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龍王と魔物と冒険者

101話目

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バイデ・ワルターは才能に恵まれていた。武芸も魔法も同年代には負けたことがなかった。
そんな彼が身を立てる為に冒険者になったのは11歳の時である。そしてトーチカ・フロルと出会った。彼もまた同時期にギルドに加入した。年も近く、実力も同じくらい。気が合ってパーティを組んでいた時期もある。だがいつからか2人には僅かずつだが確実に力の差が開き始めていった。
バイデも初めは彼と肩を並べる為に努力をした。
その強さに羨望を抱いていた。だが引き離されていく。いつからかそれが嫉妬に変わった。
そして逃げるようにギルド怪物たちの檻を抜けた。
何年も前の話である。


「何をイラついてんだと思うよ 兄者」


「聞いたことがある。こういうのは かるしうむってのが足りてねぇ時だってな。本を食べた時に知った」


(本を食べて!?)


見た目が怖いのでシュウは内心ツッコむことにした


「おいおい兄者。物知り過ぎんだろ。
それってあれだよな ホネだよな」


「ホネだな」


「ここにさっき拾ったスケルトンのがあんだが」


(なんで拾ったの!?)


「食べたい」


(骨を!?)


「兄者の分もある。この俺の食べ物にする魔法foodで美味しく食べようぜ」


(なにその魔法)


イートフードブラザーズ。兄はイートで弟はフード。頭は弱いが力は強い奴ら。典型的な脳みそが筋肉で出来てるタイプ。短気で粗暴で刹那的であるが、まあ、そんなに悪い奴らではない。


「んだよ?」


「このホネしゃぶっていいから元気出せ、な?バイデハンチョ」


「バカにしてんのか?そうなんだな?そうなんだろ?あぁっ!?」


多分。
代わりに骨はシュウが食べた。


「で、こんな広大な場所からどうやって鉱床なんてもん見つけるんだ?」


シュウの当然の疑問にバイデが魔導具をみせる。
それは玉頼から支給された高精度の魔力金属探知機であった。これの反応が強く出る場所をしらみつぶしに探していく算段らしい。
しかし探索から30分未だに反応は微弱だ。何日がかりになるのかと思っていると、小高い丘に差し掛かった辺りでバイデが妙な感覚を覚えた。何か見えない膜のようなものを越えた気がしたのだ。だからだろうか、思わず手で全員に止まれの合図を送る。その時に視界の端に似つかわしくない何かが紛れ込む。


「どしたよハンチョ」


「あれはなんだ」


指を差した方向には巨大な建造物が存在した。それはまだ未完成であるが城のようにも見える。無数の魔物たちが造っているのだ。何のために。ために?


「状況が変わった。」


「え?」


バイデは懐から携帯型連絡魔水晶に異常事態と作戦中止を意味するシグナルを発信した。このシグナルは玉頼と関係するギルドマスターと各班長にそれぞれ速やかに送られるようになっていた。
本来此処にはいないスケルトン。あれはもしや発生していたのではなく、あの場所に配置されていたのではないか?そして目の前に映る大量の魔物たちの建築。明らかな組織的行動。考えうる限り最悪な例は、魔物を率いて敵対する第二の魔王の出現。手遅れになる前に……

風の音に混ざってPiPiPiとシグナルを受信する魔水晶の音が聞こえた気がした。近くに何処かの班もいるのだろう。


「一旦退くぞ」


「どこに?」


バッと振り返る。灰色の髪の毛と蟲みたいに感情の篭っていない無機質な瞳をした少女が立っていた。手には血に汚れた魔水晶を持っている。どこかの班から殺して奪ったのだろう。こんな短時間で。こんなにも簡単に。


「うるさいね、これ」


脆いとはいえ、人の頭蓋より硬い魔水晶をガラス細工かなにかみたいに少女は小さな手で簡単に砕いてみせる。その場にいた全員が立ち尽くしていた。
少女はゆっくりと童女のように首を傾げて顔を覗き込んでいく。


「お前が、この地の新たな王かそれとも」


少女が唇に人差し指を当てる。喋るなと言うことだろう


「……不愉快な勘違いをするのね、お前は。私如きが王などと笑えもしない」


少女の表情がゾッとするほど凍りつき殺気が放たれる。足が動かない。呼吸が乱れる。汗が滝のように流れていた。発言どころか呼吸した次の瞬間には殺されるのではないかと思ってしまったほどだ。今まで会った魔物とは桁が違う。
間違いなく脅威度認定はどう低く見積もってもS級はある。


「不敬が過ぎる」


少女の指が動────


「逃げろ おまえらぁ!」


1番先に動いたのはイートだ。魔法により肉体をまるでクマみたいな巨大な体躯に変化させて突っ込んでいた。勢いに任せて体躯で劣る少女を抑え込む。だがその硬質化した肉体をまるで意に介さず切り刻み始める


