4 / 9
あとは野となれ剛毛となれ
しおりを挟む合流した部屋から出ると、一行はマロカのお偉い方が待つとされている奥の部屋へと進んでいた。フェルザたちの後に続きながらフェザーは慌てて声をかける。
「父上、どういうことですか!? 私が結婚? 正気ですか!?」
王である父親に気が狂ったのかという疑問を投げかけることは大問題であったが、フェザーには気を遣う余裕がなかった。確かに姫ではなく、王子で婚約者がいないのはフェザーだけだった。だがそれはフェザーが同性愛者であるからだ。それも9歳の頃に諸外国の者も集まるパーティーでフェザーが声高らかに告げてしまったため、隠し通すことも出来なかった。
ジャッツクデル王国は別に同性愛を禁じていない。だがただでさえ立場の弱い第6王子が同性愛者だとわかるとわざわざ縁を繋げようとする者はいなかった。そしてそれは17になった現在まで続いた。
「無論、気など狂っていない」
「私は同性愛者ですよ。相手の姫をバカにしていると、マロカをバカにしていると捉えられてもおかしくはないんですよ!」
「父上、私も同意見です。婚約者のいない妹もいるのに、わざわざフェザーを使う理由がありません。マロカの王族に既に相手がいたとしても側妃として立たせるべきです。もし王族に男児がいないというのならば、爵位の高い者と婚約を結ぶという方法も」
フェザーだけでなくフェツィルもフェルザに意見した。
フェツィルには婚約者がいる。仲は良好でフィツィル自身一生を添い遂げようと思える女性ではあるが、その出会いだって恋や愛などではなく貴族との繋がりが目的だ。しかしそれだって相手を蔑ろにしていいわけではない。フェザーが同性愛者だと知っているのならばともかく、ジャッツクデル王国だけでなく他国とも交流のなかったマロカにフェザーを差し出すのはマズいどころではない。
王を問いつめる声が徐々に大きくなっていったため、フェルザは立ち止まり息子たちに鋭い視線をぶつける。
「話が出ているのは、マロカの王にあたる人物だ。齢24の男性だ」
その発言にフェツィルもフェザーも父が乱心したのだと決定づける。
フェツィルが怒鳴るように叫ぶ。
「隣国とのにらみあいに精神がいかれたのですか!? 王子と男の王を婚約させると!? 正気の沙汰とは思えない!」
「私とて馬鹿なことを口にしているということは自覚している。この同盟が終わったら第1王子であるフェンリルに王位を渡してもいい。だが、この話に関してはフェザーで押し通す」
「どうしてそこまで・・・・・・」
フェツィルの悲痛な声にフェルザは返事をせず、フェザーに声をかけた。
「相手は、お前の大好きな剛毛だぞ」
「マジですか!」
「ああ。大マジだ。フェザー、何が何でも相手を落とせ。男同士だとか国の情勢だとかはお前は無視してよい。相手をその気にさせてしまえば、こちらのものだ」
フェザーは父から与えられた情報に歓喜する。
未だ納得できていないフェツィルには宰相が話しかけた。
「今の王はマロカでは仮の王と呼ばれているそうです。正統な後継者は彼の甥っ子のようなのですが成人しておらず、甥っ子が成人するまで代理として座についているとのことです。ですので婚約しても子は成すつもりはないと」
「では何故婚約の話など・・・・・・人質か?」
その疑問に宰相はうなずいた。
確かに子を成すつもりのない婚約ならば、わざわざ妹姫を差し出す必要はないのだ。自分の同性愛者という嗜好がこういう形に落ち着くとは考えたことがなかったフェザーは、兄と宰相の会話に納得する。
だがまだ王の爆弾発言は続いた。
「だが、相手は姫を差し出すと思っている」
その発言に2人の兄弟は仲良く固まった。
「だというのに男を差し出されたと知ったら逆上するかもしれない」
「するかもではなく、すると思うんですけど!」
父に対してフェザーは怒鳴るようにツッコミを入れた。
だがそれに怯むような王ではない。
「フェザー、もう一度言う。何が何でも相手を落とせ。お前の変態っぷりに相手が勘違いを起こして恋に落ちるように仕向けろ」
「ちょっとおおおおおおおおおお!? いくらなんでも丸投げしすぎでしょうが! 王で父親ならもうちょっと頑張ってくれませんかああああああああああ!?」
しかし無情にもマロカの王が待っているという部屋へと着いてしまった。
もうどうにでもなれという気持ちがフェザーにあった。ああ、ここで俺たちが死んでも第1王子を筆頭にした他の兄たちがなんとかするだろう。もう良いことだけを考えよう、そうフェザーは現実逃避をし始めた。なんたって相手は剛毛だというではないか。それだけでフェザーの口には唾液が溜まる。騎士団長も中々の剛毛だが、お相手はどの程度だろうか。
扉が開かれる。そしてマロカの民をフェザーは初めてその瞳に映した。
煌びやかなイスに座る体格の大きい者。その後ろには配下の者たちであろう、着き従っている。フェザーを含む、初めてマロカの民たちの姿を見た者は驚愕の声をあげた。
その者たちは黒い毛をまとっており、確かにフェルザの言ったように剛毛だった。それこそ騎士団長など比べものにならないほどの剛毛だった。
しかし。
フェザーは心中で叫んだ。
(ゴリラじゃねぇかああああああああああああああああああああああああ)
