上 下
39 / 64
本編

今日、私は40になりました。

しおりを挟む
 翌朝――



「んっ!ん~」


 私は寝台の上で大きく伸びをする。

 体が硬い――もう歳ね。


「今日で40歳になったのですものね」


 昨日のシスター・ジェルマの言葉が思い出されました。子供達が私の誕生日を祝おうとしてくれているんだと、そしてもう一つ大事な報せ――


「――ユーヤが還ってくる」


 ユーヤの姿を思い浮かべると、何でこんなに心が騒いでしまうのでしょう。
 嬉しさに胸の高鳴りを抑えきれないなんて、まるで恋する乙女のようです。


 私は指でそっと唇に触れました。

 柔らかく温かい感触に呼び起こされるのは、ユーヤが旅立つ前日の記憶おもい


 彼は私に接吻キスをしました。
 そして彼は私に好きだと言ったのです。
 それから彼は私に待っていて欲しいと願いました。


 顔がカッと熱くなる。


 この胸を焼く苦しい気持ちは恋なのでしょうか?
 私はユーヤを好きになってしまったのでしょうか?

 それとも昔の様にただ恋に焦れているだけなのでしょうか?


 いったん意識してしまうとユーヤの姿が頭から離れません。


 あの私の腰を抱いた彼の力強い腕……
 あの私の唇を激しく求めた彼の唇……
 あの私の姿を映しだした黒い双眸……


 彼を想うと私の心臓が痛いくらいに激しく鼓動するのです。

 私は耐えきれずに、キュッと手で胸を掴む。


 そのまま私は寝台でうずくまり、やかましく拍動する心臓が落ち着くのを待ちました。やがて、動悸も治まり身を起こせば、既に窓から明るい光が差し込んでいました。


 私は静かに寝台から降りると、裸足のまま窓辺へと歩み寄りました。
 窓を開ければ部屋にもう涼しくなった朝の風が吹き込んできました。


「気持ちの良い風……」


 その風が火照ほてった身体とこがれた心を冷やしてくれて心地が良い。


 とんとん、とんとん――


 心と体に宿る熱を風で洗い流すかの様に窓辺でたたずんでいると、急にノックされた扉がカチャリと少し開いて薄桃色・・・の髪の頭だけ出して女性が覗いてきました。


「シエラ、返事も待たずに扉を開けるものではなわよ」
「は~い」


 ペロッと舌を出すシエラも二十歳ハタチになりました。とても明るく、そして愛らしく育った彼女は町でも人気で、私の時の様に紳士同盟なるものが男性達の間で結ばれていたとか。

 一昨年、シエラが結婚した時には大勢の若い男性の嘆きが凄かったものです。


「貴女も一児の母となったのですからもう少し落ち着きを持ってもいいでしょうに」
「ふふふ……シスターってホントお母さんみたい」


 突然シエラが私の胸に飛び込んできて、ギュッと抱きついてきました。


「もう、まるで大きな子供よ」
「私はずっとシスターの娘だよ」


 彼女は子供の時の様に私の胸に顔を埋めて、背に回す腕に力を籠めてきました。


「シスターは私の自慢のお母さん……そして、誰よりも素敵な女性だよ」


 この子はとても鋭い。
 きっと私が迷っているのを感じ取っているのでしょう。

 そして、とても優しい娘。
 私をおもんばかり、甘える振りをして励ましてくれる。


 シエラは本当にとても良い娘に育ってくれました。

 実は、この子は幼い頃に同じ薄桃色の髪の女性と同じ言葉を口にしたのです。


 『ヒロイン』、『悪役令嬢』、そして『おとめげーむ』……


 その言葉を口にした当初は、シエラもまた彼女の様になってしまうのではないかと危惧をしたものでしたが、それは全くの杞憂でした。

 シエラはそれらの言葉に固執せず、振る舞わされず、私の言葉に耳を傾け、私を母の様に慕い、誰にでも分け隔てなく愛情を降り注ぐ素晴らしい聖女に成長しました。今では素敵な女性として1人の男性と愛を育み、温かい母親として1人の娘を育てています。


「シエラは本当にとても良い子ね」


 抱きつくシエラの薄桃色の髪を優しく撫でると、彼女は顔を上げて私の目を真っ直ぐ捉えました。


「私はいっぱい、いっぱいシスターにあったかい心を貰ったの。シスターがいたから今の私がいるの。もし私が良い娘なら、それは全部シスターのお陰なんだよ」
「それは違うわ。シエラが今までたくさん努力したからよ。私なんかいなくても貴女は立派なレディになれたわ」


