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シン・デート
しおりを挟む『キャーーー!!』
背後から叫び声が聞こえる。それは縦横無尽に音源を移動させる。よく聞くと絶叫はしているものの楽しんでいるのが伺える。
俺は今、ジェットコースターの近くにあるベンチに腰をおろしている。急遽、高峰と遊園地にきてデートすることになったけれど、俺がプランを立てて連れてきたわけじゃないから、あれに乗ろう、これをしよう、という綿密な計画はなく、とりあえずベンチに座っている。
両手にソフトクリームをもってやってくる高峰。
「まさかあなたに奢ってくれと言われるなんてね。どっちがいい?」
俺はバニラのほうを指差し、受け取る。
高峰もバニラとチョコのミックスをもって、隣に座る。
「金は親睦会でスッカラカンになったんだよ。ん、うまいな」
「あれは悪かったわよ。ん、おいしいわね」
俺たちはソフトクリームを食べる。ときおり後ろを通り過ぎる絶叫を聞きながら。
食べながら高峰は話を続けた。
「でもね。あのときは私が奢るつもりでいたの。だから、あなたに払えないような金額にすれば諦めるだろうと思って三人に協力してもらったんだけど……まさか払っちゃったんだから驚きよね。あなた、本当にバカよね!」
楽しそうに嘲りながら、ソフトクリームをまた一口食べる高峰。
そうだったのか。
だからあのとき、みんなはたくさん食べていたんだな。
「でも山田中、めっちゃ食べていたよな」
「あれには驚いたわ。今度、賞金の出る店にでも連れて行ってあげようかしら」
「おまえ賞金いらないだろ」
「賞金じゃなくて――」
「面白いことしたいんだろ。わかっているよ」
「フン、生意気じゃない。テルのくせに」
ソフトクリームのコーンも食べ終えたところで、俺は高峰に聞いた。
「しかしなんだ。急に、その、デートって」
「ああ、そのことね。それは親睦会の件についてあなたに謝らなければいけないと思っていたから。でもせっかくだから面白いところで謝ろうと思って」
「そ、それだけ?」
「そうよ。それに男女が二人でどこかに行くならそれはデートで間違っていないでしょ?」
あっ。そういう感覚なのね。
すると高峰が何かを察したのかニヤリとこちらを見た。
「あらー? もしかして何か期待していたのかしら?」
「うるせえ。中身の怪しいカレーパンめ」
「……? それどういう意味よ」
「企業秘密だ。……なあ、遊園地にせっかくきたんだから何かに乗せてくれよ」
「もう私に乗り物代を払わせる気マンマンじゃない」
「結局、考えたんだよ。高峰は財閥令嬢でもあるんだって」
「急に何、その話?」
「いやさ、俺はなるべくそういうのを気にせず接しようとしていたけど、結局はそれも偏見なのかもなって思ってさ。いや、世間の常識は知らないよ? まあざっくり言えば、得手不得手と言えばいいのか。おまえは大金を使っても全然気にしていないのに俺は二万円で拗ねていたみたいに、気持ちがどうのとかそういう話じゃなくて、単純に金に強いという一部分を高峰がもっているということだけ。これで伝わるかな、なんて言ったらいいのか……」
「つまり。金を無尽蔵に使えるのは私にしかできない長所の一つで、急にキレて不良の原付バイクを止めようとする面白いことはテルにしかできない長所の一つ、ということよね」
「そう! それが言いたかった!」
最後の俺についての文言は長所と言っていいのかわからないけど!
俺はベンチから離れ、言った。
「まあ、お互いの長所に世話になっているということだ。最後に俺が言いたいのは、観覧車に乗りたいから乗り物代出してください!」
「男女関係なく奢ってもらおうとするその姿勢……面白いわ! さっそく行きましょう! 走っていきましょう!」
「よっしゃ!」
こうして俺たちは、観覧車を目指して走り出した。
・・・・・
「……ゆったりしているわね」
「まあ、観覧車だからな」
観覧車に乗ってちょうど四分の一を過ぎたところ。
高峰は向かい側で窓に張り付き、徐々に小さくなっていく人々を眺めながら「人がゴミのようだ」と定番ながらの言葉を口にする。
ドラマやアニメで異性と二人きりで観覧車に乗るシーンを何度か観たことはあったが、本当にそんなことがあるのかと懐疑的に思いながらも、心のどこかではそんな素敵なシーンに巡り合えたらとも思っていた。まさか今日、こんなあっさりとした形で叶うとは思わなかったけれど、それが高峰だったというのも想像していなかった。
地上を見下ろす高峰を見ても、取り立ててときめくようなことはなく、実際はこんなもんかとなんだか拍子抜けしてしまったが、高峰が楽しそうにしているのであればそれでいいかなと思えてしまう。
高峰は見下ろすのをやめて姿勢を戻す。
「ちょうど二人になったことだし……テルには話すべきことと、聞きたいことがあるの」
「なんだよ。あらたまって」
じっと見つめてくる高峰。……な、なんだよ。
「まずは話すべきことね。じつはAB組は、本当は四人だけだったのよ」
「……えっ?」
「私の父は私立聖堂学園の経営者でもあってね。それでAB組というのは、きっとあなたは担任の梶原からは『選りすぐりのアホとバカを集めたクラス』だと言われているでしょうけれど――」
「違うのか?」
「ええ。本当は――『あたしに罰を与えるため』に創設されたクラスのことなの」
「ば、罰だって?」
「そうよ」
高峰は話を続ける。
「AB組が生まれるきっかけは、半年くらい前にした親子喧嘩でね。そのときに私はついブチ切れちゃって親の持ち株を勝手に売り払っちゃったの。そうしたら、さすがの親もそれには切れちゃって、『おまえの高校生活もすべてふいにしてやる!』って言われて、無理やりAB組というものを創設して私をそこにぶちこんだのよ。それに、私ってそういう性格じゃない? 親もお膝元なら監視もしやすいと思ったんでしょうね。思い切り好き勝手やっているけれど」
「……なんか、俺の家の親子喧嘩とは規模が違いすぎるな」
それにしても――『あたしに罰を与えるため』のクラスか。
あたし、罰…………たしかに『A』『B』組にもなるが…………いや、そもそも理由なんてないのかもしれない。高峰の父親が適当につけた組名かもしれないし、英語の省略だったらもう俺の手の届くところにはない。
俺は一旦、話を戻す。
「で、なんでAB組は四人だけなんだよ」
「そう、その話だったわね。だから父は私の高校生活をふいにするために『選りすぐりのアホとバカを集めた』……と、芝鳥から言伝で聞いているわ。だから新茶、山田中君、鬼ヶ島は学校側が集めた生徒なのよ。その中に私も入れて、四人」
そうだったのか……ここにきて、未知なる事実ばっかりだ。……ん?