「ぐぁぁ!お前らはやくしやがれぇぇぇ!」


「1人より2人だ。俺も兄者とのこる。
ハンチョ シュウさん。マスターにあやまっといてくれ」


「いくぞ!シュウ!」


「なっ!でも」


「時間がねえんだよ!あいつらの犠牲を無駄にするつもりかぁ!」


「くっ すまん!」



この僅かでも生まれた時間を活かし、走り出した。残った2人の背中が遠くなる。口論などそれこそ、この犠牲を冒涜する行いだ。
灰色の少女はそれをみて不思議そうに一言呟いた。


「なんでお前は一緒に逃げないの?
まさか勝てるとでも」


イートの半身がもがれて、鬱陶しそうに引き剥がした少女は肉塊を乱暴に投げつけた。


「おもわねーよ!」


「へへっ、酷い姿だな 兄者」


「うぅぅ……」


フードは料理を振る舞うのが好きだ。見た目のせいか他人には怖がられるが自分の料理を食べた時だけ相手が笑顔になるからだ。彼に発現した旧神魔法は"あらゆる物を食べれる物にする"。と思い込んでいる。木だろうと、鉄だろうと。
その本質は構造そのものを造り変えているのだ。つまり生きてさえいるのなら、何度でも。
バラバラになっていたイートの肉体を集め復活させることが出来る。


「それって貴方を殺せば終わりってことでしょう」


当然だ。少女はフードに攻撃を仕掛ける。しかし攻撃が逸れる。攻撃の全てが狙ってもいないイートの方へと無意識に放ってしまう。


「ぐぁぁ!」


「どういう、こと?」


「俺の魔法は、食らうこと。だと思ってた。
へへ、俺は賢いからな。本を食べて知ってんのさ。
攻撃をくらう、ってな」


「意味がわからない。」


魔法とは根源的には解釈に行き着く。冷たい炎を出すことだって、熱い氷を出すことだって出来る。食べれない物を食べれるようにだって、海の上を歩くことだって。何だって出来る。魔法は奇跡なのだから。


「要するにお前に攻撃が誘導されるってことか。
なのにお前を殺してもあっちが復活させる」


「そういうことだぜ、おじょうちゃん!」


「へへっ ドロジアイといきましょか!」


マトローナとしても初めての経験だ。力も速度も。生物としての能力値は完全に優っている筈のマトローナが完全に手詰まりになる。


「面白いな お前たち」


単純な強弱の枠組みには収まらないこの奇妙な感覚にマトローナはえもいわれぬ興奮を覚え、瞳が楽しそうに輝いた。



ーーー

「うそだろ」 「なんでこうなるんだよ」 


言葉には出さなかったがきっと全員が同じ気持ちだった。
トーチカたち10名の冒険者たちが緊急通知を受け取ったタイミング。その時彼らは一体の怪物と対峙していたからだ。


「僕の名前はフェンリル。ってそれは君たち冒険者がそう名付けたから、本当の名前は無いんだけどね。そんな事はいいか」


魔狼。推定年齢数百歳。一説ではベイオウルフの特殊個体。
若しくは始祖の眷属なのではとも噂されている。
殆どの情報が憶測だ。なぜならフェンリルと交戦して生き残った冒険者が皆無だからだ。
分かっているのは交戦的ではないので、此方から刺激さえしなければ比較的安全という話だった。


「何しにきたの?」


「……」


何かを値踏みするように問いかける。
返事を一つ間違えば待っているのは死だろう。
迂闊な言葉を口にすべきではない。


「僕を殺しにきたの?違うな。腕は立つのかもしれないけど、幾らなんでも人数が少ない。それなら」


「……気分を害したなら謝る。だが俺たちは調査に来ただけなんだ」


トーチカのその言葉をフェンリルは噛み締めるように訝しんだ


「調査か、気になるね。なんの調査かな。戦力調査とか?」


「違う。俺たちの目的はバルディアに眠る鉱床の調査だ。間違ってもあんたを害する事はないと誓う」


「そんなこと言われてもな……あれ?クンクン……あれあれ?君からどうしてアーカーシャ様の匂いがするの?」


その一言でトーチカの脳内に様々な情報が錯綜する。
そして導き出すベストの答え


「あいつと、俺が、友達、だからだ」


「!!?」


フェンリルはその言葉に今度こそ顔を顰める。嘘の可能性も当然ある。だが、万が一にも敬愛する王の友人を害したとなれば、命で償ってもなお足りぬ失敗となるだろう。最悪嫌われてしまう。それだけは看過できない。


「武装を解いて、着いてきてもらおうかな。」


アヤメの元に連れて行って、後は押し付けよう。そう心に決めたフェンリルであった。
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