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第十二章 浮民の少女と黒き妖虎

十二の弐.

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 もしかしたら、この想いは藍鈴の神賜術かみのたまものによるものかもしれない。

 藍鈴の神賜術は霊鬼之護れいきのまもり――霊獣、妖魔を問わず契約を有利に運び、従えた使い魔の能力を上げてくれる導士垂涎の能力である。

 霊鬼之護は他にも霊獣、妖魔に好かれ易くなると聞く。だが、珠真は自分の藍鈴への愛情は本物だと信じたい。

 (だって、藍鈴を想うとあたいの胸はこんなに温かくなるんだから)

 だから、珠真は藍鈴の神賜術が何であるかなど問題としなかった。彼女はただ藍鈴を守ってあげたい。

 だが、珠真も金烏も与えられた命は藍鈴の監視。藍鈴が叛かぬよう、裏切れば直ぐ報せるよう彼女に付けられたお目付け役なのだ。

 助けてたくても珠真にはどうにもできない。ただ許されているのは藍鈴に寄り添い慰める事だけ。

「行こう」

 少女の口から無機質な音が聞こえてくる度に珠真の胸は締め付けられる。本当は誰よりも優しい少女が自分の心を殺しているのが分かるから。

 しかし、藍鈴は両親を人質に取られ珠真の主人に逆らえない。

 (こいつも同じ気持ちなんだろうか?)

 藍鈴の声に反応し背後でぬっと起き上がった影をちらっと見た。

 体長二十尺(約3.2m)をゆうに超える巨体、背中には大きな翼を生やし、全身は闇に溶け込みそうな黒色だが瞳だけは金色に輝いている。

 窮奇――獰猛そうな外見だが、日輪の国を守護する十二の聖獣の一柱である。

 いや、であった、と言うべきだろうか。

 今では人を害して妖魔あやかしに堕ちてしまい、藍鈴の霊鬼之護れいきのまもりによって使役されている。それも珠真の主人によって……いや、その更に上の権力者の命によってだ。

(全てはあいつの差し金)

 珠真は主人の方士に命じた者が誰だかを知っている。

聆文れいぶん

 日輪の国の第二皇子だ。

 珠真も理由までは知らない。また知りたいとも思わない。

 ただ、藍鈴が霊鬼之護れいきのまもりの保持者だと知った聆文は、この浮民の少女を脅して今回の窮奇を使った謀略を実行に移した。

 珠真が知っている内容はこうだ――

 霊獣であっても善人を殺め、その血を浴びれば妖魔に堕ちる。

 聆文は善良な人間を脅迫して窮奇にけしかけた。

 その現場を目撃したわけではないが、盗み聞いた話では襲ってきた者を返り討ちにした窮奇はその者達の血を浴び聖獣ではなくなってしまったらしい。

 藍鈴は両親を人質に取られ堕ちた窮奇を言われるままに使役した。そして、今は命じられるままに人々を襲う。彼女もまた珠真達と同様に縛られた存在だった。

 しかし、珠真には不可解だった。

 (だけど、こいつは本当に堕ちてるのかね?)

 闇そのもののような巨体の中で、唯一金色に輝く綺麗な瞳に理性のような色を見て取り珠真は首を傾げた。

 だいたい役優によって封じられて数百年も西方を守ってきた聖獣が聆文ごとき小物の策略で堕ちるものだろうか?

 (いや、考えるのはよそう。あたいがすべきは藍鈴を――)

 小邑むらを囲むかべへと進む藍鈴の背中を見詰めながら珠真は誓った。

 ――たとえ我が身を引き換えにしても藍鈴はあたいが絶対に守る!
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