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本編

23. 噂『召喚の勇者』

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 王都を吹き抜ける風に多少の涼が心地よい夕暮れ。

 朝夕ともう暑くなり始めたこの時期に、鎧で全身を覆った騎乗の集団が正門の方から街を抜けて城へと帰還しているようであった。


「あいつら出撃してたのか?」
「今日の朝に飛び出して行った連中だな」


 その一団に赤髪の男が首を傾げ、その騎士達の様子を一瞥いちべつした青髪の男が事も無げに答えた。


「また近くで『魔獣』が出たのか」
「最近では珍しくもないだろ?」
「まあなあ……」


 青髪のそっけない回答に赤髪も相槌を打って再び視線を騎士達に戻して嘆息した。


「それにしても酷いありさまだな」


 馬上の騎士達で綺麗な鎧を身に付けている者は1人もおらず、傷だらけで、板金がひしゃげ、兜や籠手、脛当てを失っている者も少なくなかった。

 更に後続の馬車には馬を失ったのか荷台に座る騎士達が項垂れ、傷つき包帯を巻かれた傷痍の者達が呻き声を漏らしていた。中には身体を欠損しているのか、包帯を巻かれている手や足の長さが合わない者もいた。

 赤髪に釣られて視線を向けた青髪もその痛ましい姿に顔をしかめた。


「結界による守護も、浄化による恩恵も得られない状況だからな」
「聖女がいるといないで大違いだな」
「まあ、この王都にも聖女はいるにはいるんだが……」


 青髪は騎士団の向かう先の王城へ顔を向けた。その城は白を基調とした壮麗な建造物で、周辺諸国の盟主たるこの国の象徴であった。

 それが王都民の自慢であり、誇りでもあったのだが、今では民を苦しめる忌まわしい王家の奢侈の証しとなり果てていた。


 赤髪も青髪にならい、そのかつてのに目を向けて嘆息した。


「もうありゃダメだ」
「ああ、噂じゃ『神聖術』も殆ど使えなくなっているらしい」
「スリズィエなんて気を使って呼ぶ必要もなくなっちまったしなぁ」
「信者もいなくなって密告する奴ももういない」


 平民時代のエリーに助けられた者達も少なくなく、彼女はその熱烈な支持者達に後押しされる形で王太子妃になった。しかし、王太子妃になった後の彼女の言動が信奉者を失望させ、1人また1人と彼女を讃える者がいなくなり、昨今ではその人気は完全に影を潜めてしまっていたのだ。


「今じゃ非難の声の方が大きいしなぁ」
「あいつは奢侈に溺れた堕ちた聖女だからな」
「この国はどうなっちまうのかねぇ?」


 2人は再びボロボロで力無く進む騎士団に目を戻すと一層その顔を曇らせた。


「王都を守護する為に戦ってくれている、それは確かにありがたいんだが……自業自得としか思えん」
「クライステル嬢の事か?」
「彼女が結界を張り、土地を浄化し、『魔獣』を討伐してきた。その恩恵を間近で見てきたのはあいつらだ。それなのに、彼女の追放に加担したんだからな。同情の余地が無い」
「この国はどうなっちまうのかねぇ」


 辛辣な青髪の見解に赤髪がボソリと呟いて、あっと声を上げた。


「そうだ、追放した聖女を王都に呼び戻せばいいじゃねぇか」
「彼女を偽聖女と決めつけ冤罪で追放したのをもう忘れたのか?」


 青髪の赤髪を見る目はとても胡乱げで、実は内心では大声で罵倒してやりたかった。

 彼女は聖女として国に安寧をもたらし、王家の威光を尊重し、王都の民達を守ってきた。それを一方的に踏みにじったのは王家であり、貴族であり、騎士達であり、王都民達なのだ。

 赤髪だって彼女が追放される際に投石していたではないか。いったいどの面下げてお願いすると言うのだと青髪は怒りを抑えるのでやっとだった。

 いや、今の王家なら厚顔無恥にも彼女に王都へ戻るよう命じるかもしれない。だが、それではエンゾ様の時と同じではないかと青髪は思う。結局は一時凌ぎでしかなく、聖女を使い潰すだけの愚かな行為でしかないのだ。


「だ、だけどよぉ。あれは王族がやったことだろ?」
「お前だって石を投げて迫害しただろ」
「お、俺は騙されてただけで悪くないだろ?」
「お前さ同じ立場だったとしてそれが言えるのかよ」


 言い訳をする赤髪に呆れた表情になる青髪。


「みんなに貢献してきた筈なのに謂れの無い罪で詰られ石を投げられて……それなのに、俺達は騙されていただけで悪くないから助けてくれってか?」
「そ、それはよぉ……」
「今更リアフローデンで活躍しているのを知ったからって手の平を返されても彼女が戻ってくるとは思えんがね」
「……」


 青髪の吐き捨てるような非難に、赤髪はでも、だってと何やらぶつぶつと言い訳をしたが、青髪は全く聞く耳を持たなかった。


「おおい! ここにいたのか」


 剣呑な雰囲気になった2人に、騎士団の流れとは逆から走ってきた茶髪の男が声を掛けた。


「どうしたんだ慌てて?」
「いや凄い話を聞いてな……『魔王』討伐に国王が遂に動いたらしい」


 その話に青髪は然程さほど驚きはしなかった。この国の現状で打てる手は多くないのだ。これは彼にとって予想の範囲であった。だが問題がある。


「この国にそれを成し得る力はないだろ?」
「いやそれがな、『勇者召喚』に成功したんだそうだ」
「勇者?」


 何やら胡散臭い話に青髪は眉をひそめたが、興奮している茶髪はそれに気がつかない。


「ああ、『魔王』を倒せるくらいすっげぇ力を持っているらしい」
「そんなに強いのか?」
「勇者の力を見た貴族達がこぞって討伐軍に参戦を表明したくらいなんだから確かなんだろ?」
「おお、そいつは信憑性が高そうだ」
「これで『魔王』が討伐できれば世の中きっと良くなる!」


 興奮気味に歓喜する赤髪と茶髪を見て青髪は頭を抱えたくなった。王家は自分の力では何も解決せず、いつも他人に押し付けるのだなと。

 求心力を失えば聖女に冤罪を被せ、人気のある聖女を取り入れ、今度は『勇者』ときたものだ。いったい次は誰に責任を押し付けるのか?

 浮かれる赤髪と茶髪に、気付かれないように青髪は溜息交じりに呟いた。


「本当にこの国はどうなってしまうのかね」
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