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必然の出会い『聖』

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冷たくて、寂しくて、苦しい…家は、そういう場所だった。

[いいか、聖。神谷の名を汚すことは許さない。お前は選ばれた人間だ。それを自覚しろ]

[…はい、父さん]

[聖さん。友人も見極めないといけませんよ]

[…はい、母さん]

呪いのように、毎日言い聞かせられた。

いや、ように、じゃない。あれは呪いだ。

俺を呪縛して支配する。

その為の刷り込みだ。

[私に恥をかかせるな]

[親の顔に泥を塗るような真似だけはしないでくださいね]

保身しか考えていない両親は、似たような言葉を何度も繰り返した。


(保身のことしか頭にない両親…)

下らない。

(諦めて、言いなりになってる俺…)

下らない。

(何もかも、下らないことばかりだ…)

だけど。

(素晴らしい人を、見つけた)

唯一無二の存在。

(俺の、特別な人…)

大輝。


―あの日から、三年が経った。

小学五年生になった俺たちは、お互いが一番の親友だと言えるほど、仲良くなっていた。

家に遊びに行くことも増えて、大輝の家族―お父さんの大地(だいち)さん、お母さんの美樹さん、お姉さんの美咲さんとも顔見知りになっている。

大輝も俺の家に来ることはあるけど、両親には会っていない。

正確には、会わせていない。

大輝のことは、相手が誰だろうと、胸を張って紹介できる。

問題は親の方だ。

過干渉な面倒臭い人間に、俺の大切な大輝を会わせるつもりはない。

姿を見せたくない、声も聞かせたくない、少しでも近寄らせたくない…。大輝が汚(けが)れる。

両親は俺が親しい友人と過ごしていることに気付いたようだが、優秀な成績を保っていることで、今のところ煩く口出しするつもりはないらしい。

干渉されるより、放置される方が良い。好都合だ。

大輝は[聖のお父さんとお母さん、いつでも仕事が忙しいんだな。お金持ちも大変なんだね]と納得していた。

素直で可愛い…大輝はいつでも可愛いけど。


何事もなく、幸せな毎日。

…ある日を境に、一変した。

両親が私立の中学に受験しろ、と言い出したからだ。

本来なら初等部からだが、幼い頃から全寮制の学園に通わせるのは不安だった、らしい。

…自分たちの思い通りになる、煩わしくない息子に育てたかっただけ、が本音だろう。

吐き捨そうになりながら、ぐっと堪える。

グチグチネチネチと説教されるのも、甲高い声で叱責されるのも、御免だ。

…結局、そうなったが。

私立中学に行く?何を言ってるんだ。

大輝と離れるくらいなら、俺は死を選ぶ。

大輝のいない人生など、意味がない。

そんな世界で、生きていく理由もない。

…俺は、親の人形になる為に生まれたわけじゃない。


私立中学行きを断固拒否すると、両親は怒り狂った。

俺はそれを冷めた目で眺める。

今までは逆らう必要がないから言いなりになっていただけで、[親に従順な聖]なんか、もう存在しないのに…。

そんなことにも気付かない二人にうんざりした。

…とはいえ、両親に養われている立場だということも理解していた為、事を荒立てるのは得策じゃないと分かっていた。

親を黙らせる何か…。手っ取り早いのは、弱みを握ること。

大輝に接触される前に、手を打つ。


と息巻いたものの、子供の俺が出来ることは限られている。

一人で自由に使えるお金はあったが―両親は過干渉ではあるが、子育てに関しては放置で、家政婦に任せきりだった。その代わり、お小遣いだけは結構な額を渡されていた。父は開業医で、母は自ら起業した美容ブランドの社長だから、二人は金銭感覚が狂っている。祖父が資産家同士なので、元からおかしいのだろう―探偵や興信所を雇うつもりはなかった。

身元調査はプロに頼むのが最善だが…探偵や興信所を雇ったことが原因で、情報が漏洩するかもしれない。それに、守秘義務が課せられているとはいえ、他人は信用できない。

自分一人で証拠固めをするしかないな…。

まずは、ビデオカメラ、ボイスレコーダー、カメラと望遠レンズを用意した。

焦点距離が長いと手ブレを起こしやすくなる、という説明があったから、シャッター速度を速くしてブレを防いだ。また、望遠になるほどレンズが重く、扱いが難しくなるらしいので、初心者にオススメだと書いてあった、比較的軽くて手持ち撮影ができる200mmの望遠ズームレンズを買った。

望遠レンズ付きカメラで、写真撮影の練習をこっそりしながら、その日を待った。

―両親が不倫していることは、知っていた。

お互い浮気相手が本命であると知りながら、仮面夫婦を続けている、ということも。

元々政略結婚で、気持ちが冷え切っていても、離婚は許されない。そして、愛のない夫婦は、他の人間を求めた。

巧妙に隠しているが、周囲には気付かれなくても、息子の俺と口が堅い家政婦は感付いた。

とっくに知っていた二人の秘密を暴くつもりはなかった…。愛されていないし、愛してもいないけれど、傷付けたいわけではない。

だが、大輝と引き離されるなら話は別だ。

…大輝は、俺が初めて望んだ人だ。

会いたい、話したい、触れたい、ずっと傍にいたい…。

何かが欲しいと思ったのは、初めてなんだ。

だから、絶対に手放さない。

どんな手段を使ってでも、両親を説き伏せる。


三ヶ月もかかったが、不倫現場の撮影は成功した。

密会だけでなく、相手の自宅やホテルへの出入り、車内でキス…言い逃れできない、決定的な場面だ。

不倫相手や相手の自宅を調べたり、その場に行くタイミング、違う日に異なる写真を撮るのが難しかった。

協力者がいれば、もっと簡単だったはず。…自力では三ヶ月が最短だ。

それぞれに証拠を突き付けて、進路のことは黙認してもらう。

そうして、高校生になったら、アルバイトをして貯金し、大学卒業後、それなりに良い会社で働けるようになったら、俺に費やしてきた金を親に渡し、全て返してから絶縁する。

自由になりたい。苦労するのは目に見えているが、大輝と離れ離れになる以上に辛いことなんて、俺にはない。


今日は母親の帰りが早い。

写真を現像して、帰宅すると、見慣れた運動靴があった。

大輝!?

慌ててリビングに向かう。

扉を開けると、大輝の声が聞こえた。

[…聖のお母さん、聖じゃなくて、自分の心配してるみたい]

その一言で話の流れは察した。

大方、大輝が俺の将来の妨げになるとか、もしくは今後の為に説得をしてくれとか、そのあたりだろう。

後者の可能性が高い。

…そう。

口では俺の為だと言いながら、両親は俺のことより、自分たちのことを心配している。

それが分かっていたから、不信感しか募らず、反発したんだ。

声のする方へ行き、俺は見た。

ヒステリックに叫び、手を上げる母の姿を。

[あ、あなたに、何が分かるの!?知った風な口を利かないで!]

バシッ!

一瞬、何が起こったのか、分からなかった。

大輝が呆然として、頬に手を当てた。

叩かれた。大輝が。どうして。この女が叩いたから。

叩いた…。叩いた。叩いた!

大輝を叩いた!!

そのことを理解した瞬間、全身が熱くなった。

頭に血が上り、あまりの怒りで、頭痛までする。

[きゃぁっ!!]

気付けば、女の手首を思い切り握り締めていた。

ギリギリと音が鳴るほど、本気で。

[聖さん、放して!!]

大輝を叩いた手なんて、なくなればいい。

一生使えなくなってしまえ。

[痛い!!やめてっ!!]

いくら女でも、大人に叩かれた大輝の方が、もっと痛い。

大輝を、叩いた。

この女は、大輝を、叩いた!

骨が軋む音と女の悲鳴が響く。

耳障りだ。喉を潰してやろうか。

[や、やめろっ!聖!]

大輝が俺の手を掴んで、放そうとした。

どうして止めるの。

大輝を叩いた人間なんか、どうなってもいいじゃないか。

大輝を叩いた手なんか、骨が砕けてしまえばいい。

…二度と使えないように、壊してやりたい。

[聖っ!!]

[だい、き…]

大輝の怒号で、正気に返る。

憎悪と破壊衝動に荒れ狂っていた心が、だんだん落ち着いていく。

[聖、手を放して]

ゆっくり手を放す。

くっきりと、指の痕が残っていた。

…今は赤い痣だけど、変色するな。

[あの…聖のお母さん、ちょっと、聖、借ります]

[…え…、ええ]

[聖、部屋行ってもいい?]

[うん]

[聖様。氷嚢をお持ち致しました。―後程、岡本様の手当てに参ります]

[ありがとう、内田(うちだ)さん]


[イテッ]

[大輝、大丈夫?]

[ん。へーきへーき]

大輝の頬が少し腫れている…。痛々しい。

[えっと…、ごめん。それと、ありがとう]

[どうして大輝が謝るの?謝らないといけないのは、俺の方だよ。…ごめんね、大輝]

[や、だって、俺が余計なこと言ったからだし…俺のせいで、聖がお母さんとケンカ?しちゃってさ…]

[喧嘩じゃない、殺意が湧いただけ]って言ったら、大輝怯えるだろうな。

[でも、俺、イヤなヤツだ…]

[大輝が?]

[うん…。俺の為に怒ってくれて、嬉しかった。聖、お母さんとケンカしたのに…]

[何だ。全然嫌な人間じゃないよ]

大輝が喜んでくれるなら、母親の手ぐらい潰すよ。…俺の方が嫌な奴だ。

[……大輝]

[うん?]

[…俺と…、友達で、いてくれる…?]

こんな面倒臭い親がいる俺と、友達でいてくれるかな…。

[当たり前じゃん!俺と聖は、ずっと友達だ]

[大輝…]

[聖と聖のお母さんは関係ないよ。俺は聖の友達で、お母さんの友達じゃないもん。だから、聖が俺のこと嫌になって、絶交するまで、誰が何て言っても、俺たちは親友だよ]

[大輝!]

[うわっ]

[大輝…大輝…]

[あはは。聖が甘えん坊になっちゃった。よしよし]


大輝が俺を選んでくれた。

本当に…。本当に、嬉しい。

俺だけが大輝のことを望んで、欲してると思っていた。

大輝にも俺のことを求めてほしかった。

だけど。

俺が知らないだけで、ずっと、大輝は俺を選んでくれていたんだ…。


[大輝。―たとえどんな出会いだとしても、俺は、大輝を好きになったと思う]

[俺も、そうだよ]

[きっと仲良くなって、]

[俺たちは、]

[[親友になるんだ]]


俺と大輝の出会いは、必然だった。

そう確信している。

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