そう、マロカの民たちは皆ゴリラの見た目をしていた。
(確かに剛毛だけど、剛毛だけど! ゴリラじゃん! もう360度どこから見てもゴリラじゃん! え、何これゴリラの楽園なの!? ってか男じゃなくて雄じゃねぇかああああああああ)
唯一例外であるのは、イスに座る者の隣で立つ男。その男は白髪混じりの普通の人間だった。ただ身につけているのは質素な服と呼べるかも微妙なものだ。だがゴリラたちは当然全裸なので男が裸ではなく服を身につけていて良かったともいえる。
「お待ちしておりました。しかし、姫君の姿が見られないのですが」
その白髪混じりの男が、フェルザたちに話しかける。
フェルザは呆然としているフェザーを前に押しだした。押し出されたフェザーはたたらを踏み、前へと飛び出してしまった。
「婚姻関係は結ぶと言った。だが姫を渡すとは言っていない。こちらからは王子を差し出す。安心しろ、この王子フェザーは男を好む」
(差し出されたああああああああああ)
フェルザの言葉にフェザーが心中で叫んだ。
だが白髪混じりの男がマロカの民だとして、その者が流暢に言葉を発しているのだからコミュニケーションは取れるのだと確信する。すぐさまフェザーが口を開こうとするが、それよりも先にマロカ側の従者だと思われるゴリラたちが叫んだ。
「ウッホオオオオオオオ」
「ウホッウホッウウッッホオオオオオオオ」
「ウオッホウオッホ、ウホホホホホホホホホオオオオオオオ」
(何言ってんのか、わかんねえええええええええ)
ただゴリラたちが怒りの声をあげているのは理解できた。数名は胸を叩いている。
白髪混じりの男も眉をひそめて不快な表情を露わにしている。
「つまり、ジャッツクデル王国は我がマロカをバカにしていると捉えてよろしいのですね?」
そして白髪混じりの男の言葉にゴリラたちが殺気をむき出しにした。
一触即発の雰囲気に、王のそばにいた騎士団長を含む護衛の面々も剣に手を添える。
フェザーはマズいと思った。ここは敵地だ。向こうは獲物を持っていないがどう考えてもこちら側が不利である。
『フェザー、何が何でも相手を落とせ』
フェザーの脳裏に先ほど父が言っていた内容を思い出す。なんて他力本願な考えだ。いつももっと真面目に政務をしているというのに、何故ここに来て思考が適当な方へと暴走した。フェザーは父を恨むが今はそんな暇はない。フェザーがなんとかしなければならないのだ。
フェザーはイスに座るゴリラをにらみつける。おそらくあれがマロカの王なのだろう。背後のゴリラが怒りの声をあげているというのに、堂々とした態度でこちらの様子を伺っているようだ。
マロカの王がフェザーに視線を向けた瞬間、フェザーは叫ぶ。
「う、ウッホオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
叫んだのはゴリラ語。しかし適当である。もうフェザーもヤケクソになっていた。
「ウホッウオッホ、ウホホホホホホホ。ウー、ウホッウホオオッ、ウホッホッホホッホホホ。ウホー、ウーッホッホッホ、ウホウホ。ウッホッホオオオオオオオオ!」
フェザーが叫んだ瞬間、部屋に静寂が訪れた。
ゼーハーと荒い呼吸をしてからフェザーは顔を覆う。
(俺、何やってんだろう)
自分のやったことに羞恥心を抱き、チラリと背後を振り返った。
父(王フェルザ)→何やってんだ、という視線。
兄(第2王子フェツィル)→何やってんだ、という視線。
友(騎士キャングル)→何やってんすか変態、という視線。
その3人の視線が冷たくてフェザーは振り返った視線を前に戻す。
その静寂を破ったのは、白髪混じりの男だった。何故か顔を赤らめている。
「な、なんという破廉恥なことを」
(えええええええええ、俺、何言ったの? ゴリラ語で俺何言っちゃったの!?)
フェザーは内心で驚くが、言ってしまった言葉は訂正出来ない。そもそも何を言ったのか、フェザーにすらわかっていない。
そこでマロカの王が咳払いをする。白髪混じりの男は王の方を向いた。
「ウウオッホ、ウホッホ」
「よ、よろしいのですか!?」
白髪混じりの男がマロカの王の言葉に驚愕する。それだけでなく王の背後にいるゴリラたちもゴリラ語で叫んだ。フェザーはゴリラたちが何を言っているのか、言葉でも表情でも読みとれないが怒っているのはわかっている。
だがマロカの王が一喝した。
「ウホッホオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
ゴリラ語で。
それにゴリラたちも身動ぎせず固まった。王はそれを確認すると白髪混じりの男にウホウホと小さく話しかける。白髪混じりの男はうなずくと、フェザーたちの方を見つめる。
「わかりました。こちらはそれで受け入れましょう」
フェザーはそれを聞いて安堵する。自分が何を言ったのか未だにわかっていないが、上手くいったのならば自分の役割を果たせた。
フェザーが父の方を見ると、フェルザは小さくうなずいた。目で「よくやった」というのが伝わってくる。
こうしてフェザーはゴリラと結婚することとなった。
0
お気に入りに追加
34
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる