330 / 1,370
【329 ヤヨイとルチル】
しおりを挟む
「・・・そんな・・・ルチル・・・ルチルーッツ!」
北の街メディシング、軍の拠点の一室では、増援として駆け付けたヤヨイが、ルチルの亡がらの前で両手で顔を覆い泣き崩れていた。
「近くにいた兵の話しでは・・・敵の大将と相打ちだったらしい・・・この街が護れたのは、ルチルのおかげだ」
パトリックはやりきれなさに目を伏せ、悔しさを滲ませながら言葉を続けた。
「ヤヨイ・・・ルチルはキミの話しをよく聞かせてくれた。ペトラとキミと三人で食事をして、買い物をして、コーヒーを飲んで話す時間が、一番好きだと言っていたよ・・・・・す、すまな・・・い・・・・オ、オレが・・・オレが・・・ついて・・・いながら・・・・・・」
こらえきれず右手で目を押さえ、嗚咽交じりに言葉を絞り出すパトリック。
ヤヨイとパトリックの泣き声だけが、静まり返った部屋に響いた。
「・・・落ち着いたか?」
「・・・・・うん」
どれくらい時間が経っただろうか、窓の外は暗闇に閉ざされている。
カエストゥス国首都バンテージからの援軍が到着し、現在はメディシングの警備についている。
帝国軍は撤退をしたが、パトリックにはあの遠距離攻撃のマイリスが、このまま引き下がるとは思えなかった。
「・・・ヤヨイ、話した通り、おそらく帝国はもう一度攻めてくる。あの遠距離攻撃のヤツが帝国の核のはずだ。今回はルチルのおかげで撤退させられたが、次は分からない。壁も突破されるかもしれない・・・」
「パトリックが、そこまで言う相手なのね・・・」
「あぁ・・・2,000メートルだ。確認したが、2,000メートルの距離からこの街まで攻撃を届かせるんだ。しかも針の穴を通す程の正確さだ。魔力量も桁外れに多い。ハッキリ言って、俺を含め、ここにいる魔法使いでは攻撃を届かせる事はできない。距離を詰めようにも、それまでに逃げられてしまうだろう。非常にやっかいな相手だ・・・」
パトリックがその先の言葉を言いよどむと、ヤヨイはパトリックの考えを見抜いていると言うように、言葉を返した。
「分かったわ。私の風なら普通に走るよりずっと早い。それに姿が見えなくてもどこにいるか感じ取れる。だから、その敵は私が倒すわ。いい?」
悲し気な顔で笑うヤヨイを見て、パトリックもいたたまれなくなる。
「・・・ヤヨイ、辛い時に本当にすまない。だが、この場であの敵を逃がさず倒す事ができるのは、キミだけだろう・・・」
ヤヨイの手を取り、そう告げるパトリックの目を見つめ、ヤヨイは小さく首を横に振った。
「・・・大丈夫。ここで頑張らなきゃ、ルチル、に・・・怒られちゃうわ・・・」
ルチルの名前を口にすると泣きそうになる。
でも、いつまでもくよくよしていたら、それこそルチルに怒られてしまう。
この戦場での自分の役目、それはパトリックの言う遠距離攻撃の魔法使い。
「ねぇ・・・今夜は私、ここにいるわ。ルチル一人じゃ・・・寂しいでしょ」
「・・・分かった。俺は兵の様子を見たら休むとするよ。ヤヨイ・・・無理はしないようにね」
黙って頷くヤヨイを見て、パトリックは部屋を出た。
一人部屋の残ったヤヨイは、ルチルの隣でイスに腰をかけたまましばらくその顔を見つめていた。
「・・・綺麗・・・どこも怪我なんてしてないみたい。ねぇ、ルチル・・・覚えてる?お洋服、手直ししなきゃって言ってたの・・・あれから忙しくなって、まだ持ってきてなかったよね?この戦争が終わったら、一緒に・・・いっしょに・・・・・おさいほう・・・・・うぅ・・・」
それ以上言葉を続ける事ができなかった。
涙は枯れたと思っていた。堪えなければと我慢していた。
だが溢れ出た涙は後から後から零れ落ちる。
ペトラとルチル、思えばあの試合をして以来、二人はよくレイジェスと孤児院に遊びに来てくれた。
この五年余り、三人で出かける事も多かった。沢山の思い出が出来ていた。
胸が締め付けられ、何も考える事が出来なくなる。
「・・・ルチル・・・あなたが護ったこの街は、私がきっと護り抜くから」
空が白み始めた頃、ヤヨイは立ち上がりルチルの頬をそっと撫でると部屋を後にした。
北の街メディシング、軍の拠点の一室では、増援として駆け付けたヤヨイが、ルチルの亡がらの前で両手で顔を覆い泣き崩れていた。
「近くにいた兵の話しでは・・・敵の大将と相打ちだったらしい・・・この街が護れたのは、ルチルのおかげだ」
パトリックはやりきれなさに目を伏せ、悔しさを滲ませながら言葉を続けた。
「ヤヨイ・・・ルチルはキミの話しをよく聞かせてくれた。ペトラとキミと三人で食事をして、買い物をして、コーヒーを飲んで話す時間が、一番好きだと言っていたよ・・・・・す、すまな・・・い・・・・オ、オレが・・・オレが・・・ついて・・・いながら・・・・・・」
こらえきれず右手で目を押さえ、嗚咽交じりに言葉を絞り出すパトリック。
ヤヨイとパトリックの泣き声だけが、静まり返った部屋に響いた。
「・・・落ち着いたか?」
「・・・・・うん」
どれくらい時間が経っただろうか、窓の外は暗闇に閉ざされている。
カエストゥス国首都バンテージからの援軍が到着し、現在はメディシングの警備についている。
帝国軍は撤退をしたが、パトリックにはあの遠距離攻撃のマイリスが、このまま引き下がるとは思えなかった。
「・・・ヤヨイ、話した通り、おそらく帝国はもう一度攻めてくる。あの遠距離攻撃のヤツが帝国の核のはずだ。今回はルチルのおかげで撤退させられたが、次は分からない。壁も突破されるかもしれない・・・」
「パトリックが、そこまで言う相手なのね・・・」
「あぁ・・・2,000メートルだ。確認したが、2,000メートルの距離からこの街まで攻撃を届かせるんだ。しかも針の穴を通す程の正確さだ。魔力量も桁外れに多い。ハッキリ言って、俺を含め、ここにいる魔法使いでは攻撃を届かせる事はできない。距離を詰めようにも、それまでに逃げられてしまうだろう。非常にやっかいな相手だ・・・」
パトリックがその先の言葉を言いよどむと、ヤヨイはパトリックの考えを見抜いていると言うように、言葉を返した。
「分かったわ。私の風なら普通に走るよりずっと早い。それに姿が見えなくてもどこにいるか感じ取れる。だから、その敵は私が倒すわ。いい?」
悲し気な顔で笑うヤヨイを見て、パトリックもいたたまれなくなる。
「・・・ヤヨイ、辛い時に本当にすまない。だが、この場であの敵を逃がさず倒す事ができるのは、キミだけだろう・・・」
ヤヨイの手を取り、そう告げるパトリックの目を見つめ、ヤヨイは小さく首を横に振った。
「・・・大丈夫。ここで頑張らなきゃ、ルチル、に・・・怒られちゃうわ・・・」
ルチルの名前を口にすると泣きそうになる。
でも、いつまでもくよくよしていたら、それこそルチルに怒られてしまう。
この戦場での自分の役目、それはパトリックの言う遠距離攻撃の魔法使い。
「ねぇ・・・今夜は私、ここにいるわ。ルチル一人じゃ・・・寂しいでしょ」
「・・・分かった。俺は兵の様子を見たら休むとするよ。ヤヨイ・・・無理はしないようにね」
黙って頷くヤヨイを見て、パトリックは部屋を出た。
一人部屋の残ったヤヨイは、ルチルの隣でイスに腰をかけたまましばらくその顔を見つめていた。
「・・・綺麗・・・どこも怪我なんてしてないみたい。ねぇ、ルチル・・・覚えてる?お洋服、手直ししなきゃって言ってたの・・・あれから忙しくなって、まだ持ってきてなかったよね?この戦争が終わったら、一緒に・・・いっしょに・・・・・おさいほう・・・・・うぅ・・・」
それ以上言葉を続ける事ができなかった。
涙は枯れたと思っていた。堪えなければと我慢していた。
だが溢れ出た涙は後から後から零れ落ちる。
ペトラとルチル、思えばあの試合をして以来、二人はよくレイジェスと孤児院に遊びに来てくれた。
この五年余り、三人で出かける事も多かった。沢山の思い出が出来ていた。
胸が締め付けられ、何も考える事が出来なくなる。
「・・・ルチル・・・あなたが護ったこの街は、私がきっと護り抜くから」
空が白み始めた頃、ヤヨイは立ち上がりルチルの頬をそっと撫でると部屋を後にした。
0
お気に入りに追加
220
あなたにおすすめの小説

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。

ペット(老猫)と異世界転生
童貞騎士
ファンタジー
老いた飼猫と暮らす独りの会社員が神の手違いで…なんて事はなく災害に巻き込まれてこの世を去る。そして天界で神様と会い、世知辛い神様事情を聞かされて、なんとなく飼猫と共に異世界転生。使命もなく、ノルマの無い異世界転生に平凡を望む彼はほのぼののんびりと異世界を飼猫と共に楽しんでいく。なお、ペットの猫が龍とタメ張れる程のバケモノになっていることは知らない模様。

転生した体のスペックがチート
モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。
目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい
このサイトでは10話まで投稿しています。
続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分
かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。
前世の分も幸せに暮らします!
平成30年3月26日完結しました。
番外編、書くかもです。
5月9日、番外編追加しました。
小説家になろう様でも公開してます。
エブリスタ様でも公開してます。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる