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おいしいラーメン屋さん

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「なあみんな! 今日の放課後にラーメン屋に行かないか!?」

 唐突な新茶の提案。
 みんなは呆気にとられたが、すぐに返事がくる。

「いいじゃない新茶! 私は賛成よ! なんなら今すぐ行ってもいいわ!」
「いや、さっき昼食べたばかりだろ」
「麺は急げよ!」
「善は急げ、な」

 新茶と鬼ヶ島も話に参加する。

「ほ、放課後だったら、僕も行きたいかな?」
「……山田中に同じく」

 ラーメンを食べに行くのは、かねがね賛成のようだ。

「しかしまた急だな。新茶」
「いやー、メシ屋めぐりがオレの趣味のひとつなんだけどよー。それで学校の帰り道にすげーうまいラーメン屋をみつけてさ。これはAB組のみんなにどうしても食べさせてやりたいなーってことを、昼メシを食べてるさいちゅうに思い出してな!」
「えらいわ新茶! そういう気持ちが大事なのよ! わかった、今日のラーメン代はこの私が全部出してあげる!」
「マジかタカミネ!? さすがだぜ! よっ! クソデブ!」

 新茶はすかさず高峰に殴られた。
 それを言うなら太っ腹だ。ま、どっちにしろ殴られそうだが。しかしまあ、ちょっと楽しみでもある。鬼ヶ島も山田中も、そして言わずもがな高峰も、みんな楽しみにしていた。

   ―――――

 放課後。
 さっそく俺たちは新茶に連れられてラーメン屋へと向かった。
 その店は駅前や大通りにあるわけではないと新茶は言うが、ついていけばいくほど商売をする場所としては向かない方向へ進んでいるようにも思えた。

「新茶、本当にこの先におまえの言うラーメン屋があるのか?」
「もちろんだぜ」
「でもよ新茶、周囲はもう住宅しかないぞ。しかも途中で公園の中も通っているし。本当にここら辺にあるのか? もしかして迷子なんじゃないのか?」
「いいや。そんなことはない」 

 自信満々に答える新茶。そこで高峰も口を出す。

「新茶が大丈夫って言うんだから信じてあげなさいよ」
「さすがタカミネ! なっ! 親友も心配しないでくれ!」
「そうは言ってもな」
「でもテルの意見も一理あるわ。一度、スマホで調べてみましょう。新茶、そのお店の名前を教えてちょうだい」
「ラーメン屋だ」
「あら? 喧嘩売ってる?」
「ち、ちがうんだ! そこのラーメン屋の名前が『ラーメン屋』なんだ!」

 それを聞いた俺はなぜだか不安な気持ちに襲われた。なんとなく、としか言えないが店主が店に力を入れているような気がしない。
 しかし高峰は感心するかのように顎をさする。

「なるほどね……これからずっと背負っていくことになる店の名前をボケに使うとは。なかなか面白いじゃない。その店、期待できるわね」

 どう期待できるんだよ。飯屋に笑いなんていらねえぞ。美味いか不味いかの二択だ。

 高峰はスマホでラーメン屋の『ラーメン屋』を調べる。検索の結果、出てくるのはどれも駅前や大通りにある店ばかりで、このあたりではラーメン屋も『ラーメン屋』も引っ掛からなかった。高峰は「隠れた名店のようね」と的外れな意見を述べていたが、俺はますます不安になっていた。そのとき俺は何も言わずについてくる山田中と鬼ヶ島のほうを振り返る。
 どこか不安げだった。どうやら二人はこっち側の人間だった。よかった。

「みんなついたぜ!」

 そうこうしていると例のラーメン屋にたどり着く。
 掲げられた木の看板には、まぎれもなく『ラーメン屋』と書かれていた。
 入り口の引き戸の前には汚れた紅色の暖簾もかけられ、いかにもラーメン屋の代名詞とでも言いたげな佇まいがそこにあった。

「本当に、『ラーメン屋』なんだな……」
「な? オレの言ったとおりだろ?」
「あ、ああ……」

 しかしだ。
 店というのは店同士で密集することにより活気も増えて相乗効果になるということネットのどこかで見聞きしたが、この目の前に佇む『ラーメン屋』はそうじゃない。

 ――清水家と、河合家に、挟まれて経営している。

 つまり住宅街の中にそのラーメン屋はあった。
 どういう発想したらこんな人通りが近所の住民しかいない場所でラーメン屋を始めようと思うんだ。

「さあ入るわよ!」

 高峰は意気揚々と暖簾をくぐる。俺たちもそれに続く。
 入ってまず思ったこと。

 ――客が、一人もいねえ。

 たしかに夕飯にちょっと早い時間帯だけど、美味い店なら一人くらいはいるはずだ。

 その二。
 
 ――座敷で店主が居眠りしてやがる。しかも新聞を頭にかぶせて。
 
 もう暇なんだな、と。
 
 その三。
 
 ――そして起きた店主の第一声が、「え? お客さん?」だった。
 
 スリーアウトだね。この店はチェンジしたほうがいい。

 けれど高峰はハイになっているのか、お構いなしにカウンター席に座る。

「さあ! 奢ってあげるから、あなたたちも座りなさい!」

 もうノリノリじゃん。新茶も「やったぜ!」と喜びながらカウンター席に座った。
 俺は鬼ヶ島と山田中を見た。

「…………」
「…………」

 あっ。よかった。やっぱり彼らはこっち側だ。
 しかし山田中は声を震わせながら「あ、ありがとう」と言ってカウンター席に座った。きっと高峰や新茶の気持ちを無下にしたくないんだろう。健気だ。
 そして鬼ヶ島はため息をついて、俺にだけ聞こえるように呟く。

「諦めるな、食べてみるまでわからない……」
「……俺、人生で何かあったらまず鬼ヶ島に相談するよ」

 彼の精神の強さに感銘を受け、俺も席に着いた。

「私、しょうゆラーメンで」
「俺もそれで」
「ぼ、僕も」
「……同じく」
「おっちゃん、オレはいつもので!」
「あいよ」

 作業にとりかかる店主。高峰がすかさず新茶の発言を拾う。

「なによ新茶。いつものって、常連気取りじゃない」
「や、やめろよ。照れるぜ」

 和気藹々と二人は会話を弾ませるが、俺は何も期待せず待っていた。しかも俺にだけ聞こえていたのかもしれないが、店主は作業中に「今度こそ、うまく……」と呟いていた。
 長い時間、待っていたような気がする。

「へい、おまち」

 俺たちの前にしょうゆラーメンが置かれる。

「ボウズ。いつものやつはちょっと待ってな」
「かまわないぜ!」

 そういって店主は厨房に戻っていく。
 高峰がさっそく箸を割る。

「さあ、食すわよ! いただきます!」

 俺たちも八百円のしょうゆラーメンを口にする。

 ――ちゅるちゅるちゅる、もぐもぐもぐ。

 ………………まあ、予想通りというか、なんというか、八百円は詐欺だなと思った。
 ラーメンはスープが命というが、そのスープに命が注ぎ込まれているかというと、しょうゆが注がれているだけのような味がする。麺は一本一本の太さに統一感がなく、素麺とうどんを同時に食べているかのような感覚に見舞われる。チャーシューはハムのように薄く、メンマはないが、なぜかカニカマが混入。

 俺は、こっち側だった二人を見た。
 鬼ヶ島は一旦箸を置いて腕を組み、そしてまた、諦めたように食べはじめる。
 山田中は他人への思いやりと嬉しくもない味覚の狭間で、少し涙目になって食む食む。

 もう一度、俺もラーメンを口にする。食べられないほど不味いわけじゃない。

 ただ、これは……なんて人を悲しくさせるラーメンなんだ……。

 これが自腹でなくて本当によかったと思う。
 もしこれを自腹で食べていたのなら、幼少期のころに味わった『頑張って貯めたお金で買ったゲームがクソゲーだった』とき以上の悲しみを抱いていただろう。

 自腹じゃなくてよかった。

 そう思っている隣で、自腹でしかも、五人分もつことになった女がいる。その手はもちろんふつふつと湧き上がる感情によって震えていた。

「ふざけやがって……ふざけやがって……いや待て……新茶の味覚がゴミなのかも、それなら……新茶はわざとこんなもの、食べさせにきたわけじゃない、という理屈は通る……落ち着け……理論的になれ……新茶の味覚がゴミなら……それでも、このゴミを五人分支払うと公言した私、かの財閥令嬢であるこの私が、こんなゴミに……金を使うなんて……」

 人を一人、殺めそうな精神状態だった。
 そこへ店主がやってくる。

「へい。いつもの、お待ち」
「よっ! 待ってました!」

 新茶の前に料理が置かれる。


 ――チャーハンだった。


 その刹那。

「テメエ!! 新茶ゴラァッ&ー!! 何一人だけチャーハン食べようとしてんだオラァッ!!」

 キャピキャピの女子高生とは思えない怒号をあげた高峰は、新茶の胸倉を両手で鷲掴みにして締め上げる。

「ぐ、ぐるしい……」
「コッチはハートがすこぶる苦しんでんだよぉーッ‼」
「お、おい! やりすぎだぞ高峰! おい鬼ヶ島止めるの手伝ってくれ!」

 こうして一時、ラーメン屋の中で紛争が起きてしまった。

   ・・・・・

 ようやく高峰が落ち着いたところで話し合いをするために座敷に移動する俺たち。
 正座させられる新茶。そしてなぜか店主も。
 話を切り出したのは、高峰。

「なぜこうなったか、わかるかしら?」

 二人は同じように首をかしげる。

「そうよね。わかっていたら、あなたたちはここで正座なんかしてないわ。いいわ、私がまとめて説明してあげる。まずは新茶から。あなたはおいしいラーメン屋があるから一緒に食べに行こうと私たちを誘ったのよね。それでみんなで店に来ていざラーメンを食べてみたら、それが金を払って食べていいレベルの味ではなかったわ。そこまではまだいい。もしかしたら新茶の味覚が狂っている可能性もあるから。でもね……なんでアンタだけなにチャーハン頼んでいるのよ。AB組のみんなは苦しんでラーメン食べていたのに。そして店主、八百円ももらってあんなゴミを提供するのは詐欺にも等しいわ。さあ、何か言いたいことはある? 私は寛容だから聞いてあげる」

 すると新茶が言う。

「でもよ、オレは『うまいラーメン屋がある』とはいったけど、うまいラーメンがあるとは言ってねえぞ?」
「あ?」
「スミマセン」

 次に店主が言う。

「そもそもなんでオレまで正座させられているんだ。なんか悪いことしたか」
「ああ!? 八百円でゴミを食べさせたでしょうが!! そもそもアンタがまともなラーメンを出していればこっちも満足して帰るだけだったのよ!!」
「す、すいませんでした……」

 女子高生に怒られるおっさんの構図はじつに哀れだ。
 それでも大人の意地なのか、店主は恐れながらも食ってかかる。

「だ、だがよく考えてくれ? 駅前や大通りにあるならともかく、ウチは近所の人間しかわからないような住宅街の片隅にあるラーメン屋だ。そんな商売する気のない場所に構えている店のラーメンがうまいと思うか? しかも名前が『ラーメン屋』だぞ? いやラーメン屋の名前が『ラーメン屋』って……プフッ、いや失礼。ともかくオレならそんな店でラーメンなんか食べないぜ」

 その店の主が何を言ってやがる? だが、間違ってもいない。

「店がどこに立っていたかなんて関係ないわ。飯屋は美味いか不味いか、その二択よ。客に金を出させたのならおいしいものを出すのが飯屋の礼儀でしょ」

 こっちも間違っていないが……おまえ最初、面白いかどうかで判断してなかったか?
 それでも店主は食い下がる。

「オ、オレだって好きでラーメンをまずく作っているわけじゃないぞ! でもなんか得意じゃないんだよ。……だが! オレのチャーハンはハンパなくうまいぞ! だから彼も通ってくれていたんだ!」
「そうだそうだタカミネ!」

 がちゃがちゃと騒ぎ出す二人を、テーブルに拳を叩きつけて黙らせる高峰。

「うるさいわね……だったら食べてやるわよ! どうせおいしくもないくせに!」

 そう言って高峰はカウンター席に駆けより、まだ手付かずの新茶のチャーハンをレンゲですくって口の中に放り込んだ。
 レンゲを持った手で高峰は、カウンター席を力強く叩く。

「くそがッ!! ムチャクチャおいしいじゃないのよッ!!」

 いや、うまいのかよ。

 相変わらず綺麗なノリツッコミだな。
 高峰はあっという間にチャーハンを半分たいらげる。そして言う。

「店主! あと四人分のチャーハンを! それとお持ち帰り用のチャーハンも五人分!」
「あいよっ!」

 その注文に、どこか店主の顔も輝いていた。
 こうしてラーメン屋紛争は、おいしさのチャーハンにより終結を迎えた。

   ―――――

「ありがとうございましたぁー!」

 店主の元気な声が背中に届く。
 店を出る俺たち。その手にはお持ち帰り用のチャーハンがぶらさがる。
 新茶は嬉しそうに言った。

「なっ? タカミネ、うまかっただろ?」
「そうね。ラーメンは本当にひどかったけれど、チャーハンは最高に美味しかったわ。みんなはどうだったかしら?」
「うん! チャーハンおいしかった!」
「……ああ。チャーハン、美味かった」
「たしかにチャーハンは最高だったな」
「やっぱりあの店はチャーハンだけね!」

 こうして俺たちは奢ってくれた高峰にお礼を言った。
 高峰も嬉しそうだったが、立ち止まる。

「そうだテル。あなた、極太の油性ペン持っているわよね」
「ん? ああ。あるけど」
「ちょっと貸しなさい」

 俺は鞄から油性ペンを取り出して渡すと、高峰はラーメン屋の『ラーメン屋』と書かれた看板の前に立った。まさか。

「オラオラオラオラオラオラオラ、オラァッ!!」

 やっぱり書きやがった!?
 高峰は看板の『ラーメン屋』の字の横に『チャーハンだけは美味い』と書き足す。

「お、おい何しているんだ! 警察に通報されるぞ!」
「大丈夫よ。軽犯罪なんてお金でなんとかできるから」

 そういって高峰は店の中に入っていく。
 そして数十秒後、出てきた。
 店の中から「またいらしてください! お嬢様!」と大きな声が聞こえてくる。

「……何したんだよ、おい」
「あの店の命名権を買い取ってやったの。これで問題ないわ」
「おまえ恐ろしいな」
「アハハ! 面白いとお言い!」

 そのときの高峰はじつに小悪魔的な笑みを見せたが、たとえそれが魅力的だろうとも、犯罪を金でもみ消したあとの笑みであることを忘れてはならない。

 それにしても、チャーハンは美味かった。



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