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不幸中の幸い
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「――なかなか、派手にやってくれましたな、セラ様」
城の裏手に朝日が差し込んで、小鳥がチュンチュン鳴いていた。執事長のクラウスが怪訝な顔をしてこちらを見ている。
「すまんな、聖剣の扱いを少しばかり間違えたのだ」
「少し? 少し間違えたくらいで城壁を木っ端微塵になさったのですか?」
「いやぁ、だって、なぁ、ユリシーズ」
「まったく想定外だ。私の監督不行き届きではない」
「責任逃れか貴様っ!」
ユリシーズがふいと顔をそらして、クラウスはため息を吐いた。城の一階、裏の武芸訓練場の出入り口付近で、男三人が立ち話をしている。俺と、白髪の執事と、仏頂面の元騎士である。
開けっぱなしの出入り口の扉の向こうから小柄な人影が二つこちらに近づいてくる。次第に影がはっきりしてきて、何者か分かった。メイド長のセシルとエリザだ。エリザはじっくりと朝食を味わったあと、マイペースにくつろいでいて、俺はてっきり何も言ってこないかと安心していたのだ。これ、追加で説教される流れか?
「――クラウス」
「はっ」
「城壁の修復はこちらでどうにかしますから、わざわざ街の修復師など呼び立てる必要はございません。このアホ当主の説教は私が代行いたしますので、下がってよろしい」
「了解いたしました」
クラウスがその場をあとにする。セシルはちょっとニヤニヤしている。何だ、馬鹿にしているのか、減給するぞ?
「セラフィム、耳を貸しなさい」
セラ、ではなく、セラフィムと呼ぶときは、だいたいシリアスな話をするときだ。これは大目玉を食らうぞ……
俺はおそるおそる彼女に耳を近づける。
「……でかしましたわ」
「え?」
「山肌の山頂付近をご覧なさい」
エリザから手渡された望遠鏡で山頂のあたりを見てみると、斬撃で削られた山肌の一部が淡い紫色に変色していた。
「あれって、まさか魔力結晶?」
「まだインダイトの発色ですけれど、あそこまで浅い場所に浸透しているのだから、期待大ですわ」
裏山とは例の魔力鉱脈が地下を通っていると睨んだエスピオ山の一部だった。俺のしでかした不祥事は不幸中の幸いとして、その山の鉱山としての価値を明らかにしていたのだ。ちなみにインダイトというのは魔力結晶の一種で、そう珍しいものでもない。
そしてエリザのいう期待大とは、つまり鉱脈がこちらに逸れてからまだ年月が浅いにもかかわらず山の表面まで魔力が浸透してきているのだから、地下を流れる魔力の大河は相当に濃度が高いと見込まれる、ということを意味している。
「こんな具合だとは思いませんでした。言うなれば、山全体が丸ごと魔法結晶の巨大な塊です。……震えるほどのビッグチャンスですわ、まさかこんな田舎でこのような機会に出会えるとは、家を出て正解でしたわ」
「プランを変更するか」
「私の考えだと、もはやポイントに絞って採掘するまでもありません。少々荒っぽいですが、掘削機でどんどん掘り進めて、出て来た大量の魔力結晶を街に流します」
「もう始めるんだな」
「えぇ、こうなったら資金ではなく、魔力で工場を建設した方が早いですし、もとからあった農地も魔力を肥料として使用し、既存の農業形態も強力にバックアップします。これからは三倍速で近代化いたしますわよ……」
ほくそ笑んだエリザはものすごく分かりやすい悪人の顔をしていた。おそらく、公開しても良い時期まで目一杯情報封鎖して、新しい魔力鉱脈の発見をギリギリまで王都に報告しないとか、あらゆる手を使って脱税パラダイスをかますとか、俺と同じく、きっとそういうことを考えているのだろう。
城の裏手に朝日が差し込んで、小鳥がチュンチュン鳴いていた。執事長のクラウスが怪訝な顔をしてこちらを見ている。
「すまんな、聖剣の扱いを少しばかり間違えたのだ」
「少し? 少し間違えたくらいで城壁を木っ端微塵になさったのですか?」
「いやぁ、だって、なぁ、ユリシーズ」
「まったく想定外だ。私の監督不行き届きではない」
「責任逃れか貴様っ!」
ユリシーズがふいと顔をそらして、クラウスはため息を吐いた。城の一階、裏の武芸訓練場の出入り口付近で、男三人が立ち話をしている。俺と、白髪の執事と、仏頂面の元騎士である。
開けっぱなしの出入り口の扉の向こうから小柄な人影が二つこちらに近づいてくる。次第に影がはっきりしてきて、何者か分かった。メイド長のセシルとエリザだ。エリザはじっくりと朝食を味わったあと、マイペースにくつろいでいて、俺はてっきり何も言ってこないかと安心していたのだ。これ、追加で説教される流れか?
「――クラウス」
「はっ」
「城壁の修復はこちらでどうにかしますから、わざわざ街の修復師など呼び立てる必要はございません。このアホ当主の説教は私が代行いたしますので、下がってよろしい」
「了解いたしました」
クラウスがその場をあとにする。セシルはちょっとニヤニヤしている。何だ、馬鹿にしているのか、減給するぞ?
「セラフィム、耳を貸しなさい」
セラ、ではなく、セラフィムと呼ぶときは、だいたいシリアスな話をするときだ。これは大目玉を食らうぞ……
俺はおそるおそる彼女に耳を近づける。
「……でかしましたわ」
「え?」
「山肌の山頂付近をご覧なさい」
エリザから手渡された望遠鏡で山頂のあたりを見てみると、斬撃で削られた山肌の一部が淡い紫色に変色していた。
「あれって、まさか魔力結晶?」
「まだインダイトの発色ですけれど、あそこまで浅い場所に浸透しているのだから、期待大ですわ」
裏山とは例の魔力鉱脈が地下を通っていると睨んだエスピオ山の一部だった。俺のしでかした不祥事は不幸中の幸いとして、その山の鉱山としての価値を明らかにしていたのだ。ちなみにインダイトというのは魔力結晶の一種で、そう珍しいものでもない。
そしてエリザのいう期待大とは、つまり鉱脈がこちらに逸れてからまだ年月が浅いにもかかわらず山の表面まで魔力が浸透してきているのだから、地下を流れる魔力の大河は相当に濃度が高いと見込まれる、ということを意味している。
「こんな具合だとは思いませんでした。言うなれば、山全体が丸ごと魔法結晶の巨大な塊です。……震えるほどのビッグチャンスですわ、まさかこんな田舎でこのような機会に出会えるとは、家を出て正解でしたわ」
「プランを変更するか」
「私の考えだと、もはやポイントに絞って採掘するまでもありません。少々荒っぽいですが、掘削機でどんどん掘り進めて、出て来た大量の魔力結晶を街に流します」
「もう始めるんだな」
「えぇ、こうなったら資金ではなく、魔力で工場を建設した方が早いですし、もとからあった農地も魔力を肥料として使用し、既存の農業形態も強力にバックアップします。これからは三倍速で近代化いたしますわよ……」
ほくそ笑んだエリザはものすごく分かりやすい悪人の顔をしていた。おそらく、公開しても良い時期まで目一杯情報封鎖して、新しい魔力鉱脈の発見をギリギリまで王都に報告しないとか、あらゆる手を使って脱税パラダイスをかますとか、俺と同じく、きっとそういうことを考えているのだろう。
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