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Episode.ウシザキ〈オナホ爆弾ゲーム大会〉

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 ぼくのクラスには厄介だけど憎めないヤツがいる。

 特徴その一、雄々しい角とデッキブラシのような硬い被毛。
 特徴その二、態度も身体もどこもかしこもデカい。
 特徴その三、大好物は下ネタ。当然モテない。
 種族は黒牛。名前を牛崎という。元野球部所属。
 そいつにはデリカシーという概念が微塵もないので、口を開けば下ネタがでてくる。自分一人でべちゃくちゃ喋ってるだけならまだかわいいものだけど、そうはいかない。とにかく強引に巻き込もうとしてくるのが厄介だ。
 ぼくのかわいい弟(従兄弟のクマキチ)に自慰を吹き込んだのもそいつだ。
 いってみれば“エロの卸売市場”的存在で、市場そのものが突然家に押しかけてきては押し売りを食らわせるという具合……。
 ウシザキひとりが学年全体の性を牛耳っている……と、すくなくともぼくはそう認識している。言葉遊びみたいなものだけど。
 クラスの男子からは「ザッキー」とか「ザッキーさん」って呼ばれてたりする。お花のような女子たちはその名前すら口にしたがらない。気持ちはわからないでもない。ぼくだって、時々そうなることがあるくらいだし。
 余談だけど、いっ時「北海道」と呼ばれていたことがあった。「なんで?」って聞いてみたら、「顔が一番でかいから」だって。しかも「牛だし」だって……!
 あまりにも傑作だと、ぼくはひいひい笑い転げるほど気に入って、陰でそう呼んでいたことがあった。しかしそれは流行のようなもので、次第に廃れていった。
 今? 今はこっそり猛牛って呼ぶんだけどね……。もう、シンプルに。
 友だちという間柄でもないし、かといって、いち同級生のポジションにとどめておくにはなんとなくもったいないような違和感がある。ダチという表現が適切かわからないけれど、まあ、ウシザキとはそんな感じで、オモシロいときもあれば、一転して大・大メイワクなヤツにもなりかねない。
 さて、いよいよ明日から始まる修学旅行は何事もなく平穏に終わる……わけ、ないよなぁ……と、ぼくは若干諦めムードで荷物をまとめていた。
 部屋分けや行動班こそ別だけど……。それくらいでは安心の材料にはならない。
 やつは、来る……。そして何か余計なことをしでかす……。
 三年生に上がってから、危険予知力が否が応でも鍛えられたという気がする。
 日に日に研ぎ澄まされていく勘が、実はウシザキによってもたらされるものだというのは、なんとも皮肉なことだった。
(そういうのは、だいたい決まりきって夜に起こる)
 イブキ、クマキチ……巻き込まれるときは三人一緒だぞ。
 そう思えばすこし気が楽になって、明日の準備を完璧に終えたころには、なんだかんだで浮ついていた。
 はやる気持ちをおさえて、ぼくは早めに寝ることにした。


 そうして迎えた修学旅行当日の夜。
 案の定、危惧していた事件は起こるべくして起こった。
 ぼくの油断が招いた、地獄絵図の始まり……。

 就寝時間まで一時間。暖房が隅まで暖めてくれた、三人で使うにはもて余す八畳の和室。
 代わりばんこでお風呂からあがって、お揃いのジャージでぼくらは心ゆくまでくつろいでいた。
 疲労と回復の狭間で、今日の振り返りを行いつつも、明日への期待をしっかりと膨らませる。気の置けない、気を遣っても疲れない二人と同じ感想、そして時を共有できている……。
 ずっと、ずっと前からこんな時間を望んでいた。
 受験生であることから一時的に解放される、三年生で最後の楽しみ。それを迎えているのがまさしく今だ。もうこんなに素敵な時間は中学では後にも先にもないんだなーと、しみじみ思っていた。
 儚い今だから……という一抹の悲しさを感じないわけではないけれど、心は穏やかだった。前日から気を揉んでいたことなど、すっかり頭から抜け落ちていたほど。
 その油断がいけなかったのかも――。
 畳の上で隠し持ったお菓子を食べながらトランプを広げ、これから佳境を迎えるってとき、ヤツが部屋のドアを突き破って(もちろんこれは比喩だけれど、本当にそんな感じだった)突然現れた。
 そして間をおかず、応援団の張り上げるような大声で、こういったのだった。
「おいオメーらァ! ちょいと部屋貸せや! ○×△☆#●□▲★※大会やんぞッ!」
 ……なんだって?
 ひどいドラ声で滑舌もよくないので、うまく聞きとれなかった。
(ば、爆弾ゲーム……? 大会……? なっ、何が始まるんだ!?)
 碌でもないこと。勘が働く前でも唯一、それだけがわかった。
 ぼくは訳がわからないままにもうびっくりして、手札のカードをこぼしてしまった。そのはずみに、ウシザキの影に三人が隠れていることに気がついた。
 タヌマに、カミタニはわかるとして……、
 170後半はありそうな高身長と、おでこ、頬に見える黒のマダラ模様は……?
(え? なんでネコミヤくんが?)
「あーごめん! おれ大事なこと忘れてた。先生とこ行って報告しなきゃだ」
 状況が飲み込めないなか、大柄なバーニーズはすくっと立ち上がり、
「そんじゃ、行ってくるな」
 と、ぼくら二人を憐れむような、申し訳なさそうな目で見て、
「おぉい、ヤマシロぉ! 待てッ、どこ行く!?」
「参加してけよ、ブッキー!」
 ウシザキの怒声とカミタニの誘いを振り切って、全速力で出ていくのだった。
 見えた背中は「がんばれよ!」って、いってるみたいだった。同じ陸部のネコミヤくんにも一言何か伝えたみたいだった。それでぼくはようやくわかった。
 ――あ、イブキ逃げたな……って。
 この展開には覚えがある。そういえば、一学期終業式の帰りの日も、イブキはこんな感じだったっけな。
「くそっ、ヤマシロのやつ、逃げ足がはえーことよ……。まあいいか。おい、ユーミにクマキっちゃんよぅ、ボケ~っとしてェ、まさかオレ様の話が聞こえなかったのか?」
「?爆弾ゲーム? 今からみんなでやるのか?」
「そーだよ。みんなで楽しく、なぁ! ワハハ!」
 クマキチの疑問にニンマリ顔で答えながら、足音を立ててこちらに近づいてくる黒牛。手には透明なコンニャク?のようなものがブルンっと揺れていた。
(入っていいなんていってない! 帰れ! ぼくらの時間を、イブキを返せ!)
 声にならない抗議をしてもなんの意味もなく、顔がムスッとなるだけだった。口をきくのも癪でだんまりを決めこんでいると、
「ヘッ、これだよ、これ。白熊のオニーチャンはよくゴゾンジだろぉ? なあ?」
 ウシザキはソレを掴んだまま、ぼくらの目の前に突き出した。そしてやっぱりブルン、ブルンとわざとらしく揺らす。細かいイボのついた空洞に指を突っ込む動きまで加えて……。
 うーわ、ウシザキはこれのことをいっていたのか。なるほどな、それで爆弾ゲーム、か。男六人集めて……。
 はあああ……ほんっと、この猛牛野郎、まじでサイアクだ……。
「ザッキーさん、こいつら初めて見るって顔ですよ! ほら、おいらのいったとおりだ!」
 タヌマ――エゾタヌキで、元野球部のウシザキの子分が、鬼の首を取ったみたいに騒ぎ立てる。
「悪くねえ! その方が楽しみ甲斐があるってもんだ」
「まあ、当たり前っちゃ当たり前だけどな。オレらの歳で持ってること自体おかしいんだし。オレも初めて見たよ」
「カミタニくんも? 持ってるかと思ってたから、なんか、意外……」
「……ネコミヤの中でオレはそんなやつだったのか?」
 いつの間にか、ウシザキの後ろにいたカミタニとネコミヤくんまで畳のところへ押しかけてきていた。
 タヌマのいうとおり、実物を目にするのは初めてだ。だから余計にドキッとしてしまったのかもしれない。実在するんだ、中学生でも入手できるんだ、みたいな驚きで。
 そしてこれから起こる品のカケラもない最低な展開を想像して、口を開く気が失せきっていた。
 イブキはあの一瞬ですべてを察知したんだろうな。さすがバーニーズ五人兄弟のトップ。危険予知力の高さがぼくとは段違いだ。そういう力は差し迫ったところで差がでる……。
 一緒に連れ出してくれたらよかったのに……なんて、逃げ遅れたぼくは親友のことをすこし恨んだ。
「なんだこれ? この透明な筒が爆弾なのか?」
 今は、クマキチのピュアな反応が唯一の癒しだった……。


「おいタヌ、ドア閉めとけや? センコーに見つかったらボッシューされっからよォ」
「あいあいさーっ!」
 バレて没収されて、大目玉食らって、そんで一人で泣く泣く途中帰宅すればいい。おまけにそのやかましいずんぐり狸も連れて帰れ。ママの前で赤っ恥かいて、三日ほど泣き喚いておけばいい。
 座ったまま猛牛たちに一瞥くれてやりながら、心の中ではとてつもなく冷ややかな悪態が止まらなかった。こんなに不機嫌になるのもなかなか久しぶりで、
「よっしゃあ! そんじゃ改めて……『オナホ爆弾ゲーム大会』の開幕だぜェ!!」
「うおおおおお! おいら頑張りますよぉ! 今日のためにいっぱい抜いてきたっす!」
 勝手に開会宣言を始めたバカ牛と、抜きすぎて頭まで空っぽになったアホダヌキに思わずチッ、と舌が鳴っていたほどだ。
 ぼくの細やかな抵抗を聞いた焦茶のオオカミがギョッとして「ゆーみん許してやれよ」というのに、「ゆーみんいうな、つってんだろ」と、割と本気の八つ当たりをしてしまった。
「おっ、おお、ごめん……」
 筋骨隆々の元サッカー部・凄腕ゴールキーパーをすんなりと謝らせるほどに、凄みの利いた声だったらしい。
 怒りはもっともだ、と我ながらに思う。カミタニが猛牛を上手いこと手なづけていたら――いうなれば、ぼくらに迷惑をかけずに自室で完結させる方向に持っていけばよかったのに――という鬱憤は、しかし言語化には至らず、目つきの悪さに拍車をかけるだけだった。
「あ、あの、ウシザキくん、ちょっといい?」
 ここで待ったをかけたのは、この場にいることも含めて意外な人物だった。
 ネコミヤくん――元陸上部のチーター。タヌマの古なじみで、二人が一緒の班だってことは知っていたけれど、この子まで被害に遭っているのは想定外だった。自他ともに認める「ノー」がいえない性格が祟ったのかな? 人のことはいえないけどさ。
「あん? ションベンかぁ? おっ始める前にさっさと行けや」
「そ、そうじゃなくて……」
「ミヤちゃん、どうしたんさ?」
「ぼくというか、悠海くんが……怒ってる、から……」
 消え入りそうなネコミヤくんの声で、みんなの視線が一斉にぼくへと向く。その目は、さながら突然キレた先生に向けられるそれに通ずるものがあった。
 つまり、今の一瞬でぼくは腫れ物扱いされた、というわけ。みんなにその気はなくても、少なくともぼくはそう感じてしまった。
(え、なに? ぼく悪いことした!?)
 とたんに、決まりが悪くなって逃げだしたくなった。ネコミヤくんの繊細な気遣いが身に余りすぎて、あるいは、普段自己主張のしない彼に言わせてしまった罪悪感で、そう思ったのかもしれなかった。
 ともかく、ぼくはネコミヤくんのせいで――といえばヘンだけど、煮えたぎっていた怒りが急激に冷めていくのを感じた。それがいいことなのか、はたまた悪いことなのか、判断がつかなかった。でも、ネコミヤくんに気持ちを汲んでもらった手前、精いっぱい怒りのエネルギーを燃やして抵抗するほかなかった。
「あんだユーミ? 文句があるなら聞いてやらァ」
 ウシザキは腕組みをして、荒く鼻息を吐いた。
「自分たちの部屋でやればって、思ったんだけど。そういうの興味ないし」
 もっともな正論を、できるだけ冷たくいい放ったつもりだった。
 前半は本心でも、しかし後半はあまり真意という感じがしなかった。この場での体裁を保つために、わざとトゲをつけた言葉のようで、それを自覚できたぼくはこの時点で敗北を悟っていた。完全なる劣勢。負けフラグだ。
「おいカミタニ、いってやれ」
 肉付きのいい顎をしゃくって、ぼくを指す。
(なに、人の部屋で偉っそうに……)
 不遜な態度でカミタニに丸投げしたウシザキは、余裕のある顔つきでなおさらにウザい。
 カミタニはささっとぼくの側へ寄ってきて、目線の高さを合わせてくる。
「オレらの部屋、センセーの隣だからさ……。ちょっと部屋貸してくれるだけでいいんだ。後片付けも任せとけ。だから頼むよ、な? ザッキーはあんなだけど、オレはゆーみんのこと頼りにして来たんだ」
 またゆーみんって……。
 はあ、カミタニはとても器用だ。申し訳なさをうまく表情に乗せて、耳を寝かせ気味に「頼りしている」と懇願してくる。言葉の選び方や声音もうまく、一挙一動が洗練されている。最後に、肩にそっと触ってくるのだってそうだ。
 さっき怒った「ゆーみん呼び」も、まあもういいけど、と思わせるくらい、カミタニは器用にぼくの心へと入りこんでくる。
 普段おちょくってくるくせに、ここぞというときに底知れぬ力を発揮してくるのがカミタニというやつだ。そんなやつに、ぼくは弱いらしい。
 イブキの一件でも、カミタニはぼくらのあいだをうまく取り持ってくれた。同類だからと親身になってくれた。
 恩もあることだし、頼まれごとを無碍にするのはぼくとしても本意ではない。
「……乗り気なの?」
 みんなには聞こえない声で訊ねると、カミタニは目尻を下げてくしゃっと笑い、
「へへ、まあな。挿れてみてえ」
 そういったのだった。
(カミタニ……)
 しばらく胸が激しくドキドキして、顔が赤くなるのを感じた。カミタニのいったことで、次いで思考まで薄っすらピンクに染まってゆく。ガタイのいいオオカミがホールに挿れてる姿を妄想したりして……。
(いいかな、もう、いっそ……。ネコミヤくんもクマキチもいるし)
 やっぱり、抗えないんだなあ。本能だとか、性的な興味の類って、欺こうとしてもなかなか難しい。
 諦めて巻き込まれてやろうか。せっかくの機会だし……と、そんな考えが優位になっていたわけだけれど、
「なっ? ちんぽ見せ合おうぜぃ?」
 結局、トドメを刺したのはカミタニの一言だった。
 悔しさはいったん置いといて、ぼくは部屋の提供とゲームの参加に同意をしてしまった。ウシザキのやつに、してやられたのだ。まったく、情けない……。


 ビニールのゴミ袋が敷きつめられた上に(汚さないようにと、狸の入れ知恵に違いない)、ぼくらは円になるように集められた。
「おーし準備完了ゥ! そんじゃタヌ、ルール説明よろしく!」
 ウシザキはこのゲームで使う“爆弾”とローションをパス投げして、ガハハと笑う。
 それぞれ両手キャッチで受け止めたタヌマは意気揚々と説明を始める。
「ルールは単純明快っ! 順番にオナホにチンコ突っ込んでいって、先にセーシ出したやつがゲームオーバー! 最後まで射精せずに耐えたそいつがチャンピオンってわけ! あっ、こいつは貫通型だからイクときは外に出すことっ!」
「チャンプはこのオレ様に決まってるがな!」
「おいらも負けないっすよ~! そうだザッキーさん、回数どうしましょ? 十回ぐらいにしときますかっ?」
「オウ悪くねえ。十挿れたら横のやつにパスでいこうや」
 ……おおかた予想どおりだった。しかしまあ、本当にこんなバカなことよく思いつくよなぁ。そんで修学旅行の場で、しかもホテルでよく実行しようとするなぁ。
 そのアイディアと実行力は他に活かせないものなのかと、不良生徒の更生を祈る先生のような気持ちになってしまった。
「イったやつはどうなるんだ?」
 カミタニの疑問に、ウシザキは悪代官サマのする顔で、
「チンポに触れなくなる……フハハ、どうよ? みんなが気持ちよさそうにしてる中、ベロ出して眺めることしかできねェ。んで、最下位の軟弱ヤローは一位のチンポしゃぶれ」
 やっぱり最悪なことしか口にしなかった。
「うわぁお、そいつはなかなか……ハードだな……」
 ほら、カミタニも黒目小さくさせて引いてんじゃん。というかだな、カミタニの前でそんなこと口にすんなよ……。
 やはり、猛牛にはデリカシーという概念が備わっていない。
 呆れを通り越して無心で聞いていたぼくは、目を伏せているネコミヤくんと……、
「ちょっ! んだよソレぇ!? 爆弾ゲームじゃねーのかよぅ!?」
 取り残されて大混乱しているクマキチのことが不憫で仕方なかった。
 イブキはクマキチを連れて行くべきだったな……。
「あのなあ、オメー…………ガチか?」
 ……あの猛牛の顔を引き攣らせるピュアパワーには目を見張るものがある。穢れたものには清純なもので対抗するという、世の真理が凝縮されていた……。
 オナニーを教えてからは定期的に処理しているようだけど、たぶんそれ以外はからっきしで、まったくアップデートされていないっぽい。
 まったく、クマキチらしいな。いつまで経っても変わらない様子に、ほんのすこし安心感を覚えてしまう。
「おれそんなの聞いてないよぅ」
 シモ系のことだとは気づいている様子で、それゆえかクマキチは不安げな表情を浮かべる。まだ耐性がついていないのが痛いほど伝わってきて、さすがにかわいそうだった。
 カミタニもそれを感じ取ったのか、ちろっと視線を送ってくる。

 アニキナラ ナントカシテアゲロ

 ええ? これってぼくの責任?
 カミタニ頼むよ……。
 ぼくはアイコンタクトと手話を駆使して、

 ウマク ヤッテクレヨ オネガイ

 といった。つもり……。
 察しのいいオオカミは意図を汲んでくれたのか、耳を立ててキュッと寄せた。頼もしい顔に見えた。
「難しく考えんなって。気持ちイイおもちゃ使ってみんなでオナニーやるだけだよ。なっ、ユーミ?」
 な、なんでぼくに振るんだよ……! てか逃してやれよ……!
 考えろぼく……。
 この場でクマキチにかけるべき、ふさわしい言葉……
「ああ、うん、えと、勉強だと思ってら、いいとモウ」
 だ~っ噛んだ! しかも呂律回ってない!
「ユーミぃ……」
 クマキチは裏切られたみたいにしょんぼり。一方のカミタニはニカッと笑っており……。   
 こ、これでよかったのか?
 板挟みにされたぼくはどんな顔でいるべきか迷って結局笑顔が引きつった……。
「いい機会じゃねーか? エロいのも学んでこその修学旅行だからよォ。なあタヌ?」
「そーだそーだ! クーちゃんチンコデカそうだし、オナホぐらい経験しとけなっ?」
「……っと、おれ……そんな……」
「タヌ、こいつはなァ……図体の割に泣けちまうぐれぇ小せえ……」
「あ、そ、そうなの!? ま、まぁ、今やらねーと一生子どもチンコのままだぜ?ってコトで!」
「別に今のままでいいんだけど……不自由してないし……」
「不自由とか、ンなこたぁいいからよ、つべこべいわずに勃起チンポぶち込むんだよ」
「むぅ~……」
「ミ、ミヤちゃんも! 黙ってるけど……いけるかっ? そういやミヤちゃんのしばらく見てねーや……!」
「ん、ぼくは……みんながやるなら、やる、けど……。やっぱり恥ずかしいよね……」
 結局のところ、クマキチは押し切られ(ぼくのせいでもある)、ネコミヤくんも不承不承ながら、最後には「タヌちゃんのも見せてね」って照れ笑っていた。
 恥ずかしさの裏に期待を含ませているネコミヤくんが、なかなか等身大の中学生という感じで、心を掴む何かがあった。少なからずぼくも同じで、人のモノに興味があるからだろうか。そんなふうに、ぼくはネコミヤくんに親近感を抱きはじめていた。
 そして不覚にも、今から行われる地獄絵図的な展開に心が躍ってしまい、ウシザキを憎んでいた気持ちはいったいどこへやら、きれいに消え失せていた……と思う。

