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〔番外編〕??? 物を語り紡ぐ
しおりを挟むお父ちゃん・・・・・・。お母ちゃん・・・・・・。
先立つ不幸をお許しください。
私は、シャリイは、ノンケルシィ王国で餓死するかもしれません。
「うぅ~。都会怖いっぺ。やっぱりお兄の言うこと聞いておくべきだったっぺ」
ウラはフードを深く被り直しながらつぶやいた。
ちなみに名前はシャリイ。ウラはノーマリルで女性の一人称を指す言葉で、男だとオラになる。
周囲の人は不審に思いながらも通り過ぎていくのは、幸か不幸かはわからない。
だが現在不幸なのは確かだ。何故ならせっかくノーマリルからやって来たというのに、王国に近い街に入った途端お金をスられたからだ。街に来たらご馳走を食べようとここまで出来る限りお腹を空かせてから来たのが裏目に出た。
「うぇ~。美味しそうな匂いで、お腹が痛いっぺ~」
香ばしい匂いにもう鳴りすぎているお腹がまた鳴った。
「これでお兄に会えなかったらどうしよっぺ。ウラ、本当に餓死するかも。・・・・・・はぁっ!? もしや人身売買で身売りで、人様に言えないようなことを!?」
周囲に聞こえないよう小さく叫んだ。
都会の恐ろしさどころか、都会の空気を吸うのだって生まれて初めてなのだから。
ノーマリルの中でも田舎の方の出身。ノーマリルだって王国や帝国に比べたら平和ではあるけれどパッとしない国だ。都会がどんなところなのかは、王国に住んでいる叔父さんや従兄のお兄から送られてくる手紙でしか知らない。でもその手紙を読むことがいつも楽しみだった。それに手紙の他に本も送られてくるのが、とても嬉しかった。
自分が住んでいるところとは違う世界。そしてさらに聞いたこともない歴史のお話。田舎者のウラたちには一生縁のないような世界が、手紙や本には書かれていた。ウラはそれの虜になっていて、送ってもらった本を何度も読み直し、また実際に書き写したりした。だからウラのいた村では、ウラが1番文字を書けるようになったのだ。
そしてそれだけでは満足出来なかった。実際に王国に行ってみたかった。
でもウラが行くことを誰も認めてくれなかった。王国は帝国と戦争をしていたり、魔物からの襲撃があったりと、何かと争いの種が絶えなかったからだ。
だから我慢していたのだ。せっかく本が読めるのだから、わざわざ危ないところに行く必要はないと。
だけどあるとき、お兄からの手紙を見て衝撃を受けたのだ。
手紙には魔導師であるお兄のもとに勇者と魔物の子がいるということだ。それも驚きであるのだが、ウラが衝撃だったのはそこではない。
勇者が魔物の子に教えている物語というものが、ウラの世界を変えたのだ。
勇者の世界には数多のお話がある。しかもそれがすべて嘘のお話だというのにおもしろいのだ。
普通、本は本当のことが記されている。信憑性がないものも残っているが、それだってあったかもしれないお話なのだ。完全に嘘だという証拠もない。現実に起こっているからこそ、おもしろいのだとウラはそれまで思っていた。
でも違った。勇者のお話というのは、誰かが作ったお話だという。勇者の世界では魔法がなく、自動で金属が動くという不思議な世界らしい。でも勇者の話す内容には魔法のお話もある。魔物でも魔獣でも魔法で姿を変えられた人間でもない、普通の動物が当たり前に人間とおしゃべりする話もある。空のお話や海のお話。過去や未来に行く話もある。かと思えば普通の日常ーーでもこの世界にとっては非日常のお話もある。
もっと聞きたいと思った。そしてもったいないと思った。
こんなにおもしろい話を、この世界の人間では考えつかないお話を、もっと広めるべきだと思ったのだ。作り物のお話。本当のことではないお話。でもおもしろいならば、それは受け入れられるはずなんだ。
そこで思ったのだ。勇者の話を本にすればいいって。そしてもし本にするならば、それを書くのはウラでありたいって。
だから、だから・・・・・・。
魔王の問題が去り、帝国との戦争も中断されたこの時期に、王国にやってきた。
・・・・・・やって、きたのに。目的が達成する前に餓死しそうっぺ。何も始まらない内に終わってしまいそうっぺよ。
+++
「申し訳ないですが、証明書がなければ王都の中には入れないのです」
死んだ。そう思った。
お兄がいるであろう王都は気軽に入れる場所ではなかったようだ。お兄は魔導師だというから、魔導師の住む場所を尋ねていけば着くと簡単に思っていたのだ。
叔父さんたちの家は街の方にあるけれど場所がわからない。住所は知っていても行き方がわからなければどうしようもないのだ。
こんなことなら手紙に書いて叔父さんに迎えに来てもらえばよかった。
王国に行くことを反対されていたので、今着いていることを伝えていないのだ。
「あの、大丈夫ですか?」
呆然とするウラに、門番である騎士が心配そうに話しかけてくる。
「だ、大丈夫ぺ・・・・・・じゃなくて、大丈夫です」
そう話して慌てて逃げ出した。
逃げ出してしばらくしてから、さっきの人に助けを求めれば良かったと気づいたが、今更のこのこ戻る気すら失せていた。
も、もうダメだ。ウラはこのまま餓死するか、人身売買に巻き込まれるんだ。
ウラは宛もなくさ迷いながら歩き回っていた。
歩けば歩くほど漂う食事の匂いが、お腹の空いているウラを攻撃してくるようだった。確かにもう昼過ぎ。混雑時ではないにしても、まだまだ食事処は繁盛している時間帯だ。
既に自分がどこを歩いているのかもわからない。そもそも王国に来たのが初めてだったから、なおさらわからない。泣きたいけれど、泣く体力すらなくなっている気がする。
ふと香ばしい匂いが鼻をくすぐる。すぐにパンの匂いだとわかった。お腹が空いているからかもしれないけれど、故郷のパンよりも美味しそうな匂いだった。それに誘われるように足が進んでいく。
無事にそのお店にたどり着いたはいいけれど、お金がないから買うわけにもいかない。着いてしまえば食べられない事実になおさら空しくなっていく。終いにはとうとうめまいまでし始め、立つのも辛くなりその場にうずくまった。
惨めだ。
自分の情けなさに、死にたくなるような気さえしてきた。むしろこのまま死んじゃうんだって本気で思えてきた。
「ねえ、そんなところで座り込まれると商売の邪魔なんだけど」
だからしばらく経って、そのパン屋の店員に話しかけられたとき。
恥も捨てて助けを求めてしまったのであった。
+++
「お”、おいじいっぺええええええええ」
先ほど店前で座り込んでしまったウラは、その店員に助けられ店の2階でパンを恵んでもらっていた。正に神様である。
「店の前で倒れられたら、こっちが迷惑するからね」
そばでは先ほどの店員が向かいのイスに座って呆れていた。ちょうど混雑時が終わったらしく、お店は年輩の女性1人でも十分だという。
恥ずかさと申し訳なさに、店内でも被っているフードをさらに深く被った。
「すいません。本当に助かりました。お金は後で返すっぺ、じゃなくて返します」
「安物のパンだけどね。だからって食い逃げしてもいいってわけじゃないから」
「め、面目ないっぺ・・・・・・」
店員の冷たい声に心が折れかけるが、向こうの言い分が完全に正しい。
むしろこうやって食べ物を恵んでくれるだけ有り難いくらいだ。
少し腹を満たしたところで、心を落ち着けて口を開く。出来る限りノーマリルの方言が出てこないように。
「本当にごめんなさい。今は本当に持ち合わせがなくて。行き方はわからないけれど街にいる叔父夫婦の住所は知ってますし、その息子である従兄も魔導師なので。食い逃げは致しません」
「・・・・・・ん? 街出身なのに、魔導師?」
店員の訝しむような言い方にハッとする。
そうだった! 普通貴族でもない人間が魔導師になるなんて、考えられないことだった! 信じてもらうはずが裏目に出てしまう!
「ほ、本当のことっぺ! 確かに貴族でもない人間が魔導師になることって滅多にないことらしいっぺが、本当の本当にお兄は魔導師っぺ! 信じてほしいっぺ!」
「わかったから大声出さないでくれる? 一応まだ営業時間なんだから」
さらに裏目に出てしまった!! 店員の苛立つような声に思わず手で口を塞いだ。
ウラが黙ると店員は少し考え込んでから言う。
「もしかしてその魔導師、シャンケって名前だったりする?」
店員が口にした名前にウラは目を丸くしつつ、手で口を塞いだまま力強くうなずいた。そして大声にならないように小さく尋ねる。
「お兄の知り合いっぺか?」
「僕自身はちゃんと話したことはないけどね。言われてみればノーマリル語が混じることがあった気がするよ。でも嘘ついている可能性もあるから、ちゃんと確認はとらせてもらうからね」
「それはもちろんっぺ」
相手だって客商売だ。慈善事業じゃない。
初めて会った他国の人間など、本来は助ける義理なんてないのだ。信用されないのも仕方ない。とりあえずは叔父さんたちの家に行ってお金を借りないと。それから何でもいいから仕事をしながら、勇者と会う算段をつけなくちゃ。
「それはそうとーー」
店員が鋭い視線を向けてくる。
「店内なのにフード被ったままとか、失礼だと思わないの?」
その発言にビクッとする。
「そ、その通りっぺ」
「というより最初にお礼を言う段階で外すべきでしょ」
「うぅ・・・・・・。お父ちゃんに、王国ではあまり顔を見せるなって言われてるっぺ」
「何で」
店員の質問に答えることはできなかった。
その理由が恥ずかしすぎたからだ。
『シャリイ。いいっぺか? シャリイは可愛いから王国に入ったらフードを被って顔を隠すっぺよ。別に王国はブスが多いわけじゃねぇっぺが、魔力が多いせいか勝ち気な顔つきの女が多いっぺ。そこにシャリイのような、のほほん可愛いやつがいたら危険っぺよ。いいっぺな。弟夫婦に会うまでは、顔は隠しておくっぺよ』
そうお父ちゃんに言われたことを、そのまま話すわけにはいかない。
どんだけ自意識過剰なんだと言われかねない。
「いえ、すいませんっぺ。今外すっぺよ」
そう言ってフードを外した。視界が明るくなって目がチカチカする。
フードを外したことで目の前の店員の顔がよく見えた。ウラと同い年くらいだろうか。ウラの顔を凝視しながら、目を見開いている。
ウラは一度咳をしてから、ノーマリルの訛りが出ないよう気をつけながら口を開いた。
「改めてお礼を言わせてもらいます。ノーマリルから来ましたシャリイと申します。助けていただいたにも関わらず、失礼な態度をとってしまったこと大変申し訳ありませんでした。後日必ずパンの代金はお返し致します。もし今すぐにということでしたら、叔父や従兄である兄と相談させていただいた上で、お支払いいたします」
ふぅ。ちゃんと言えて良かった。
だけど店員は呆然という感じでウラを見つめたままだった。
「あ、あの・・・・・・。ウラはまたおかしなことをしてしまったっぺか?」
身を乗り出して店員に尋ねるも、店員は慌てて後退していった。
ひ、酷い。ウラの顔はそんなに近づきたくないのだろうか。お父ちゃんの言葉はやっぱり親ばか的な発言だったんだ。
「あ、いや。そういうんじゃなくて。お、驚いたというか、何というか」
「失礼なことばっかりしてごめんっぺ。でもお金は後でちゃんと払うっぺ。信じてほしいっぺ」
「ーーぁっ、いや、そこまで深刻じゃないから。えっと、安物だし。む、むしろこんなものを出してしまった、少し前の自分を呪いたいというか。え、えっと、その」
店員は急に視線をそらして、しどろもどろになる。顔が赤くなっているが、何かあったのだろうか。
どうしたのかと尋ねようとしたが、それよりも先に別方向から声が響いた。
「あ、ブラッドのやついたいた。・・・・・・ってなにやってんだー?」
階段のところでウラよりももっと若い少年が、こっちを見て首を傾げていた。
少年はこっちに来るとウラを見ながら首を傾げた。
「みないかおだなー? だれだ?」
「シャリイって言うっぺ。ノーマリルから来たっぺが、ついさっきこの・・・・・・ブラッド、さん? に助けられたっぺ」
少年が言っていたブラッドというのが、この店員の名前なんだろう。
少年は「へー」と言いながら、チラリとブラッドさんを見てからまたウラの方を見てきた。
「オレはギダンっていうんだ。ようこそノンケルシィ王国へ。シャリイ姉ちゃん」
そう自己紹介してくれたギダンくんは、またブラッドさんの方を見た。
「それはそうとブラッド。またパンもらっていくからな。昨日売れのこったパンあるんだろ? どうせ売り物にできないんだから、それくれよ」
「ギダン。そうやって残り物のパンをただで貰おうとするのやめてって言ってるよね?」
「いいじゃんか。どうせ残りもののパンは、ブラッドたちや近所にくばっても余るんだし。すてるくらいなら、もらったほうがいいじゃん」
