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本編
今日、私は40になりました。
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翌朝――
「んっ!ん~」
私は寝台の上で大きく伸びをする。
体が硬い――もう歳ね。
「今日で40歳になったのですものね」
昨日のシスター・ジェルマの言葉が思い出されました。子供達が私の誕生日を祝おうとしてくれているんだと、そしてもう一つ大事な報せ――
「――ユーヤが還ってくる」
ユーヤの姿を思い浮かべると、何でこんなに心が騒いでしまうのでしょう。
嬉しさに胸の高鳴りを抑えきれないなんて、まるで恋する乙女のようです。
私は指でそっと唇に触れました。
柔らかく温かい感触に呼び起こされるのは、ユーヤが旅立つ前日の記憶。
彼は私に接吻をしました。
そして彼は私に好きだと言ったのです。
それから彼は私に待っていて欲しいと願いました。
顔がカッと熱くなる。
この胸を焼く苦しい気持ちは恋なのでしょうか?
私はユーヤを好きになってしまったのでしょうか?
それとも昔の様にただ恋に焦れているだけなのでしょうか?
いったん意識してしまうとユーヤの姿が頭から離れません。
あの私の腰を抱いた彼の力強い腕……
あの私の唇を激しく求めた彼の唇……
あの私の姿を映しだした黒い双眸……
彼を想うと私の心臓が痛いくらいに激しく鼓動するのです。
私は耐えきれずに、キュッと手で胸を掴む。
そのまま私は寝台で蹲り、喧しく拍動する心臓が落ち着くのを待ちました。やがて、動悸も治まり身を起こせば、既に窓から明るい光が差し込んでいました。
私は静かに寝台から降りると、裸足のまま窓辺へと歩み寄りました。
窓を開ければ部屋にもう涼しくなった朝の風が吹き込んできました。
「気持ちの良い風……」
その風が火照った身体と焦れた心を冷やしてくれて心地が良い。
とんとん、とんとん――
心と体に宿る熱を風で洗い流すかの様に窓辺で佇んでいると、急にノックされた扉がカチャリと少し開いて薄桃色の髪の頭だけ出して女性が覗いてきました。
「シエラ、返事も待たずに扉を開けるものではなわよ」
「は~い」
ペロッと舌を出すシエラも二十歳になりました。とても明るく、そして愛らしく育った彼女は町でも人気で、私の時の様に紳士同盟なるものが男性達の間で結ばれていたとか。
一昨年、シエラが結婚した時には大勢の若い男性の嘆きが凄かったものです。
「貴女も一児の母となったのですからもう少し落ち着きを持ってもいいでしょうに」
「ふふふ……シスターってホントお母さんみたい」
突然シエラが私の胸に飛び込んできて、ギュッと抱きついてきました。
「もう、まるで大きな子供よ」
「私はずっとシスターの娘だよ」
彼女は子供の時の様に私の胸に顔を埋めて、背に回す腕に力を籠めてきました。
「シスターは私の自慢のお母さん……そして、誰よりも素敵な女性だよ」
この子はとても鋭い。
きっと私が迷っているのを感じ取っているのでしょう。
そして、とても優しい娘。
私を慮り、甘える振りをして励ましてくれる。
シエラは本当にとても良い娘に育ってくれました。
実は、この子は幼い頃に同じ薄桃色の髪の女性と同じ言葉を口にしたのです。
『ヒロイン』、『悪役令嬢』、そして『おとめげーむ』……
