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第八章
≪Ⅲ≫魔物達の飢えの原因【1】
しおりを挟む私がお礼を告げたあの後から──何故か酷く動揺したベンダーツさんの操作ミスでウマウマさんの進路が狂い、気付いたら半日程西に向かっていたという事にヴォルの指摘で判明したのです。
本来ならば、その日の夕方までにはケストニアに到着している予定だったという事でした。もっと早く教えて欲しかったと思う、もともと土地勘がない私です。それでも残念ながら私には景色が殆ど同じに見えるので、正規ルートに戻っても違いが分からないという結果でした。
「ヴォル、結界を張り続けていて大丈夫なのですか?」
「結界を張るだけなら問題ない。元よりセントラルでは無意識下で行っていた」
休憩の為に馬車を停め、周囲に結界を張っての遅めの昼食です。
現在、ベンダーツさんは一人で黙々と食事を作ってくれていました。手伝いを申し出ても頑として受け入れてくれませんでした。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
ベンダーツさんからお皿を手渡され、ドギマギしながら受け取ります。
何だか変な緊張を感じました。妙にピリピリしているようなのです。作って下さった食事はとても美味しそうなのですが、この重い空気に口がカラカラに渇いて食欲が霞んでしまいました。
「……いつまで怒っている」
「まさか。怒ってなどはいませんよ。ただ、自分の失態を悔やんでいるだけです。私がメルシャ様に対して怒る理由などありません」
「そうだな、お前の失敗だ。だがそれだけだ。行き過ぎたなら戻れば良いし、一日や二日の損失など問題ない。俺もお前も人間だったというだけの事だ」
サラリとそれだけ口にすると、ヴォルはその後何も言わずに食事を始めました。つまりはベンダーツさんの失敗を許したという事で、それを受けてピリピリしていた空気が消えます。
そこで漸く私もベンダーツさんが作ってくれた温かいスープにカトラリーをつけました。
ベンダーツさんは始め苦い顔をしていましたが、小さく頭を下げるだけに留めたようです。そして別の言葉を静かに告げました。
「ヴォルティ様。結界の継続に支障があるようならば仰ってください。どの程度魔力が消失しているのかは存じませんが、可能な限り魔力を温存した方が宜しいかと」
「分かった。しかし何をせずとも消耗はする。メルに言ったように、結界の魔法程度では負担にはならない。……だが、魔物達の飢えの原因はこれだろうな」
ベンダーツさんも現状でヴォルが魔法を使う事に難色を示しているようです。気遣ったと思える言葉を掛けますが、応じたヴォルは私に答えたものと同じでした。
でも追加された内容に私は顔を上げます。
前に魔物が凶暴になっているとヴォルが言っていました。でもヴォルの感じている事が全ての魔力を持った存在に共通するのならば、魔力を源にする魔物にとって自身の力の流出は生命の危機を感じるものに違いありません。
「他の町の人達は大丈夫なのでしょうか」
私は独り言のように呟きました。
旅をする事で知った様々な町は、全てが魔力を使った結界で守られています。世界には人より強い魔物が多く存在している為、それら魔物の侵入から身を守る必要があるのでした。
でもこのまま魔力の消耗により魔物がさらに凶暴になった時、結界はその脅威から人々を守り続ける事が出来るのでしょうか。そもそも、結界を維持し続ける事が可能かすら分かりませんでした。
「今はまだ、と精霊が言っている。だがいつまでも持たないだろう。元より各々の町の結界は貧弱だ。大型が一度に攻撃を加えれば持たない。それに魔法石とて半永久的に魔力を放出する事は不可能だ」
ヴォルは周囲の精霊さんに聞いてくれたようで、私の呟きに答えてくれます。
いつものように淡々と告げられた言葉に嘘はないと感じました。
魔法の行使には精霊さんの力は勿論ですが、魔力所持者の能力も関係してくる筈です。
たくさんの精霊さんに好かれたヴォルが無意識下で作り上げられる結界と、普通に精霊さんと共にあるだけの魔力所持者が大勢集まって必死に編み上げた結界──これが全く同じ強度であろう筈がないと私でも想像出来ました。
それとは別に旅の中で知ったのが、町や村によって結界の保持の仕方が違う事実です。魔法石に代行させる事もあれば、魔力所持者が交代で結界を維持している場合もあるのでした。
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