「おい、ショータイムの開始といくぜェ。一斉に脱いでもいいが……せっかくだしよ、一人ずつ自慢のムスコを見せてけや。ちな、オレ様はラストな。大トリだぜ」
 猛牛は吊り目をギランギランにして、一息にいった。初っ端からウシザキイズム全開の展開に、はやくも心拍数が上がっていく。
 決して珍しい展開ではないものの、今まで我関せずで切り抜けてきただけに、経験不足からくる焦りが出てしまう。逃げ場のなくなったぼくは「どう出るか」について、一生懸命頭を働かせていた。
 もしこの場にイブキがいたら、堂々と見せる選択をするのだろうか。
 恥ずかしがってとっとと見切りをつけるのかもしれない。
 そもそも先生のところに行くっていってたけど、本当は別室に避難したんだろうな……と、やっぱりイブキのことも頭をよぎっていたのだった。
 その傍ら、状況にも適応してきたのか、ウシザキの「大トリ」発言は(余裕の勝利宣言だな)と洞察できた。自分の勝利を信じて疑わない傲慢さに腹が立つけれど、とてもじゃないが敵わないのが実情。シンボルが大きいくらいでこうも堂々と威張れるのなら、いつかその気持ちを体験してみたいものだ。男として……。
「だ、誰からいくよ? おいらでもいいけどぉ? カミタニ先いっとくぅ? それとも、クーちゃん?」
 自分が名前をあげやすいやつに振っていく小心者タヌキ。ネコミヤくんには幼なじみのよしみで甘いのかして、ぼくには遠慮しているのが丸わかりだ。
「一番乗りの方が気持ち楽だよ? と、思うんだけどなぁ?」
 タヌマはみんなの顔と、親分の顔を窺っていく。クマキチが下を向いて一向に目を合わせようとしない中、
「あー、じゃあオレいくよ」
 カミタニが先陣を切ると、手を挙げた。
「悪くねえ! さすがカミタニ。それでこそ漢が立つってもんよッ!」
 ウシザキは賞賛の拍手を送り、それに対しタヌマはちょっと悔しそうな顔をする。
 カミタニは一歩前に出た。
「どうせ全員フルチンになるんだ。早いとこ済ますよ」
「ウハハ、ちげぇねえ」
 勇敢なオオカミは体育の着替えのときみたいに、体操服のハーフパンツをするりと脱ぎ下ろした。下着まではいってないけれど、唐突な脱衣にワンテンポ遅れて心臓がギュッとなる。
 カミタニの股間部一点へ、みんなの目線は吸い寄せられていく。
 ネコミヤくんなんか、両手で口を抑えて「はわわっ」みたいな、女子力高めな反応してるし。クマキチも丸い耳が立ち気味だ。二人とも目に星を宿したようだった。
(みんなやっぱり見たいんだよな。特にカミタニみたいな、立派そうなやつのが)
 ぼくも同じ心境だった。カミタニのものは見たことがないので、特に気になっていた。カミタニはゲイだと公言していることも大いにあったと思う。
(皮も剥けてるのかな……)
 ウシザキに次いで背が高く、筋肉量も相当だから……と、トランクスの向こう側への期待が、妄想をともなって膨らんでいく。
「な、なんだなんだ? そんなに気になるのか?」
 パンツに手をかけたカミタニは、熱い視線の集中砲火に「参った」といいたげに尻尾を下げ、
「……先いっとくけど、あんま期待すんな? オレのちんぽ、がたいほどデカくないぞ? 包茎だし」
 先に断りを入れた。そうすることで自身に向けられる期待を逸そうしたのだろうが、かえってぼくらの興味を焚きつけることになった。
「えっ、カミタニくんちょっと待って。まさかのギャップ萌え……?」
 ネコミヤくん……なかなかノッてきちゃってるし、発言がちょっと……意外だった。
「そのゴツい体でチンコ小さいは嘘だろーっ? はっ、はやく見せてくれよぉ」
 タヌマは誰よりも尻尾をブンブンと元気よく動かし、興奮気味に急かす。
「ちょっ、ちょっと待て。小さいとは一言もいってない……!」
 男のプライドが許さないんだろう。小さい、というワードには、やや過剰反応のように思えた。
「えーどっちなの!?」
「だ、誰か見たことあるやついないのっ!? クーちゃん!?」
「……知らないって……」
 みんなも知らないみたいだから、余計気になる……。ぼくだってカミタニの……見てみたい。もちろんその気持ちは胸に秘めたまま、口にはできないんだけど……。
「フハハ。モテモテじゃないか、カミタニよぉ? まぁ、オレ様は知ってるがなァ」
 偉そうにマウントまで取りはじめるウシザキ。
「ザッキーさんだけ!? ずるいやずるいや!」
 タヌマの大袈裟な反応で、ヤツのでかい顔はさらに得意げになって、
「おいカミタニ、みんなお待ちかねだ。ガチムチオオカミチンポ、見せてやれ」
 いよいよこの場のボルテージは最高潮に達した。
「おまえらなぁ……。ったく、なんのための一番乗りだよっ、ババ引いちまった!」
 本当に。こんなに注目される中、さらけ出すなんてごめんだ。たまったもんじゃないよな……。一番乗りじゃなくて心底よかったと、ため息まで吐いたカミタニには申し訳ないけれど、こっそり安心してしまった。
「おら、覚悟決めて漢見せろ」
「わかってるよ。おまえらのもじっくり見てやるからな」
 再びみんなの視線を掻っ攫うカミタニの秘部一点。
 両手を腰のゴムにかけたカミタニは迷ったのか一瞬動きを止めたけど、
「…………ほらよ」
 何事もないかのようにパンツを捲り、ゆっくりと性器を露出させた。
 鍛えに鍛え抜かれて、筋肉も脂肪もパツンパツンに詰まったぶっとい上腿。その付け根、ムチッと肉付きのいい三角の股間部で、カミタニの性器は重量感たっぷりに、立派な体躯に負けず劣らずの主張をしていた――。
(がたいほどって……嘘じゃん……!)
 ずんぐりむっくりな形で、証言どおり肉厚な包皮が先まで被さっているけど……。
 長さこそ平均並みなのに、太さが尋常じゃなく――すくなくとも弛緩状態でぼくの本気モードよりぶっといなんて!――その凶悪っぷりに、もう堪らず「でっかぁ!!!」と、一番大きな声を出してしまった。
(やばっ……!)
 いってすぐ、今のは敗北宣言だったと――その失態に気がついたわけだけれど、時既にに遅しだった。
 だが、そんな個人的な後悔はこの場においてまったく関係がないようだった。ぼくが大敗を喫した事実なんてどうでもよく、いや、そんな順位付けなどそもそも考えている余裕は、今のみんなにはなさそうだった。
「うおおおおおお! ごんぶとぉ! これ勃ってない……よなっ!? うわああああ!!」
「いいねカミタニくん! うんうん、すごくワイルド!」
「へえええ……おっきいなー。かっこいいなぁ」
「オレ様とタメ張れる極太、あっぱれだぜェ、おいッ!」
 ボロンとまろび出た、大人顔負けなチンチンを各々が称賛する。
「そぉか? デカいか? オレはそうでもないと思ってたけど……でっへへ!」
 カミタニも褒められて悪い気はしなかったのか、グイッと腰を突き出して調子に乗った。
 大人びてるところもあるけど、まだまだガキくさい一面があるんだなぁ。ぼくはそんなふうに思いながら、焼きちくわみたいなソレに対する羨望を殺していたのかもしれなかった。
「次、タヌマいけよ」
「だっ? おいらかぁ!? ちょっ……タンマ……!」
「なんだよ、怖気付いたのか?」
 カミタニは長い尾をくねらせて、急にしゃがみ込んだタヌマを挑発した。
「ちっがうー! 太さは負けたけどぉ~……」
「まさかオレより長いのか!?」
「い、一緒ぐらい……? かなぁ……?」
「ほう? それは楽しみだな」
「タヌちゃん、自信持っていけいけー!」
「み、ミヤちゃん……!」
「おいタヌ、どしたァ? 腹痛いとか抜かすんじゃねェぞ?」
「そっ、そうじゃなくてぇ……お、おいら……」
「あん?」
「うううう~……たっ、勃っちまったよぉ!!」
 タヌマの「萎えるまで待ってほしい」という訴えで、場の空気は……なんというか、上下が真っ逆さまにひっくり返るように一気に変わった。
 いっちゃったよ、こいつ!
 ぼくら男子中学生って、本質的にはみんな同じなのかも。うん、とっても低レベル。
(あーあ……別にかわいそうでもないけど)
 それはもう、圧倒的なまでの一体感で、やっぱりみんな考えてることは同じなんだなと確信できるほどに。
(タヌマもバカだよ。そんなこといったら何されるかわかるだろ……)
 そして感じ取った空気は、いつものようにウシザキが“命令”の形におこし、実行に移されていく。
「おいユーミ、やれ! ネコミヤもヘルプ入ったれ!」
「「了解っ」」
 掛け声と共に、ぼくは素早くタヌマの背後に回り込む。ウシザキの指示はまったく具体的でないけど、今はその意味が、自分に課された役割が手にとるようにわかる。
「クマキチ! お前がひっぺがせ!」
「お、おれ!? よ、よっし……!」
 ぼくとネコミヤくんと、あの鈍いクマキチがスタンバイするまで、僅か一秒足らず。カミタニも「オレが足押さえるよ」と協力的だった。
「へっ? ん……? ザッキーさん……ひっぺがすって、ええ?」
 ターゲットは自分が何をされるか、まだわかっていない様子だった。
 ズボンずらしなど、いつもは“やる側”だから危機意識が培われていないんだろう。いい気味だよ!
 今まで散々調子に乗ってきたツケを払うときっ!
「みなのものォ! いくぜェ、カイボウだぁッ!」
「「「「お――っ!!」」」」
 さあ、協働作戦の開始だ!
 股間を押さえてるタヌマの腕を後ろから力づくで解き、
「でえええええええっ!? あっ、ちょっ、だめだめ、だめだめだめだめえええええ!!」
 まずは羽交い締めに。そのままホールド!
 よし、いける。腕力なら……負けないよ!
「まままままま待って! 待て待て待てええええっ! おいいいい!? そっ、それだけはダメだっつのぉ!?」
「何がダメか、オレにはよくわからんな」
「ね、カミタニ。ぼくもわかんない」
「あだァ!」
 尻餅をついたタヌマは即座に両足を取り押さえられ、もがき暴れる。ピコンとしっかりテントを作りながら。
 そんなに見られたくないなら、最初からこんなことやめとけばよかったのに。
 人にいろいろと強要する割に自分は逃れたいなんて、そういう身勝手は許せない。覚悟が足りていない。だんだん意地になって、全身全霊で力を振り絞る。
「ヌハハハハハ!! みんなタヌの勃起が見たいんだってなァ!」
「ざ、ザッキーさんっ……! んぐうううううっ!!」
 タヌマは見かけによらずけっこうな馬鹿力だけど、結局は多勢に無勢。劣勢を覆すことはもはや叶わない状況でも、しぶとく抵抗し続ける。
