に持っておけ。何かあれば迷わず使う事」


 次々とスクロールをインベントリから取り出してローテーブルに乗せていく。


 【無音】なんて呼ばれた【RAIN】が殆どPK被害に遭わなかったのも、その用意周到さが一因している。
 常に自分の周りに使い魔を飛ばせ、撃ち墜とせば即座に反応。
 撃ち墜とさずに近付こうものならその前に反応され、【無音】で即殺。


 普通のパーティーでもそういった手段を取る者達はよくいるが、【RAIN】だけは扱いが異なってくる。


 まず、使い魔を撃ち墜とした時点で撃ち墜とした犯人に即座に肉薄し、無力化出来るのは移動速度に特化したものでないと到底不可能。
 ミッション勢はいかに火力を高め、ボスを早く倒すかを目的としている者が大半で、移動速度に特化した者がおらず、使い魔を飛ばしていたところで不意を突かれても少し反応が速くなるだけ、という僅かな違いが生まれるだけなのだ。


 ゆえにPK厨の中でも例外的に【RAIN】だけは見逃すという暗黙の了解というか、触らぬ神に祟りなし状態が生まれていたりする。


「あと、二人にはジョブを騙せるように何か俺の手持ちの【魔法のスクロール】を使って貰う」


 とは言っても数枚しか持ち合わせてないんだけどなと笑う。


「ジョブを騙す、ですか」


 意外そうに楓が見つめ返してくる。


「そうだ。第一回PvPでは俺はそれまでにグラディエーター【剣闘士】のスキルであるファングブレイドってスキルしか人前で使ってなかったんだ。だからみんな俺はグラディエーター【剣闘士】なのだと信じて疑わなかった。もちろん、俺が事前に覚えただけの【魔法のスクロール】による産物だっただけなんだけどな」
「で、本番ではアサシン【暗殺者】のスキルを使用し、勝てた、と」
「その通り。たった一回の不意打ちにしか使えないけどその一回は貴重だ。だからお前達には何かしらのジョブに騙せるよう、【魔法のスクロール】を使って貰う」
「ですが、【魔法のスクロール】はとても高価な物。私達に使うくらいならばRAIN様が使った方が良いのでは?」
「良いんだよ。俺はもう十分だからさ。さっきのうちに次のPvPの時用に置いて置いたシノビ用のスキルが込められた【魔法のスクロール】は使ったし、残った【魔法のスクロール】は誰かにあげるなりする予定だったやつだけだ。気にすることはない」


 俺が決して引くことはないと感じ取ったのか。
 強情に受け取ろうとしない楓を横目に、では。とレクスが声を上げる。


「主人の好意を無碍にしては使用人の名折れ。であるならばその好意に甘えさせてもらいましょう」


 そう言われてしまうと楓も拒否できなくなる。


「決まりだな。行き先は【イズモ】に似た街だ。だから剣士系のスキルが良いだろ」
「と、いうとやはり街にはサムライやシノビのようなジョブの者達が?」
「恐らくは、な。遠くからじゃ少し見え難いが腰に刀を佩いている者は何人か見えた」
「なるほど。でしたら警戒はしておくに越した事はありません」


 【イニティウムオンライン】において、火力が最も高いと名高い職が一にサムライであり、二にシノビなのだ。
 しかも、【魔法のスクロール】にてサムライのスキルを2つ程習得しているからこそわかるが、チートのようなスキルが多過ぎる。


 乱発出来ないという欠点を加味してもぶっ壊れ過ぎる性能ゆえにプレイヤーの人口も多い。だが、それはあくまで極めたサムライであり、中途半端なサムライを指した言葉ではない。


「当分は俺がサムライ【侍】で、楓とレクスのジョブはブレイバー【剣士】って設定でいく」
「分かりました」
「じゃ、問題ないならラストに衣服だよなァ」


 俺は舌なめずりするように楓に好奇な視線を向ける。


「な、何でしょうか……」


 楓も身の危険を感じてか、ソファに座っていたというのに後ずさりしようとする程。
 だが、その人間じみたNPCだった頃には絶対にあり得なかった反応によって俺の欲望は刺激される。


「【イズモ】に似た街にいくんだ。そのメイド服じゃあ間違いなく目立つ。だから着替えなきゃいけないんだが、折角だから俺が衣装選びを手伝おう」
「い、いえ、一人で大丈夫ですから……」
「いやいやいや! レクスも楓一人じゃ心許ないよな?」


 はいって言えよと睨みをきかせる。


「……は、はい。心許ないです。楓一人では!」


 さすがレクス。空気を読める人だ。
 俺からの賞賛の視線と、楓からのドギツイ視線を一身に受けるレクスはとばっちりという他なかった。


「って事で、」


 じりじりとにじみよる。


「お着替えタイムといきましょうかァ?」


 いやあああああああぁ!!
 なんて可愛らしい声が響くも、助けはどこからもやってくる事はなかった。








「……酷いです。あんな、強引にしなくても」
「いやいや、あーでもしないとメイド服脱ぐ気なかったでしょ楓はさ」
「まあ、そうですけど」


 可愛らしい和装に身を包む楓はまさしく大和撫子な外見で。
 多少強引でもあったが、あの衣装選びを経たお陰で多少の距離は縮まっていたりする。
 それに嫌よ嫌よも好きのうち。
 なんだかんだ楓も和装を気に入っているようで、衣装に関する文句は聞こえてこなかった。


「俺達も和装に着替えた事だし、出発するとしますかあ」


 はじめに飛ばしていた使い魔——八咫烏のうち5羽程を自分の上空付近に飛ばし、残りの5羽を【イズモ】に似た街の偵察に向かわせて拠点を後にする。


 向かった先に騒乱が待ち受けているとは、知らずに——。
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