その言葉を口にした当初は、シエラもまた彼女の様になってしまうのではないかと危惧をしたものでしたが、それは全くの杞憂でした。
シエラはそれらの言葉に固執せず、振る舞わされず、私の言葉に耳を傾け、私を母の様に慕い、誰にでも分け隔てなく愛情を降り注ぐ素晴らしい聖女に成長しました。今では素敵な女性として1人の男性と愛を育み、温かい母親として1人の娘を育てています。
「シエラは本当にとても良い子ね」
抱きつくシエラの薄桃色の髪を優しく撫でると、彼女は顔を上げて私の目を真っ直ぐ捉えました。
「私はいっぱい、いっぱいシスターに温かい心を貰ったの。シスターがいたから今の私がいるの。もし私が良い娘なら、それは全部シスターのお陰なんだよ」
「それは違うわ。シエラが今までたくさん努力したからよ。私なんかいなくても貴女は立派なレディになれたわ」
愛おしくなってシエラの頬に手を添えると、彼女はその手に自分の手を重ねてきました。
「シスターがいたから私は『前世』に振り回されずに『今』の私を生きることができたの。シスターがいたから私は私として精一杯生きることができたの」
私は真剣な彼女の青い瞳に吸い込まれそうになりました。
「だからシスターは『私なんか』じゃないわ。世界で一番綺麗で素敵な女性よ」
彼女の優しく強い訴えに、私の目から涙が零れました。
「シエラ……ありがとう」
「うん……」
ああ、私は本当に幸せ者なのですね。
長い間、抱き合っていた私達はどちらからともなく離れると気恥ずかしさを誤魔化す様に笑いました。
「そう言えばシエラは用事があって来たのではないの?」
彼女はもう孤児院の住人ではありません。
ここに来たのは用があってのことでしょう。
「あっ、そうだった!」
彼女はそう言うと私の背を押して私を外へと連れ出しました。
「お昼まで孤児院から出ていて欲しいの」
「子供達に頼まれたの?」
「あちゃ、バレてる?」
「ちゃんと知らない振りをしておくわ」
「ありがとうシスター」
私を拝む様な仕草をするシエラにくすりと笑いが漏れてしまいました。
「それから今日はシスターにきっと良い事が起こりそうな予感がするの」
「予感?」
シエラの聖女としての能力はまだ私には及びませんが、何故か彼女の予感は私よりも良く当たるので、私は首を捻りました。
「そう……きっと神様からの素敵な誕生日プレゼントよ!」
そう言って私は追い出され、仕方なしに町の中をただ目的も無くぶらぶらと一人で歩き始めました。
「今日は私の誕生日か……」
私は今日40になりました。
「んっ!ん~」
私は寝台の上で大きく伸びをする。
体が硬い――もう歳ね。
「今日で40歳になったのですものね」
昨日のシスター・ジェルマの言葉が思い出されました。子供達が私の誕生日を祝おうとしてくれているんだと、そしてもう一つ大事な報せ――
「――ユーヤが還ってくる」
ユーヤの姿を思い浮かべると、何でこんなに心が騒いでしまうのでしょう。
嬉しさに胸の高鳴りを抑えきれないなんて、まるで恋する乙女のようです。
私は指でそっと唇に触れました。
柔らかく温かい感触に呼び起こされるのは、ユーヤが旅立つ前日の記憶。
彼は私に接吻をしました。
そして彼は私に好きだと言ったのです。
それから彼は私に待っていて欲しいと願いました。
顔がカッと熱くなる。
この胸を焼く苦しい気持ちは恋なのでしょうか?
私はユーヤを好きになってしまったのでしょうか?
それとも昔の様にただ恋に焦れているだけなのでしょうか?
いったん意識してしまうとユーヤの姿が頭から離れません。
あの私の腰を抱いた彼の力強い腕……
あの私の唇を激しく求めた彼の唇……
あの私の姿を映しだした黒い双眸……
彼を想うと私の心臓が痛いくらいに激しく鼓動するのです。
私は耐えきれずに、キュッと手で胸を掴む。
そのまま私は寝台で蹲り、喧しく拍動する心臓が落ち着くのを待ちました。やがて、動悸も治まり身を起こせば、既に窓から明るい光が差し込んでいました。
私は静かに寝台から降りると、裸足のまま窓辺へと歩み寄りました。
窓を開ければ部屋にもう涼しくなった朝の風が吹き込んできました。
「気持ちの良い風……」
その風が火照った身体と焦れた心を冷やしてくれて心地が良い。
とんとん、とんとん――
心と体に宿る熱を風で洗い流すかの様に窓辺で佇んでいると、急にノックされた扉がカチャリと少し開いて薄桃色の髪の頭だけ出して女性が覗いてきました。
「シエラ、返事も待たずに扉を開けるものではなわよ」
「は~い」
ペロッと舌を出すシエラも二十歳になりました。とても明るく、そして愛らしく育った彼女は町でも人気で、私の時の様に紳士同盟なるものが男性達の間で結ばれていたとか。
一昨年、シエラが結婚した時には大勢の若い男性の嘆きが凄かったものです。
「貴女も一児の母となったのですからもう少し落ち着きを持ってもいいでしょうに」
「ふふふ……シスターってホントお母さんみたい」
突然シエラが私の胸に飛び込んできて、ギュッと抱きついてきました。
「もう、まるで大きな子供よ」
「私はずっとシスターの娘だよ」
彼女は子供の時の様に私の胸に顔を埋めて、背に回す腕に力を籠めてきました。
「シスターは私の自慢のお母さん……そして、誰よりも素敵な女性だよ」
この子はとても鋭い。
きっと私が迷っているのを感じ取っているのでしょう。
そして、とても優しい娘。
私を慮り、甘える振りをして励ましてくれる。
シエラは本当にとても良い娘に育ってくれました。
実は、この子は幼い頃に同じ薄桃色の髪の女性と同じ言葉を口にしたのです。
『ヒロイン』、『悪役令嬢』、そして『おとめげーむ』……
その言葉を口にした当初は、シエラもまた彼女の様になってしまうのではないかと危惧をしたものでしたが、それは全くの杞憂でした。
シエラはそれらの言葉に固執せず、振る舞わされず、私の言葉に耳を傾け、私を母の様に慕い、誰にでも分け隔てなく愛情を降り注ぐ素晴らしい聖女に成長しました。今では素敵な女性として1人の男性と愛を育み、温かい母親として1人の娘を育てています。
「シエラは本当にとても良い子ね」
抱きつくシエラの薄桃色の髪を優しく撫でると、彼女は顔を上げて私の目を真っ直ぐ捉えました。
「私はいっぱい、いっぱいシスターに温かい心を貰ったの。シスターがいたから今の私がいるの。もし私が良い娘なら、それは全部シスターのお陰なんだよ」
「それは違うわ。シエラが今までたくさん努力したからよ。私なんかいなくても貴女は立派なレディになれたわ」
愛おしくなってシエラの頬に手を添えると、彼女はその手に自分の手を重ねてきました。
「シスターがいたから私は『前世』に振り回されずに『今』の私を生きることができたの。シスターがいたから私は私として精一杯生きることができたの」
私は真剣な彼女の青い瞳に吸い込まれそうになりました。
「だからシスターは『私なんか』じゃないわ。世界で一番綺麗で素敵な女性よ」
彼女の優しく強い訴えに、私の目から涙が零れました。
「シエラ……ありがとう」
「うん……」
ああ、私は本当に幸せ者なのですね。
長い間、抱き合っていた私達はどちらからともなく離れると気恥ずかしさを誤魔化す様に笑いました。
「そう言えばシエラは用事があって来たのではないの?」
彼女はもう孤児院の住人ではありません。
ここに来たのは用があってのことでしょう。
「あっ、そうだった!」
彼女はそう言うと私の背を押して私を外へと連れ出しました。
「お昼まで孤児院から出ていて欲しいの」
「子供達に頼まれたの?」
「あちゃ、バレてる?」
「ちゃんと知らない振りをしておくわ」
「ありがとうシスター」
私を拝む様な仕草をするシエラにくすりと笑いが漏れてしまいました。
「それから今日はシスターにきっと良い事が起こりそうな予感がするの」
「予感?」
シエラの聖女としての能力はまだ私には及びませんが、何故か彼女の予感は私よりも良く当たるので、私は首を捻りました。
「そう……きっと神様からの素敵な誕生日プレゼントよ!」
そう言って私は追い出され、仕方なしに町の中をただ目的も無くぶらぶらと一人で歩き始めました。
「今日は私の誕生日か……」
私は今日40になりました。
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