上 下
5 / 37

侵入者5

しおりを挟む
「あなたの個性は尊重されるべきだと私も思うわ。けどね、社会に出るとき、あんまり融通が利かないようだと苦労するのよ。来年からは高校生なんだから、いつまでも孤立していたら、ずっとこのまま――」
 川上が最後にいらないことを言いかけ、僕は口を挟んだ。
「うるさい」
 冷たい調子で言うと、川上は押し黙った。これは多分、僕の言葉によるものではなく、僕の日常の暗い背景を思ってのことだ。
 川上は僕から視線を逸らし、小声で言った。
「ちゃんと考えておいて」
 川上は大事な時ほどきれい事を言わない。社会がどれほど理解できない存在に冷たいか、立場を明らかにしない曖昧な者を嫌うか知っているんだ。だから、いつだって現実的な解決策を提示しようとする。川上はどっちにするか、なんて言ったけど、本当は女の子らしく生きることを勧めている。それが一番望ましい、苦労しないと、時折言う。怒ろうとしても、申し訳なさそうにする可哀想な顔とぶつかって、気分が紛れてしまう。
 少しの間保健室が静かになって、上の方から固い物を打つ音がしているのに気づいた。ネジを止める機械音もあって、しょげている川上に尋ねた。
「上で工事でもやってるの?」
「ん、これねぇ、屋上で太陽光パネルを取り付けてるのよ。今日業者さんがお見えになって、いよいよ施工らしいわ」
 西館の屋上に太陽光パネルは似合わない。聞いた直後、そう思った。
「いよいよウチも近代化ってことかしら」
 ちょっと嬉しそうにする川上に腹が立って、僕は席を外し、じゃあ、とだけ言って保健室を出た。後ろで何か言っていたけど、僕は意に介さなかった。
 保健室を出た後、図書室に向かった。これは定番の校舎徘徊コースで、図書室の後は購買に寄って牛乳と焼きそばパンを買い、東館の屋上へ行くことになっている。
 保健室を出てすぐの廊下を左に回ると、東館への渡り廊下に続くスライドドアが見える。そこを開けると左手に緑豊かな中庭があって、それは西館の一階、つまり職員室から一望できるようになっている。中庭にも手入れのために教師がじょうろを持ってうろついているので、見つからないよう注意しながら渡り廊下をそろりと歩き、廊下の途中にある中央校舎の引き違い戸に手をかけた。戸は授業中ゆえ鍵が掛かっていたが、僕はこの鍵の弱点を知っていて、戸の重なった部分の隙間に指をかけてガタガタ揺らせば鍵は外れてしまう。僕は慣れた手つきで、さして音を立てずに解錠し、戸を開けた。
 小さな白い粒が浮遊する室内は、本棚の影と磨りガラスの窓から差し込む日光で白黒に色分けがなされ、部屋を漂う密度の濃い静寂は侵入者を見る間に包んだ。僕はいつのものように静寂に従い、出来るだけ物音をたてずに本棚をあさった。気になった物を数冊取り、日差しのかかったカウンター前の机に積んで、すすけた木製の椅子に腰を落とした。そして一番上にある本から手に取り、読み始めた。
 先の授業で半中が紹介していた三島由紀夫の小説だった。好みの内容かどうか前もって知りたくて、かなり間を飛ばしながら読んだ。
 読み進める内、幾度となく主人公の重苦しい心情描写に行き当たった。彼は美に取り憑かれた妄想癖の少年だった。どもりで周囲から孤立し、友の代わりに独自の精神世界を築いて自己を誇示するような、弱々しい寺の徒弟だった。
 ある時を境に読み飛ばすのを止め、じっくり読むようになった。しかし、僕の集中を引き裂くようにチャイムが鳴って、そこで本を閉じた。結局一冊しか内容を伺い知れなくて、積んだ本を元に戻すのが面倒に思えた。
 カウンターの上には数本入ったペン立てと貸し出し用紙が置かれている。僕はそこに、いつもそうするようにk・sとイニシャルだけ書いて、その隣に金閣寺と記し、積まれた本をそのままに図書室を出た。淀みなく流れる美しい文章と、主人公の結末に賭けたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

完結【R―18】様々な情事 短編集

秋刀魚妹子
恋愛
 本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。  タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。  好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。  基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。  同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。  ※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。  ※ 更新は不定期です。  それでは、楽しんで頂けたら幸いです。

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました

せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜 神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。 舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。 専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。 そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。 さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。 その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。 海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。 会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。 一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。 再会の日は……。

処理中です...