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親睦会・後編
しおりを挟む親睦会、当日。
街の最寄りにある駅は休日もあってか、たくさんの人が改札口を通っていく。
土曜日にもかかわらず足繁く会社へ向かうだろうスーツのサラリーマン。
まだ幼くも背伸びしたお洒落をして友達と楽しそうにしゃべる女子中学生。
駅内の壁や柱の前でスマホをいじってだれかを待つ何人かの若い男女。
改札口の前で手を挙げて相手に気付いてもらって嬉しそうに笑う老人。
そして俺も、その中の一人。
駅前に十時集合ということで早めに駅に到着し、改札口を出て、駅の出入り口まで進むと、その脇ではAB組の一人がすでに待っていた。
壁を背にして静かに立つ彼は、派手さのないパーカーにジーンズといったカジュアルな格好ではあるが、その上質な容姿のせいかボーイッシュな女の子にも見てとれるし、それを証明するように目の前を通り過ぎる男性たちはチラチラと彼を横目で見ている。もちろんお洒落な格好した大人の女性陣でさえ、彼に目を奪われていた。
彼に、声をかける。
「おはよう」
「あっ! おはようテルくん!」
山田中は嬉しそうに笑顔をほころばせる。
彼の周囲が一瞬で煌びやかになり、いやまあ、実際には俺の脳がそういう演出を見せているだけなんだけど、逆に周囲にいた人間からは嫉妬心のこもった視線を向けられる。
まあ、そんなことはいいとして。
「随分早いな。俺も集合時間より早めにくるタイプだけど、今日は山田中に負けたよ」
「えへへ。やったね」
はい。可愛い。
AB組で過ごしてみて、わかったことがある。
あのクラスのなかで一番まともなのは間違いなく山田中だということだ。とくに話し相手としてはAB組の中ではヤマタノオロチレベルで頭が抜けている。
新茶との会話では、いつも大外刈りの掛け合いのような会話内容になる。
鬼ヶ島との会話では、多く喋らないが発せばキレのある冗談ばかりで体力を使う。
高峰との会話では、いつ地雷を踏むかわからないので気が抜けない。
梶原は、クズだ。
その点、山田中は心も見た目も綺麗でなによりもリラックスして会話を楽しめる。
はじめはオドオドしていた山田中も次第に心を開いてくれて、今では天使の羽のような柔らかな笑みを俺に見せてくれる。どれほど幸せなことか。AB組にいながら精神に支障をきたすことなく生活できているのはまさに山田中がいるおかげなのかもしれない。
集合時間まで、まだ十五分もある。
二人でただ立っているのもあれだから、この際だ、AB組について聞いてみるのもいいかもしれない。
「山田中ってさ、AB組のことをどう思う?」
「AB組のこと?」
「そう。なんていうかAB組って頭の……個性の強い生徒がいたり、ひょうきんな教師がいたり、授業が全部道徳だったり、なんかメチャクチャだろ? だからさ、そこらへんを山田中はどう思っているかなーってさ」
「そうだねぇ……」
首をかしげて考えこむ山田中の髪がそよ風に吹かれ、さらりと揺れる。
考えをまとめた山田中は話す。
「まだ少ししか経っていないけれど、僕はそういうところも含めてAB組が好きだよ」
「そうなのか?」
「うん!」
山田中の笑みに嘘はない。
「AB組のみんなは一人一人がとても個性的で、そんな人たちに囲まれて僕は毎日がとても楽しいんだ。だから僕はAB組が好き。テルくんもそう思うでしょ?」
「うん。思う思う」
すまない。まったく思っていない。
けれど山田中の好きを無下にしたくないという気持ちが本音を飲み込ませた。
「嬉しいなー。テルくんと同じだなんて」
ニコニコしながら身体を若干メトロノームのように揺らす山田中を見て、なんだか胃が痛くなってきた。どうやら本音が消化不良を引き起こしたようだ。
それにしても。
山田中とこういうシチュエーションで会話をしていると、まるで女の子とデートしているような気分になる。山田中が男だとわかっているにもかかわらず。世の中には『男の娘』という女子のような男子に興奮するジャンルがあることを、この前にネットサーフィンをして知ったけど、そのときは「なんじゃそりゃ」と思っていた。でも山田中を前にしたら、たしかにそのジャンルの存在理由がわからなくもない。かといって、足を踏み入れるつもりもない。
もうすぐ集合時間になるが、まだ三人はこない。
――ぐうううう。
不意に腹が鳴った。朝ご飯を食べてきたはずなのにもう腹がへるとは。
山田中が小さくと笑う。
「ふふ、テルくん。すごいお腹の音が鳴ったね。朝は食べなかったの?」
「いや食べたんだがな。成長期ってのはすごいな」
「ふふっ」
――くぅぅ~。
今度は俺の腹ではない。それにゴマアザラシが鳴いたような可愛らしい音だった。その鳴った方へ視線をやると、山田中が耳の先まで真っ赤に火照っていた。
――拝啓、母上様。カワイイは正義だと気付いた、今日この頃です。
腹の音まで可愛いなんて神はオーダーメイドがすぎるぞ。
山田中は、恥ずかしがりながらも頑張って声を絞り出す。
「せ、成長期は……すごいね……」
…………なぜだかいけないことを言わせているような気分に陥った。
卑猥な表現など何もないはずなのに。なぜだろう。正体不明の薄汚れた感情から目を背けるように俺は山田中に提案する。
「ちょ、ちょっとコンビニ行ってくるよ! 奢るから何か食べたいものある!?」
「え、そんないいよ! 僕もいくよ!」
「いいって。いいって。それに誰かがここで待ってないとほかのみんなも困るだろ?」
「そ、そうだけど、悪いよ……」
「いいからいいから。ここは男の俺にバッと払わせてよ」
「ぼ、僕も男だよ?」
「あははは。…………そうだったね」
さっきまでの俺は、『まるで女の子とデートしているような気分』だった。
今の俺は確実に『女の子とデートしていた』な。気分という偽りを超越していた。
そうか、これが『男の娘』の力か。それとも単に山田中の魅力が末恐ろしいだけなのか。
雑念を振り払い、話を戻す。
「とにかく、奢られてくれよ。今の俺には入学祝がたんまりあるからな」
「それじゃあ……お言葉に甘えて」
「何がいい?」
「えっと、テルくんに任せるよ。……ありがとうね」
「気にするな!」
俺はその笑みを生涯かけて後世に語り継ぐことだろう。そしてコンビニへ向かう。
――五分後。
「おまたせ山田中……ってうおああっ!? どういうこと!?」
コンビニ袋を片手に戻ると、怯える山田中の前には鬼ヶ島と、その両手に頭を掴まれ持ちあげられている二人のチンピラがいた。二人のチンピラは「ぐぎゃああああああっ!?」ともがきながら鬼ヶ島の手を引き剥がそうとしているが、鬼ヶ島はうんともすんとも言わない。
鬼ヶ島がこっちに気付く。
「よう、テル……集合時間には、間に合ったぞ」
「いやそれどころじゃないよな!? どういう状況!?」
すると警察官が数人やってきた。
「君たち、何をしている!」
鬼ヶ島は仕方なく二人のチンピラをぶん投げて解放した。チンピラの二人は一目散に逃げていくが、警察官たちはチンピラを追うよりも目の前にいる強面免許皆伝の鬼ヶ島にターゲットを絞っていた。
「君たち、ここで何をしていたのか説明してくれるか」
と、このタイミングで新茶が合流。
「よう、またせたな! いやー、鬼ヶ島が昨日言っていたとおりだったぜー。自分の体に合う一本を見つけてさ、さっそくそれで打ちまくったらガンガンに飛んでよー。これがハイになるってヤツか? チョー気持ちよかったわー、今もまだその余韻が残っているくらいだぜ。またいい情報が入ったら教えてくれよな。てか、この状況はなんだよ? なんかコスプレしているヤツ多くね? まあいいか、ハハハ!」
警察官たちの鋭い視線が、今度は新茶に向けられる。
「あいつ今なんて?」
「体に合う一本とか、打つとか、飛ぶとか……」
「……どうします先輩?」
ヒソヒソと話し合う警察官たち。ややこしくなってきたぞ。
新茶もこのタイミングで絶妙な言い回しをするんじゃねえ、ただの野球の話だろ。
これ以上、話をややこしくさせないために俺が説明しないと。
「あの違うんですよ、彼は――」
「よう、あんたら。なかなかいいコスプレしてんなー。この銃とかめっちゃリアルじゃん」
「!? さわるな! 取り押さえろ!」
「おいお前、動くな!」
「な、なんだやめろ!? だれか警察をよんでくれ!!」
「何を言っている! 我々がその警察だ!」
俺は慌てて「すみません彼はアホなんです!」と弁明したがまったく聞き入れてもらえないまま、今度は駅前のターミナルに白いリムジンが停車した。
そこから現れる高峰。
「どうよ! この古典的な財閥らしい登場の仕方は! 面白いでしょう!」
ああもう、ややこしいな!
・・・・・
「ホント、バカじゃないの!?」
ぷりぷりと怒りながら歩く高峰。
それに申し訳なさそうについていく俺たち。
俺たちは交番まで連れていかれたものの、リムジンの運転手だった芝鳥さんがうまいこと話してくれたおかげで無事に解放された。高峰は怒りをぶつけるように俺たちに怒鳴る。
「まず山田中君がチンピラに絡まれてそれを鬼ヶ島が助けたのはいいわ! でもなんで鬼ヶ島が警察に囲まれているのよ! あんたはもうすこし犯罪的な風貌をどうにかしなさい!」
「……判断を間違えた、警察が悪い」
「そうだけれど、正論で返されるとムカつくわね。それに新茶!」
「なんだ?」
「ほぼあんたのせいよ! なんで薬物常習者なんかに間違われるのよ、このバカ!」
新茶は鬼ヶ島に視線を送った。鬼ヶ島はそれに頷く。
「……ハンダンをまちがえた、警察が悪いぜ」
「鬼ヶ島のマネしてんじゃないわよ! そもそもあんたがおかしな言動しなければそこまで時間も取られなかったのよ! 反省しなさいこのバカ!」
俺は落ち着かせるために割って入る。
「まあまあ高峰、落ち着いて」
「うるさいわね! あんたもその場にいたんだから弁明しなさいよ!」
「いや、判断を間違えた――」
「もう聞き飽きたわよ!」
すると山田中が申し訳なさそうに話した。
「僕が絡まれたから……ごめんなさい、高峰さん」
「⁉ ……そんなことないわ、山田中君。これはもう判断を間違えた警察が悪いわね」
新茶と鬼ヶ島がウンウンと頷く。なんだこれ。
「それで高峰。これからどうするんだ? 俺たちは親睦会の内容は聞かされていないけど」
「何も考えていないわ」
「え? 親睦会やるんじゃないの?」
「そうよ。だから皆が集まったときのフィーリングで内容を決めようと思っていたの。けれどひと悶着起きたせいでそのことをすっかり忘れてしまっていてね。何も考えていないわ」
「そんな行き当たりばったりな……昨日のうちに決めておけばよかったじゃないか」
「わかりきった未来なんてつまらないじゃない」
「ええ……」
ちょうどよく公園が見えたので俺たちはそこで一旦落ち着く。
「さあ、この場を借りて何をやるか案を出し合いましょう! まずは順番に鬼ヶ島から」
「…………鬼ごっこ」
「か、かくれんぼ?」
「じゃあ缶蹴りで」
「オレはブランコがいいぜ」
「あなたたち小学生なの!? もっと高学年な発想をしなさいよ!」
そう言われても……AB組だしな。
高峰はやれやれと言わんばかりに首を振ってため息をついた。
「しかたないわね、それじゃあこの私が素晴らしい案を思いついたから発表してあげる。それはね……って、あら? 新茶はどこにいったのよ」
「……先に言っておくけど、俺は公園に着いたあたりから予想はついていたよ」
俺はそう伝え、新茶のいるほうを指さす。
新茶はこれでもかと言わんばかりにブランコをこいでいた。そしていつのまにか鬼ヶ島も近くのベンチに腰をおろして休んでいる。高峰は、俺を無言で睨んだ。
「いやいや。俺と山田中はどこにも行ってないから八つ当たりはやめてよね」
「もう! なんでこうもまとまらないの!」
「お、落ち着いて、高峰さん!」
怒りに任せて地団駄するお嬢様がそこにいた。
――がうるるるるるるるるうぅぅっ。
激しく、お腹が鳴った。というか、獣だった。
鳴ったのは俺の近くで。新茶、鬼ヶ島は近くにいない。そして俺ではないし、山田中の腹の音はこんな野獣ではない。高峰のほうを見る。彼女は真剣な表情で、しかし、俺とは目を合わせずに言い放つ。
「テル。あんたの成長期はすごいわね」
「高峰、お腹なったでしょ。なすりつけないでくれる?」
その発言を慌てて制止しようとする山田中。
「ちょ、ちょっとダメだよテルくん! 女の子にそういうこと指摘したら!」
「そうだな。でも誰の腹が鳴ったのかは、山田中もわかっているんだな」
「あっ……!」
さすがの高峰もこのときばかりは、ボッと音が鳴りそうなくらいに顔を赤くさせた。
すると新茶がブランコをこぎながら叫ぶ。
「タカミネ! 随分とでかい腹が鳴ったな! まったく食い意地の張ったヤツめ!」
おまえは平気で地雷を踏み抜くよな。
まもなく新茶は、ダッシュして向かっていった高峰にぶん殴られる。その光景に若干ながら怯える山田中。新茶を引きずりながら戻ってくる高峰、それを見た鬼ヶ島も戻ってくる。
「そろそろお昼も近いから、食事処に行きましょう」
「…………そうしようぜ」
さっきまで全力でブランコを漕いでいたとは思えないローテンションだな、新茶。
「それでみんな、どこへ行こうかしら?」
俺は提案する。
「どうせ話し合っても時間がかかりそうだし、ここはジャンケンで勝った人が決めよう」
「いいわね。それ」
「……賛成だ」
「ぼ、僕も!」
「………………オレも」
新茶、早くテンション戻せよ。
「それじゃあいくわよ! 最初はグー! ジャンケン――」
―――――
店内は土曜日もあってか家族連れや学生らしき若者で混んでいたが、早めに入店したおかげでなんとか俺たちはテーブル席に座れた。隣ではレールの上に寿司が乗って流れている。
「……まさか回転寿司とはね」
若干ながら不服そうな高峰。
「文句はなしだぞ、高峰。ジャンケンで勝った鬼ヶ島が決めたことなんだから」
「だって私、寿司は食べ飽きているんだもの。回らないほうで」
くそ。素直に嫌味な女だ。
それを聞いた鬼ヶ島が珍しく反論する。
「……あなどるなよ、高峰。ここには、回らない店にはできないサービスも、ある」
「ほう……言ってくれるじゃない」
なぜかよくわからないところで火花を散らす二人。
それとはべつにレール側に座る新茶と山田中は、回る寿司を見てまるで子供のようにソワソワしている。
「玉子いっぱい回ってるぜ」
「玉子いっぱい回ってるね」
こっちはいたって平和だな。
「しゃべっていてもあれだ、もう食べようぜ。あと代金は別々ってことで」
「いいわよ。私が出すわ。好きなだけ食べなさいよ」
「やったぜ! サン――」
俺ははしゃぐ新茶を制止した。
「それはダメだぞ新茶。高峰、奢ってくれるのは嬉しいけれど、いや、おまえにとってはささいな金額かもしれないが、俺たちはクラスメイトだ。いつもおまえに奢ってもらうわけにはいかない」
「えー!?」
「えー、じゃありません新茶!」
俺は新茶に軽く説教する。高峰は意外そうに俺を見てきた。
「へえ……庶民にお金について諭されるなんてね。でも奢ることについては本当に好意だったんだけれど……今日はやめておくわ。じゃあ今日はテルの奢りってことで!」
「いや、それは話が――」
高峰は調子を上げる。
「よーしみんな! 今日はテルの奢りだからジャンジャン食べなさい!」
「やったぜ! ありがとうな親友!」
「……ゴチです」
「さあ、食べるわよ!」
高峰と新茶と鬼ヶ島は容赦なく寿司の皿をテーブルに置いていく。
こいつら、容赦ねえな!
山田中が心配そうに見てきた。
「ぼ、僕の分は自分で払うからね!」
「……大丈夫だよ、山田中。遠慮しないで食べてくれ」
俺は財布の中身を確認した。
とても心もとない。
「ちょっと外の空気吸ってくる」
そう言って俺は店を出ると、ATMへ駆けこんだ。
・・・・・
『ご利用ありがとうございましたー』
まったく、あいつらも容赦ないな。
入学祝があったから余裕があるけど、まだ働いてもいない高校生に四人分奢らせるかね。
……けれどまあ、そういう気持ちもあって、高峰の奢りを断ったんだけど。
金持ちとはいえ高峰も同じ高校生であるし、この前のラーメン屋ではチャーハンのお土産も持たせてもらっているし、あんまり高峰に頼っていると、なんかクラスメイトとしての関係性が悪くなりそうだからな…………だが、次は絶対に奢ってもらう。
現金をおろし終えた俺は店へと戻る。
「くそっ! この私が、負けるわけには、いかないのよ……!」
「うおおおおお! まだだ! まだまだ、いけ……やっぱ、むりだ」
「………………やるな……山田中」
――ぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱく、ごっくん。
席へ戻ると大量の皿が積まれていた。ざっと見ても百皿は越えている。
「え? ナニナニナニナニ? この皿の数? え? ヤダ」
思わず拒否反応が出た。
だって回転寿司って、お皿の数で値段が決まるんだよ? 一皿百円と考えて最低でも一万円になる計算じゃん? で、今日は俺の支払いじゃん? 俺まだ一口も食べてないじゃん? なんだかとっても悲しいじゃん?
この状況をまだ把握できずにいた俺は、高峰に話しかける。
「……これどういう状況?」
「今、山田中くんが四十皿でトップなの」
「人が奢るときに大食い競争してんじゃねえよ!?」
「仕方ないじゃない。人って、数を並べられると競い合いたくなるものなのよ」
「それは営業部署に就職したときにやってくれるか!?」
俺たちの会話をよそに山田中と鬼ヶ島がヒートアップしていた。
というか、山田中そんなに食べられたのかよ!?
「…………うぐ………山田中」
「なに?」
鬼ヶ島は湯呑みをすする。
「…………俺の負けだ」
「やった! 鬼ヶ島くんに勝った!」
山田中は嬉しそうに小さくガッツポーズする。可愛いよ? 可愛いけども、今は目で皿の数を数えるのが最優先だ。
「勝者は山田中くん! 驚いたわ、山田中くんにこんな特技があったなんて」
……三十……四十……。
「すげーな! ヤマダナカ! 大食いチャンピオンになれるぜ!」
…………七十……八十…………。
「……俺の圧勝だと、思っていたんだがな」
………………一一〇…………一二〇………………。
「えへへ、おいしかったね」
……………………………………………………………………一三二皿。
財布の中を確かめる。
…………よかった。多めにおろしておいて。
「どうよテル! この量は! さすがにあなたじゃ支払えないから――」
「うおおおおおおおおおおおおおっ!!」
俺はレーンに流れてくる皿を手あたり次第テーブルに引き寄せ、ネタも味もわからずにがっついた。かつてないほどに獣のように食べた。箸なんか使うかボケ。
四人は俺を見て引いているが、知ったことじゃない。
――カチャリッ!
最後に食べた皿を、山になっている皿に積み重ねる。
「これでぴったし……一五〇皿だ。スッキリした。会計」
俺は財布にあった二万円札をテーブルに叩きつけて用意し、店員を呼んだ。
「こちら会計伝票です」
「どうも」
俺はレジで会計を済ませ、外へ出た。
・・・・・
黙って街を歩くAB組。空気は重い。
俺のせいだとわかってはいるが、俺にも怒りたいときはある。
他人のことを思ったのに、それを無下にされた。その感情を『空気が悪い』だとか、『友達だから』とかで、簡単には消したくはなかった。
「ちょっとテル! 待ちなさいよ」
「なんだよ」
「金なら返すから機嫌を治しなさいよ!」
「金を渡せばすべてが元通りか? 気にするなよ。奢ってやったんだから」
「…………!!」
「もう親睦会はいいだろ? 俺は帰るよ」
何が親睦会だよ。やっぱりくるんじゃなかったぜ。
もうすぐ駅前に到着する。
「ちょ、ちょっと!」
「だ、だれかぁ! ひったくりぃー!」
悲鳴が聞こえた。
そのほうへ目をやるとお年寄りのバッグが原付バイクに乗った二人組に奪われていたところだった。その原付バイクは、こちらの通りにやってくる。
どいつもこいつも他人を尊重しないヤツばかりだな……。むかつくぜ。
むかつくぜ。
むかつくぜ、むかつくぜ。
むかつくぜっ! むかついてきたぜッ!!
