冥界の仕事人

ひろろ

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第ニ章: 見習い準備中

紅鈴と孝蔵

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 カタカタカタ……ジージージー

 ザワザワザワザワ、カタカタカタ

 冥界事務センターと書いてある建物の中は、忙しそうな音で溢れている。

「失礼します。あのぉ、 事務部はどちらでしょうか」

 事務仕事をしている女性に尋ねたのである。


「ああ、あなた新人さんね?事務長から聞いています。

 ユウコさん、新人さんが来ました。

 お願いします」

「おはようございます。

 私は、到着ロビー係りのユウコです。

 あなたの指導を仰せつかりました。

 早く覚えて下さいね。

 頑張りましょう」


 この人、私が冥界に来た時に迎えてくれた人だ。

「あおいと申します。
 よろしくお願いします」

「それじゃあ、その服を着替えてきて下さい」

 黒のパンツスーツか……

 この作務衣、馴染んでいたけどな……

 まっ、いいか。

 作務衣をロッカーの中にしまい、再び事務所に向かう 。

 
 見習い仕事の始まりだ!


 よしっ!頑張ろう!

……………

 ここは、第7の門。
 
「紅鈴、そろそろ死神の部屋に帰ってもらってもいいですぞ?」

「……」
 
 泰山王は、深い溜息をつく。

 事の始まりは……

 天界から第7に着いたばかりの紅鈴と廊下でばったり出会ってしまった事からである。

「おや、紅鈴!久方ぶりですな!

 私の部屋でお茶でもいかがかな」

紅鈴は、素直に部屋に入ったのだった。

「やっと人型に戻ったのですな?

 私は、とっくに罪を許していたんですぞ。

 ふむふむ、良かった、良かった」

……そう私のこの言葉が彼の琴線きんせんに触れたらしい。

「私は私自身を許してはいません!
 私は、まだまだ あの方の側にいないといけません!

 私に家族の代わりはできないけれど、少しだけでも心を癒せるなら、ずっとこのままでもいいとさえ、思っていました!

 それなのに、礼人さんに無理やり人型に戻されて、腹が立っています」

 人型に戻されて、普通は喜ぶはずなのに、此奴こやつは文句ばかり言う変な奴ですな……

 そもそも、孝蔵さんの奥様が亡くなったのは、運命だというのに……

 自分が寿命を縮めてしまったと思い込んでおる!

「死神も人手不足なんですぞ!

 猫の手も借りたいと良く聞きますなぁ!

 孝蔵さんが寂しそうなら、人型で遊びに行けばいいのではないですかな?」

「……」


 ピポン ピポン

 面会人が泰山王の元へやって来る合図音がした。


「すまんが、仕事だな」

「ソファの隅に座っています」

  ……普通は、出て行くものですぞ!

 それに、その猫が伏せをするみたいな座り方は、変ですぞ!

 あっ、寝るな!無礼な奴めっ!

 死者が驚いているではないか!

「あぁ、あれは気にしなくていいですぞ」

 ひと通り仕事を終わらせ、隅を見ると
 紅鈴は寝ていて、今に至るのだ。

「いつまでそうしておるつもりですかな?

 そんなに猫がいいなら、礼人に言って戻してもらいなさい!

 まったく、私は各門の筆頭リーダーなのですから、偉い人なんですぞ!

 もっと敬って頂きたいものですな」

 泰山王は、ブツブツ言いながら何やら書いている。

「ほら、これを礼人に見せなさい」

  紅鈴を猫に戻せ     泰山王

 ……と殴り書きの文字で記されていた。

 ……………

 グレースどこだ!

「グレース!グレース!おーい」

 どこに行ってしまったんだ?

 居なくなって3日過ぎた……

 優や蓮、礼人も来ない。

 誰も居ない部屋は、久しぶりだった。

 1日がとてつもなく長く、寂しい。

 妻が亡くなり、途方に暮れていた時にグレースが現れた。

 娘夫婦は、俺を心配したがグレースがいたから寂しくなかった。


「お前がいてくれたから、働く張り合いもあったんだ。一緒に旅行がしたかったのに……グレース……」

 冥界に帰ってしまったのか……な。

 孝蔵は、仕事にも行かずに近所を探して歩いていたのだった。

 まさか、事故に遭ったわけじゃないだろうな?

 そんな事を考えたら、仕事に行っていられなくなってしまったのだ。

 家に戻り、庭の枯れかけの朝顔を見つめる……


「グレース、朝顔の種が出来ているよ…… 来年も一緒に見たかった……」

 孝蔵は、種を握りしめ肩を震わせた。

「ニャー 、ニャー……」

「 ! 」


「グレース!グレース!バカヤロー」

 孝蔵は、グレースを思い切り抱きしめた。強く、強く抱きしめたのである。


「お腹空いてないか?」


「おニャか、空いています」

「何が食べたい?」

「さかニャがいい、焼きさかニャが食べたいニャ!」


「よし!何でも作ってやるぞ」

 孝蔵は、泣きながらグレースの頭をわしわしと撫でたのであった。
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