上 下
24 / 64
本編

24. 黒髪の青年

しおりを挟む
 辺境の夏も9回目を迎えました――


 一昨年、ジグレさんから『魔王』復活の報せを聞いて警戒しておりましたが、私の結界と森の浄化が進んでおり、またリアフローデンはこの国の中では魔族領に最も遠い位置にあるおかげか、『魔獣』の出現が少し増える程度で平穏を保っていました。

 この穏やかな辺境の地にいると『魔王』が甦り、スターデンメイアを滅ぼしたなどとは信じられなくなります。



「こうやって祈ればいいの?」
「そうよ。今は形だけだけれど本当は目を閉じて神と対話を行うの」


 5歳となったシエラが教会の礼拝堂で私が聖女の『聖務』である神へ祈祷を捧げる姿を模倣していました。


「この黙祷で神を敬仰し、感謝の言葉を捧げるのよ」
「神さまにいつも見守ってくれてありがとうってお礼を言うんでしょ!」


 その私の言葉に素直に反応するシエラの純真さに私の顔は綻んでしまいました。とても可愛く、とても愛おしい神より授かりし子。

 実はシエラには聖女としての資質があったのです。今はまだその片鱗が見える程度で何の力もありませんが、私の指導に真摯に取り組むシエラはきっと良い聖女に育ってくれるでしょう。

 そんなシエラを見ていると、孤児院にやってきた経緯もあって、この子はエンゾ様の生まれ変わりなのではないかと思ってしまう時があります。


 とにかく私はシエラを守り育て、エンゾ様よりして頂いた様に彼女を教え導かなくてはなりません。


「シエラは何でも直ぐに覚えて偉いわね」
「えへへへ」


 私が頭を優しく撫でると、彼女は嬉しそうな笑顔を作りました。その顔に私の胸もほんのり温かくなります。


「シスター・ミレ」


 そんな穏やかな空気に包まれた礼拝堂にシスター・ジェルマが少し険しい表情をしてやってきました。


「どうかなされたのですか?」
「自警団の方が見えているわ。どうも街道で『魔獣』が現れたそうなの」


 私は頷いて立ち上がったのですが、スカートを引っ張られて下を向きました。


「シスター……」


 シエラが泣きそうな顔で私のスカートをギュッと握っていました。『魔獣』という単語に不安が大きいのでしょう。


「大丈夫よシエラ。直ぐに済ませて帰ってくるわ」



 私はシスター・ジェルマにシエラを預けると、表で待っていた自警団の副団長をされているグウェールさんと並んで現場へと向かいました。


「どうやらまた商人達が襲われているらしい。数人を先行させているんだが……」
「何かまずい事でも?」


 グウェールさんの表情が曇り、言葉を濁したところを見るとあまりかんばしくない状況のようです。


「出現した『魔獣』は小型なんだが、とにかく数が尋常ではないらしい」
「少々厄介ですね」


 どれ程に強大であろうとも、『魔獣』が1体だけなら『神聖術』で内に宿る『魔』を浄化すればよいだけなのです。ですが、複数の相手となると1体を相手している間、私は他の『魔獣』に対して無防備になってしまいます。


「俺達がだらしないばっかりに済まねぇ」
「そんな事はありません」


 私は首を横に振って、グウェールさんの言葉を否定しました。


「皆さん必死になって頑張っています。だらしがない筈がありません」
「だが実際に俺達の力では……」
「人の力には限りがあります。自分達の力が及ばないからと恥じる必要はありません」


 グウェールさんはどうにも納得のいかない表情です。


「今は自分の出来る事を精一杯やりましょう。後悔するのはその後です」
「そうだな」


 私とグウェールさんが現場に到着すると、中型犬程の大きさの『魔獣』があちらこちらで自警団や商人の護衛と乱戦を繰り広げていました。

 その『魔獣』は同じ形態で、猿の様な人の様な姿で、口からは2本の長い牙を覗かせていました。その数はおおよそ2、30体。

 既に犠牲者も出ているようで、状況は混沌としていました。


「結界を張ります」


 私はグウェールさんに守られながら馬車に辿り着くと、私はそこを中心に結界を張りました。


「この中には『魔獣』が入ってこられません」


 私の言葉にグウェールさんは頷いた。


「いったん結界に入れ!」


 グウェールさんの指示に自警団の方々が逃げる様に結界の中に入ってきた。


「た、助かった……」
「これで一息つける」


 そして彼らは次々と地面に座り込んでしまいました。


「あまり状況はかんばしくありませんね」
「ああ、小型と言っても1体に2、3人で対応しないと倒せねぇ。これだけの数となると俺達だけでは対処できないな」
「結界を利用して1体ずつ倒していくしかないでしょう」
「時間が掛かるが、それが1番安全だな」


