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本編
24. 黒髪の青年
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辺境の夏も9回目を迎えました――
一昨年、ジグレさんから『魔王』復活の報せを聞いて警戒しておりましたが、私の結界と森の浄化が進んでおり、またリアフローデンはこの国の中では魔族領に最も遠い位置にあるおかげか、『魔獣』の出現が少し増える程度で平穏を保っていました。
この穏やかな辺境の地にいると『魔王』が甦り、スターデンメイアを滅ぼしたなどとは信じられなくなります。
「こうやって祈ればいいの?」
「そうよ。今は形だけだけれど本当は目を閉じて神と対話を行うの」
5歳となったシエラが教会の礼拝堂で私が聖女の『聖務』である神へ祈祷を捧げる姿を模倣していました。
「この黙祷で神を敬仰し、感謝の言葉を捧げるのよ」
「神さまにいつも見守ってくれてありがとうってお礼を言うんでしょ!」
その私の言葉に素直に反応するシエラの純真さに私の顔は綻んでしまいました。とても可愛く、とても愛おしい神より授かりし子。
実はシエラには聖女としての資質があったのです。今はまだその片鱗が見える程度で何の力もありませんが、私の指導に真摯に取り組むシエラはきっと良い聖女に育ってくれるでしょう。
そんなシエラを見ていると、孤児院にやってきた経緯もあって、この子はエンゾ様の生まれ変わりなのではないかと思ってしまう時があります。
とにかく私はシエラを守り育て、エンゾ様よりして頂いた様に彼女を教え導かなくてはなりません。
「シエラは何でも直ぐに覚えて偉いわね」
「えへへへ」
私が頭を優しく撫でると、彼女は嬉しそうな笑顔を作りました。その顔に私の胸もほんのり温かくなります。
「シスター・ミレ」
そんな穏やかな空気に包まれた礼拝堂にシスター・ジェルマが少し険しい表情をしてやってきました。
「どうかなされたのですか?」
「自警団の方が見えているわ。どうも街道で『魔獣』が現れたそうなの」
私は頷いて立ち上がったのですが、スカートを引っ張られて下を向きました。
「シスター……」
シエラが泣きそうな顔で私のスカートをギュッと握っていました。『魔獣』という単語に不安が大きいのでしょう。
「大丈夫よシエラ。直ぐに済ませて帰ってくるわ」
私はシスター・ジェルマにシエラを預けると、表で待っていた自警団の副団長をされているグウェールさんと並んで現場へと向かいました。
「どうやらまた商人達が襲われているらしい。数人を先行させているんだが……」
「何か拙い事でも?」
グウェールさんの表情が曇り、言葉を濁したところを見るとあまり芳しくない状況のようです。
「出現した『魔獣』は小型なんだが、とにかく数が尋常ではないらしい」
「少々厄介ですね」
どれ程に強大であろうとも、『魔獣』が1体だけなら『神聖術』で内に宿る『魔』を浄化すればよいだけなのです。ですが、複数の相手となると1体を相手している間、私は他の『魔獣』に対して無防備になってしまいます。
「俺達がだらしないばっかりに済まねぇ」
「そんな事はありません」
私は首を横に振って、グウェールさんの言葉を否定しました。
「皆さん必死になって頑張っています。だらしがない筈がありません」
「だが実際に俺達の力では……」
「人の力には限りがあります。自分達の力が及ばないからと恥じる必要はありません」
グウェールさんはどうにも納得のいかない表情です。
「今は自分の出来る事を精一杯やりましょう。後悔するのはその後です」
「そうだな」
私とグウェールさんが現場に到着すると、中型犬程の大きさの『魔獣』があちらこちらで自警団や商人の護衛と乱戦を繰り広げていました。
その『魔獣』は同じ形態で、猿の様な人の様な姿で、口からは2本の長い牙を覗かせていました。その数はおおよそ2、30体。
既に犠牲者も出ているようで、状況は混沌としていました。
「結界を張ります」
私はグウェールさんに守られながら馬車に辿り着くと、私はそこを中心に結界を張りました。
「この中には『魔獣』が入ってこられません」
私の言葉にグウェールさんは頷いた。
「いったん結界に入れ!」
グウェールさんの指示に自警団の方々が逃げる様に結界の中に入ってきた。
「た、助かった……」
「これで一息つける」
そして彼らは次々と地面に座り込んでしまいました。
「あまり状況は芳しくありませんね」
「ああ、小型と言っても1体に2、3人で対応しないと倒せねぇ。これだけの数となると俺達だけでは対処できないな」
「結界を利用して1体ずつ倒していくしかないでしょう」
「時間が掛かるが、それが1番安全だな」
私とグウェールさんが『魔獣』討伐す為の算段をつけていると、俄かに騒がしくなりました。
「おい、あれ!」
「誰かこっちに来るぞ」
「なんて間が悪い!」
自警団の方々が指差す方を見れば、街道をこちらに向かって1人の男性が歩いてくるのが見えました。かなり草臥れた外套を纏い、その隙間から覗く腰には剣を佩いている様ですが、これだけの数の『魔獣』を相手になど到底できる筈がありまえん。
事態は最悪で、しかも状況は一刻を争います。
ですが私はその男性を見て、何故だか頭が真っ白になり、ただただ見入ってしまいました。
長旅をしてきたのか、この国では珍しい漆黒の髪はぼさぼさで、睨みつける様に鋭い目も同じく黒色でした。その表情は厳しいものでしたがまだ若い青年のに見えました。
汚れた衣類に身を包んでいましたが、目を離せない程にエキゾチックで年甲斐も無く私は魅入られてしまったのでした。
