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本編

7. 婚約破棄

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 私の一生を左右する事件が起きたのは、心地よい風に可憐な花びらが舞う、日差し暖かな明るい未来を期待させる季節――そんな穏やかな春の日でした。

 王都の結界を張る『聖務』の最中にアルス殿下より突然の召喚がありました。

 ここ最近は聖女と王太子妃の両方の責務があまりに忙しく、アルス殿下とは久しくお会いしておりませんでした。ですので、この急な呼び出しに私はいぶかりました。



「ミレーヌ・フォン・クライステル!」


 そして、王城に到着するとアルス殿下は怒気を含んだ声で私の名を呼んだのです。感情をあまりあらわにすることのない殿下の剥き出しの怒りに、何をそんなに憤慨しているのかと私は戸惑いました。


「伯爵家の権威と聖女という立場を利用しての数々の横暴を見過ごすわけにはいかない。貴様との婚約をこの場で破棄させてもらう!」


 アルス殿下の仰る言葉は耳に入ってはきましたが、その内容を理解しかねて私は言葉を失いました。


「貴様は己の権力を笠に着て、優しく大人しいエリーを虐待したそうだな。彼女が逆らえないのをいい事に、暴言を吐き続けたのは既に明白だ。エリーがどれほど傷ついたと思っている!」


 茫然としている私を他所よそに、アルス殿下の責めが続いていきました。しかし、その内容は全てとんでもない誹謗中傷でした。


「修練の最中にミレーヌ様からグズ、庶子のくせになどと罵倒され辛く当たられて……それにいつも恐ろしい形相で、私とても恐くて……」


 全く心当たりのない内容を訴えるのはアルス殿下の背後に隠れ、その背中にすがる様にしている1人の愛らしい令嬢――男爵令嬢のエリー・マルシア。


「姉上がそんな酷い人だとは思いませんでした!」


 ここのところ私の帰宅が遅い為にすれ違いが多く、疎遠となっていた弟のフェリックがエリーの傍で怒りを露わにしていました。愕然とするのは幼少期より可愛がり、あれだけ私に懐いてくれていた弟の変容ぶりです。


「それに、ご自分の『聖務』を私に押し付けて……」


 エリーは何を言っているのでしょう?

 むしろ彼女の方こそ私を『悪役令嬢』と意味の分からない言葉で責め立て、聖女としての務めを放棄し、いつも私とエンゾ様を困らせていたというのに。


「聖女としての職務を放棄していたなんて!」
「人品が伴わないで何が聖女だ」
「清純そうに見せて我々を欺いていた悪女め!」


 ですがエリーの周囲を固めていた見覚えのある男性達が、彼女の言葉を妄信し口々に私を責め立て始めたのです。


「お待ち下さい。私には全く身に覚えのない事ばかり……」


 聖女としての修練をうながし、心構えをけば、虐めだなんだと私をなじり、自分は『乙女ゲームのヒロイン』だと彼女は喚き散らしてきたというのに。

 私はエリーのこれまでの行状を必死に訴え弁明しました。
 それでも私の言葉はアルス殿下には届きませんでした。

 しかもそれだけではありません。現在の聖女の実情を知っている筈の人達までもが、こぞって事実を捻じ曲げ、私を非難してきました。

 親しくしてきた貴族の子女、共に魔獣を討伐してきた騎士達、そして実の弟フェリックまでも……


「しかもエリーの聖女としての資質が自分より高いのを逆恨みし、自分の仕事を押し付けて『魔獣』討伐の機会に彼女を亡き者にしようとした事はもはや明白!」
「そのような事実はございません!」


 エリーは自分のしたい『聖務』だけを行っていました。私がそのような陰謀を画策するなど不可能です。この誰もが私を敵視する四面楚歌のこの場で、私は懇々こんこんと説明しました。

 しかし、この場に誰一人として私の味方になる人はいませんでした。


「反省の色でも見られれば温情も与えるつもりであったが、言い訳ばかりで己を省みない貴様に情けを掛ける必要はない。取り押さえろ!」


 私は抵抗をしているわけではありません。それなのに、衛兵達から無理矢理に取り押さえられてしまいました。これが、今まで聖女として『聖務』をまっとうしてきた者への仕打ちなのでしょうか。


 私は自分の言葉が届かない理不尽に対し、絶望で打ちひしがれました。


「貴様の貴族籍を剥奪し王都より追放する!」


 無情なアルス殿下の宣言に顔を上げれば、エリーはアルス殿下や私の弟や友人、騎士など見目麗しい男性を侍らせて嘲笑わらっているではないですか。

 何故、誰もこの状況をおかしいとは思わないのでしょうか?


 こうして真面まともな詮議も無いまま覚えのない罪で、私は貴族籍と聖女の名誉と権限を剥奪され投獄されたのでした。
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