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侵入者編

クウガ 日常は突然変わるもの

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「エルフを見つけた、と言ったんだな」

 サッヴァが確認するよう尋ねたので、俺はうなずいて見せた。
 サヴェルナから話を聞いて3日後。俺は今サッヴァの家にいる。客間のソファに腰掛け、向かいにはサッヴァが座っている。サッヴァはしばらく休みをとっているそうだが、やはり顔色は良くない。前回会ったときも良くはなかったが、あのときはダイチを召還したことによる罪の意識もあるのだと思っていた。だがサヴェルナ言った通り、サッヴァの体調は未だ戻っていないようだった。

「サッヴァさん大丈夫ですか?」
「問題ない。それよりもエルフのことだが」

 心配になり問いかけるも、サッヴァによってエルフへの話に戻される。
 サッヴァが言うには、エルフは古代の頃からの伝聞でしか情報がないという。
 確かに正直な話をすると俺がココからエルフのことを聞いたとき、「この世界ってエルフも存在する世界だったっけ?」と心中で思っていた。言われてみれば、サッヴァの魔法講座のときにチョロっとだけ出てたような気もする。ただ今まで一切関係のなかった話だったから、内容がまったく思い出せない。

「エルフというのは、人型をした人間や魔物とは違う種族の生物だ。意志疎通も可能であるが人間ではない。過去の文献では人間の10倍以上の寿命を持つとされており植物魔法を扱える。またエルフと似た存在としてドワーフもいて、こちらは金属魔法を使える。どちらの魔法も人間で使えるものではない。だがこの2つの種族は遙か昔に魔法による結界で人間や魔物と隔絶しているはずだ」
「そのエルフをハチ・・・・・・魔王が見たということですが」
「見間違いというのが正しいのだろう。あるいはエルフ側に何らかの事故がおきたのか。はっきり言えるのは、エルフというものは伝聞でしか記述されていない」

 サッヴァも見たことがないというわけか。
 エルフか。二次元では美少女がエルフというのがよくある。というよりエルフというだけで必ず美人設定がつくといってもいい。そしてその場合、エルフの青年がモブになることが多いということも。いや、これは必ずしもではないけど、エルフの女性率がまー高い。エルフを孕ませるエロ漫画とか多いけど、あれ純粋なエルフの絶滅問題じゃないだろうか。

「エルフというのは、俺の世界にもありました。あくまで架空の存在で、実際にいるわけではありませんが。そのなんとなくなイメージだと綺麗な女性が多い気がしましたね」
「そうか。この世界では存在していたのは確かだが、人間ではないと納得するほど男女共に美しい外見をしているらしい」

 あ、やっぱりエルフ=美人っていうのは公式なのね。
 うーん、老けたエルフというのもいるんだろうか。じいちゃんエルフみたいな。おそらくウン千年歳とか、そういう途方もない年齢なんだろうけど。

「だがエルフが本当に見つかったとなれば、少々面倒なことになるだろう」

 サッヴァが眉間を押さえながらつぶやく。
 どういう意味か尋ねると答えてくれた。

「エルフに関しては遙か昔に交流を絶たれてから、一切の関わりを持つことがなかった。どこにいるかもわかっていない。それが現れたとなれば、捕らえようという輩も現れる。存在や形態がよくわかっていないから調べようとする者、エルフの持つ植物魔法を利用しようとする者、そしてエルフの外見に惹かれ手を出そうとする者。いずれもエルフ側からすれば脅威となる。帝国との戦いが一時治まっている今の状況で、新たな火種を作られるのは不味い」
「なるほど。今はまだ魔王しか存在を確認していない。そしてそのことを把握しているのは今のところ王国のみということ。でもそれも時間の問題だということですね」

 とりあえず一時休戦の今の状態で新たな火種を作るのはマズい。
 何より今のところ問題を起こしていないエルフが巻き込まれるのことに良い気分はしない。

「神官としては、謎に包まれていたエルフの実態を知れることは喜ばしいことだ。だが個人的にはエルフの出現は魔王の勘違いであってほしい」
「その口振りだと、戦争のきっかけになるのとは別の理由があるんですか?」
魔法馬鹿アトランが暴走する」

 ・・・・・・・・・・・・ああ、納得。
 俺の脳内に、嬉々としてエルフについて調べようと満面の笑みを浮かべるアトランが浮かんだ。すぐさま頭を振って、その想像を追い出した。

「何にしても本当にエルフだったかもわからない今の状態じゃ、何を言っても仕方ないですよね。エルフがどういう存在なのかも、はっきりしていない今の状態じゃ」
「そうだな。魔王と直接話すことが出来れば、話は違うのだがな」
「そうですね・・・・・・」

