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第十一章 常夜の魔女と赤い組紐

十一の参.

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「それで本日はどのようなご用件なのでしょうか?」

 背筋をぴんっと伸ばして尋ねる蘭華の居住まいに刀夜は関心した。

 刀夜は貴族の姑娘れいじょうをよく相手にする。

 彼女らも幼い頃から淑女としての厳しい教育を受けており、その姿勢や立ち振る舞いはとても良い。が、それらはどうしても貴族同士の婚姻を意識した指導であり、その根底にどうしても男への媚びが拭えない。

 これは環境の問題であり彼女達のせいではないのだが、どうにも刀夜にはそういった媚態を含んだしなを作る姑娘が苦手であった。

 (蘭華は凛々しいな)

 ところが蘭華のしゃんとした姿勢は、何処か武人に通じるものがあって刀夜には好ましい。

「用件は幾つかあるのだが……」
「はい」

 その受け答えの中にもぴんっと一本線が通った鋭さがあり、貴族の婉曲や擬態とは無縁であった。

 (蘭華は颯爽とした稀有な姑娘むすめだな)

 言うなれば蘭華はとても格好が良いのだ。翠蓮が懸想するのも無理ないと思えてくる。

「ふっ」
「刀夜様?」

 翠蓮がぷんぷん怒って刀夜を威嚇する様子を想像して刀夜は思わず笑みを溢した。そんな刀夜を訝しんで蘭華は小首を傾げた。

「いや、済まない、俺も翠蓮の事は言えんなと思ってな」
「?」

 良く意味が分からず蘭華は目を瞬かせたが、特に追求はしなかった。

「それで用件とは?」

 気にした素振りも見せない蘭華のそんな心遣いも刀夜の琴線に触れる。

「ふむ、そうだな、何から話すべきか……」

 これから刀夜は窮奇の件で蘭華に助力を願い出るつもりだ。

 (迂闊に話せば蘭華を宮の陰謀に巻き込んでしまうかもしれない)

 だが、これは国家の秘事でもあり、詳らかに打ち明けるのは躊躇われた。それでも窮奇を調伏するには蘭華に事情を明かすのは避けては通れない。

「実は昨今この周辺を荒らしている妖虎なんだが……」

 刀夜は腹を括って蘭華を真正面から見据えた。

「刀夜様が追っている事件ですね」
「そうだ」

 最初に刀夜がこの破屋あばらやを訪れた理由は、妖虎を操る被疑者として蘭華を調べる為だった。

 昨日の事なのに蘭華にはなんだか随分と昔の出来事のように思える。

「蘭華は十二獣を知っているな」
「十二獣……日輪十二神の事でしょうか?」
「そうだ」

 こくりと頷く刀夜に不思議そうな顔で蘭華は応じた。 

「私はこれでも導士の端くれ。世間一般の方々よりは詳しいとは思います」

 日輪の国を守護する十二の霊獣。

 その成り立ちから今の役目まで蘭華は白姑仙より学んでいる。

「常陽に住まう帝を護りし委隨イズイ攬諸ランショ雄伯ユウハク祖明ソメイ。彼ら四方の聖獣を称して宮中四方之守くちゅうしほうのもりと言う。日輪の八方に窮奇キュウキ甲作コウサク胇胃ヒツイ騰簡トウカン伯奇ハクキ強梁キョウリョウ錯断サクダン騰根トウコンあり。彼の八の聖獣を称し日輪八方之守にちりんはっぽうのもりと言う。併せて十二の聖獣を日輪の十二神と呼ぶ」

 蘭華がそらんじたのは、この国で方術を学ぶ者は必ず教えられる内容だ。

「彼らは建国の祖、日帝に仕えた大方士役公えんこう(役優えんゆうの尊称)によって日輪の守護を任じられた霊獣達です」
「そうだ、十二獣は開国の時より常陽を、日輪の国を見守ってきた」

 これについては蘭華でなくとも、この国に住まう者なら誰でも知っている内容である。

「それで日輪十二神が何か?」

 だから蘭華は戸惑った。妖虎の話であったのに十二獣の話題を振られたのだから当然だろう。

「これは他言無用に願いたいのだが……」
「はい」

 蘭華が頷くのを見て刀夜は一拍置いてから核心を語り始めた。

「実は一月以上前から十二獣の一柱窮奇きゅうきが行方知れずとなっているのだ」
「――⁉︎」

 刀夜の脈絡の無い説明だったが、その事だけで蘭華の中で全てが繋がった。

「まさか問題となっている妖虎というのは⁉︎」
「十中八九こいつは窮奇だと俺は睨んでいる」

 刀夜が告げた重大事に蘭華は眩暈を覚えたのだった。
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