68 / 84
第十章 剣仙の皇子と月門の陰謀
十の肆.
しおりを挟む
「あの白姑仙か?」
刀夜は念を押すように聞き返した。
それは驚くべき事実だったからだ。
――『白姑仙』
この国でその名を知らぬ者はない高名な導士である。
彼女の出自は不明だが、文献を紐解けば建国初期から名を見る生ける伝説だ。謎の多い人物で、日帝に仕えた大方士役優の直弟子だとも、逆に彼の師だとも言われている。
雪の如き純白の髪を持ち、瞳から光を失くした盲目の天才導士。しかし、数百年の時を身に刻みながらも、容姿に衰えなく涼やかで清廉な気風のある美女と聞く。
長い歳月を研鑽に費やし、極めた方術は並び立つ者なし。導士を蔑む尊大な方士院をして彼女には敬意を払っている。日輪の国で最強の方術使いであるのは疑いようがない。
「さようにございます」
首肯する丹頼に刀夜が唸った。
「確かにそれなが真実ならば蘭華の異常に高い能力も頷ける」
白姑仙の力量は役優以上とも言われる。その直弟子ともなれば窮奇の調伏も可能と確信するのも頷ける。
「だが、白姑仙は黟夜山に居を構えている」
黟夜山――日輪の国南西部にある峻険な連山の総称である。
『黟』とは黒く光沢のある黒檀を意味する。聳え立つ山々が天を覆い、常に太陽が隠れる闇夜の世界。連なる山も黒く見えるが故に黟夜山と名付けられた。
その名にの通りこの連山は剣のような高い山が無数に連なる難所で、不老不死の霊薬があり入山し修行を積んで昇仙した者達が住む仙境でもある。
実際、白姑仙も数百年の時を生き、方術は仙人の域である。彼女を仙人と目している者も多く、故に『白姑仙』と呼ばれるようになった。
その通り名の方が有名となり、今では誰も本名を知らない――
「彼女は滅多に山から下りてこないと聞く」
有名になり過ぎた白姑仙は人との関わりを煩い、黟夜山に引き篭もってしまった。帝の命さえ従わぬ彼女が下山して蘭華を弟子に取ったとは考え難い。
「彼女の弟子になるには黟夜山を登らねばならないが……」
黟夜山の山頂は人どころか妖魔さえ寄せ付けぬ場所。彼女の弟子になるのは容易ではない。それは並みの人間には不可能だ。
だから入山に耐え得る力ある高名な方士、導士のみが白姑仙の弟子になれる。
力ある者は配下となったり刃を交える可能性がある。だから、刀夜は武人に限らず野にいる目ぼしい導士の情報も集めていた。
その熱の入りようは凄まじく、直臣の儀藍には人材蒐集家ですかと呆れられている。
「すまんが俺は蘭華の名を今まで聞いた事がない」
白姑仙の直弟子であるのに蘭華の名は全く知られていないのは奇異だと刀夜は暗に言っているのだ。
「ですが、蘭華を連れてきたのは目から光を失った老婆の如き白き髪の美しい導士でした」
「そうか……」
蘭華の師ならかなりの力量であろう。それでいて白髪盲目の美女となれば白姑仙以外には考えられない。
「しかし、そうなるとますます奇妙だ。月門の連中はそれを知らないのか?」
日輪の国で名高い白姑仙の影響力は大きい。地域によっては信仰の対象となっている。その弟子ともなれば粗略に扱えない筈だ。
「白姑仙より口止めされておりまして、月門で知る者は手前のみにございます」
「翠蓮も知らぬのか?」
頷く丹頼に刀夜は意外に思った。
丹頼は存外かなり口が固い人物らしい。
「それなのに俺達に教えて良かったのか?」
可愛がっている孫娘にも教えぬ秘事。刀夜の正体を知っているとは言え、それ程の秘密をあっさり明かした。
「刀夜様……いえ、皇子様にならお教えしても構わないでしょう」
「ふむ、なるほど」
丹頼の言葉に刀夜は裏の事情が少しだけ見えた。
丹頼は皇子である刀夜になら明かしてもよいと判断した。月門は第一皇子の泰然が直轄している邑だ。
「つまり、泰然兄上はご存知なのだな」
刀夜は念を押すように聞き返した。
それは驚くべき事実だったからだ。
――『白姑仙』
この国でその名を知らぬ者はない高名な導士である。
彼女の出自は不明だが、文献を紐解けば建国初期から名を見る生ける伝説だ。謎の多い人物で、日帝に仕えた大方士役優の直弟子だとも、逆に彼の師だとも言われている。
雪の如き純白の髪を持ち、瞳から光を失くした盲目の天才導士。しかし、数百年の時を身に刻みながらも、容姿に衰えなく涼やかで清廉な気風のある美女と聞く。
長い歳月を研鑽に費やし、極めた方術は並び立つ者なし。導士を蔑む尊大な方士院をして彼女には敬意を払っている。日輪の国で最強の方術使いであるのは疑いようがない。
「さようにございます」
首肯する丹頼に刀夜が唸った。
「確かにそれなが真実ならば蘭華の異常に高い能力も頷ける」
白姑仙の力量は役優以上とも言われる。その直弟子ともなれば窮奇の調伏も可能と確信するのも頷ける。
「だが、白姑仙は黟夜山に居を構えている」
黟夜山――日輪の国南西部にある峻険な連山の総称である。
『黟』とは黒く光沢のある黒檀を意味する。聳え立つ山々が天を覆い、常に太陽が隠れる闇夜の世界。連なる山も黒く見えるが故に黟夜山と名付けられた。
その名にの通りこの連山は剣のような高い山が無数に連なる難所で、不老不死の霊薬があり入山し修行を積んで昇仙した者達が住む仙境でもある。
