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大浴場の友
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「……やってられんな」
「セラフィムはおませさんなんだね」
男湯と女湯に分かれていた。体育会系のどんぶり勘定のような感覚で混浴にしてあって、締まった体の男女が何気なくふらふらと湯気の中をさまよっているんじゃないかというのは妄想に終わったのだ。
「早く筋トレがしたくなってきたぞ」
「はぁ……」
モヤシとデブは、細マッチョとゴリマッチョだらけの大浴場の湯につかりながら、自分の体の貧弱さを自覚し、いたたまれない気持ちでいた。
視線の先の、部分的に赤茶けた白い彫刻に目を向けていると、そちらの方から一人の男が湯を蹴散らしてこちらに近づいてきた。背が高く、短い茶髪をした青年だった。
「よぉ、異光組だな」
「そうだが」
「俺も異光だ」
「わっ、仲間だね」
「食堂で見かけたよ。後からゾロゾロ入ってきた光組を見て、先に来てたたおまえらが異光だって分かった」
「なるほど」
「明日の朝の学科でもどうせ顔を合わせるけど、たまたま見つけたから先に挨拶に来たよ。俺はダン。お前たちと一緒の三年だ。よろしく」
「セラフィムだ。よろしく」
「僕はチャーチル。よろしくねぇ」
「堅物けも耳娘はどうだ、やりづらいか」
「オリビアのことか? やりづらくはないが、まぁ堅物ってのは同感だな」
「はははっ、しかし腕は確かだから、きっと良いコーチになるぞ」
ダンはタオルを絞って頭に乗せた。
「……異光の学科はさみしいから、俺はお前たちを歓迎してる」
「さみしいのか」
「一年から三年まで含めて十人しかいない」
「へぇー! そんなので授業になるの?」
「サボるとすぐに教官にばれるから嫌なんだ」
「はは、けど、今更三人加わったところでどうなるんだ」
「いやいや、メンツがマンネリ化していたからな。三人でも十分刺激になるよ」
「あのさ、学科って三年から学んでも大丈夫なの? ついていける?」
「心配ないだろう。貴族は教養が高いからな。何なら俺がいろいろ教わりたいくらいだ」
「じゃ、実戦訓練はどうだ」
「それに関しては一つだけ忠告しておく。防具はフル装備で行け。手練れは防具を着けずに訓練に出るが、あれは慣れてからじゃないと駄目」
「どういうことだ?」
「異光は武器の光の色ですぐに悟られる。霊力での戦いは分が悪いってのは、光組の手練れなら分かっているからな。確実に接近戦でくる。要するに、物理的な剣技で挑んでくるんだ」
「ムキムキの輩から物理攻撃を食らうわけか。それは防具がいるな」
「僕たちただの貴族なんだよ、そんなの勝てっこない」
「ニンフの加護が使えるようになれば防具なしでも良いんだけど、お前たちはそういう特殊技術がまだ身についていないだろう? 防具は装備品格納庫においてあるから、好きなのを使ったら良いよ」
「ニンフの加護っていうのは、どんなものだ」
「それはいずれ学科で習うよ。直接指導はオリビアに頼んだら良い」
「オーケー。そうする」
俺たちは湯から上がり、しばらく寝間着で冷たい菓子などを食し、世間話に花を咲かせた。士官学校の悪い噂や、教官たちのあだ名、今までにあった苦労話など、いろいろ聞かされた。
「ともかく、光組の奴らは妙な劣等感を持っていてな。やたらめったら突っかかってくるから、何度か訓練中に痛めつけてやったら、今度は集団で組織的に俺を叩こうとしたんだ。仲間に助けてもらってどうにかなったものの、あれは完全に殺しに来ていたなぁ」
「訓練で死んだら元も子もないな、あっはっは」
「わ、笑えない話だなぁ。僕、よけい怖くなってきたな」
「ヤバいときは監視官が訓練を打ち切るらしいし、そこまで怖がることはないと思うぞ。二十年前に一度、異光の生徒へのいじめがエスカレートしすぎて訓練中止になったこともある。俺は見たことないけどな」
「光組の劣等感ってどこから来るんだろうな」
「やはり霊力は聖騎士の力の象徴だからな。そこで優劣があったり、少数の人間だけが毛並みの違う感じだと鼻につくんだろう。異光の者が尊敬の対象になるには、かつての英雄たちのように戦場で武勲をあげないとなぁ」
「そうか、ややこしいな」
俺はかつて住んでいた極東の島国を思い返した。日本だろうが異世界だろうが、人間のメンタリティはそんなに変わらないかもしれない、そう思った。
「――じゃ、また明日」
俺たちは二手に分かれ、それぞれの部屋に帰った。305号室には風呂上がりのリゼがいて、これから妻以外の女と同じ部屋で寝るのかと妙に意識したが、リゼはなんとも思っていないようで、一人でさっさと寝てしまった。女は寝顔を見られたくないのか、二段ベッドの上に陣取りたがる。俺とチャーチルはつまらない感じで下段に入り、布団に潜った。
「セラフィムはおませさんなんだね」
男湯と女湯に分かれていた。体育会系のどんぶり勘定のような感覚で混浴にしてあって、締まった体の男女が何気なくふらふらと湯気の中をさまよっているんじゃないかというのは妄想に終わったのだ。
「早く筋トレがしたくなってきたぞ」
「はぁ……」
モヤシとデブは、細マッチョとゴリマッチョだらけの大浴場の湯につかりながら、自分の体の貧弱さを自覚し、いたたまれない気持ちでいた。
視線の先の、部分的に赤茶けた白い彫刻に目を向けていると、そちらの方から一人の男が湯を蹴散らしてこちらに近づいてきた。背が高く、短い茶髪をした青年だった。
「よぉ、異光組だな」
「そうだが」
「俺も異光だ」
「わっ、仲間だね」
「食堂で見かけたよ。後からゾロゾロ入ってきた光組を見て、先に来てたたおまえらが異光だって分かった」
「なるほど」
「明日の朝の学科でもどうせ顔を合わせるけど、たまたま見つけたから先に挨拶に来たよ。俺はダン。お前たちと一緒の三年だ。よろしく」
「セラフィムだ。よろしく」
「僕はチャーチル。よろしくねぇ」
「堅物けも耳娘はどうだ、やりづらいか」
「オリビアのことか? やりづらくはないが、まぁ堅物ってのは同感だな」
「はははっ、しかし腕は確かだから、きっと良いコーチになるぞ」
ダンはタオルを絞って頭に乗せた。
「……異光の学科はさみしいから、俺はお前たちを歓迎してる」
「さみしいのか」
「一年から三年まで含めて十人しかいない」
「へぇー! そんなので授業になるの?」
「サボるとすぐに教官にばれるから嫌なんだ」
「はは、けど、今更三人加わったところでどうなるんだ」
「いやいや、メンツがマンネリ化していたからな。三人でも十分刺激になるよ」
「あのさ、学科って三年から学んでも大丈夫なの? ついていける?」
「心配ないだろう。貴族は教養が高いからな。何なら俺がいろいろ教わりたいくらいだ」
「じゃ、実戦訓練はどうだ」
「それに関しては一つだけ忠告しておく。防具はフル装備で行け。手練れは防具を着けずに訓練に出るが、あれは慣れてからじゃないと駄目」
「どういうことだ?」
「異光は武器の光の色ですぐに悟られる。霊力での戦いは分が悪いってのは、光組の手練れなら分かっているからな。確実に接近戦でくる。要するに、物理的な剣技で挑んでくるんだ」
「ムキムキの輩から物理攻撃を食らうわけか。それは防具がいるな」
「僕たちただの貴族なんだよ、そんなの勝てっこない」
「ニンフの加護が使えるようになれば防具なしでも良いんだけど、お前たちはそういう特殊技術がまだ身についていないだろう? 防具は装備品格納庫においてあるから、好きなのを使ったら良いよ」
「ニンフの加護っていうのは、どんなものだ」
「それはいずれ学科で習うよ。直接指導はオリビアに頼んだら良い」
「オーケー。そうする」
俺たちは湯から上がり、しばらく寝間着で冷たい菓子などを食し、世間話に花を咲かせた。士官学校の悪い噂や、教官たちのあだ名、今までにあった苦労話など、いろいろ聞かされた。
「ともかく、光組の奴らは妙な劣等感を持っていてな。やたらめったら突っかかってくるから、何度か訓練中に痛めつけてやったら、今度は集団で組織的に俺を叩こうとしたんだ。仲間に助けてもらってどうにかなったものの、あれは完全に殺しに来ていたなぁ」
「訓練で死んだら元も子もないな、あっはっは」
「わ、笑えない話だなぁ。僕、よけい怖くなってきたな」
「ヤバいときは監視官が訓練を打ち切るらしいし、そこまで怖がることはないと思うぞ。二十年前に一度、異光の生徒へのいじめがエスカレートしすぎて訓練中止になったこともある。俺は見たことないけどな」
「光組の劣等感ってどこから来るんだろうな」
「やはり霊力は聖騎士の力の象徴だからな。そこで優劣があったり、少数の人間だけが毛並みの違う感じだと鼻につくんだろう。異光の者が尊敬の対象になるには、かつての英雄たちのように戦場で武勲をあげないとなぁ」
「そうか、ややこしいな」
俺はかつて住んでいた極東の島国を思い返した。日本だろうが異世界だろうが、人間のメンタリティはそんなに変わらないかもしれない、そう思った。
「――じゃ、また明日」
俺たちは二手に分かれ、それぞれの部屋に帰った。305号室には風呂上がりのリゼがいて、これから妻以外の女と同じ部屋で寝るのかと妙に意識したが、リゼはなんとも思っていないようで、一人でさっさと寝てしまった。女は寝顔を見られたくないのか、二段ベッドの上に陣取りたがる。俺とチャーチルはつまらない感じで下段に入り、布団に潜った。
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