あいつらにこの憤りの感情をぶつけてやるッ……!
「このクソバイクがぁ!! 止めてやらぁ!!」
「えっ!? テ、テルくん!?」
俺は道路沿いまで山田中を引き寄せ、その服を一気に捲り上げた。
「ひゃぁ!?」
ふわりといい香りが漂う。露になる素肌は日光に照らされて繊細に輝き、そのくびれのラインは男女問わず通行人を魅了する。それは遠くから向かってきているバイクの速度を落とさせるには十分な悩殺力となった。
その隙に、道路に飛び出して体で原付バイクの進路をふさぐ。
「ちょ、テルやめなさい!」
「うるせえ! 面白いところみせてやるよ!」
「あんたバカなの!?」
だからAB組にいるんだろ。
すると鬼ヶ島も道路に出てきた。
「……食後の、運動だな」
「バカだな。おまえも」
「……フッ」
そして。
――原付バイクが、俺と鬼ヶ島に激突する。
……五メートルは後退させられたか。
でもまあ、鬼ヶ島がいなければ俺が十メートル吹き飛ばされていたことだろう。
バイクに乗っている二人も驚きを隠せていなかった。人間二人に止められるとは思いもしなかったはずだ……というか、こいつら朝いたチンピラじゃねえか!?
「どけよっ! テメ――」
「よく止めたわ! 二人とも!」
横から飛んでくるのは、高峰のドロップキック。
バイクに乗る二人を蹴り落とされ、手から離れたバッグ俺は拾い上げ、新茶に渡す。
「頼んだっ!」
「任せろ親友!」
新茶はしっかりと肩にかける。
チンピラAとBは立ちあがり逃げようとするが、俺は。
「暴力賛成ッ!」
怒りに任せた拳をチンピラAにぶち込んだ。倒れるA。それでも立ち上がろうとするが、鬼ヶ島がそこに軽く一蹴りすれば、もう立ち上がろうとはしなかった。
ふう、スッキリした。
続いてチンピラBは。
「オラァアッ!」
高峰が一本背負いでアスファルトに叩きつけた。あれはただただヤバイ。本当に加減を知らないな、こいつは。まあいいか。チンピラだし。
チンピラABは、一年AB組の前に敗れる。
俺たち三人は、互いに見つめ合い、無言でハイタッチする。
「……うっ……」
――オロロロロロロロロロロロッ。
鬼ヶ島の口から、さっき食べた大量の寿司が、ちらし寿司になって出てきた。
「最っ低ッ、鬼ヶ島! せっかく綺麗に決まったのに!」
「…………腹、減った」
「やべ……俺まで気持ち悪くなってきた」
そこへちょうど警察官たちがやってくる。奇跡的にも朝にあった警察官だ。
「またおまえらか……」
そこへ遠くから駆け寄ってくるお年寄りが息を切らしながら叫ぶ。
「それぇ~! わたしのバァッグ~ひったくられたの~!」
お年寄りの指さす先は、もちろん新茶のバッグ。
「ん? これか?」
警察官はボソリと「……さすがに我々も学習はする」と呟いた。
そりゃそうだよな。
「おい。あそこのチンピラ二人を捕まえてこい。俺はここで見張っておく」
……まだちょっと疑っているじゃねえかよ。
山田中が心配そうに駆け寄ってくる。
「さ、三人とも大丈夫だった?」
「平気よ!」
「……ああ」
「スッキリした」
それを聞いてホッとしたのか、山田中は少し目尻を潤ませた。
「よかったぁ……みんな、無理しちゃだめだよぉ……」
その気の抜けた笑みに言わずもがな俺たちはキュンとしただろう。
「ごめんなさいね、山田中くん……心配かけちゃって」
「俺もごめんよ、山田中。あとさっきまで変な空気を作っちゃって、ごめん」
「うんうん。あのときは僕たちもふざけすぎちゃったから。こちらこそごめんねテルくん」
ああ、癒された……間違えた、許された。
やっぱり仲がいいって、いいよな。
すると鬼ヶ島がボソリと呟く。
「…………………………これが男の娘か……」
「おまえそれ言うキャラじゃないよね⁉」
新茶が叫んだ。
「だからオレはハンニンじゃないって!」
全然、学習してねえじゃねえか!
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