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第十章 剣仙の皇子と月門の陰謀

十の肆.

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「あの白姑仙はっこせんか?」

 刀夜は念を押すように聞き返した。
 それは驚くべき事実だったからだ。

 ――『白姑仙』

 この国でその名を知らぬ者はない高名な導士である。

 彼女の出自は不明だが、文献を紐解けば建国初期から名を見る生ける伝説だ。謎の多い人物で、日帝に仕えた大方士役優えんゆうの直弟子だとも、逆に彼の師だとも言われている。

 雪の如き純白の髪を持ち、瞳から光を失くした盲目の天才導士。しかし、数百年の時を身に刻みながらも、容姿に衰えなく涼やかで清廉な気風のある美女と聞く。

 長い歳月を研鑽に費やし、極めた方術は並び立つ者なし。導士をさげすむ尊大な方士院をして彼女には敬意を払っている。日輪の国で最強の方術使いであるのは疑いようがない。

「さようにございます」

 首肯する丹頼に刀夜が唸った。

「確かにそれなが真実ならば蘭華の異常に高い能力も頷ける」

 白姑仙の力量は役優えんゆう以上とも言われる。その直弟子ともなれば窮奇の調伏も可能と確信するのも頷ける。

「だが、白姑仙は黟夜山えいやざんに居を構えている」

 黟夜山――日輪の国南西部にある峻険な連山の総称である。

』とは黒く光沢のある黒檀こくたんを意味する。そびえ立つ山々が天を覆い、常に太陽が隠れる闇夜の世界。連なる山も黒く見えるが故に黟夜山と名付けられた。

 その名にの通りこの連山は剣のような高い山が無数に連なる難所で、不老不死の霊薬があり入山し修行を積んで昇仙した者達が住む仙境でもある。

 実際、白姑仙はっこせんも数百年の時を生き、方術は仙人の域である。彼女を仙人と目している者も多く、故に『白姑仙』と呼ばれるようになった。

 その通り名の方が有名となり、今では誰も本名を知らない――

「彼女は滅多に山から下りてこないと聞く」

 有名になり過ぎた白姑仙は人との関わりを煩い、黟夜山に引き篭もってしまった。帝の命さえ従わぬ彼女が下山して蘭華を弟子に取ったとは考え難い。

「彼女の弟子になるには黟夜山えいやざんを登らねばならないが……」

 黟夜山の山頂は人どころか妖魔あやかしさえ寄せ付けぬ場所。彼女の弟子になるのは容易ではない。それは並みの人間には不可能だ。

 だから入山に耐え得る力ある高名な方士、導士のみが白姑仙の弟子になれる。

 力ある者は配下となったり刃を交える可能性がある。だから、刀夜は武人に限らず野にいる目ぼしい導士の情報も集めていた。

 その熱の入りようは凄まじく、直臣の儀藍ぎらんには人材蒐集家マニアですかと呆れられている。

「すまんが俺は蘭華の名を今まで聞いた事がない」

 白姑仙の直弟子であるのに蘭華の名は全く知られていないのは奇異だと刀夜は暗に言っているのだ。

「ですが、蘭華を連れてきたのは目から光を失った老婆の如き白き髪の美しい導士でした」
「そうか……」

 蘭華の師ならかなりの力量であろう。それでいて白髪盲目の美女となれば白姑仙以外には考えられない。

「しかし、そうなるとますます奇妙だ。月門ここの連中はそれを知らないのか?」

 日輪の国で名高い白姑仙の影響力は大きい。地域によっては信仰の対象となっている。その弟子ともなれば粗略に扱えない筈だ。
  
「白姑仙より口止めされておりまして、月門で知る者は手前のみにございます」
「翠蓮も知らぬのか?」

 頷く丹頼に刀夜は意外に思った。

 丹頼は存外かなり口が固い人物らしい。

「それなのに俺達に教えて良かったのか?」

 可愛がっている孫娘にも教えぬ秘事。刀夜の正体を知っているとは言え、それ程の秘密をあっさり明かした。

「刀夜様……いえ、皇子様・・・にならお教えしても構わないでしょう」
「ふむ、なるほど」

 丹頼の言葉に刀夜は裏の事情が少しだけ見えた。

 丹頼は皇子である刀夜になら明かしてもよいと判断した。月門は第一皇子の泰然が直轄しているまちだ。

「つまり、泰然兄上はご存知なのだな」
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