「暴れちゃダメだよ? センセーくるよ?」
「あ゛っ、ヒャあ!? いひっ、ひいいいいい、脇やめっ……わひゃはははははははははっ!!」
「タヌちゃん脇弱いもんねえ」
「許してギブギブギブギブギブうっ!! くっふ、息……できなっ、うひゃあああはははははははははははははっ!?」
「おへそ触らないだけ、マシだと思ってよ」
 ネコミヤくんのヘルプもあって、力はスーッと抜けていく。す、すごい……こちょこちょ、むちゃくちゃ効いてる……!
「クマキチくん、今だよ!」
「おっけー。脱がすぜ」
「やれやれー!」
 クマキチがタヌマのハーフパンツを掴んでずり下ろす。防御を一枚剥がされ、赤色のボクサーパンツ姿にされたタヌマは大声で喚き続ける。
 いいぞ。もっとやれやれ! たーんと恥かかせてやれ!
 スカッと清々しい気分で応援しながら、ソレの登場を待った。
「わああああああああああああ! やめろおおおおお!!」
 あー愉快愉快! その情けない顔も声も体勢も、一生忘れてやらない。ことあるごとにネタにしてやるんだから!
「えへ~! タヌマ悪いな! 恨まないでくれよお、そらあっ!」
 意地悪な気持ちが膨らんでいく中、ついにクマキチが下着を取っ払うことに成功した。
 パンツに引っかかって、最後まで抵抗しきったチンチンがぶるっと威勢のいい音を立てて、ようやくお出ましだ。
 タヌマは一転して潔く、もうなにもいわずに、ただ泣きそうな顔で目を瞑っていた。
 そうかそうか、そんなに恥ずかしいか。
 ふうん、ほんのちょっとだけかわいいところもあるじゃん。
 ……そのように余裕をこいていられたのも束の間のことだった。
(うそ……)
 視線の先にあるブツを目に留めるなり、ぼくは激しく胸を衝かれた。天井に向かって屹立したチンチンは、いわゆるタヌキさんのソレっぽくなくて……。ちゃんとボールは特大だし、形状は予想通りっちゃ予想通りだけど……。
「おー……? なんか……思ってたより……」
「へえ、体型の割には……」
「タヌちゃんすごい! 大きくなったね!」
「すっぽりホーケーだけど確かに長さはオレぐらいあるか? ってか、キンタマでけーな」
「ううう~っ……! 見るなよおっ……」
「だはははっ! 洗礼だ! 漢ならボッキぐらい恥ずかしがんなっ!」
「ザッキーさぁん……」
「すごいビンビンだ……。ふぅん。タヌマのは先っぽ、ちょっと見えてるんだな?」
「い゛っでええええええッ!?!? デコピンすんなよお!!」
「やるなあクマキチ」
「くははっ、いい音! 硬いとやりがいがあるぜぃ!」
「いッだあ゛あああああぁぁぁぁぁぁい!!?」
「た――ッおもしれぇ! タヌおまえ、恨まれてんなあ、オイ!」
「んぬううううう…………!」
「…………」
 正直にいう。舐めてた。こいつになら勝てると、どこか余裕をこいていた。
 全身の被毛が静電気を帯びたみたいにゾワゾワとする。自分の内側から何かが一枚、また一枚と剥がれていく感覚。
 声が出ない代わりに、喉がゴクリと鳴る。
 嫌でも、受け入れ難くても認めないといけない。こいつに負けたという事実と、あともう一つ。
 胸のあたりで、チリチリと不完全燃焼が起きてるようなイヤな気持ち――そう、これはぼくの勝手な思い上がりによるもの。つまり言い換えると嫉妬だ。
 カミタニには最初から勝ち目なしと諦観していたけれど、こいつになら、と高を括っていた。体つきだって、ぼくの方が圧倒的に上。負ける要素が見当たらなかった。
 クマキチとイブキの件もあったので、いつしかぼくは天狗になっていたんだ。
 それで今、まざまざと現実を見せつけられた。
 うわー……ショック……。
 嫌だなぁこれ……順番回ってくるの……。
「おっし、オメーらそんぐらいにしといてやれ」
 ウシザキの一声で、辱めがピタッと止む。だんだん腕の力が抜けていったからちょうどよかった……。どうにも釈然としないのはぼくだけで、みんなもう十分満足げな表情をたたえていた。
 タヌマのソレはまだ膨張状態だったけど、逃れるようにパンツを穿いて「覚えとけよお」と定番の捨て台詞を吐いた。
 ウシザキは庇ったわけじゃない。ただ次の餌食が待ち遠しいだけというのがやつの真意で、みんなも察していた。
「さてさて。次はどんなのが見れるかなァ」
 と、ウシザキ。
 残るはぼくとクマキチとネコミヤくん。
(誰がいってもおかしくない。けど、このメンツだとなぁ)
 さっきまでの協働関係は解消され、あたりに再び微妙な空気が漂う。
 カミタニとタヌマはわかる。ウシザキグループなのだし、ノリもいいし。見られ慣れてるっていうと語弊があるけれど、恥じらいレベルはかなり低い。人前で脱いで露出させても、「そういうことあるよね」で済ませられる素質のような何かがある。
 だけどその点、内気組のぼくらはやっぱり似つかわしくないというか。デリケートな扱いを要するとでもいうのかな。
 ここでぼくやネコミヤくんが脱いで見せたら、みんなギョッとするに違いない。確実に変な空気を生んでしまう。考えすぎかな……?
 あるいはそうやって、いかない理由を無理矢理探してしまっているのかもしれない。
(覚悟が足りないなんて、タヌマのこといえないかも……)
 ちょっとした沈黙が部屋を支配したそのとき、
「クマキっちゃん脱げよ!」
 脱がされてデコピンまでされたのを恨みに持っているんだろう、タヌマがクマキチをビシッと名指しした。
「おー。次おれか? いいぜ」
 屈託のない、爽やかな顔で応じるクマキチ。
「えええっ……まじで?」
 反射的に声を出していたのはぼくだった。この三人だと、じゃんけんで決めるだろうと踏んでいたから、びっくりして。
 夏にぼくとやったときとか、始まる前はあんなに恥じらいいっぱいで初々しかったのに!
「タヌマ見てたらさ、チンチン見せるぐらい案外ヘッチャラかも? って」
「オイイイ! どういう意味だよ!?」
 クマキチの一言で、どっと場が沸いた。
 ま、まあ確かに、アレの後だとナニが出てもマシに思えちゃう……かも……?
「グッジョブだよ、タヌちゃん!」
「ああもう、ミヤちゃんまでからかってぇ……!」
「おれ最下位っぽいし、すぱっといくぞ」
 クマキチも随分度胸がついて逞しくなった。基本怖がりの臆病者だけど、徐々に肝が据わってきている。それはぼくを安心させる反面、ほんのすこし寂しくもさせる。
 渋っているぼくを置いていってしまった弟に対して、複雑な気持ちが生まれ始めていた。
 しかし事態はぼくの気持ちに構わず進行していく。
 今からあのクマキチがみんなの前でかわいいアレをさらすんだ。
 自分の意思で、みんなの前で見せつけるって、よく考えるまでもなくぶっ飛んだシチュエーションだ。だいぶに遅れて激しいドキドキがやってくる。
 ぼくが見られるわけでもないのに、急に恥ずかしくなってきた……。
 クマキチはハーフパンツ前側に手をひっかけ、腿のところまで引っ張り下げて、無言でチンチンを出した。緊張と寒さで縮みきったのか、もはやタケノコとすら呼べない、ほぼ包皮だけのものを……。
(ああ、クマキチの……みんなに見られて……)
 ケロッとした顔で、本当に何事もないかのように露出したので、代わりにぼくの“いたたまれなさ”が刺激された――ふしぎなことに。
 この世界でぼくが一番知っているクマキチのソレ。見せものにされた瞬間、ひどく「奪われた」という感情が湧いてしまった。もったいないって、思った。ぼくだけが知っていればいいのにって……。
 きっと後にも先にもない、胸がざわつく変な気持ちだった。
 三角コーナーの豊満な肉と被毛に埋もれたソレを見て、真っ先に声をあげたのはあいつだった。
「へ……? マジ? ガチで? これほんとにチンコかぁ?」
 タヌマは確かめるように、ぐいっと顔を近づけた。
「うわあお、ちっこおっ!」
 口角を上げに上げまくって、おまけに尻尾も耳も立てて、クマキチのソレをまさに嘲笑った。アニメの表現でよくある「ウッシッシ」みたいな顔で。
 ぼくは(こいつまったく反省してないな)と、ため息を吐きそうになった。
 狸が馬鹿騒ぎする傍ら、カミタニなんかは「あー……大器晩成型かもしれない」とか、言葉上はいちおうフォローして、その実薄っすら引いてるのがわかった。気持ちはわかる。小さすぎるもんな。カミタニはいいやつだから、心の中では心配しているかも、と想像してみたり……。
「このドリチン、何回見ても泣けちまうぜぇ……」
「か、かわいい……」
「エヘヘ。そーだろ? とーちゃんからのもらい物だぞ」
「セックスできんの? これ……」
「わからん……。フル見てねえからなんとも言えんが、オレ様の見立てじゃ、ギリ……だな」
「おいら……なんかかわいそうになってきたよ……」
「クマキチよぅ、男はなぁ、男の価値ってのはなぁ、決してチンポのデカさだけで決まるモンじゃないからな」
 黙っておけば、ものすごい言われよう。機微に疎いウシザキの同情を買うとは、よっぽどだ。ぼくだったら、男としての誇りがズタズタにされてる気がする。もう二度と人前でチンチンなんて出せなくなるかもしれない。
 あまりにも容赦ないチクチク言葉に、これもぼくの方が傷ついてしまうのだった。
 しかし、当の本人はこれっぽっちもへこたてれない様子だ。
「おれ気にしないよ。そりゃあ大きい方がいいけど、不便してないよ」
「そっ、そうか。それなら、まあ、いいんだがよ」
「お、おまえメンタル超つえーのな……」
「えっへん!」
 その能天気さと、不屈の精神は、再びカミタニらの顔を引き攣らせた。おまけにぼくを悶えさせる。
(うううううぅぅ~っ、クマキチぃ……!!)
 両手で顔を覆いたくなるとは、この気持ちのことだったのか。もう既に、色んな情緒がこんがらがって逃げ場をなくして、顔中から抜け出していきそうだった。そうなるのを防ぐために、顔を覆いたくなったんだ、たぶん……。それはどうでもいいんだけど……。
 クマキチが他人の軸に流されずに、芯を強く持っていることを、どうして今、この場で思い知らなければならないんだろうか。もうちょっとこう、……なんかあるだろ!
 向上心のなさ(?)など、手放しに喜べないところはあるものの、ぼくはクマキチの味方でいてあげようと、優しい気持ちにさせられてしまった。
「ジュウニントイロ……ってやつだよなァ。性格も、チンポもよぉ」
「ザッキーしみじみしてんな」
「ああ……まあな。世の中には色んなヤツがいるぜ、ガチでよぅ……」

 ……そうしてクマキチのお披露目ターンが終わり、ふと、ネコミヤくんと目が合った。
「ドキドキするよ。こんなの初めてだから」
 珍しくも心境を言葉にした彼。実はこの状況を一番楽しんでいるんじゃないか。みんなの前で脱ぐことを迫られている今でさえそう思えるほど、ネコミヤくんはさっきから発言と行動が大胆不敵だ。
「やばそうな二人が残ったな」
「やばそうってなんだよ、カミタニ」
「おまえらどっちかがダークホースなんじゃないか、ってこと」
 それをいわれると、騙してるみたいでつらいものがある……。
 クマキチが「ユーミはでかい」とか余計なことを口走らないようにと気を揉みながらも、相手がどんな具合かわからない以上、ポーカーフェイスで口をつぐんだ。
「だーくほーす? って、なんだ?」
 ……なクマキチに、カミタニは「番狂せしそうなやつだよ」と答える。タヌマがそれに乗っかる形で、
「どっちかがえげつないの隠し持ってるとか!?」
 また一人勝手に興奮しだす。だから、カミタニはそういってんじゃん。
「確かに、オメーらのは見たことがねぇ! こりゃあ見ごたえのある勝負だ!」
 普段誰が猛牛なんかに見せるかよ!
 ってか、見ごたえあるか知らんけどっ!
 心の中でツッコミを入れてから、そういえば、と思い出す。ぼくはイブキとクマキチにしか、自分のものを見せたことがなかった、ということを。クラスメートや部活のメンバーにはずっと隠し通してきていたんだった。
 別に見られたくないというより、見せる理由がなかったからにすぎないのだけど、それはネコミヤくんだって同じだろう。慎ましい性格だから、進んで誰かに見せることはしなかったはずだ。現に誰も見たことがないようだし。タヌマがいってた、幼少期の頃は別にして。
(だけどな、カミタニ。残念ながらぼくがダークホースなわけないんだよ。悔しいけど)
 だからもし万が一、ゲームチェンジが起こるとするならば、斑点模様の彼がありえないブツの持ち主で――。
 な~んてこと、ホントにあるのかなあ。
 希望をいうなら、勝ってみたい。
 だけど同時に、そういう展開も悪くないかも? ネコミヤくんが全てを掻っ攫っていってほしいと思う自分もいる。
 あー……緊張感が高まって心臓がヘンになりそう。
 あたかも最終決戦を見守るような雰囲気(……って、まだ序章のはず)の中、
「ぼく、先でも後でもどっちでもいいよ。悠海くん選んで」
 シャイで主張が苦手なチーターは、選択権を譲ると申し出てくれた。
 単に遠慮して譲ってくれたのか、それとも勝利を確信した余裕からそうしたのか……。
 この子、まじで読めない。何を考えてるのか、わからないよ。それだけぼくはアセっているのかもしれないけど。
 読めないということは、様子見で動いた方が得策だと判断し、とりあえず後出しさせてもらうことにした。
「おいおいおい? ニーチャン様がそんな軟弱でいいのか?」
「そーだそーだ! 男気見せろ!」
「うっさいなぁ!」
「まあまあおまえら、順番なんてどっちでもいいよ。それよりもネコミヤ、どんなの隠し持ってんだ?」
「えへへ。まだナイショ」
「おれの後だと全員引き立つぜー?」
「お、オイラよりでかい!? 小さいっ!? どっ、どうなのっ!?」
「それはね、今からわかるよ」
 ……なんか、妙に落ち着いてるんだよなー。声も表情ものんびりしているというか。たぶん、心持ちも。
 徐々に匂い立ってくる強者感。もしかして先行と後行を間違えたかな……。そんな弱気は焦りを経て、やがて胸騒ぎへと変わっていく。
「えっと、じゃあ、いくけど……いい?」
 全員が固唾を飲んだ。
 首をコクリと、一斉に同じ動きをとった。
 ネコミヤくんは大胆にも、カミタニと同じように、まずはハーフパンツを一気に脱ぎ下ろした。
(わわわ、とうとう脱いだよ……!)
 ショート丈のトランクスはあまり彼っぽくなくて、どきりとしてしまう。まだら模様で、アイドルみたいに整った脚がきれいだったから、というのもあった。とにかくもうそれだけで脳への刺激が強い。非常に恐るべしだ。
 そんなことを考えつつも、ぼくはしっかりと見てしまう。でも、トランクスだから肝心の膨らみは捉えにくい。
「自分から見せるのってやっぱり恥ずかしいね……!」
 ネコミヤくんはそれなりに恥ずかしがりながらも、熱い視線を跳ね返さんと、意を決した佇まいだった。
 ぼくもだけど、みんな指を咥えそうな顔をして、次の所作を待ち望んだ。
「他のみんなには秘密だよ」
 ネコミヤくんは顔を赤く染めて、そっと静かに、パンツを腿まで下げた――。
 たったの一目で、ソレはまさしくぼくを魅了した。おかしなことだけれど、驚くとか、声が出るよりも前に、うっとりするほどに美しいと思ってしまったのだ。同級生の、それもまさかの性器に対して。
 とても、とても大きい。長く、太さもあって、体積がハンパじゃないソレはずっしり重たそうに、重力へ身を任せている。
 形状も立派だ。亀頭が大きく発達しているから皮に収まりきらず、半分以上が剥き出しになっている。勃っても丸被りのぼくとは、格差がありすぎてもはや別物だ。
 薄い皮から露出している先っぽの色は初々しく、血色のよい桃色。物騒なサイズと形状を併せ持っているのに、年相応の感じも残している。もう、純粋にエロい……。
 よく聞く、隣の芝生は青く見えるというやつ。対ネコミヤくんだとあれは嘘だ。
 同じ歳だから隣は隣だけど、まるで土俵が違う。芝生と木を比べているようなものだ。青く見えるとかそういう問題ではなく、根っこそのものが違うのだから……。
 それでもぼくは羨望の情を強く抱いていた。豊かな土地で自然に育った天然の巨大作物的な――あまりいい例えが浮かばないけれど――ソレに対して。
 明らかに「チンチン」ではないそれをひと言でなんと言おうか……。
 巨根? 凶悪? マグナム……規格外?
 どれもあまりしっくりこない。そのように評するのがどうにも憚れる。今すぐにでも「でっかぁ!」と腹から声を出したいのに、カミタニのときのようにそうすることができないでいた。ただただその美しさに、圧倒されてしまっていて。
 カミタニがダークホースとかいい出したんで、ある程度は構えることができていた。そのはず、なのに。
 ネコミヤくんのソレはあまりにも、持ち主に似つかわしい。最初は不釣り合いだと思っていたのが、見れば見るほどネコミヤくんの息子というオーラが強まっていく。
 そしてだんだんと、吸い込まれそうな感覚に陥っていく。動悸が、熱く激しくなっていく……。
 こ、こんなの……めったにお目にかかれないぞ……!
 一生に一度。その貴重さで余計に見惚れてしまうのだろう。ギャラリーが騒ぎ立てる中、ぼくはこの一瞬のうちにできる限り目に焼き付けようと努めた。当然、みんなの声は明瞭に聞き取れなかった。
 わかったのは唯一、とても騒々しかったことだけ……。
「も、もう、おしまいっ!」
 唐突に終わりは告げられ、強すぎる余韻が頭をクラクラさせる。心臓はまだ早鐘を打っている。
 すごかった。幻覚を見ているみたいだった。本当に……そんなことがあるんだ。
 今はもうズボンを上げて、真っ赤な顔で俯いているネコミヤくん。
「ミヤちゃんすっげえええぇ! すっげーよっ! ムケてるしでっかいし……もう完っ全にオトナじゃん! おいら誇らしくて……ぐううううっ、また勃ってきた!」
「いやいやこれは参ったぜ。まさか本当にやばいパターンとは!」
「オレ様以外にいたとはなァ! こんなデカチンポがッ! こんな近くにッ! おもしれぇ、おもしろすぎる!」
 止まない賞賛に気押されて、ネコミヤくんは「やめてよ」といって両手で顔を覆った。
 なよなよしい態度は、さっきとは一転して巨根が似合うとは思えなかった。だけど正真正銘、目の前にいる彼は立派すぎるブツを体操着の下に隠し持っている。目にした事実は覆らない。
(さすがにずるいよ)
 無意味な嫉妬心がまた芽生えるのを自覚しつつ、ウシザキの感想に全面同意していた。
 なるほど。これは確かにおもしろい……!
 世界は案外、身近なところに黄金が埋まっている。そしてそれを掘り当てるのは、思いもよらぬことがきっかけだったりする。自分から顔を出すことだってある。
 おもしろいといわずして何というのだろう。
「参りました。不戦勝だよ」
 ふっと気が緩んだはずみに負けを認めてしまっていた。さっぱり気持ちのいい負けだから、言葉ほど卑屈ないい方にはならなかった。
「棄権する気か? そんなのだめだぞ」
「棄権とかマジねーからっ! チンコ見せろ!」
「逃げたらタヌみたいになるからよ、わかってんなぁオイ?」
 ……ぼくの独り言はあらぬ方向に誤解されだして、余計やりづらくなってきた。
「ユーミは逃げないよ。なっ?」
「うん。ちゃんと見せるから」
 そういったのは自分を鼓舞するためでもあった。逃げ出したい気持ちに負けてしまわないように……。
「…………あのさ、ほんと期待しないでね」
 もう覚悟は決まっていた。
 タヌマの通常状態が不明なので、正確な順位は確定しないけれど、おそらく下から数えて二番目だ。
 ぼくらクマ兄弟でワーストを独占、か。
 イブキとクマキチの中だったら一番だったのにな。
 井の中の蛙だった自分が恥ずかしくてたまらない。
 しかし、大きさばかりはどうしようもない。種族や体型、成長具合によって左右されるものだし。
 だから恥ずかしいのはモノが小さいだとか、みんなの前で見せるよりも他の部分にある。
 それはやっぱり、言い訳に身をくるんで背を向けることだった。勘違いも、体格に比例しないお粗末な息子も、ぼくにとって恥ずかしいことではあるんだけど、格好悪いとはすこし違う。格好悪いのだけは、ごめんだった。
「んーと、…………はいっ。こんなんだけど……」
 早く済ませたかった。
 もったいぶらずにズボンとパンツを同時に引っ張り下げ、自慢でもなんでもないソレをさらけ出した――。
 縮こまって、余りきった包皮に覆われた短小包茎……。
 とうとう、見せちゃった……。
 見られてる……。ぼくの惨めなチンチンが、見られてる……!
 恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい……!
 意識するほどに鼓動がうるさくなっていく。
 反応がひどく気になるのに、顔を見れなかった。クマキチとあまり変わらないチンチンに目線を落としながら、みんなが何を口にするか怯えて待った。
 笑うなら笑え! それで終わるなら安いもんだ。
 ところが、だ。
 一向に待てど(たった数秒だけども)聞こえてきた声はカミタニの
「ほーん……」
 という、ひどく乾いた反応くらいで、あまりにあっけなかった。
 もっと色々いわれるものかと構えていたのに。
(へ? そ、それだけ??)
 拍子抜けしてみんなの方を見渡す。クマキチだけ、にやっと興味のありそうな表情で、他のやつらはシラけてるというか……目を合わせようとしなかった。
 まるで禁忌に図らずも触れてしまったみたいな雰囲気。
 とりあえず、チンチンはしまったけど……。
 な、なんだよ? いったい何、この空気は……?
 もしかして、巨根だと思われてたってこと?
 それで出たのがコレだから……えーと、つまりは期待を裏切った?
 そんなふうにプラスに捉えたりする中、
「…………」
 まだ続く沈黙を「なあウシザキ」とぼくから破って、
「なんかいってくれないと困るんだけど。カミタニも、ほーんって、どゆこと?」
 訳を尋ねた。このまま気まずいだけなんて、それこそ耐えれらそうにない。
「頼むわ、カミタニ」
 ウシザキは、柄にもなく慌てた様子で逃げた。暗にお手上げといわれたのだ。
「え~オレかよお」
「すまん。まだ、うまくまとめられねぇ」
 カミタニは頭を掻いて、
「あー、ユーミ。ちょっといいか? 風呂場行こう、風呂場」
 またもやスマートな感じにぼくを連れて、場所を変えた。 
「みんなの前ではいいづらい?」
「こういうのはなぁ、オレも正直気を遣う。いいか、ユーミ。わかってくれてるとは思うけど、傷つけるつもりじゃないからな」
「ああ、うん。そこは大丈夫」
「助かる。それともうひとつ。今からいうことは概ねみんなの感想だと思ってくれ。そこわかってるって前提で、オレは素直にいうぞ。ユーミにとっても、その方がいいだろと思ってな」
 前置きが長いカミタニだけど、そのワンクッションが、やはり心地いい。
 カミタニの言葉がすんなり身に入ってくるのは、持ち前の器用さゆえだな。ウシザキもきっとカミタニの才能を買っているに違いない。
 ぼくは何をいわれても平気なように身を固くした。
「まったく、ザッキーもセコいんだよな」
「おかげでカミタニの仕事が増えてるね」
「ほんとだぜ……お給料出ねえし。って、愚痴は置いといてっと」
 カミタニは「ふう」と短く息を吐いた。
「まあ、順番も悪かったよ。ネコミヤのエグい後だとどうしてもな、ううむ、あれだ、かわいく見えるっつーか。たはは……」
 とてもいいにくそうに、言葉をひねり出したみたいだった。
 か、かわいいだって……。そんなこと、面と向かって口にするやつだったかな……。
 貶されているはずなのに悪い気はしなかった。むしろ胸をキュンとさせている自分もいて……ただ、たじろぐしかなかった。
 ぼくもたぶん、カミタニと“同じ側”のような気がするから……。そういう言葉にはちょっとドキドキしてしまう。
「いやあ、てっきりデカい側だと……。だからビックリしちまって。あれ、かわいいじゃん……。でも、ンなことあの場でいえるわけもなく……って、まあ、そんな感じだ」
 なるほど。あいつらもそんな感じで驚いて、ノーコメントだった、と。
「へー……そう、なんだ」
 感情がこもらないように、ロボットみたいな声で応じた。
 期待されていたのは純粋に嬉しい。だけど裏を返せば、裏切ってしまった。ちっぽけなプライドと情けなさが再びをコンプレックスが刺激する。
「カミタニはいいよな。恥ずかしくない大きさで」
 気づけば、口が勝手にそういっていた。
 どうせ内心、バカにしてんだろ。
 表面上も言外も嫉妬でまみれていて、とてもじゃないけど自分の発言だとは信じたくなかった。
 過剰な自意識が生んだ言葉。すぐにでも取り消したかった。
 本当は「そんなことないよ」って優しく慰めてほしいだけなのに。どうしていちいち、天邪鬼になってしまうんだろう。
 最悪な形でカミタニに甘えてしまった。
 あのなあ、そんなこというなよ。そうやって、怒られるかと思った。だけど、カミタニは気に留めるでもなく、
「くはははっ! おまえ、案外ヤキモチ焼くよな!」
 あっさり笑い飛ばしてくれた。
「ゆーみんのそういうところ、かわいいって思うわ。ホモとか抜きにしてさ」
 ああ、カミタニはすっかり見透かしていたんだ。その上で、ぼくを下手に甘やかしたりしなかった。
 やられた――と思った。
(なんだよカミタニ! なんだよそれ……!)
 ……いいたいことは常に言葉にまとまらない。
 ぼくはもう「ゆーみんっていうな」としか反論できなかった。けちょんけちょんだった。      
 当然、一回目のような凄みはなく、蚊の鳴くようなボリュームだった。遅れて、自分でもハッキリとわかるほど耳が赤くなった。
 カミタニはセコい……。
 とにかく何かもかもが嫌になるくらいにずるいやつだ。
「ま、あんまり気にすんなっ! オレはオオカミだからなぁ!」
 カミタニは去り際にぼくの尻を小突いて、戻っていった。
 絶対……絶対に勘違いなんかしないぞ……。
 オオカミなんて信じてやらない……。
 ぼくは心にそう誓って、風呂場を後にした。

 戻ると、遅いぼくらにしびれを切らしたのか、既に“出ていた”。
 ご自慢のソレは早くも勃っていて、ピンポン玉大の亀頭が丸出しになっているのがギャラリーの隙間から見えた。
 ふざけんなよ。
 その一瞬だけで、心からそう思った。
 普段見せてくるのは完全に弛緩してる状態だったから、初めて目にしたウシザキの勃起。
 平常時が大きい代償で膨張の伸び代がないなんて、そんなことはなかった。でかいやつは、いつ何時だってでかい。
 ネコミヤくんもそうだけど、ぼくら同い年だよね。
 いったい、いつの間に。どうしてぼくたち、こんなに差ができてしまうんだろう。
 むごい格差に傷つくだけなのに、あんまり立派だから見にいってしまう。がっつくのも悔しいので、そろりと近寄る。
「ものさしじゃ測れないっすね……! いいなあ、一日でいいからザッキーさんの体になってみたいっす!」
 タヌマがベタ褒めする中、至近距離で視界に入ったソレは控えめにいってもグロかった。同じ巨根でも、ネコミヤくんのとはまるで違った印象を受ける。
 手首ほどある太さで、ズルリと剥けきった先端部は包皮が被さらないってくらいにパンパンに張っていて――。
 樽みたいなお腹の下から、斜め45度に向かって反り上がった暴力的な角度と、触れてもいないのに伝わってくる硬さも。
 ビキビキと浮き出た太い血管が全体に絡みついていて、何より使い込まれたような黒ずんだ色。
 匂いもひどかった。
 汗臭いとは違う。男の嫌な匂いが寄せ集めにされた、鼻が嫌がる匂い。
 全てがキモかった……。
 ありとあらゆる要素がグロくて、生理的に受け付けないという気がした。自分と違いすぎるそれはたぶんだけど、恐怖感すら催させている。
 すっかり注目の的になったウシザキは「片手じゃ物足りなくてよ、こうやるんだぜ」と、赤黒い竿を両手で包み込み、ぐちゅっ、ずちゅっと扱いて、オナニーの実演をしてみせた。
「一日ヌかねぇとチンポもウズウズしやがるぜ、おらっ」
 最初は単なる手コキだったのが、今度は手を固定して腰を振りはじめた……。
「ふーッ!! 早くオナホに挿れてェけど!」
 本物の交尾を思わせるリズミカルな腰つきは、さすがウシザキだなと思わせる。なんかもう、達人の域に達しているというか。
(あんなので突かれたらひとたまりもないな)
 抱いた相手を確実にイかせるテクニックみたいなものが、まったくの素人目でも感じられた。
「んおっほ、やっべえ……! 男どもに見られながらヤんの、悪くねえ……! 汁止まんねえよ!」
 ウシザキがペニス全体を搾り取ると、先端からカウパーがしとどに流れ落ちた。
 それを手で掬っては、元出たところへ戻すように塗りたくる。
 ぐっちゅ、ぐっちゅと、湿っぽく汚らしい音と、野太い喘ぎ声が交差する……。
 その様は魔物使い……。股間に取り憑いた化け物を手なづける魔物使いだ……。快楽で無限に育つ化け物に餌付けして、鎮めようとしている。
 おぞましい、穢らわしい。近づいてはいけないと、本能が告げる。
 本能の警告をキャッチできる理性があるはずなのに、
「キモ……」
 まだそうやって悪態すらもつけるのに……。
(ど、どうして……っ!?)
 有り余る性欲が掻き立てられ、ゴリゴリと潰されるように刺激されて……。
(嫌なのに、キモいのに、グロいのに……っ、なんでえっ!?)
 不覚にもチンチンを固くしてしまっていたのだった。
 見せ合いの段階でもやばかったのが、いよいよ一線を超えたといったところだった。
 よりにもよってウシザキで勃起してしまうとは……。
 こんなヤツに欲情するなんて、ぼくまで穢れた存在に成り下がりそうだった。
 ああやっとわかった。そうなるのが怖かったんだ……。
(おさまれ、おさまれ……!)
 念じても、ダイナミックな扱きから目を離すことは不可能で、完全にムックリとなってしまった。
 手で隠しても変に目立つから、上着の丈で静かに隠した。そんなに大きなもっこり具合じゃなくて幸いだった。いや、情けないのか、これは……。よくわからなかった……。
「へッ、なんだよ、ばっちし伝染ってンじゃねーか」
 極太のソレをヤラシイ手つきでいじくってたウシザキが、不意に口元を歪めていった。
 自分のことを指摘されたのかと、どきりとした。
「!」
 狼狽したのは、どうやらぼくだけじゃなかった。
「む、無理っす~! おいらもチンコ触りたいっすぅ!」
「見せつけといてそりゃないぜ」
「ウシザキくんやりすぎ……」
 差はあれど、みんなの陰部が一様に隆起しているのが確認できて、
(な、なんだぁ……みんな勃ってるじゃん……!)
 一体感で変に安心してしまった。
 勃ったからといって、イコールウシザキに欲情しているわけじゃない。
「おいユーミ! キモいとかいいながら体は正直だなぁオイ? 興味なかったんじゃねーのかァ?」
 まずい、しっかり聞かれてた!
 怒ってはなさそうだけど、失礼なことを口走った後ろめたさがあったからなのか、ぼくは「あんまりデカいから」と、当たり障りない称賛の言葉を選んだ。
「ぬは! そーかそーか!」
 ウシザキは素直に褒めてもらえたと受け取って、満更でもない感じに笑った。細長い尾をパタパタさせて、顔までニコニコと。
 そういうわかりやすいところが気に障るの!
「オメーら、もう脱いじまえよ。ちょうどいいぜ、そのままオナホに挿れてけ」
「い、いわれなくても、おいら……もうチンコギッチギチ……!」
 タヌマはさっきから落ち着きがない。
「ザッキーさんエロすぎて、おいらもうだめ!」
「あっ、タヌちゃん!」
 今度は自ら脱いで、屹立したソレを再びさらけ出した。
 ウシザキのに比べるとかわいらしいけど、包皮から鈴口のぞいていたり、粘液でぐちょぐちょに濡れていたりと、性格の幼稚さとは相反した様相で若干グロテスクな感じだった。
「おお~タヌマ、一回見られてるからつえーなぁ!」
「みんなボッキしてれば怖くないさ!」
「いよっし、おれも!」
 な、なんかクマキチまで続いて急展開なんだけどっ!?
「コーフンしっぱなしで我慢汁がえぐいことになってる。ローションなしでもイケそう!」
 タヌマは包皮をめくって、透明液を亀頭全部に塗りたくった。ウシザキリスペクトのつもりか……?
「クーちゃんは? ムケんの?」
「おうっ。ヒリヒリするからあんまり剥かないけど……」
「オナホって皮被りのままでも気持ちよさそうだよな。ツーパターン楽しめるかも」
 クマキチとタヌマが見せ合ってる中にカミタニが寄って、チャンスを逃すまいとぼくも輪に加わる。
 カミタニの勃起……どんなだ……!?
 焼きちくわ、どれだけでっかくなる……?
 好奇心が、勃起を見せる恥じらいを振り切った瞬間だった。
「タヌマー。オレともっかい勝負だ」
 カミタニはテントの大きく張りあがって窮屈なズボンを脱ぎ下ろした。
(うわ、うわうわうわっ!!)
 ブルンと立派なそれは、弛緩時よりもっともっと太ましく、下手すりゃウシザキ並みの極太で――三分ほど露出した半剥けのペニスだった。
 逞しく芯の通った焼きちくわ。
 地面と平行にガッチリ力強く、精液を撃ち放ちたそうに生々しく脈動する。
 長さこそぼくと大差ないけれど、その圧倒的な太さは、雄の生殖器という面を際立たせている。巨根二人よりも現実味がある分、ネコミヤくんの持ってた美しさだとか、ウシザキの放っていた恐怖感はない。ひたすらにエロいチンチン――刺激の強すぎるヤラシイ肉棒は、呼吸を「ひゅっ」と乱れさせる力を持っていた。
 カミタニの足元にも及ばないぼくのチンチンは、悔しそうにパンツの中でビグビグっと大きく脈打った……。
 うう、そろそろキツイ……。
 ぼくも早く脱いで解放したい。シコシコしたいよ……。
「うっひょー! 半剥け! エッロ!」
「三年になったあたりから、勃つと先だけ剥けるようになったな。そんだけ先端が発達したらしい」
「成長した蕾が花開くみたいだ。おれのは一生蕾かな~……」
「手で剥ければ問題ないよ」
「ミヤちゃんはやっぱズルムケ?」
「んー……まぁ、そうなる……かな」
「見せてっ!」
「二人の勝負が終わってからね」
 ネコミヤくんが上手いこと逃れると、タヌマはカミタニと向かい合った。
 尻尾はゆらゆらと、チンチンはガチガチに。
 そうして二人は向かったまま、互いに同じ高さでチンチンを並べあった。
「おっ? おいらの方がちょびっと長いぞ!?」
「やっぱりタヌマの方が全長はあるか」
「太さに全振りしすぎなんだよ! ちっとはステ振り考えろよお!」
「人のこといえんのかよ? その無駄にデカいタマはなんなんだ? おおっ?」 
「むぎゃっ!? か、勝手に触んなよ! このっデブチンコ!」
 むりゅっ、ずるんっ、ムッキーン
 そんな音が聞こえそうだった。
 タヌマのやつ、やりやがった!
「うお!? 剥くな!」
「うわあーすんげー! 指回んなかった! ぶっとおおおおお!!」
「全部剥いたらもっと太く見える……。カミタニすごいな……!」
(クマキチ!?)
 ぼくが驚いたのは発言に対して、ではなかった。クマキチの行為に、だった。
 ビンビンになった皮被りを指でくにゅくにゅっと揉んでいた。表情もとろ~っと呆けていて無意識なんだろうけど……。
 ムラムラしているんだ。ついこの間まで何も知らなかったクマキチが……。
 ちっこいチンチンがイきたそうにしているのが、とてつもなく愛おしくて心臓がバクバクに鳴った……。
「おうおう、その意気だぜぇ! そうだ、おいネコミヤ! オレらもガチンコ竿比べ勝負しようぜ!」
「比べっこ!?」
「完全勃起でどっちがデケぇか!」
「お、そっちは頂上決戦だな」
「いいよなァ?」
「無理っていっても、するんでしょ?」
「ったりめーよ」
「ザッキーが止まった試しがない。ネコミヤ諦めろ」
「……もう見せちゃったし、いいけど……」
「ものわかりがいいヤツは好きだぜ」
 調子のいいことをいって、おっぴろげのまま迫るその様は怪物じみていた。
 ネコミヤくんも股間の膨らみを大きくして威嚇してるみたいだし……。なんとも目に毒な光景が続く。
 ネコミヤくんが脱いだタイミングでぼくも続こう。チンチンもパンツの中もびしょ濡れだ。これ以上の我慢は継続不可能……。強い予感がしたその時、
 ――ぶるん! べっちんっ!
 わざとパンツのゴムに引っ掛けて、グググ……と反動をつける大胆な脱ぎでパフォーマンスの披露みたいに、屹立したブツを登場させた。
「ウオオオオオオオオっ!?」
「マジかミヤちゃんっ!!」
「すげ! さすがだなネコミヤ!」
「やっば!」
 方々からあがった歓声はネコミヤくんの勝利を意味する。
 フル状態でも変わらず美しいペニスだった。ウシザキのソレが悪魔的な凶暴さがあったのに対して、彼のは聖なる剣のような風格が漂っている。
 美しいのに、大きさも形も非のつけどころが見当たらないのに、しかしどこか切ない。
 それはきっと、本来の用途としては著しく不便だろう、と。つまり、セックスするには大きすぎて無理がある。挿入できても相手を傷つけてしまう可能性がある――雄としてせっかく立派なのにそれじゃあ本末転倒だとか、宝の持ち腐れとか……。負の面を勝手に想像なんてするから、哀しくも美しいとそんな感想を抱くのかもしれない。非モテの牛は機会に恵まれないだろうから、その分余計に。
「意外とぼく、負けず嫌いみたいで……。むちゃくちゃに勃っちゃった……えへへ」
 ネコミヤくんは無邪気な照れ笑いで、腰に両手を当てた。そして、腰を僅かに反らした――。
 もう確定だ。見せびらかしている。勝ち誇っている。あまり目立たなくて大人しい、あの彼が恥を捨てて……。立派どころではないペニスを堂々と、自信たっぷりに!
 触れてみたくなった。へそに向かってカーブを描く、きれいに剥けきったペニスに。その手で確かめて、ネコミヤくんを感じたくなってしまった。
 大きさを堪能できるように両手で握り込んだら、力任せに扱いてみたい。
 亀頭も握って絞れるサイズだから、グリグリしてイジメてやりたくも思う。こんなに立派なのに、弱いところを持っていないのは癪すぎる。どこでもいい。弱点を探し当てて、思いっきり突いて屈服させてみたい。
 本能が騒ぐ。妬みだと承知していても、気持ちが昂ってしまう。
 ぼくの粗末なのを並べて二本擦りというのも、大きさが際立ってエッチかも……。完全敗北をもって、ちっぽけな自尊心が打ち砕かれる体験も、それはそれで貴重かもしれない。
 今、自分の中であらゆるものが沸々と湧いて暴走しているのがわかる。それは体内を巡る血液だったり、敬意と表裏一体になった嫉妬心、嗜虐心もそうだ。淫らな欲のような精神的なものまで様々だ。
 とにかく一刻も早く解放しなければ。ショートしてしまうのも時間の問題だ。そう直感した矢先――やっぱり勘というものは案外アテになるものだ、なんて考えも刹那的に流れ去り――熱いものが滴った。
 ポタッ。パタタッ。
 うわ、最悪だ……。
 自分の身に何が起きたか、瞬時に理解できた。
 下を向く前に両手でそれを受け止める。反射で体も勝手に動いていた。
 ポタタタタタッ。
 血。生温かい血が肉球から滑り落ちて、足元に垂れた。
 ただの鼻血だ。大したことない生理現象でも、赤い鮮血は恐怖心を煽る。
「だめ……」
 絞り出た鼻声で助けを求めるのがやっとだった。
「おいおいユーミ大丈夫か!? クマキチ、そこのティッシュくれ!」
「おっ、おう!」
 異変に気づいたカミタニとクマキチが駆け寄ってくれた。……フルチンのままで、だけど……。
「ウワハハハハハハハ!! チンポ見て鼻血って、オメーどんだけピュアピュアちゃんなんだよ!」
「あははは! ミヤちゃんのせいだ! ミヤちゃんエロすぎ!」
「違っ……! 悠海くんごめん!」
「ミヤちゃん謝ったら認めることになるって! エロすぎてごめんって!」 
 痴態をゲラゲラ笑って、とてもとてもありがたいことに場を和ませてくれる中、
「そうだ。下向いたまま鼻押さえとくんだ。じっとしてな」
 カミタニの介助を受けて難を逃れたぼくは、
「あ、ありがと。ごめん、助かった」
「ビニール袋敷いといてよかったぜぃ……。服汚れてないか見てやる」
「うん。ありがとね、クマキチ」
 ありがたさを噛みしめて、胸を撫で下ろすことができていた。
 ……こういうところ、だよな。
 カミタニのカミタニらしい対応力というか、器の大きさ、器用さって。
 クマキチのトロく不器用だけど、優しいところって。
 一方、あのバカ共ときたら……。
「なあネコミヤよぅ、雄比べの礼儀って知ってるか?」
「なに、それ……?」
「へへーん! おいら教えてもらったよ! ワクワク!」
「それはなァ……こういうことだッ!」
「ひゃあ!?」
「オメーやっぱデッケーわ……! こりゃ立派なチンポだよ、こんちくしょう!」
「握っちゃ、ん……っ、だめ……!」
「ン~? 誘っといてそりゃねーよ。オラオラァ!」
「ぅあ……っ!」
 まだやってるよ……。
 普通に考えてセクハラだよね、猛牛のあれ。
 今はもうある程度おさまって俯瞰できているけれど……。
 しかしまあ、鼻血で冷静になるなんて皮肉な話だ……。
「ふあああああエッロ! んううう~っ、おいらも勝者のチンコにあやかりたい……! ミヤちゃんの、触っていい?!」
「ええ、タヌちゃんっ!?」
「触らせたれ。持つものは持たないものに譲るんだよ。それが雄比べの礼儀、“のぶれす・おりーぶ”なんだよッ!」
「お、オリーブ!?」
「まあ名前なんてどうでもいいぜ。ほれ、タヌ、今しかねーぞ? ダチ公のチンポ触れる機会なんてよ……っておいタヌッ! なに勝手に挿れてんだよ!?」
 ぐちゅっ、ぬちゃ、ちゅっぽん、ぬちゅっ!
(あいつなにやってんの。頭おかしいよ、もう)
「はあっ、はあっ! チンコがもぉ我慢限界って、あっ、ふぅん……!」
「おまっ! まだイクなコラっ!」
「む、むりっすぅ! もおだめ……!」
「チンポ抜けッ!」
「ザッキーさあん、ああっ、今命令されちゃ、ヘンにっなりそおっ!」
「まだだめ、タヌちゃん耐えて!」
「み、ミヤちゃんっ、一緒にこん中、イれっ……はッ、んあっ! イクうううううぅ!!」
 ビチャっ、ビチャっ、パタタタ…………。
 うわ、ほんとにイったし……。
 あーあ、あんなにたくさん汚して。しかもぼくの部屋で……頭おかしいよ、マジで。
 全部ビニールの上だから弁償は免れたけど、いやそういう問題でもないんだけどさ……。
 どーすんのこれ……。導線に火つける前に爆弾爆発したからゲームオーバーでいいよね。
「抜け駆けは許さんぞ! オレ様だってイキてえの我慢してんだからよ、おら貸せ!」
「うううう……情けないっす……。ザッキーさんおいらまだやれます……」
「やれます、じゃねえ。オマエはいっつもそーだ。そんなだから空振り三振ばっかすンだよ」
「うっ、返す言葉も……ないっす……」
「早漏軟弱チンポは蚊帳の外だ。おいオマエら、やるぞ」
 まだやる気?
 もうお腹いっぱい、十分すぎるくらいだと思うのは鼻血のせいだろうか。
 そういえば勃起の仕組みって、内部のナントカが血で充満して膨らむとか。ああ確かそうだ。やっぱり貧血ってことなのかな。まあもう実際元気ないし関係ないけど……と、すっかり帰宅モードなぼくだった。自分の部屋なのに……!
「ウシザキ、時間が……もう寝る時間だぜぃ」
 クマキチが時計を見ていうと、みんなも一斉に同じ方向を向いた。
 22時半だ。その時刻が意味するのはタイムアップ。すなわち消灯前の見回りで――。
「やべえよ、早く証拠隠滅しないと!」
「なぬ? センコー来んのか!?」
「そーだよ急げ!」
「まさか忘れたわけじゃないよな。この部屋ぼくらのだけど」
「っべーな、おい! 急いでクリーニングだッ! 全員でなぁ!」
 ウシザキの号令でみんなが取り掛かろうとする中、
「えー!」
 ぼくだけは渋った。
 急ぐべき理由はわかる。全員でやった方が高効率なのもわかる。見つかったら連帯責任を取らされるだろうから。参加した時点でぼくにも責任の一部が生じることも。そんなことは、わかってる。道理として、理屈上は。
 でも、でも、なぜぼくが! アホ狸の尻拭いをしなければならないの!?
 というのが「えー」の中身なわけだけど……、
「班長サンなら知ってるだろーが! 『全員で協力して』ナントカって、修学旅行の目標だったろ!」
 ……なんでぼくが強くいわれないとならないわけ!?
 全員で協力って絶対そういう意味じゃないから! 人をこき使うための方便でもないからな!
 だが口ではいえなかった。
 ぼくも変わらないな。さっきと同じように口論する道を避け、ただ表情に不満を乗せるだけだった。
「わあったらユーミもさっさと手伝え!」
 せっせと後始末に励むウシザキが追い打ちをかけるようにいった。
 偉そうな命令口調。それだけなら百歩譲ってまだ我慢できたかもしれないのに、
「クーちゃん“は”偉いよなあ」
 タヌマがそう抜かしたとき、プツッといってしまった。
「ふざけ……!」
「あーユーミはまだ安静にしてろ」

 いったろ? 後片付けは任せとけって

 急沸騰した頭に、カミタニの手が触れたその瞬間、真水を被ったみたいに冷静になれた。
 ふしぎな手だった。魔法でも使われたのかと思った。
 いや、カミタニにはそんな魔法じみた能力があるかもしれない。
 人心掌握に長けた、デキるオオカミはぼくに優しく微笑みかけた。
 そうして気づいたときにはぼくも頬を緩めていて、
「先生の足止めしてくるよ。鼻血見せたら、いくらか足止めできると思う」
 と、快く協力を申し出ていた。
 たぶん、カミタニにそこまでの意図まではなかったんだろうけど、半分カミタニがいわせたようなものだ。
 すっかり手のひらの上だとわかった後でも、決して嫌な気にはならない。まあいいか、カミタニのためなら、力になってやってもいいかも。
「おいッ時間稼ぎか! そっちの方がいい!」
「ナイスゆーみん! 頼んだぜ!」
 うん。頼られるのって、悪くない……。
 軽い足取りで、しかしいつ先生に出くわしてもいいように、怪我人っぽさを演出しながら廊下を歩く。
 静まっていく部屋からのざわめき。人の行き交いがほとんどなくなって、薄暗く冷える廊下は、なぜか無性に楽しい気分にさせた。
 秘密のミッションをこなしている諜報員みたい。
 きっと成功する、させてやる。その自信と確信が、また小さな嘘がスパイスとなって、ぼくの無邪気な気持ちを刺激する。
 もうすぐ先生の部屋だ。雰囲気的にまだ見回りは始まっていなさそうだ。
 もぬけの殻となったウシザキの部屋に突撃される前に、ぼくが時間を稼ぐ。
 よし、一芝居打ってやるぞ。
 ドアの前で小さく意気込んだそのときのことだった。
「あ、ユーミ。どうしたの?」
 背後から声がして振り向くと同時、
「わっ、鼻血!? どうしたどうした大丈夫っ!?」
 イブキは目を皿のようにして案じてくれた。騙してるみたいでちょっと心が痛む。
 だけど、ここでイブキに助けられては作戦の成否に影響が出る。
「しーっ! もう止まってるから大丈夫。なんともないよ」
「そっか」
 それよりもイブキはどこに避難していたんだろう。
「……色々聞きたいことあるんだけどさ」
「それはこっちも同じ」
「イブキ今から部屋戻るよな?」
「うん。なんで?」
「今、任務遂行中なんだ」
 なんで、の答えを補うように、指で角の形を作って頭にくっつける。名前を出せないときに使う暗号のようなものだ。これで大体の察しはつくはず、イブキなら。
 先生の部屋のドアをチョイと指差して、鼻血を止める仕草も加える。
「あー……おっけ、よくわからんけど大体わかった」
「部屋の換気頼んどいていい?」
「そーいうことな……。まじか、ホントにやったのか」
 バカ狸の名前を出したい気持ちを飲み込んで、ぼくはいった。
「尻拭いさ。最後の一仕事頑張ってくる」
 イブキは詳細を聞きたそうだったが、「後で話すよ」といい、一旦その場で別れた。


 さあやるか……!
 ノックをしてから、俯き加減になって表情を微かに歪める。
「失礼します。先生遅くにすみません、鼻血出ちゃったみたいで……」
 先生は大方イブキと同じ反応だった。
 ……血って効果覿面だな。心配を買うのに最も有効で、万能なツールかもしれない。
 いざ大人を目の前にしたり、手当てを受けたりしていると、自分何やってんだろ……という気がしないでもない。それでもぼくは上手くやり切った。カミタニほど器用にこなせていないにせよ、ぼくにもこういうことができるんだ、っていう実績を残せたみたいで充実感があった。
「先生ありがとうございました。寝る準備してきます」
 部屋に戻ると、ウシザキたちは撤収しており(いてもらっては困る)、クマキチとイブキが布団を敷いていてくれた。
「ユーミおかえり」
「ただいま。布団ありがと。先生順番に回って行ってるよ」
「おっけい。電気も消しとくか」
 豆電球のみの暗い部屋は、つい先ほどまで騒々しかったのが嘘に思える。
 ぼくは吸い寄せられるように布団に倒れ込んでみた。
「はあ~……なんか一気に疲れた……」
「おつかれさんだ」
 クマキチがぼくに続いて、最後にイブキも布団に寝転がる。
「イブキが逃げるからな……。どこ行ってたんだよ」
「そーだぜ、ホントホント。急に置いてけぼりにしてさあ」
「おれ!? だってさ、あんなの絶対やばいじゃん!」
「うん、やばかったよ実際」
「なっ。おれ最初、フツーの爆弾ゲームやるんだと思って騙されてたぜっ!」
「それは純情すぎ」
「で、結局……お、オナホ……ユーミとクマキチも使ったのか!?」
「ユーミがな、気持ちよすぎて鼻血吹いちまって。んなはははっ!」
「いや違うし! 嘘だからね!?」
「え、じゃあ使ってないの? 何がどうなったの?」
「んー……話すと長くなる……。野球バカがバカなことやってバカな結末になった。チョー簡単にいうと」
「そこはなんとなくわかるよ! 中身詳しく!」
「ってか、そんなに知りたいのなら残ればよかったのに」
「無理無理無理っ! おれあんなのヒャクパーだめだ……」
「じゃあイブキは参加賞なしだなっ。ネコミヤとかすごかったのになぁ?」
「確かに。あれは参加したぼくらだけの秘密だな」
「んううう~っ気になるううう!」

 後々になってこの夜のことを思い返すと、きっと美化されて楽しかったって思うんだろう。猛牛の横暴さに腹が立ったことも、あれだけ自分を曝け出すのを拒んだことも、恥辱を味わったことさえも。
 エッチなことも含め、脳裏に焼きついてしまった感がある。それを時間が経って再生するとき、ぼくは「悪くなかった」と感想を抱くに違いない。
 バカなことはやれるうちにやっといた方がいい……。
 楽しめるうちが楽しみどき。要は、大事なのはチャンスを逃さないということだ。
 そんなことを、はっきりと悟れてしまった。

 まあ、なんだかんだ悪い結果にはならないんだよな。バカなのと悪いのとは、違うからな……。
 だから、最終的には憎めない。
 憎めないのがウシザキの魅力……なのかも。
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