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第二章 剣仙の皇子と妖虎の真相

二の壱.

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 木々が天を覆い、常に陽の光が届かぬ夜の世界――故に『常夜じょうやの森』と呼ぶ。

 尋常の森より深き闇に支配され魔の気配も濃い。昼間から不気味な雰囲気を漂わせている。

 妖魔あやかし数多あまた棲息しており、只人ただびとが足を踏み入れれば数刻(一刻=15分)も経たぬ内に命を落とす危険な森。

 だから、まちの者は誰も近付かないのだが、そんな森の中を刀夜と夏琴は気負うでもなく歩いていた。

 彼らはちょうど蘭華の破屋あばらやから帰るところである。

「魔女の噂は外れでしたな」
「ああ、次は月門で聞き込みだな」

 夏琴は落胆して眉をわずかに下げたが、刀夜は特に気にした風も見せない。

「しかし、皇子みこである刀夜様御自おんみずから足を運んで調査をする必要があったのですか?」

 蘭華は刀夜を高位の貴族と踏んでいたが、実は日輪の国の第五皇子おうじである。とある事情で直臣じきしんの夏琴を伴い妖虎の事件を追って此処ここまでやって来た。

「御身に何かあれば一大事ですぞ」
「皇子と言っても俺はしょせん五番目だ。帝位は泰然たいぜん兄上が継ぐだろうし、俺はその補佐するだけの身さ」

 泰然とは現在の第一皇子である。聡慧そうけいでいながら知に溺れぬ品行方正な人物であり、次代の帝と目されていた。

 日輪の国には後継となる皇子が他にもいる。

 皇位継承権順に第二皇子の聆文れいぶん、第三皇子の瑞燕ずいえん、第四皇子の秀英しゅうえいの三人だ。

 年齢的には泰然以外の三人は刀夜より歳下であったが、母親の身分が低い為に兄弟の中で刀夜は最も低い序列となっている。

「それに、俺が授かった神賜術かみのたまものは『千剣の仙』だ。帝の地位より将軍職を目指す方が性に合ってる」

 千剣の仙は保持者に比類なき剣才を与える強力な神賜術だ。他にも剣に関する特異な能力が幾つかあり、剣を持たせれば刀夜に勝てる武人は日輪の国にはいない。その為、刀夜は『剣仙の皇子みこ』と巷間ちまたで呼ばれている。

 もとより陰謀術数を嫌う性質たちであったから、刀夜はその能力を頼りに臣籍降下して軍部に入ろうと考えていた。

「人格者である兄上がみかどになった方が民の為だろう?」

 そう言って刀夜はからりと笑う。

「泰然様が帝位に座られるのに異存はございませんが……」

 だが、それでも夏琴は何とも言い知れぬ不満がぬぐえなかった。
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