実際、白姑仙も数百年の時を生き、方術は仙人の域である。彼女を仙人と目している者も多く、故に『白姑仙』と呼ばれるようになった。
その通り名の方が有名となり、今では誰も本名を知らない――
「彼女は滅多に山から下りてこないと聞く」
有名になり過ぎた白姑仙は人との関わりを煩い、黟夜山に引き篭もってしまった。帝の命さえ従わぬ彼女が下山して蘭華を弟子に取ったとは考え難い。
「彼女の弟子になるには黟夜山を登らねばならないが……」
黟夜山の山頂は人どころか妖魔さえ寄せ付けぬ場所。彼女の弟子になるのは容易ではない。それは並みの人間には不可能だ。
だから入山に耐え得る力ある高名な方士、導士のみが白姑仙の弟子になれる。
力ある者は配下となったり刃を交える可能性がある。だから、刀夜は武人に限らず野にいる目ぼしい導士の情報も集めていた。
その熱の入りようは凄まじく、直臣の儀藍には人材蒐集家ですかと呆れられている。
「すまんが俺は蘭華の名を今まで聞いた事がない」
白姑仙の直弟子であるのに蘭華の名は全く知られていないのは奇異だと刀夜は暗に言っているのだ。
「ですが、蘭華を連れてきたのは目から光を失った老婆の如き白き髪の美しい導士でした」
「そうか……」
蘭華の師ならかなりの力量であろう。それでいて白髪盲目の美女となれば白姑仙以外には考えられない。
「しかし、そうなるとますます奇妙だ。月門の連中はそれを知らないのか?」
日輪の国で名高い白姑仙の影響力は大きい。地域によっては信仰の対象となっている。その弟子ともなれば粗略に扱えない筈だ。
「白姑仙より口止めされておりまして、月門で知る者は手前のみにございます」
「翠蓮も知らぬのか?」
頷く丹頼に刀夜は意外に思った。
丹頼は存外かなり口が固い人物らしい。
「それなのに俺達に教えて良かったのか?」
可愛がっている孫娘にも教えぬ秘事。刀夜の正体を知っているとは言え、それ程の秘密をあっさり明かした。
「刀夜様……いえ、皇子様にならお教えしても構わないでしょう」
「ふむ、なるほど」
丹頼の言葉に刀夜は裏の事情が少しだけ見えた。
丹頼は皇子である刀夜になら明かしてもよいと判断した。月門は第一皇子の泰然が直轄している邑だ。
「つまり、泰然兄上はご存知なのだな」
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
会うたびに、貴方が嫌いになる
黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。
アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。
【第一部完結済】〇〇しないと出れない50の部屋に閉じ込められた百合カップル
橘スミレ
恋愛
目が覚めると可愛い天然少女「望」と賢い美少女「アズサ」は百合好きの欲望によってつくられた異空間にいた。その名も「〇〇しないと出れない部屋」だ。
50ある部屋、どこから覗いても楽しめます。
ぜひ色々な百合をお楽しみください。
毎日深夜12:10に更新中
カクヨム
https://kakuyomu.jp/works/16817330660266908513
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】愛されていた。手遅れな程に・・・
月白ヤトヒコ
恋愛
婚約してから長年彼女に酷い態度を取り続けていた。
けれどある日、婚約者の魅力に気付いてから、俺は心を入れ替えた。
謝罪をし、婚約者への態度を改めると誓った。そんな俺に婚約者は怒るでもなく、
「ああ……こんな日が来るだなんてっ……」
謝罪を受け入れた後、涙を浮かべて喜んでくれた。
それからは婚約者を溺愛し、順調に交際を重ね――――
昨日、式を挙げた。
なのに・・・妻は昨夜。夫婦の寝室に来なかった。
初夜をすっぽかした妻の許へ向かうと、
「王太子殿下と寝所を共にするだなんておぞましい」
という声が聞こえた。
やはり、妻は婚約者時代のことを許してはいなかったのだと思ったが・・・
「殿下のことを愛していますわ」と言った口で、「殿下と夫婦になるのは無理です」と言う。
なぜだと問い質す俺に、彼女は笑顔で答えてとどめを刺した。
愛されていた。手遅れな程に・・・という、後悔する王太子の話。
シリアス……に見せ掛けて、後半は多分コメディー。
設定はふわっと。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない
堀 和三盆
恋愛
一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。
信じられなかった。
母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。
そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。
日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる