「結婚しよう」

まひる

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第五章

2.そんな生活があった【3】

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「皇帝様の事、怒っているのですか?」

「いや……、今となってはどうでも良い。ただ、そんな生活があったと思い出しただけだ」

 そう言うヴォルは表情には出しませんが、少しだけ寂しそうでした。
 お母様の事を思い出してしまったからかもしれません。私も──そうでしたから。
 いなくなってしまった人の事を思い出して笑顔になれても、同時にいない事を悲しく思うのは仕方ないです。

「私も……ヴォルのお母様にお会いしたかったです」

「……そうだな。俺も……、メルのご両親に挨拶がしたかった」

 二人して同じ様な事を呟きました。
 こんな事を今更言ったところでせん無いと分かってはいるのですがね。

「はい。でもヴォルは、私の育ての親である食事処のマスターに挨拶をしてくれましたから」

「あぁ……だが、あの時は今と違ったからな。……随分と失礼な事をした」

 そう言ってフォークを置いたヴォルです。──えっ……、もう食べたのですか?
 見ると、確かにお皿は全て空になっていました。

「足りませんでした?まだ他に作りましょうか?」

「いや、満足だ。とても美味しかった。ありがとう、メル」

 慌てて私がカトラリーを置くと、ヴォルはそれを制するように柔らかな笑みを浮かべてくれました。
 自分の作った食事を食べて美味しいと言ってもらえるなんて、こんなに嬉しいと思ってもいなかったです。

「良かったです。いつもお城の美味しい食事を食べているので、ヴォルのお口に合う物が作れるかどうか心配でした」

「……料理を口にして母親を思い出すような事は今までない。それ程、メルの作ってくれた食事が美味しかった」

 真っ直ぐに視線を向けるヴォルは、その言葉に少しも嘘がないのだと告げていました。
 ──はい、そうですよね。ヴォルは私に、嘘をつかないと言ってくれましたから。

「えへっ、本当に嬉しいです。でも、こんな時間にたくさん食べてしまいましたね」

「問題ない。……しかし誰も起きてこないな」

「そう言えば……、おかしいですね。結構バタバタうるさかったと思いますが……」

 今更のように現状の異常さに気付きました。
 いつもなら衛兵の方がどなたかはいらっしゃいますし、深夜とはいえ誰もいないなんて変です。──って言うか、私はヴォルに言われるまで気付かなかったのですけどね。

「ここに来てから随分と経ちますけど、誰も来ないですよね?」

「あぁ。……精霊に様子を見に行かせる」

 ヴォルはそう言うと、宙に視線を向けました。精霊言語で話さなくても、精霊さんには伝えられるのですね。
 ──でも何だか怖いです。得たいの知れない恐怖に飲まれそうになりましたが、そんな私の肩をしっかりとヴォルが抱き締めてくれます。

「と、とりあえず片付けをします」

「あぁ、手伝おう」

 じっとしていると不安が押し寄せてくる気がして、私は立ち上がって片付けを申し出ました。そしてヴォルも。
 本音を言えば座っていてくれても良かったのですが、そう思った時には既にヴォルは立ち上がっていたのです。
 相変わらず、動きが早いですね。──って言うか、私の反応が遅いのですか?

 とにもかくにも、精霊さんの報告が来るまでの間に食事の片付けをしました。
 こうやって二人並んで食器を片付けていると、何だか新婚さん気分です。──あ、実際に新婚さんなのですけど。……自分で言って恥ずかしくなってきました。
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