 俺は魔王となったハチのことを思い出す。
 本来だったらハチは魔王になるはずではなかった。前の魔王であった怪人ミナゴロシが死んだ際、その場にいた俺が魔王になるはずだった。けれど俺がそれを拒否したことで、代わりにハチが魔王になったと言ってもいい。魔王になった後のハチの様子があまり悲観してなかったのと、俺が眠っていた間のハチの魔王としての働きを聞いて、上手くやれているんだと俺は勝手に思っていた。
 ・・・・・・でも俺のところに一切姿を現さないってことは、ハチが俺に会いたくないってことなんだろうか。魔王になる前は人間とはち合わせて殺されたくないから、たまにしか人間の住む場所に行かなかったらしいが、魔王となった今は持っているワープの能力で自由に移動出来るんじゃないだろうか。



「クウガ。何か心配なことでもあるのか?」

 俺の表情が曇ったのか。サッヴァが尋ねてきた。
 正直に話すか悩んだが、隠すことでもないかと思いハチのことを話した。会いに来ないのは嫌われたのかということを。
 だがサッヴァはそれに対して否定の言葉を吐いた。

「それはこちらから、しばらくクウガに関わるなと伝えている」

 それを聞いてポカンとしていると、続けて説明してくれた。
 今、王国と帝国が休戦しているのは魔王が脅しをかけているから。だから魔王は中立でいなければならない。もし必要以上に王国と関わっていることが知られれば、王国が裏切って攻め入る前に帝国が戦を仕掛ける可能性がある。
 そんな状況だから、ハチにはあまり王国に立ち入らないよう話しているらしい。ハチが人間たちの戦争を止めたのは俺を守るためであり、だからこそ今ハチが俺と関わると俺が危険に晒されるかもしれないからだ。

「そっか。それならよかった」

 嫌われたわけじゃなかった。そうわかっただけで安堵し顔が緩む。
 そんな俺をサッヴァは見つめていた。

「ーー笑うように、なったんだな」

 俺はそれを聞いてハッとし表情を引き締めようとしたが、すぐさま「別に構わない」とサッヴァに言われてしまった。

「むしろホッとしている。お前は頭ではゴチャゴチャと喧しいほどに考えているのに、表情には出さなかったからな」

 やかましい・・・・・・、やかましいか。
 ま、納得ですけどね。心の中じゃ結構叫びまくりの、妄想しまくりですからね。
 俺が開き直っていると、ふとあることを思い出した。

「あの、もしかして今も俺の考えていること読んでますか? ほら、俺が魔王になるかもしれないってときに、サッヴァさん読心魔法かけてましたよね」

 今更だが、前の魔王が死んで俺が次の魔王になるかのときに、サッヴァが俺の心の声を読んでいた。あれからまだ1月ぐらいしか経っていない。もしかして今考えていることも読まれているんじゃないか。
 だが俺の言葉に対してサッヴァは首を横に振った。

「まったくないと言えば嘘になる。だが音も小さく雑音が混じり、はっきりとは聞き取れない。おそらく私の魔力が激減したことと、体調を崩したことが関係しているのだろう。他人の心を覗く行為は良いことではないから、これに関しては今の自分の状態に関して良かったと思える」

 つまりサッヴァは俺の考えていることを読みとれないということか。
 それじゃあ俺がサッヴァに○○○○して、○○○を○○○○○○するということも想像し放題ということなのか。サッヴァをア”ンア”ン言わせていいってことか(想像で)。
 俺はサッヴァの注視するが、サッヴァの機嫌が悪くなることはない。

「ーー何を考えている?」

 だが俺の様子がおかしかったのか。そう尋ねてきたので、俺は冷静に否定した。
 だというのにサッヴァは胡乱な視線を向けてくる。

「聞こえて、ないんですよね?」
「聞こえていないが、それなりに長い付き合いだ。お前は真剣な顔でくだらないことを考えているときも、それなりにあったからな」

 ぐっ、読まれてるぁ。そうですよねー。長いこと俺の脳内暴走を覗いてたんだもんねー。俺のちゃちなポーカーフェイスじゃ誤魔化せらんないよねー。くっそおおおおおおお、俺の黒歴史が今ここに!!
 俺が目を閉じて、過去の妄想していた俺を思い出して恥ずか死状態になっていると、サッヴァが声をかけてきた。

「何度も言うようだが、あの魔法は本来禁じられている。それを使った私が悪い」
「そう言いましても・・・・・・」
「確かに良い気はしないだろうな。ーーだが、そのおかげでクウガが召還されたときに余計な疑いをかけずに済んだのは幸いだった」

 サッヴァの穏やかな表情に、俺は言葉をなくす。

「こんなことを言ってしまえばクウガは怒るかもしれないが、クウガに読心魔法のことを教えた際に伝えた『嫌ではなかった』というのは本心だ。クウガの心を読んだからこそ、魔王を押しつけることはできなかった。誰かに吐露出来なかった悩みを知ることができた。今クウガが笑えるということは、もう隠すことをやめたということだ。お前の成長が、私は嬉しい」

 その表情から、穏やかな声が発せられる。
 俺は心臓が鼓動するのを、顔に出さないよう努めた。


 客間には俺とサッヴァのみ。
 公爵に確認をとった際、サヴェルナがいるということで1日だけルレイドたちが側から離れることになっている。そのサヴェルナもいろいろと準備することがあるといって台所に行ったっきり戻ってくる様子はない。


 俺はここに来るまでにサヴェルナに言われていたことが浮かんでしまった。


~~~回想中~~~

「いいですか、クウガさん。お父さんのことなんですが」

 サッヴァの家に向かう途中。
 サヴェルナが神妙な顔をして話しかけてくる。その真剣な表情に、サッヴァの体調はそこまで悪いのかと心配する。

「サッヴァさんが、どうしたの?」
「押せばいけるはずなんです」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・んん?」

 意味がわからず聞き間違いかと思った。だがサヴェルナの真剣な顔は変わらない。

「ですから、クウガさんが強引に行けばお父さんは落ちると思うんです」
「どこに?」
「いえ、その落ちるではなく。クウガさんと恋人になれるという意味で」

 イミガ ワカラナイヨ。

「大丈夫です。心配しないでください。今のお父さんは弱ってるので、攻撃する絶好の機会ですよ」
「何の攻撃なのさ」
「クウガさんは男の人が好きなんですよね。恋人作りたいですよね。前にも言いましたけどお父さんオススメですよ」
「だから何で父親を薦めるのさ」

 グッと拳を握るサヴェルナに対して、俺はそう言うしかなかった。

「もうクウガさんは勇者じゃないんですよ。そりゃまだ監視とかありますけど、普通に恋愛していいと思うんです。だからこそお父さんを」
「だからそこでサッヴァさんなのさ」
「お父さんじゃダメなんですか?」

 逆にそう問われて口ごもってしまった。サヴェルナはその隙を許さないよう、次々と口出ししていく。

「お父さんはクウガさんのおかげで、良い風に変わりました。そして同時に私とお父さんの関係も良くなったんですよ。だからクウガさんがもしお父さんのことをそういう風に見ているのなら、私は2人を応援したいんです」
「あのさ、男が好きって普通のことじゃないんだよ」
「大丈夫です。お父さん元々普通じゃないので。それに今更世間体とか気にしてもって感じですし。お父さん頭堅いけど、クウガさんには甘いですから。お父さんとそういう仲になってもいいのなら、こうググイっといっちゃってほしいんです」

 サヴェルナのその怖いほど真摯な様子に、俺はたじたじになりながらうなずくしかなかった。



~~~回想終了~~~


 ・・・・・・・・・・・・いや、でも、うん。
 サヴェルナの言葉をそのまま受け取るつもりはないけれど、ここまで親身になってくれるとなると変な気を起こしてしまう。本当に押したらイケるんじゃないかって。
 恋人、とまではいかなくても意識してもらえるくらいなら伝えていいんじゃないだろうか。俺はサッヴァにどう言い出すべきか悩んだ。
 そして俺がどうこう言うよりも先に、サッヴァが話しかけてくる。

「私は、お前のことを」

 お、おおお、俺のことを? 何故そこで無駄に途切れる。意味深か、意味深なのかコノヤロー。
 俺はサッヴァの次の言葉を待った。サッヴァは悩んだように口を閉ざしてから、また口を開いた。




「ーーーー息子のように、思っているからな」




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あっぶねえええええええええええ。
 俺は心中で叫んだ。めちゃくそ叫んだ。

 そうですよね。そりゃそうですよね!! サヴェルナと似たような年齢だもんね。俺のこと息子扱いするのも仕方ないよね。そりゃ大切に思ってくれるわけだわ。そんな相手に告白とかされたら、サッヴァの精神ゴリゴリ削られちゃうよね。セーーーーフ。とにかくセーーーーーーーーフ。俺は何も言ってない。何も言ってないぞ!!


