354 / 515
第八章
≪Ⅰ≫異変が起きている【1】
しおりを挟む不意に意識が戻りました。
まだ寝起きではっきりしない思考ですが、今は朝でしょうか。結界の壁が不可視になっているので外の景色が見えませんが、私の体内時計がそう告げていました。
まだお腹は訴えて来ていないですけど、既に空腹を感じています。
「……起きたのか、メル」
いつものように頭の後ろから声が掛けられました。
柔らかな声音から、昨夜の──もにょもにょな感じはありません。完全にいつものヴォルでした。
「おはようございます、ヴォル。あの、起こしてしまいました?」
「いや、問題ない」
ゆっくりと身体を起こすヴォルに続き、私も身体を──動かそうとして硬直します。
ベッドの上掛けが肩から滑り落ちた事で、我に返った私でした。
「どうした、メル」
「あ……、いえ……その……服が……」
不思議そうに問い掛けてくるヴォルですが、今の私は平生を保てないです。
しどろもどろになってしまいますが理由は簡単でした。何故かと言えば──何も身に付けていなかったのです。
理由は勿論分かっていますし、今更のような気がしなくもありませんでした。ですが堂々と見せられる訳でもなく──シーツで身体を包み込んだまま、私はどうしようかと思案します。
「メルの肌は何度も見ている」
「そっ……それは、そうなのですけど……」
僅かに楽しそうなヴォルの気配を感じますが、私は振り返る事も出来ず強くシーツを握り締めました。
分かってはいますが恥ずかしいものは仕方ないのです。そう淡々と告げられても、この羞恥心はどうしようもありませんでした。
「そうか」
真っ赤になっているであろう私の頬を一撫ですると、起き上がっていたヴォルがベッドの下に散らばっている服を集めてくれます。
すみません──でもその……ヴォルもせめて下着だけでも身に着けてくれると助かります──と、心の中で謝罪と悲鳴をあげていました。本当に困った事に、視線を背けるくらいしか出来なかったのです。
「湯を浴びるか」
「あ、はい……」
私はヴォルから視線を逸らしたまま、念入りに身体へシーツを巻き付けて立ち上がりました。
──出……っ……。
しかしながら中途半端な動作のまま固まります。
「……慣れぬか?」
苦笑を浮かべつつ、ヴォルが問い掛けてきました。
そしてビクッと肩を揺らして不自然に硬直した私の──たぶん真っ赤になっているであろう頭を優しく撫でるヴォルです。
私の動きが止まった理由が分かってしまったようでした。
でも気付かない筈がありません。外の明かりが届かない結界の中とはいえ、ヴォルの魔法で快適な温度と明るさを保ったこの空間で、私が彼の裸体を直視出来ない理由も。
それでも私はそう問い掛ける訳にもいかず、フルフルと横に顔を振りました。
「無理はするな。自分でもメルに負担を掛けている事は分かっている。すまない。……そうだ、この中を暗くしてやろう」
視線を逸らしたままの私を見かねたのか、ヴォルが背に回ってくれます。そしてその言葉の後、昼間のように明るかった結界の中が夜明け前の暗さになりました。
どうやらヴォルは、結界内の明るさすら調節可能なようです。
そして僅かな混乱の中で動けない私は、軽々とヴォルに抱き上げられました。
しかしながら、姫抱きをするにはかなりの膂力が必要な筈です。意図も簡単にしてくれますが、私が軽くないのは確かでした。
そんな現実逃避の私ですが、ヴォルを拒絶するなどと考える事はありません。そのままいつの間に用意されていたのか、ヴォルと共にお湯の水球へ入りました。
今は薄暗いので、はっきりとヴォルの顔が見えないので助かります。勿論恥ずかしさは変わりませんが、お湯に入る前にシーツを落とされた事もそれほど気にしなくてすみました。
「……音の精霊が告げていた。世界に異変が起きているらしい」
「異変ですか?」
「そうだ。世界中を巡っている魔力の流れが滞り、魔力を所有するものに異常が出てきているとの事だった」
いつものように後ろから抱き留められながらの入浴です。
これは私が溺れてしまうからでヴォルに他意はないと思っていますが、冷静に考えたら負けな気がするので都度意識の外に追いやっていました。
今回いつもと違うのは、話される内容が難しい事です。それでいて不安を煽るものだった事でした。
0
お気に入りに追加
404
あなたにおすすめの小説
旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。
バナナマヨネーズ
恋愛
とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。
しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。
最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。
わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。
旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。
当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。
とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。
それから十年。
なるほど、とうとうその時が来たのね。
大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。
一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。
全36話
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
俺の妖精すぎるおっとり妻から離縁を求められ、戦場でも止まらなかった心臓が止まるかと思った。何を言われても別れたくはないんだが?
イセヤ レキ
恋愛
「離縁致しましょう」
私の幸せな世界は、妻の言い放ったたった一言で、凍りついたのを感じた──。
最愛の妻から離縁を突きつけられ、最終的に無事に回避することが出来た、英雄の独白。
全6話、完結済。
リクエストにお応えした作品です。
単体でも読めると思いますが、
①【私の愛しい娘が、自分は悪役令嬢だと言っております。私の呪詛を恋敵に使って断罪されるらしいのですが、同じ失敗を犯すつもりはございませんよ?】
母主人公
※ノベルアンソロジー掲載の為、アルファポリス様からは引き下げております。
②【私は、お母様の能力を使って人の恋路を邪魔する悪役令嬢のようです。けれども断罪回避を目指すので、ヒーローに近付くつもりは微塵もございませんよ?】
娘主人公
を先にお読み頂くと世界観に理解が深まるかと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる