「結婚しよう」

まひる

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第八章

≪Ⅰ≫異変が起きている【1】

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 不意に意識が戻りました。
 まだ寝起きではっきりしない思考ですが、今は朝でしょうか。結界の壁が不可視になっているので外の景色が見えませんが、私の体内時計がそう告げていました。
 まだお腹は訴えて来ていないですけど、既に空腹を感じています。

「……起きたのか、メル」

 いつものように頭の後ろから声が掛けられました。
 柔らかな声音から、昨夜の──もにょもにょな感じはありません。完全にいつものヴォルでした。

「おはようございます、ヴォル。あの、起こしてしまいました?」

「いや、問題ない」

 ゆっくりと身体を起こすヴォルに続き、私も身体を──動かそうとして硬直します。
 ベッドの上掛けが肩から滑り落ちた事で、我に返った私でした。

「どうした、メル」

「あ……、いえ……その……服が……」

 不思議そうに問い掛けてくるヴォルですが、今の私は平生へいぜいを保てないです。
 しどろもどろになってしまいますが理由は簡単でした。何故かと言えば──何も身に付けていなかったのです。
 理由は勿論分かっていますし、今更のような気がしなくもありませんでした。ですが堂々と見せられる訳でもなく──シーツで身体を包み込んだまま、私はどうしようかと思案します。

「メルの肌は何度も見ている」

「そっ……それは、そうなのですけど……」

 わずかに楽しそうなヴォルの気配を感じますが、私は振り返る事も出来ず強くシーツを握り締めました。
 分かってはいますが恥ずかしいものは仕方ないのです。そう淡々と告げられても、この羞恥心はどうしようもありませんでした。

「そうか」

 真っ赤になっているであろう私の頬を一撫ですると、起き上がっていたヴォルがベッドの下に散らばっている服を集めてくれます。
 すみません──でもその……ヴォルもせめて下着だけでも身に着けてくれると助かります──と、心の中で謝罪と悲鳴をあげていました。本当に困った事に、視線を背けるくらいしか出来なかったのです。

「湯を浴びるか」

「あ、はい……」

 私はヴォルから視線をらしたまま、念入りに身体へシーツを巻き付けて立ち上がりました。
 ──出……っ……。
 しかしながら中途半端な動作のまま固まります。

「……慣れぬか?」

 苦笑を浮かべつつ、ヴォルが問い掛けてきました。
 そしてビクッと肩を揺らして不自然に硬直した私の──たぶん真っ赤になっているであろう頭を優しく撫でるヴォルです。

 私の動きが止まった理由が分かってしまったようでした。
 でも気付かない筈がありません。外の明かりが届かない結界の中とはいえ、ヴォルの魔法で快適な温度と明るさを保ったこの空間で、私が彼の裸体を直視出来ない理由も。

 それでも私はそう問い掛ける訳にもいかず、フルフルと横に顔を振りました。

「無理はするな。自分でもメルに負担を掛けている事は分かっている。すまない。……そうだ、この中を暗くしてやろう」

 視線をらしたままの私を見かねたのか、ヴォルが背に回ってくれます。そしてその言葉の後、昼間のように明るかった結界の中が夜明け前の暗さになりました。
 どうやらヴォルは、結界内の明るさすら調節可能なようです。

 そしてわずかな混乱の中で動けない私は、軽々とヴォルに抱き上げられました。
 しかしながら、姫抱きをするにはかなりの膂力りょりょくが必要な筈です。意図も簡単にしてくれますが、私が軽くないのは確かでした。
 そんな現実逃避の私ですが、ヴォルを拒絶するなどと考える事はありません。そのままいつの間に用意されていたのか、ヴォルと共にお湯の水球へ入りました。

 今は薄暗いので、はっきりとヴォルの顔が見えないので助かります。勿論恥ずかしさは変わりませんが、お湯に入る前にシーツを落とされた事もそれほど気にしなくてすみました。

「……音の精霊が告げていた。世界に異変が起きているらしい」

「異変ですか?」

「そうだ。世界中を巡っている魔力の流れがとどこおり、魔力を所有するものに異常が出てきているとの事だった」

 いつものように後ろから抱き留められながらの入浴です。
 これは私が溺れてしまうからでヴォルに他意はないと思っていますが、冷静に考えたら負けな気がするので都度意識の外に追いやっていました。

 今回いつもと違うのは、話される内容が難しい事です。それでいて不安をあおるものだった事でした。
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