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第四章
6.知りたい【4】
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「あぁ、そうだ。話は変わるが……」
不意に思い出したようにヴォルが窓際の机へ歩み寄ります。その前に一人の精霊さんが何かを告げていたのですが、私には全く聞き取れないので分かりません。
──ん?何でしょう。何か小さな箱を持っていますけど。
「メル」
「はい?」
名を呼ばれて手を差し出されました。私はその意図が読めず、首を傾げます。
周囲を漂う精霊さん達は、変わらず楽しそうですが。
「腕輪。新しいのが届いた」
そう言われながら差し出されたヴォルの手に視線が落ちます。
しかしながら──腕輪?
先程までの会話の中には、当たり前ながらそのような単語は含まれていませんでした。
言葉にされて言われてもまだ理解出来ず、私はジッとヴォルの手元を見詰めるだけでした。その時の私の中では、既に『新しい──』という部分は忘れ去られていましたが。
「左手、良いか?」
「はぁ」
反応が鈍い私に焦れたのか、ヴォルは小箱を机に置いて空の手を伸ばしました。
分からないながらも促されるままに左手を差し出すと、ヴォルの手が私の手首に掛かります。──正確には手首につけられた『婚約の腕輪』に、です。
パチリと軽い音が鳴り、つけられてから初めて外されました。──何だか、無性に悲しくなってきます。
「もうこれは不要だ」
私の手首から外した腕輪を小箱の横に置いたヴォルでした。私は視線だけでそれを追いながら、彼の言葉の意味を理解しようとします。
そして理解すると同時に、私の胸がチクリと痛みました。涙が勝手に浮かんできます。
──不要だと、ヴォルに言われてしまいました。
「新しい……、メル?」
驚いたようなヴォルの声に顔を上げると、その拍子に溜まっていた涙がポロッと落ちました。
いつも間にか俯いていたようで、更に勝手に涙が溢れてきます。
大変です、止められないです。ヴォルを困らせてしまっていますよ、私。わ、笑いましょう。
「どうした、メル」
「だっ……大丈、夫で……」
「大丈夫な訳があるかっ」
慌てたように問い掛けてくるヴォルに笑って見ましたが、ダメです。失敗しました。
歪んだ顔で見上げた途端、強く肩を抱かれます。
『不要』だと言われても、ヴォルの迷惑にならないようにすぐに身を引くつもりでした。それなのに……泣くなんて狡いですよね。
「何故泣くのだ……っ?」
理由が分からないとばかりに頭を振るヴォルでした。
ごめんなさい、もう少し待って下さい。止めますから。
「嫌……なのか?」
その呟きは苦しみが乗っています。
私の涙の意味がどう伝わっているのか、ヴォルにとっては『拒絶』という判断になっていました。
「既婚の証が……、嫌なのか……?そ、それとも形かっ?」
キコンノアカシ──?『既婚の証』?
言葉が漸く頭の中で変換されました。
「あ……、ごめんなさいっ」
理解出来た途端、思い切り叫びます。──私、物凄く勘違いしてました。
今度は私が慌ててヴォルから離れます。
「メル?」
「あの……、腕輪……勘違いしてました」
「勘違い?」
「あ、あの……外されたから、その……もう私もいらなくなったのかと……そう思ったのです」
手を突き出すようにしてヴォルから離れた為か、彼の眉根が寄っています。──このままでは不愉快にさせてしまいますよっ。
言い訳がましく告げながら、私は非常に恥ずかしくなってきました。
元々セントラルにはヴォルの『妻』という役柄の為に来たのですが、今では互いの意思の疎通もしています。そう、私は──形だけの存在ではなく、本当に──ヴォルの奥さんになったのでした。
「あ、あぁ……。すまなかった、俺も言葉が足りなかったようだ」
改めて真っ直ぐにヴォルが私を見つめてきます。
うっ、緊張します。
「もうメルは『婚約者』ではない。俺の……、俺だけの『妻』なのだ。だから既婚の証を受け取ってくれないか?」
俺の妻──。
ヴォルの言葉がジワリと心に染みました。また泣きそうです。
小箱を開けて差し出し、中に入っている幅の細い揃いの腕輪を見せてくれました。
「は……い……、勿論です」
言葉が詰まります。感情が暴走しています。
さっきの悲しみとは真逆の、喜びにうち震えるといった激しいものでした。──感情が高ぶりすぎて、顔が変になってないでしょうか。
それでもヴォルが改めて既婚の腕輪を左手首に着けてくれた頃には、少しは気分も落ち着いてきていました。
私も同じようにヴォルの手首の腕輪を、幅の太い婚約の腕輪から細い既婚の腕輪に着け替えます。
「これからも宜しく、メル」
「こ……、こちらこそ……です、ヴォル。ふ、ふつつかものですが……宜しくお願いしまふ」
──しまふ、って!
大切な言葉を噛んでしまい、真っ赤になった私です。それでも見上げれば、柔らかく細められたヴォルの瞳があったのでした。
幸せですっ。
不意に思い出したようにヴォルが窓際の机へ歩み寄ります。その前に一人の精霊さんが何かを告げていたのですが、私には全く聞き取れないので分かりません。
──ん?何でしょう。何か小さな箱を持っていますけど。
「メル」
「はい?」
名を呼ばれて手を差し出されました。私はその意図が読めず、首を傾げます。
周囲を漂う精霊さん達は、変わらず楽しそうですが。
「腕輪。新しいのが届いた」
そう言われながら差し出されたヴォルの手に視線が落ちます。
しかしながら──腕輪?
先程までの会話の中には、当たり前ながらそのような単語は含まれていませんでした。
言葉にされて言われてもまだ理解出来ず、私はジッとヴォルの手元を見詰めるだけでした。その時の私の中では、既に『新しい──』という部分は忘れ去られていましたが。
「左手、良いか?」
「はぁ」
反応が鈍い私に焦れたのか、ヴォルは小箱を机に置いて空の手を伸ばしました。
分からないながらも促されるままに左手を差し出すと、ヴォルの手が私の手首に掛かります。──正確には手首につけられた『婚約の腕輪』に、です。
パチリと軽い音が鳴り、つけられてから初めて外されました。──何だか、無性に悲しくなってきます。
「もうこれは不要だ」
私の手首から外した腕輪を小箱の横に置いたヴォルでした。私は視線だけでそれを追いながら、彼の言葉の意味を理解しようとします。
そして理解すると同時に、私の胸がチクリと痛みました。涙が勝手に浮かんできます。
──不要だと、ヴォルに言われてしまいました。
「新しい……、メル?」
驚いたようなヴォルの声に顔を上げると、その拍子に溜まっていた涙がポロッと落ちました。
いつも間にか俯いていたようで、更に勝手に涙が溢れてきます。
大変です、止められないです。ヴォルを困らせてしまっていますよ、私。わ、笑いましょう。
「どうした、メル」
「だっ……大丈、夫で……」
「大丈夫な訳があるかっ」
慌てたように問い掛けてくるヴォルに笑って見ましたが、ダメです。失敗しました。
歪んだ顔で見上げた途端、強く肩を抱かれます。
『不要』だと言われても、ヴォルの迷惑にならないようにすぐに身を引くつもりでした。それなのに……泣くなんて狡いですよね。
「何故泣くのだ……っ?」
理由が分からないとばかりに頭を振るヴォルでした。
ごめんなさい、もう少し待って下さい。止めますから。
「嫌……なのか?」
その呟きは苦しみが乗っています。
私の涙の意味がどう伝わっているのか、ヴォルにとっては『拒絶』という判断になっていました。
「既婚の証が……、嫌なのか……?そ、それとも形かっ?」
キコンノアカシ──?『既婚の証』?
言葉が漸く頭の中で変換されました。
「あ……、ごめんなさいっ」
理解出来た途端、思い切り叫びます。──私、物凄く勘違いしてました。
今度は私が慌ててヴォルから離れます。
「メル?」
「あの……、腕輪……勘違いしてました」
「勘違い?」
「あ、あの……外されたから、その……もう私もいらなくなったのかと……そう思ったのです」
手を突き出すようにしてヴォルから離れた為か、彼の眉根が寄っています。──このままでは不愉快にさせてしまいますよっ。
言い訳がましく告げながら、私は非常に恥ずかしくなってきました。
元々セントラルにはヴォルの『妻』という役柄の為に来たのですが、今では互いの意思の疎通もしています。そう、私は──形だけの存在ではなく、本当に──ヴォルの奥さんになったのでした。
「あ、あぁ……。すまなかった、俺も言葉が足りなかったようだ」
改めて真っ直ぐにヴォルが私を見つめてきます。
うっ、緊張します。
「もうメルは『婚約者』ではない。俺の……、俺だけの『妻』なのだ。だから既婚の証を受け取ってくれないか?」
俺の妻──。
ヴォルの言葉がジワリと心に染みました。また泣きそうです。
小箱を開けて差し出し、中に入っている幅の細い揃いの腕輪を見せてくれました。
「は……い……、勿論です」
言葉が詰まります。感情が暴走しています。
さっきの悲しみとは真逆の、喜びにうち震えるといった激しいものでした。──感情が高ぶりすぎて、顔が変になってないでしょうか。
それでもヴォルが改めて既婚の腕輪を左手首に着けてくれた頃には、少しは気分も落ち着いてきていました。
私も同じようにヴォルの手首の腕輪を、幅の太い婚約の腕輪から細い既婚の腕輪に着け替えます。
「これからも宜しく、メル」
「こ……、こちらこそ……です、ヴォル。ふ、ふつつかものですが……宜しくお願いしまふ」
──しまふ、って!
大切な言葉を噛んでしまい、真っ赤になった私です。それでも見上げれば、柔らかく細められたヴォルの瞳があったのでした。
幸せですっ。
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