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出発
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しばらくして、ローライトがバスローブを巻いて出てきた。長い髪をかき分けて、わりと端正なルックスが表に出てくる。
「不機嫌な我が主、いったいどうした」
「……知らない」
彼は小首をかしげた後、ベッドに座り、それから部屋の中を見回し始めた。
「レイラ、レイラよ、あれはなんだ」
「うん?」
布団から顔を出して様子をうかがうと、彼はテレビをまじまじと見つめ、むむむ、とうなっている。
「これに限っては、用途が分からんな」
「テレビよ、そんなのも知らないのね、原始人」
「げっ、原始人……この私が……」
彼はちょっとショックを受けてみたいにしょげたが、めげずに立ち上がり、そこからテレビをいじりに行った。
「どれが作動スイッチなのだ」
小型の間接照明の下にリモコンがあった。私がベッドからつけてやると、ちょうど昔の映画の再放送がやっていた。
ローライトは口をあんぐり開けてしばらく動けないでいたが、そこから堰を切ったように叫んだ。
「ぬあぁぁあぁぁぁ! どういうことだ! なんだ! どうした!」
「落ち着きなさい、あほ原始人」
「これが落ち着いていられるか! 小人が、たくさん絵の中に閉じ込められて右往左往している! どういう仕組みだ、――はっ、まさか封印!? となると、これは我が同士なのかっ」
「ちーがーう。これはテレビといって、映像を電波で受信するもの。って、電波って分からないかしら」
彼はテレビの前でがくっと肩を落とした。
「……ぐぅっ、かつてはハイカラだった私が、ちょっと目を離した隙に、無知を極めている。なんてざまだ……」
「いまはハイカラなんていいません」
彼は戦闘能力は高そうだけど、現代特有の知識はまるでなかった。どうやら1200年のギャップは相当のものらしい。私は彼に助けられたお礼に、いろいろ教えてあげた。
「――ふむ、つまり現代科学はいかずちの力を操り、それを機械の原動力としていると」
「そうよ、人力じゃないんだから」
「……うまく飲み込めないが、まぁ、了解した……」
彼はその後もぶつぶつ言いながらテレビを見つめ続けていた。私はいい加減眠気に耐えられなくて、気づいたときには眠ってしまっていた。
――朝の日差しが窓から入ってきていた。私は眠い目をこすりながら体を起こし、周囲を見渡した。壁掛け時計の針は10時半を回っていた。
「……あら、もうこんな時間」
部屋には誰もいなくて、代わりに女性用の旅行鞄と市販のスーツ一式が置かれていた。私の着替えということだろうか。買ったのはおそらく彼だ。朝のうちに店に行ってきたのだとしたら、仕事が早い。また盗んだ金で買ったのだろうが、他に手段がないし、大目に見てあげることにしよう。
私はさっそく着替えてみて、洗面所の鏡の前に立った。。市販の服を着た私は貴族の娘というより、どこにでもいる普通の、「働く女性」のように見えた。それからロビーに向かった。彼はしれっとロビーのイスに座っていて、新聞を広げて読みふけっている。図体がデカいからとても目立っている。
「ローライト、おはよう」
「む、お目覚めか、眠り姫よ」
「へんなあだ名つけないでよ。それより、どうしたの、小綺麗になっちゃって」
「ひげを剃り、髪を切った。それから執事服を用意した。安物だがな」
彼はいちおう執事らしく見えた。最も大きいサイズの服でもややぴったり感が出てしまう図体を除けば、ごく普通の紳士に思える。
「それより、だ。これを見たまえ」
大手新聞社「ノエル・タイムズ」の新聞だった。その三面記事には、私と元婚約者のカシアスとのことがピックアップされていた。貴族のパーティで一悶着、事態は婚約破棄にまで発展、会場は一時騒然、などと書かれている。
ローライトは腹を抱えて笑った。