「ありがとうございます」

 そうお礼を言うので精一杯だった。乾いた笑いが出なかったことが幸いだった。


+++


「お父さんとは、話できましたか?」

 帰り道。サヴェルナと歩いていると、キラキラとした瞳で尋ねてくる。その期待に満ちた瞳が俺にとっては痛かった。

「うん。いろいろと話せたよ。エルフのこととか」
「それもそうですけど! そうじゃなくて!」

 サヴェルナの言いたいこともわかっている。わかっているが、今の俺には辛い。

「サッヴァさんは俺のこと大切にしてくれてるってのがよくわかったよ」
「ーーー! そうですか! やっとお父さんと」
「息子みたいに思ってくれてるってさ」

 思わず遠い目をしながらつぶやく。すると高揚していたサヴェルナの表情が固まった。そしてみるみるうちに表情をなくしていく。そして両手で顔を覆って重いため息を吐き出した。

「ーーーー情けない」

 そしてつぶやかれた言葉に、温度は一切感じられなかった。

「情けない情けなさすぎるわお父さんってば悪足掻きしてどうしようもない自尊心に雁字搦めになってるくせにグジグジグジグジ悩み続けて馬鹿なのか被虐趣味なのかはっきりしてほしいのだけれど結局ただの情けない男の言い分だってことがわかってないからこそのこういう発言だとしてももう少し言い方ってものがあるんじゃないのかしらって私は思うからこそ」
「サヴェルナ。サヴェルナ。冷え切った声で息継ぎなしで話すのやめよう。怖い」

 、も。もないって読みにくいんだぜ。

「もう、こんなにお膳立てしてるのに何でこうなるのかしら」
「むしろそんな準備しなくていいから。サッヴァさんとは今の関係で俺は十分だし」
「クウガさんが十分でもお父さんが十分でないの!」
「サヴェルナ、もう少し声量落とそう。人がいるから」

 俺は人差し指を口に当てる。サヴェルナは納得いかないと口をワナワナと震わせていたが、もう一度ため息を吐いて諦めた。

「ギダンくん情報だと、ダグマルさんとアトランさんは忙しいし。ステンさんも女性に付きまとわれて街に来ないようだし。だからお父さんが出し抜くなら今しかないってことがわからないのかしら」

 心底残念そうにつぶやくサヴェルナ。それを見て俺は思わず尋ねてしまった。

「あのさ、サヴェルナって腐なの?」
「フ?」
「あー・・・・・・男同士の恋愛が好きな女子なの?」

 ┌(┌^o^)┐ホモォなのか? え、この世界って同性愛という概念がない世界のはずなのに発生してるの? 俺のせい? 俺のせいなの?
 だがサヴェルナはしばし考えてから首を傾けた。

「どうなんでしょう? クウガさんとお父さんが恋人同士になってくれたらとは思っていますが、他の人に対してそういうことは考えませんね。あ、でもクウガさんとお父さんのことを応援しているというのはそのフというのに含まれるのでしょうか?」
「え? ・・・・・・うーん。どうなんだろ。俺も腐に関してはよくわかってないのもあるから。ってか定義が俺もよくわかってない」

 俺、ゲイってだけで腐男子ではないから。
 ウホ、いい男とかは思ってたし性欲に直結してたけど、少女漫画的展開と絵が苦手でなかったけど進んで読むわけじゃなかったし。今思えばそういうの読まなかったから未だに童貞なんだろうか(遠い目)。

 サヴェルナも何故か遠い目をしていた。

「クウガさんの世界には男同士の恋愛を好む女性は多いのですね」
「そればっかりではないけど。地雷・・・・・・あー、関わるのも嫌という女性も多いですし」
「そうですか。・・・・・・それならおかしくはない。・・・・・・あの方たちがおかしいわけではない」

 サヴェルナがボソボソとつぶやいていた。
 大丈夫か。サッヴァが体調崩したからサヴェルナも体調崩してるのか。だからテンションがおかしいのか。休んだ方がいいんじゃないんだろうか。
 どう話しかけるべきか。いっそ話題を変えようか悩む。

 そのタイミングで遠くに、見慣れた後ろ姿を見つけた。
 ロッドは他の騎士と一緒になって何かを探しているようだった。

「ねぇサヴェルナ。あれ、ロッドじゃないか?」
「そうですね。どうしたんでしょう。何か慌ただしく動いているようですが」
「俺、ちょっと聞いてくるよ」

 俺は早足でロッドに向かっていく。そして声が届きそうなところで「おーい」と呼びかけた。その声でロッドはこっちに気づいたようだ。だがロッドは俺を鋭くにらみつけたかと思うと、こっちに駆け寄ってきた。

「おいコラ!! 何でここにいやがんだ!」

 え、俺、何かした?
 俺がそう思っている内にロッドはそばまで来たかと思えば、その勢いのまま殴りかかろうとしてくる。

「と、止まれ!!」

 俺が叫んだ瞬間にロッドの拳が止まる。ロッドは驚いたように目を丸くしたが、怒りに満ちていた表情が抑えられていく。俺がほっとしている間に、ロッドは再度動けるようになったようだがもう俺を殴りかかろうとはせず頭をガシガシとかいた。

「なんだよ、クウガの方かよ。紛らわしい」
「おい、コラ。いきなり殴りかかってきてその言い草かよ」

 ふとそこで俺がダイチと似ていることを思い出した。俺としては兄ちゃんそっくりなんだが。そしてロッドが監視しているはずのダイチはいない。ロッドに聞いてみると「何があろうとあいつは騎士団本部から出さねぇ」と顔を歪められた。

「あの野郎。外の見回りのときに連れ出したら一瞬で行方眩ますんだよ。本人が無意識なのが腹立つ。そんで街の連中と喧嘩になりやがるから、始末書で俺の負担が大きくなるんだよ。くっそ、なんなんだあの方向音痴は」
「お、おぉ・・・・・・。それじゃロッドは今ダイチと別行動なんだな」
「ーーーー本当なら俺も騎士団本部の方にいるべきなんだが、そっちはダイチが1人いりゃなんとかなるって判断されて、俺は外に出ることになってんだよ。魔法使えるから何があっても対応できるってな。ま、今の騎士団ならあの野郎にはいい暇つぶしなんだろうけど。問題があるとすりゃ新人騎士が余計なことしでかさないかってことだ」

 ロッドは俺に話しかけながら周囲を見回している。どうも様子がおかしい。騎士団の敷地内で何かあったのかと推測する。少なくともダイチが火種というわけではなさそうだ。
 ロッドと会話している間にサヴェルナも近寄って来た。ロッドはサヴェルナを見るなり不思議そうな顔をしていた。

「おい、サヴェルナ。お前神官だろ。何も聞いてないのか?」
「え? 今日はクウガさんとお父さんのところに行ってたから休みをとったのよ。新人というのと、家に帰れないくらいに仕事を詰めてやっと取った休日なんだから」

 え、そんな休みをとって俺に付き合ってくれたの!? その事実に感謝と申し訳なさを覚えた。

「そうか。一応伝えるべきなのか・・・・・・? 騎士、神官、魔導師には連絡が行き渡ってる。神官は多少マシだが、もし手が空くなら神殿に行け。慌ただしいことになってやがる」
「どういうことですか?」

 サヴェルナの問いに、ロッドは俺の方をチラリと見た。
 ああ、俺には話しにくい内容か。そう判断し2人から距離をとるため後退する。


 しかしその歩き方が失敗だった。
 会話が聞こえないように俺は何歩も後退したが、その際に後ろを確認していなかった。そこはちょうど道が十字路になっていて、横から走って来た人と衝突してしまう。そのまま地面に倒れ込んだ俺は、慌てて謝罪しながら立ち上がり、俺と同じくぶつかって転んだ人に手を差し伸べる。

「すいません。大丈夫でした、か・・・・・・」

 俺はその人を見て目を丸くした。ボロ布の服を身に纏いフード顔を隠していたようだが、俺とぶつかったことでフードが外れてしまったようだ。なんとか押し込めていたであろう長髪が広がっていく。日光で透けるのではないかというほどの綺麗な金色の髪。そして瑠璃色の瞳。その端正な顔つきは、人間ではないと言い切ってしまえるほど。可愛らしいとも綺麗とも美しいともとれる女の顔だった。
 惚れるとかドキドキとか、そう言ったものは一切ない。だが単純に「こんな綺麗な人間が存在するのか」という驚きがあった。

 俺の驚きは周囲にも広がっていく。
 その人はキッと俺をにらみつけた。



 ーー瞬間。俺の体が宙に浮く。正しくは、地面から生えた何かが俺を縛り付け持ち上げた。



「クウガ!」
「動かないデ!!」

 ロッドが叫ぶと、長髪の女は怒りを込めて叫ぶ。
 同時に俺を締め付ける力が強くなり、痛みに声を漏らしてしまう。
 そして気づいた。俺を締め付けている何かの正体を。

「近づけバ、この男を殺しマス」

 それは蔓を束にしたもの。つまり

『人間ではないと納得するほど男女共に美しい外見をしているらしい』

 先ほどのサッヴァの台詞を思い出す。俺は正解したのだ。人間ではないと思ったことに。




 その女の尖った耳を見て確信した。




 エルフであると。
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