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この世で最も愛する人『聖』
しおりを挟む「神谷くんっ。ちょっと話したいんだけど、時間あるかな?」
「ごめん、時間ないんだ」
「先輩!あの、お話したいことがあるんです」
「悪いけど、急いでるから」
「神谷君、今いい?」
「ごめんね」
次から次へと…煩わしいな。
卒業式に告白したい人間が多いのは、これまでに何度も経験していたから、知っていた。
小学生の時も同じように断ったら、大輝に[話くらい聞いてあげたら?]と言われて、渋々話を聞いたら、告白された。
断ると、泣かれて面倒だった。『女の子に優しく接する大輝』を意識して、誠実な態度で優しく言ったのに。理不尽だ。
何を言われても、泣かれても、好きにはならないし、付き合う気もない。
告白する人間全員が同じとは思わないが、話に付き合うのは時間の無駄だと理解した。
それからは、いちいち話を聞いて断るのも面倒で、誘い自体を断るようになった。
本当は誘われる前に帰りたいが、見付かってしまったら仕方ない。
大輝には[いいなぁ~。この罪作りなイケメンめっ]と羨ましがられた。
…俺は大輝以外に好かれても嬉しくない。
[俺は好きな人だけに好かれたい。それ以外は迷惑だ]
[好きな人だけがいいっていう気持ちも分かるけど…。嫌われるより好かれてる方がいいって。ストーカーされてるわけじゃないんだから、人の好意を迷惑とか言っちゃダメだよ]
恵まれているのかもしれないが…俺は大輝以外はどうでもいいんだよ。
自分でも酷い人間だと思う。…改めるつもりはないけど。
[大輝。記念撮影が終わったら、話したいことがあるんだ]
[あ、俺もだよ。聖さえ良かったら、みんなが帰った後、教室で話さない?]
[いいよ]
今朝の会話を回想した途端、大輝と過ごしたこれまでの思い出が、走馬灯のように頭をよぎった。
その中でも、大輝の笑顔が特に印象に残っている。
(大輝!)
[聖!]
元気一杯な笑顔に、
(大輝っ)
[聖っ]
喜色満面に、
(大輝…)
[聖…]
はにかんだ表情に、
(大輝)
[聖]
穏やかで優しい微笑み
「大輝…っ!」
楽しいのに寂しい。
嬉しいのに悲しい。
幸せなのに苦しい。
大好きなのに辛い。
大輝はいつも、俺に色んな気持ちを教えてくれる。
人を好きになると、美しい感情だけではなく、醜い感情も抱くのだと、痛感した。
良い事ばかりじゃない。
綺麗な事ばかりじゃない。
でも俺は、大輝と出会えて良かった。
…大輝がいたから、俺は今、生まれて良かったと、生きていて良かったと思えるんだ。
「…大輝」
「聖…」
扉を開けて教室に入ると、窓の外を眺めていた大輝が振り返った。
何故か複雑そうな顔で、大輝が笑う。
…こんな顔、初めて見る。
それは、何かを諦めたような、まるで、仕方がないな、とでも言いそうな顔だった。
「聖。これ」
「何これ」
「見りゃ分かるでしょーが。ラブレターだよ」
「大輝から?」
「何でそうなんのさ。三組のマドンナちゃんからだよ」
「へぇ。うちの高校にマドンナなんていたんだ」
「えっ、そっからなの!?」
「だって興味ないし」
大輝一筋の俺からしたら、他の人間なんて、どうでもいい存在だ。
顔と名前と性格は一応把握しているけど、興味は全くない。
「桜ちゃんだよ!?顔良し、性格良し、スタイル良し、の完璧美少女!男子の憧れ、みんなのマドンナ!」
「…大輝も好きなの?」
苛立って、自分の声が低くなる。
桜ちゃんとか、心底どうでもいい。
いや、大輝があまりにも彼女の魅力を力説するから、どちらかというと、嫌いな方に傾きそうだ。