「ハッハッハ! 本家の跡継ぎも落ちぶれたものよな! おい、レイラ、世間は貴様のことを『悪役令嬢』などと呼んでいるぞ、何をやらかしたのだ! ハッハ!」
私はうるさく笑い飛ばすローライトの頭を拳でどついた。
「――ぐっ、何をする」
「あなたが笑うからよ」
「こういうのは笑ってあげるのが優しさだろうに」
「いやよ、こんなの汚名だわ。どうせあることないこと書かれて、悪役令嬢なんかにでっち上げられているんだわ」
「何を言うか、ノエル・タイムズは私の時代からあった、誠実な新聞社だぞ、ノエルには何度か会ったことがあるし、世話もしてやったのだ。奴は正しい情報を発信することを誰よりも心がけていた」
「……え、あなた、ノエル・デラ・トリエと会ったことがあるの?」
「ああ、そうさ。背が低くて、気が弱いくせに野心家だった。元は平民だったのを、私が根回しして、貴族位に就かせてやったのだ、そのときは泣いて感謝されたぞ、フハハ」
彼の時代はどうだったのか知らないが、この新聞社は政治色が強く、貴族世界への忖度が激しいことで有名だった。事実、記事の中では、より高位なカシアスを擁護し、婚約破棄された私はさんざん罵倒されていた。
「しかし調べてみると、やはり貴様の元婚約者は皇族の遠縁らしいな」
「それがなに」
「本家のプライドの残り香みたいなものだろう。いちおう皇族と遠いつながりがあることを暗に示そうとして、皇族の端くれと縁談を持ったのじゃないか?」
「知らないわよ、父が決めたことですし」
ローライトはフーンと大きな鼻から息を吐き出して、それから言った。
「そもそも、こんなゴミ男とレイラが釣り合うはずもない。本家純正の血と、分家の絞りかすでは婚約など成立しないのだよ、はじめからな」
彼は新聞をびりびりと破り去って、乱雑にロビーに捨てた。周囲の客が驚いた表情でこちらを見ている。
「掃除など命じるなよ、マイロード。これから新しい人生が始まるのだ」
カシアスの顔写真の破れた切れ端が私の足下に滑り落ちてきた。私はその切れ端を足で踏みつけ、そうね、これから始まるのよ、と言った。涙が一瞬にじんだけれど、意外に気分は晴れやかだった。
「不機嫌な我が主、いったいどうした」
「……知らない」
彼は小首をかしげた後、ベッドに座り、それから部屋の中を見回し始めた。
「レイラ、レイラよ、あれはなんだ」
「うん?」
布団から顔を出して様子をうかがうと、彼はテレビをまじまじと見つめ、むむむ、とうなっている。
「これに限っては、用途が分からんな」
「テレビよ、そんなのも知らないのね、原始人」
「げっ、原始人……この私が……」
彼はちょっとショックを受けてみたいにしょげたが、めげずに立ち上がり、そこからテレビをいじりに行った。
「どれが作動スイッチなのだ」
小型の間接照明の下にリモコンがあった。私がベッドからつけてやると、ちょうど昔の映画の再放送がやっていた。
ローライトは口をあんぐり開けてしばらく動けないでいたが、そこから堰を切ったように叫んだ。
「ぬあぁぁあぁぁぁ! どういうことだ! なんだ! どうした!」
「落ち着きなさい、あほ原始人」
「これが落ち着いていられるか! 小人が、たくさん絵の中に閉じ込められて右往左往している! どういう仕組みだ、――はっ、まさか封印!? となると、これは我が同士なのかっ」
「ちーがーう。これはテレビといって、映像を電波で受信するもの。って、電波って分からないかしら」
彼はテレビの前でがくっと肩を落とした。
「……ぐぅっ、かつてはハイカラだった私が、ちょっと目を離した隙に、無知を極めている。なんてざまだ……」
「いまはハイカラなんていいません」
彼は戦闘能力は高そうだけど、現代特有の知識はまるでなかった。どうやら1200年のギャップは相当のものらしい。私は彼に助けられたお礼に、いろいろ教えてあげた。
「――ふむ、つまり現代科学はいかずちの力を操り、それを機械の原動力としていると」
「そうよ、人力じゃないんだから」
「……うまく飲み込めないが、まぁ、了解した……」