「じゃあ、俺は?」
高峰は腕を組んで首をかしげる。
「そうなの。そこがわからないのよ。あなたは、イレギュラーなのよ。だから私はあなたにそれを聞いてみたかったの。なんでテルはAB組にいるのかしら。そもそも勉強ができないのにどうやって聖学に入れたのか。何かしたの?」
「勉強ができないは余計だ。でもそう言われてもなぁ……」
たしかに俺もそこはいまだにわからない。
なんで俺が聖堂学園に入学できたのか、まず高校入試ではまともに入れるわけがないし、それなら何かしたんだろうけど、俺、何かしたっけ?
――鉛筆を持つ手に力が入った。
…………したな、そういえば。
「したわ、俺。高校入試で」
「何をしたのよ」
「あのー、いやさ、問題が……一問も解けなくて、でもせっかく受験したんだから、爪痕を残したくて……書いたわ。問題の解けなかった回答欄の全部に『never give up』って……。結局はどの教科も解けなくて記号問題以外はほぼソレで回答欄を埋めていったな……」
呆気にとられる高峰。
だが次の瞬間、爆笑していた。
「アッハッハッハハハッ! バカじゃないのッ、あなた! 何が『never give up』よ! そんなの書いている時点でもう諦めているじゃないのッ……! ヒィー……おかしいわ……!!」
「そこまで笑うかね……」
「笑うわよ! ……フゥ……いやー、でもやっと謎が解けたわ! あなたは高校入試に現れた生え抜きのバカだったから勉強ができなくてもAB組の生徒として聖学に入れたのね! はーやっぱり私が見込んだだけのことはあるわね、テル!」
「そりゃどうも」
まったく、笑いすぎだぞ。
指で目尻に溜まった笑い涙を拭う高峰。
そこでふと疑問に思ったのか、高峰はまた聞いてきた。
「でもそれくらい勉強ができなかったのに、なんで聖学を受けようと思ったのよ?」
「あー、その話か。いやーじつは一時、親父の会社がなんかヤバいことになってな。もしかしたらクビになるかもしれないって告げられて、だったら長男としてほとんど金のかからない高校に行かなきゃと思って調べて出てきたのが、聖学だったんだよ」
「そうだったの。……なんかくだらない理由だと思っていたわ。ごめんなさい」
「まあ、『never give up』って書いてりゃそう思うわな」
「プフっ!」
「おい笑うな」
……でもそうか。私立なのに全然学費がかからないのは高峰のところが経営していたからなのか。合点がいったな。
「あっ、思い出したらほかにも思い出してきたぞ。たしか親父……『二百億円以上の株を一気に売られてヤバいことになった』とか言って……」
そこで俺は、高峰を見た。
ちょうど高峰も、俺を見ていた。
「もしかして高峰……株、いくら売ったの?」
「二億」
うーん……さすがに違うかぁ……。
すると高峰はクスクスと笑って付け加える。
「ドル」
「おまえのせいじゃねえかぁッ!?」
「アッハハハハハッ!」
高峰の笑い声は止まらない。
そんなに楽しそうに笑われると、もうこっちも説教する気が失せる。
本当、こいつの笑顔は素敵だよ。素直にそう感じさせられる。
浮き上がった腰をおろし、俺は背もたれに体を預ける。
「いつまで笑っているんだよ、まったく」
「アハハッ……ふぅ。いやあ、運命ってあるものね。あなたは二百億円で動く男なのよ!」
「確実にバカにされているだろうけれど、聞こえはいいから悪くないな」
「よっ! 二百億円で『never give up』を書く男!」
「ああ!? うるせえ! もうこのゴンドラを一回転させてやるからな!」
「ハッ! この私がそんなことでビビるとでも? なんなら加勢してやるわよ!」
「うおらぁッ!!」
「セイヤァっ!!」
こうして観覧車の頂上につくころには、俺たちのゴンドラは見事に一回転していた。
まるで小学生の手提げ袋の中に入っているかのような気分を味わいながら、なにかとんでもないことをやってのけたような気分になって、二人で笑いあった。そして地上へ戻ったときには目の前に遊園地の責任者がいて、たった一言。
「君たち、出禁だから」
だよねー。
それを聞いても高峰は、ただ魅力的な笑顔を振りまいていた。
はじめて二人きりで観覧車のゴンドラを一回転させた、とても楽しいデートだった。
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