「こっちは買ってもらわないと商売にならないんだけど。せめて毎日はやめてくれないかな。前はギュレットの魔力が高くて常にお腹空かせてたから仕方なかったけど、ギュレットが王都に行った今はその必要はないはずだ」
ギダンくんに対して、ブラッドさんはキッパリと口にする。
真面目な人なんだなと思っていたら、ギダンくんの指がウラの手元を指した。
「えー、余ってんだからいいじゃん。今シャリイ姉ちゃんに食わせてるのも、残りもののやつなんだろ?」
ギダンくんがそう言った瞬間。ブラッドさんが机を強く叩いた。
ウラはビクッとしてしまったが、ギダンくんはまったく気にしていないようだった。むしろブラッドさんの反応を見て「面白いものを見つけた」というような表情をしている。
ブラッドさんは凄く低い声で口を開いた。
「ーーわかった。明日からも来ていいから。来ていいから、今余計なことを言わないでくれる?」
「おっし、言質とったからな」
ギダンくんは歯を見せてニヤニヤと笑っていた。
そしてその顔でウラの方を見る。
「シャリイ姉ちゃん。そのパンおいしかったろ? ブラッドのとこのパンは街で1番だからな。王都で商売してもフシギじゃないくらいなんだぜ」
「やっぱりそうだったっぺか! 安物のパンだって言ったのに、すっごく美味しくて驚いたっぺ!」
「そうだろー。よかったな、ブラッド。ここのパンは、このブラッドと、その母親がつくってるんだぜ」
「そうだったっぺ!? 凄いっぺ、ブラッドさん!」
ギダンくんが言っていたことが本当ならば、このお店はこのブラッドさんが営んでいるということになる。ウラとそんなに年齢が変わらないというのに、家族でやっているとはいえお店を持っていることが凄い。しかもこんなに美味しいパンが売れ残りとか、出来立てだったらどんな感じなのか想像するだけでもよだれが出てきそうだ。
軽く手を叩いてブラッドさんを称えるが、ブラッドさんは顔を下げてこっちを見ようとしない。まさか怒らせてしまったのだろうか。
「よかったなー、ブラッド。こーんな、かわいい人にほめてもらえて」
「・・・・・・ブラッド。僕は余計なことを言うなって言ったよね」
「そんな、ひっしにニヤけるのを抑えながらいわれてもなー」
ギダンくんは歯を見せながら笑い、そして満足したようだった。
それにしても、可愛いと言われてしまった。本気にするものではないとわかってはいるけれど、褒められて嫌な気はしない。
でも、続く2人の会話にウラは息を飲んだ。
「ま、ブラッドからかうのはこれぐらいにして。パンくれよ。クウガのところにいく道中でたべるんだから」
「ーーいろいろと言いたいことはあるけど、それは後にしておくよ。にしても、彼はまだ監視下に置かれてるんだね。勇者じゃなくなってから、結構経った気がするのに」
ーー勇者。今ブラッドさんはそう言った。
勇者のことはノーマリルにいても知っていた。お兄の手紙にも書いてあった。けれどその名前までは知らなかった。おそらくギダンくんの言っているクウガというのが、勇者の名前なのだ。
気づいたら机に両手を叩きつけて立ち上がっていた。
ブラッドさんもギダンくんも驚いた顔でこっちを見つめていた。
「ど、どうしたのシャリイ姉ちゃん?」
ギダンくんが戸惑いながら尋ねてきた。
「ギ、ギダンくん。ウラも一緒に連れていってもらえないっぺか?」
「え、どこに? まさか、クウガのところ?」
「クウガさんというのが、勇者の名前でしたらその通りです」
ウラがそう言えば2人とも、目を丸くしていた。そしてギダンくんが不審そうにウラを見てくる。
「なんでクウガのところに。シャリイ姉ちゃんがいくのさ」
「ウラはその勇者に会うためにノーマリルから、ノンケルシィ王国にやってきたっぺよ」
そう、ウラはそのためにやってきた。
やりたいことがあったから、住み慣れた国を出てここにやってきた。
「ーーきかせてもらうけど。クウガに会ってどうするつもり?」
ギダンくんはさっきまでと様子が変わり、ウラに警戒心を抱いている。良からぬことを考えている人間だと思われているのかもしれない。
でもそれに怯んでいる暇なんてなかった。ウラの心の中が、激しさを増している。やってみたいと心が叫んでいる。
「勇者の世界にあるお話が聞きたいっぺ。そしてそれを書いてみたいっぺ。ウラが感じた面白いという感情を、もっともっと広めたいっぺ」
だって、それは見たこともない世界が広がっているんだから。
「ウラは勇者と協力して、本を作りたいっぺ!!」
~~~~~~~~
翌日クウガは著作権的な問題に、心と胃を痛めることとなる。
「い、異世界とはいえ作品の無断転載に無断使用・・・・・・。この世界で他に知っている人間がいないとはいえ、他人様の作品を自分のもののように話すとか・・・・・・。心臓と胃が痛いっ・・・・・・痛たたたたたたた!!」
(実際の無断転載や無断使用は一切認めておりません。ダメゼッタイ)
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