これが『悪役令嬢』と呼ばれた私と同じように『役』を与えられた彼との運命の邂逅でした……
一昨年、ジグレさんから『魔王』復活の報せを聞いて警戒しておりましたが、私の結界と森の浄化が進んでおり、またリアフローデンはこの国の中では魔族領に最も遠い位置にあるおかげか、『魔獣』の出現が少し増える程度で平穏を保っていました。
この穏やかな辺境の地にいると『魔王』が甦り、スターデンメイアを滅ぼしたなどとは信じられなくなります。
「こうやって祈ればいいの?」
「そうよ。今は形だけだけれど本当は目を閉じて神と対話を行うの」
5歳となったシエラが教会の礼拝堂で私が聖女の『聖務』である神へ祈祷を捧げる姿を模倣していました。
「この黙祷で神を敬仰し、感謝の言葉を捧げるのよ」
「神さまにいつも見守ってくれてありがとうってお礼を言うんでしょ!」
その私の言葉に素直に反応するシエラの純真さに私の顔は綻んでしまいました。とても可愛く、とても愛おしい神より授かりし子。
実はシエラには聖女としての資質があったのです。今はまだその片鱗が見える程度で何の力もありませんが、私の指導に真摯に取り組むシエラはきっと良い聖女に育ってくれるでしょう。
そんなシエラを見ていると、孤児院にやってきた経緯もあって、この子はエンゾ様の生まれ変わりなのではないかと思ってしまう時があります。
とにかく私はシエラを守り育て、エンゾ様よりして頂いた様に彼女を教え導かなくてはなりません。
「シエラは何でも直ぐに覚えて偉いわね」
「えへへへ」
私が頭を優しく撫でると、彼女は嬉しそうな笑顔を作りました。その顔に私の胸もほんのり温かくなります。
「シスター・ミレ」
そんな穏やかな空気に包まれた礼拝堂にシスター・ジェルマが少し険しい表情をしてやってきました。
「どうかなされたのですか?」
「自警団の方が見えているわ。どうも街道で『魔獣』が現れたそうなの」
私は頷いて立ち上がったのですが、スカートを引っ張られて下を向きました。
「シスター……」
シエラが泣きそうな顔で私のスカートをギュッと握っていました。『魔獣』という単語に不安が大きいのでしょう。
「大丈夫よシエラ。直ぐに済ませて帰ってくるわ」
私はシスター・ジェルマにシエラを預けると、表で待っていた自警団の副団長をされているグウェールさんと並んで現場へと向かいました。
「どうやらまた商人達が襲われているらしい。数人を先行させているんだが……」
「何か拙い事でも?」
グウェールさんの表情が曇り、言葉を濁したところを見るとあまり芳しくない状況のようです。
「出現した『魔獣』は小型なんだが、とにかく数が尋常ではないらしい」
「少々厄介ですね」
どれ程に強大であろうとも、『魔獣』が1体だけなら『神聖術』で内に宿る『魔』を浄化すればよいだけなのです。ですが、複数の相手となると1体を相手している間、私は他の『魔獣』に対して無防備になってしまいます。
「俺達がだらしないばっかりに済まねぇ」
「そんな事はありません」
私は首を横に振って、グウェールさんの言葉を否定しました。
「皆さん必死になって頑張っています。だらしがない筈がありません」
「だが実際に俺達の力では……」
「人の力には限りがあります。自分達の力が及ばないからと恥じる必要はありません」
グウェールさんはどうにも納得のいかない表情です。
「今は自分の出来る事を精一杯やりましょう。後悔するのはその後です」
「そうだな」
私とグウェールさんが現場に到着すると、中型犬程の大きさの『魔獣』があちらこちらで自警団や商人の護衛と乱戦を繰り広げていました。
その『魔獣』は同じ形態で、猿の様な人の様な姿で、口からは2本の長い牙を覗かせていました。その数はおおよそ2、30体。
既に犠牲者も出ているようで、状況は混沌としていました。
「結界を張ります」
私はグウェールさんに守られながら馬車に辿り着くと、私はそこを中心に結界を張りました。
「この中には『魔獣』が入ってこられません」
私の言葉にグウェールさんは頷いた。
「いったん結界に入れ!」
グウェールさんの指示に自警団の方々が逃げる様に結界の中に入ってきた。
「た、助かった……」
「これで一息つける」
そして彼らは次々と地面に座り込んでしまいました。
「あまり状況は芳しくありませんね」
「ああ、小型と言っても1体に2、3人で対応しないと倒せねぇ。これだけの数となると俺達だけでは対処できないな」
「結界を利用して1体ずつ倒していくしかないでしょう」
「時間が掛かるが、それが1番安全だな」
私とグウェールさんが『魔獣』討伐す為の算段をつけていると、俄かに騒がしくなりました。
「おい、あれ!」
「誰かこっちに来るぞ」
「なんて間が悪い!」
自警団の方々が指差す方を見れば、街道をこちらに向かって1人の男性が歩いてくるのが見えました。かなり草臥れた外套を纏い、その隙間から覗く腰には剣を佩いている様ですが、これだけの数の『魔獣』を相手になど到底できる筈がありまえん。
事態は最悪で、しかも状況は一刻を争います。
ですが私はその男性を見て、何故だか頭が真っ白になり、ただただ見入ってしまいました。
長旅をしてきたのか、この国では珍しい漆黒の髪はぼさぼさで、睨みつける様に鋭い目も同じく黒色でした。その表情は厳しいものでしたがまだ若い青年のに見えました。
汚れた衣類に身を包んでいましたが、目を離せない程にエキゾチックで年甲斐も無く私は魅入られてしまったのでした。
これが『悪役令嬢』と呼ばれた私と同じように『役』を与えられた彼との運命の邂逅でした……
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