 愛おしくなってシエラの頬に手を添えると、彼女はその手に自分の手を重ねてきました。


「シスターがいたから私は『前世』に振り回されずに『今』の私を生きることができたの。シスターがいたから私は私として精一杯生きることができたの」


 私は真剣な彼女の青い瞳に吸い込まれそうになりました。


「だからシスターは『私なんか』じゃないわ。世界で一番綺麗で素敵な女性ひとよ」


 彼女の優しく強い訴えに、私の目から涙が零れました。


「シエラ……ありがとう」
「うん……」

 ああ、私は本当に幸せ者なのですね。



 長い間、抱き合っていた私達はどちらからともなく離れると気恥ずかしさを誤魔化す様に笑いました。


「そう言えばシエラは用事があって来たのではないの?」


 彼女はもう孤児院の住人ではありません。
 ここに来たのは用があってのことでしょう。


「あっ、そうだった!」


 彼女はそう言うと私の背を押して私を外へと連れ出しました。


「お昼まで孤児院から出ていて欲しいの」
「子供達に頼まれたの?」
「あちゃ、バレてる?」
「ちゃんと知らない振りをしておくわ」
「ありがとうシスター」


 私を拝む様な仕草をするシエラにくすりと笑いが漏れてしまいました。


「それから今日はシスターにきっと良い事が起こりそうな予感がするの」
「予感?」


 シエラの聖女としての能力はまだ私には及びませんが、何故か彼女の予感は私よりも良く当たるので、私は首を捻りました。


「そう……きっと神様からの素敵な誕生日プレゼントよ!」


 そう言って私は追い出され、仕方なしに町の中をただ目的も無くぶらぶらと一人で歩き始めました。



「今日は私の誕生日か……」



 私は今日40になりました。
しおりを挟む
感想 40

あなたにおすすめの小説

逆行転生した悪役令嬢だそうですけれど、反省なんてしてやりませんわ!

九重
恋愛
我儘で自分勝手な生き方をして処刑されたアマーリアは、時を遡り、幼い自分に逆行転生した。 しかし、彼女は、ここで反省できるような性格ではなかった。 アマーリアは、破滅を回避するために、自分を処刑した王子や聖女たちの方を変えてやろうと決意する。 これは、逆行転生した悪役令嬢が、まったく反省せずに、やりたい放題好き勝手に生きる物語。 ツイッターで先行して呟いています。

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

その婚約破棄喜んで

空月 若葉
恋愛
 婚約者のエスコートなしに卒業パーティーにいる私は不思議がられていた。けれどなんとなく気がついている人もこの中に何人かは居るだろう。  そして、私も知っている。これから私がどうなるのか。私の婚約者がどこにいるのか。知っているのはそれだけじゃないわ。私、知っているの。この世界の秘密を、ね。 注意…主人公がちょっと怖いかも(笑) 4話で完結します。短いです。の割に詰め込んだので、かなりめちゃくちゃで読みにくいかもしれません。もし改善できるところを見つけてくださった方がいれば、教えていただけると嬉しいです。 完結後、番外編を付け足しました。 カクヨムにも掲載しています。

身に覚えがないのに断罪されるつもりはありません

おこめ
恋愛
シャーロット・ノックスは卒業記念パーティーで婚約者のエリオットに婚約破棄を言い渡される。 ゲームの世界に転生した悪役令嬢が婚約破棄後の断罪を回避するお話です。 さらっとハッピーエンド。 ぬるい設定なので生温かい目でお願いします。

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

婚約破棄が私を笑顔にした

夜月翠雨
恋愛
「カトリーヌ・シャロン! 本日をもって婚約を破棄する!」 学園の教室で婚約者であるフランシスの滑稽な姿にカトリーヌは笑いをこらえるので必死だった。 そこに聖女であるアメリアがやってくる。 フランシスの瞳は彼女に釘付けだった。 彼女と出会ったことでカトリーヌの運命は大きく変わってしまう。 短編を小分けにして投稿しています。よろしくお願いします。

【完結】逆行した聖女

ウミ
恋愛
 1度目の生で、取り巻き達の罪まで着せられ処刑された公爵令嬢が、逆行してやり直す。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初めて書いた作品で、色々矛盾があります。どうか寛大な心でお読みいただけるととても嬉しいですm(_ _)m

処理中です...