彼はその後もぶつぶつ言いながらテレビを見つめ続けていた。私はいい加減眠気に耐えられなくて、気づいたときには眠ってしまっていた。
――朝の日差しが窓から入ってきていた。私は眠い目をこすりながら体を起こし、周囲を見渡した。壁掛け時計の針は10時半を回っていた。
「……あら、もうこんな時間」
部屋には誰もいなくて、代わりに女性用の旅行鞄と市販のスーツ一式が置かれていた。私の着替えということだろうか。買ったのはおそらく彼だ。朝のうちに店に行ってきたのだとしたら、仕事が早い。また盗んだ金で買ったのだろうが、他に手段がないし、大目に見てあげることにしよう。
私はさっそく着替えてみて、洗面所の鏡の前に立った。。市販の服を着た私は貴族の娘というより、どこにでもいる普通の、「働く女性」のように見えた。それからロビーに向かった。彼はしれっとロビーのイスに座っていて、新聞を広げて読みふけっている。図体がデカいからとても目立っている。
「ローライト、おはよう」
「む、お目覚めか、眠り姫よ」
「へんなあだ名つけないでよ。それより、どうしたの、小綺麗になっちゃって」
「ひげを剃り、髪を切った。それから執事服を用意した。安物だがな」
彼はいちおう執事らしく見えた。最も大きいサイズの服でもややぴったり感が出てしまう図体を除けば、ごく普通の紳士に思える。
「それより、だ。これを見たまえ」
大手新聞社「ノエル・タイムズ」の新聞だった。その三面記事には、私と元婚約者のカシアスとのことがピックアップされていた。貴族のパーティで一悶着、事態は婚約破棄にまで発展、会場は一時騒然、などと書かれている。
ローライトは腹を抱えて笑った。
「ハッハッハ! 本家の跡継ぎも落ちぶれたものよな! おい、レイラ、世間は貴様のことを『悪役令嬢』などと呼んでいるぞ、何をやらかしたのだ! ハッハ!」
私はうるさく笑い飛ばすローライトの頭を拳でどついた。
「――ぐっ、何をする」
「あなたが笑うからよ」
「こういうのは笑ってあげるのが優しさだろうに」
「いやよ、こんなの汚名だわ。どうせあることないこと書かれて、悪役令嬢なんかにでっち上げられているんだわ」
「何を言うか、ノエル・タイムズは私の時代からあった、誠実な新聞社だぞ、ノエルには何度か会ったことがあるし、世話もしてやったのだ。奴は正しい情報を発信することを誰よりも心がけていた」
「……え、あなた、ノエル・デラ・トリエと会ったことがあるの?」
「ああ、そうさ。背が低くて、気が弱いくせに野心家だった。元は平民だったのを、私が根回しして、貴族位に就かせてやったのだ、そのときは泣いて感謝されたぞ、フハハ」
彼の時代はどうだったのか知らないが、この新聞社は政治色が強く、貴族世界への忖度が激しいことで有名だった。事実、記事の中では、より高位なカシアスを擁護し、婚約破棄された私はさんざん罵倒されていた。
「しかし調べてみると、やはり貴様の元婚約者は皇族の遠縁らしいな」
「それがなに」
「本家のプライドの残り香みたいなものだろう。いちおう皇族と遠いつながりがあることを暗に示そうとして、皇族の端くれと縁談を持ったのじゃないか?」
「知らないわよ、父が決めたことですし」
ローライトはフーンと大きな鼻から息を吐き出して、それから言った。
「そもそも、こんなゴミ男とレイラが釣り合うはずもない。本家純正の血と、分家の絞りかすでは婚約など成立しないのだよ、はじめからな」
彼は新聞をびりびりと破り去って、乱雑にロビーに捨てた。周囲の客が驚いた表情でこちらを見ている。
「掃除など命じるなよ、マイロード。これから新しい人生が始まるのだ」
カシアスの顔写真の破れた切れ端が私の足下に滑り落ちてきた。私はその切れ端を足で踏みつけ、そうね、これから始まるのよ、と言った。涙が一瞬にじんだけれど、意外に気分は晴れやかだった。
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