 私とグウェールさんが『魔獣』討伐す為の算段をつけていると、にわかに騒がしくなりました。


「おい、あれ!」
「誰かこっちに来るぞ」
「なんて間が悪い!」


 自警団の方々が指差す方を見れば、街道をこちらに向かって1人の男性が歩いてくるのが見えました。かなり草臥くたびれた外套を纏い、その隙間から覗く腰には剣を佩いている様ですが、これだけの数の『魔獣』を相手になど到底できる筈がありまえん。

 事態は最悪で、しかも状況は一刻を争います。

 ですが私はその男性を見て、何故だか頭が真っ白になり、ただただ見入ってしまいました。

 長旅をしてきたのか、この国では珍しい漆黒の髪はぼさぼさで、睨みつける様に鋭い目も同じく黒色でした。その表情は厳しいものでしたがまだ若い青年のに見えました。 

 汚れた衣類に身を包んでいましたが、目を離せない程にエキゾチックで年甲斐も無く私は魅入られてしまったのでした。


 これが『悪役令嬢』と呼ばれた私と同じように『役』を与えられた彼との運命の邂逅でした……
しおりを挟む
感想 40

あなたにおすすめの小説

身に覚えがないのに断罪されるつもりはありません

おこめ
恋愛
シャーロット・ノックスは卒業記念パーティーで婚約者のエリオットに婚約破棄を言い渡される。 ゲームの世界に転生した悪役令嬢が婚約破棄後の断罪を回避するお話です。 さらっとハッピーエンド。 ぬるい設定なので生温かい目でお願いします。

ゲームと現実の区別が出来ないヒドインがざまぁされるのはお約束である(仮)

白雪の雫
恋愛
「このエピソードが、あたしが妖魔の王達に溺愛される全ての始まりなのよね~」 ゲームの画面を目にしているピンク色の髪の少女が呟く。 少女の名前は篠原 真莉愛(16) 【ローズマリア~妖魔の王は月の下で愛を請う~】という乙女ゲームのヒロインだ。 そのゲームのヒロインとして転生した、前世はゲームに課金していた元社会人な女は狂喜乱舞した。 何故ならトリップした異世界でチートを得た真莉愛は聖女と呼ばれ、神かかったイケメンの妖魔の王達に溺愛されるからだ。 「複雑な家庭環境と育児放棄が原因で、ファザコンとマザコンを拗らせたアーデルヴェルトもいいけどさ、あたしの推しは隠しキャラにして彼の父親であるグレンヴァルトなのよね~。けどさ~、アラブのシークっぽい感じなラクシャーサ族の王であるブラッドフォードに、何かポセイドンっぽい感じな水妖族の王であるヴェルナーも捨て難いし~・・・」 そうよ! だったら逆ハーをすればいいじゃない! 逆ハーは達成が難しい。だが遣り甲斐と達成感は半端ない。 その後にあるのは彼等による溺愛ルートだからだ。 これは乙女ゲームに似た現実の異世界にトリップしてしまった一人の女がゲームと現実の区別がつかない事で痛い目に遭う話である。 思い付きで書いたのでガバガバ設定+設定に矛盾がある+ご都合主義です。 いいタイトルが浮かばなかったので(仮)をつけています。

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

まったく心当たりのない理由で婚約破棄されるのはいいのですが、私は『精霊のいとし子』ですよ……?【カイン王子視点】

空月
恋愛
精霊信仰の盛んなクレセント王国。 身に覚えのない罪状をつらつらと挙げ連ねられて、第一王子に婚約破棄された『精霊のいとし子』アリシア・デ・メルシスは、第二王子であるカイン王子に求婚された。 そこに至るまでのカイン王子の話。 『まったく心当たりのない理由で婚約破棄されるのはいいのですが、私は『精霊のいとし子』ですよ……?』(https://www.alphapolis.co.jp/novel/368147631/886540222)のカイン王子視点です。 + + + + + + この話の本編と続編(書き下ろし)を収録予定(この別視点は入れるか迷い中)の同人誌(短編集)発行予定です。 購入希望アンケートをとっているので、ご興味ある方は回答してやってください。 https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLScCXESJ67aAygKASKjiLIz3aEvXb0eN9FzwHQuxXavT6uiuwg/viewform?usp=sf_link

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

聖女アマリア ~喜んで、婚約破棄を承ります。

青の雀
恋愛
公爵令嬢アマリアは、15歳の誕生日の翌日、前世の記憶を思い出す。 婚約者である王太子エドモンドから、18歳の学園の卒業パーティで王太子妃の座を狙った男爵令嬢リリカからの告発を真に受け、冤罪で断罪、婚約破棄され公開処刑されてしまう記憶であった。 王太子エドモンドと学園から逃げるため、留学することに。隣国へ留学したアマリアは、聖女に認定され、覚醒する。そこで隣国の皇太子から求婚されるが、アマリアには、エドモンドという婚約者がいるため、返事に窮す。

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

処理中です...