「…好きだけど、好きじゃない」
矛盾してる。
結局、その女のこと、好きなんだろうか…。邪魔だな。
「あの、俺、応援してるよ」
「え?」
桜ちゃんとやらを忌々しく思っていると、大輝が唐突なことを言ってきた。
「桜ちゃん、ほんとに良い子だし…。誰にでも親切で、優しいんだよ。冴えない俺にも優しくしてくれて。聖のこと凄い好きなんだって!さっき話した時もね、照れ屋で可愛かったよ。直接話すのは恥ずかしいから、まずは手紙だけでも、って言ってたんだ。…今日、他クラス合同で打ち上げあるでしょ?桜ちゃん、聖が参加する店に来るってさ。その時、沢山話してみたらいいんじゃないかな」
「…その子と付き合えって言ってるの?大輝」
「いや、そんな強制してないけど…聖と桜ちゃんは、美男美女でお似合いだなって思って…」
「……そう」
大輝にこんなこと言われるの、初めてだ。
いつもは[また告白されたの?羨ましい!あ、でも、聖が本当に良いと思う子じゃないとダメだよ?後悔してほしくないからね。俺はずっと聖の味方だし、いつでも応援してるよ!]って残酷だけど嬉しい言葉をかけてくれるのに。
…好きな人に、興味がない女との付き合いを勧められるなんてね。
「…大輝…」
まさか、本当に好きなのか?その女のこと。
好きだけど好きじゃないって、そいつのことは好きだけど、俺のことが好きだから、好きじゃなくなったってことか?
…ぽっと出の女に、大輝が惚れてたかもしれないのか…そうだとしたら、いつからだ?いつから好きなんだよ、大輝。
嫉妬で気が狂いそうだ。
…いや…違うな…俺はとっくに狂ってる。
だから…こんなことをしているのに、後悔なんか微塵もないんだろうな。
「ひ、聖…?」
ああ、大輝の目が零れ落ちそうだ。
今日は初めて見る顔が多くて嬉しいな。
「ど、どうして…」
差し出されたままだった手紙を、大輝から引ったくるようにして奪うと、中身を見ることなく、ビリビリに破いた。
こんなもの、大輝の恋心ごと、跡形もなく消えてしまえ。
大輝…ショックを受けた顔してるね。…そんなに、好きなの?
嫉妬が憎しみに変わる。
大輝の心を奪う女が憎い。今すぐ酷い目に遭ってしまえばいいのに。
「っ、聖?!」
嫉妬にかられた愚かな俺は、呆然と立ち尽くす大輝の腕を掴み、引き寄せるとー
「んっー!?!?」
唇を合わせていた。
驚いて固まる大輝に、ああ酷いことをしてしまった、と思う。
心の籠っている手紙を、紙切れにした時には少しもなかった罪悪感が湧く。
お互い初めてなのに、無理矢理で、しかも大輝は好きじゃない相手にされている…。
酷いことをしているという自覚があるのに、嫉妬で頭に血が上った俺は止まれない。
「…はっ…」
「んぅ…!?」
びっくりしすぎて半開きだった大輝の口内に舌を入れる。
怯えて逃げる舌を捕まえて、舌同士を絡めたり、口内をまさぐって反応した場所を刺激すると、徐々に大輝の身体から力が抜けていく。
大輝は身体を固くして、目を白黒させていたが、息苦しくなったのか、弱々しく胸を叩いてきた。
名残惜しく思いながら口を離すと、
「はぁっ…はっ…」
必死に呼吸をしだした。
鼻で息をしてなかったんだろう。ただただ驚いていたから、思考が追い付いていなかったのかもしれない。
「…ひ、じり…なん、で…?」
大輝が息も絶え絶えに、潤んだ瞳で見上げてくる。
「大輝」
本当は、本気だと伝わるように真剣に、振られても友達として付き合えるように慎重に、告白するつもりだった。
こんな、勢いだけで、強引にキスをして、言うことになるとは思わなかったな…。
「好きだ」
「え…?」
「俺はずっと、大輝のことが好きだった。自覚したのは中学の時だけど、初めて会った時から惹かれてた。これまでも、これからも、大輝のことだけを愛してる」
「えっ、と…えー…えぇ!?」
「無理矢理キスして、ごめん。大輝を傷付けたくてしたわけじゃないんだ…嫉妬にかられて、好きな気持ちが暴走して…いや、これは言い訳だな。大輝の気持ちも考えずに、こんなことをして、ごめん」
「…聖…」
嫌われただろうな。当然だけど。…でもどうか、この気持ちだけは、ちゃんと伝わってほしい。
未だに頬が赤い大輝を見つめていると、
「~っ!」
言葉にならない声を上げて、両手で顔を覆ってしまった。
…俺の顔なんか、もう二度と見たくないってことだろうか。そう思われても仕方ないし、無理もないけど…。
「…?」
ん?けど、手で隠しきれていない部分が、さっきよりも赤い。頬だけではなく、顔全体に、首や耳まで真っ赤に染まっていた。
…もしかして…いや、そんな都合のいいことがあるわけない…でも、この反応は…。
大輝からは負の感情を向けられていない。ただ照れているように感じる。…勘違いだったら死ぬほど恥ずかしい。
どう声をかけようか、と悩んでいると、
「俺も…」
顔を隠したまま、大輝が蚊の鳴くような声で呟いた。
「…俺も、聖が好きだよ。そういう意味で」
「っ、大輝!」
「うわわっ!?」
感極まって抱き締めると、驚いた大輝が手を退けて、俺を見た。
「びっくりした!いきなり何するんだよ、聖!」
「ごめん。嬉しくて、つい。片思いで玉砕すると思ってたから…」
「俺も…まさか両思いだとは思わなかった…」
「大輝。独占欲強いし、嫉妬深い俺だけど、どうか付き合ってほしい」
「聖…。ダメダメな俺で良ければ…」
「ダメダメじゃないよ。俺にとって、大輝は世界で一番素敵な人だ」
「それは褒めすぎ…。なんか物凄く美化してない?大丈夫?そんなこと言ってたら、付き合ったら絶対幻滅するよ?」
「大丈夫。大輝の良くないところも知ってるよ。自己評価低くて卑屈なとことかね。それでも、いや、そんなこと気にならないくらい、大輝のことが好きだ」
「ぅ…。…そ、そう…」
「幸せにする。…色々大変なことはあると思うけど、大輝が過去を振り返る時に幸せだった、って思えるように頑張る。だから、俺だけを好きでいて」
「うん。俺も、聖を幸せにする。頑張るからね。…聖も余所見しちゃダメだよ」
「しないよ。大輝以外どうでもいいし。…大輝が余所見したら監禁するね」
「監禁って…聖の冗談怖いな。大丈夫だよ。俺も聖のことしか見てないからさ」
あながち冗談じゃないけど、怯えさせたくないから黙っておこう。
大輝を幸せにしたい気持ちは本物だから。
「大輝、ありがとう。本当に嬉しい」
「こちらこそ、ありがとう。俺もすっごく嬉しいよ」
「これからは、恋人として、宜しく」
「う、うん…。よろしく…。うわぁ、改めて言われると恥ずかしいな~」
はにかむ大輝を見つめながら、俺は微笑んだ。
大輝、愛しているよ。
大輝の為なら、何でもしてあげる。
どんな願いでも叶えよう。
必要なら、悪いことも、酷いことだって、するよ。
だから、俺だけを好きでいてね。
大輝が俺以外を好きになってしまったら、俺は今以上に狂ってしまう。
大輝を傷付けることはしないけど、それ以外の人間はどうなるか分からない。
きっと、悲惨なことになるだろう。
もしかしたら、鬼や悪魔と罵られるようなことを、平然とするかもしれない。
いや、するだろう、確実に。
大輝…。
気が狂うほど、愛しているよ。
…俺を人でいさせてね、大輝。
世界で一番愛しい人。
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