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第十一章 常夜の魔女と赤い組紐
十一の伍.
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「ならば改めてお願いする。蘭華に窮奇調伏の依頼をしたい」
「謹んで承ります」
蘭華は静かに了承の意を示す。
それを見て頷いた刀夜は背後に控える夏琴を振り返った。夏琴はそれを合図と持って来た大きな葛篭を開けた。
「それから蘭華に渡す物がある」
「私に?」
蘭華は何だろうと首を傾げたが、夏琴が色取り取りの布地を次々と自分の前に並べていくのを見て青褪めた。
「と、刀夜様⁉︎」
「反物が買えずに困っていたと翠蓮に聞いてな」
驚く蘭華に刀夜はしてやったりと笑う。
「う、受け取れません!」
十数もの巻かれた反物を前にして蘭華は悲鳴にも似た声を上げた。
蘭華が取り乱すのも無理は無い。見れば麻や木綿だけではなく上等な絹まである。どんなに安く見積もっても銀三斤(銀四十八両)は下るまい。
森で慎ましく暮らしている蘭華にすれば、銀三斤は今迄に見たこともない大金だ。
「こんな高価な品々を頂く謂れがございません!」
「言ったろう。蘭華は適切な工資を受け取っていないと」
「で、ですから、それは刀夜様とは何の関わりも無いと……」
頑なに拒む蘭華の生真面目さに刀夜は苦笑いした。
他の導士なら当然とばかりに懐に入れているだろうに。黙って受け取れば良いものに蘭華は気が引けてしまうようだ。
(そんな清廉な姑娘だから常夜の森の結界は守られたのだな)
これが蘭華以外の導士であれば工資の出ない仕事などさっさと放棄しており、今頃は結界が破れて妖魔に月門周辺は荒らされていただろう。
実際、月門の導士達は結界の補修を全く行っていない。
(そうなっていたら泰然兄上はその責任を取らされていたやもしれん)
蘭華にそのつもりは無くとも彼女に泰然や刀夜は救われたのだ。
「これは今回の報酬と思って欲しい」
だが、さすがに宮中の陰謀の全てを語るわけにもいかない。ましてや刀夜の推測に過ぎないのだから尚更だ。だから刀夜は少し誤魔化した。
「妖異解決の報酬としては多過ぎます」
「窮奇は十二獣だ。並の妖魔とは違う」
「ですが……」
「それに、この件は秘事ゆえ口止め料も入っている」
「別に私は言いふらしたりはしません」
「それは分かっている」
もとより刀夜も蘭華がべらべらと噂を広めるような人物ではないと思っている。だから報酬だとか口止め料だとかはもちろん口実である。
「だが、貴族の世界は形というものを重んじるのだと理解してくれ」
「……そこまで仰るのでしたら」
納得はしていなさそうであるが、それでも蘭華は反物を受け取った。
「それと翠蓮から頼まれた物がある」
「翠蓮から?」
刀夜の切り出しにタイミングを見計らっていた夏琴が続けて葛篭の中から包みを取り出して蘭華の前に置いた。
不思議そうに蘭華が包みを広げれば、中から出てきたのは綺麗な黄色の深衣。それに蘭華は何処かで見覚えがあった。
「服?」
「翠蓮から蘭華に渡すよう頼まれた」
そう言えば前に翠蓮が着ていたなと蘭華は思い至った。手に取れば質の良さそうな深衣で、この衣を纏って笑う翠蓮が脳裏に浮かんだ。
「反物だけでは直ぐに繕えないだろうからと……」
蘭華の着物が襤褸となっているのを翠蓮は気にしていた。だから、刀夜に既製の物を渡したのだろう。
「自分のお下がりで申し訳ないと言っていた」
「そんな……こんな上等な服を……あの子ったら」
彼女と会ったのは昨日の事なのに、新緑のような瞳の翠蓮の愛らしい顔が何故かひどく懐かしい。
翠蓮の優しい思い遣りに胸がぎゅっと締め付けられ涙が零れ落ちそうになる。
(翠蓮に会いたい)
着物を抱き締めれば翠蓮の温もりが残っているようで、蘭華は無性に翠蓮の顔を見たくなった。
先程はあんなにも国を出ようかとも迷っていたのに……だけど、蘭華の心はいつの間にかこの地のしがらみに縛られていたようだ。
「謹んで承ります」
蘭華は静かに了承の意を示す。
それを見て頷いた刀夜は背後に控える夏琴を振り返った。夏琴はそれを合図と持って来た大きな葛篭を開けた。
「それから蘭華に渡す物がある」
「私に?」
蘭華は何だろうと首を傾げたが、夏琴が色取り取りの布地を次々と自分の前に並べていくのを見て青褪めた。
「と、刀夜様⁉︎」
「反物が買えずに困っていたと翠蓮に聞いてな」
驚く蘭華に刀夜はしてやったりと笑う。
「う、受け取れません!」
十数もの巻かれた反物を前にして蘭華は悲鳴にも似た声を上げた。
蘭華が取り乱すのも無理は無い。見れば麻や木綿だけではなく上等な絹まである。どんなに安く見積もっても銀三斤(銀四十八両)は下るまい。
森で慎ましく暮らしている蘭華にすれば、銀三斤は今迄に見たこともない大金だ。
「こんな高価な品々を頂く謂れがございません!」
「言ったろう。蘭華は適切な工資を受け取っていないと」
「で、ですから、それは刀夜様とは何の関わりも無いと……」
頑なに拒む蘭華の生真面目さに刀夜は苦笑いした。
他の導士なら当然とばかりに懐に入れているだろうに。黙って受け取れば良いものに蘭華は気が引けてしまうようだ。
(そんな清廉な姑娘だから常夜の森の結界は守られたのだな)
これが蘭華以外の導士であれば工資の出ない仕事などさっさと放棄しており、今頃は結界が破れて妖魔に月門周辺は荒らされていただろう。
実際、月門の導士達は結界の補修を全く行っていない。
(そうなっていたら泰然兄上はその責任を取らされていたやもしれん)
蘭華にそのつもりは無くとも彼女に泰然や刀夜は救われたのだ。
「これは今回の報酬と思って欲しい」
だが、さすがに宮中の陰謀の全てを語るわけにもいかない。ましてや刀夜の推測に過ぎないのだから尚更だ。だから刀夜は少し誤魔化した。
「妖異解決の報酬としては多過ぎます」
「窮奇は十二獣だ。並の妖魔とは違う」
「ですが……」
「それに、この件は秘事ゆえ口止め料も入っている」
「別に私は言いふらしたりはしません」
「それは分かっている」
もとより刀夜も蘭華がべらべらと噂を広めるような人物ではないと思っている。だから報酬だとか口止め料だとかはもちろん口実である。
「だが、貴族の世界は形というものを重んじるのだと理解してくれ」
「……そこまで仰るのでしたら」
納得はしていなさそうであるが、それでも蘭華は反物を受け取った。
「それと翠蓮から頼まれた物がある」
「翠蓮から?」
刀夜の切り出しにタイミングを見計らっていた夏琴が続けて葛篭の中から包みを取り出して蘭華の前に置いた。
不思議そうに蘭華が包みを広げれば、中から出てきたのは綺麗な黄色の深衣。それに蘭華は何処かで見覚えがあった。
「服?」
「翠蓮から蘭華に渡すよう頼まれた」
そう言えば前に翠蓮が着ていたなと蘭華は思い至った。手に取れば質の良さそうな深衣で、この衣を纏って笑う翠蓮が脳裏に浮かんだ。
「反物だけでは直ぐに繕えないだろうからと……」
蘭華の着物が襤褸となっているのを翠蓮は気にしていた。だから、刀夜に既製の物を渡したのだろう。
「自分のお下がりで申し訳ないと言っていた」
「そんな……こんな上等な服を……あの子ったら」
彼女と会ったのは昨日の事なのに、新緑のような瞳の翠蓮の愛らしい顔が何故かひどく懐かしい。
翠蓮の優しい思い遣りに胸がぎゅっと締め付けられ涙が零れ落ちそうになる。
(翠蓮に会いたい)
着物を抱き締めれば翠蓮の温もりが残っているようで、蘭華は無性に翠蓮の顔を見たくなった。
先程はあんなにも国を出ようかとも迷っていたのに……だけど、蘭華の心はいつの間にかこの地のしがらみに縛られていたようだ。
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