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〔番外編〕 サッヴァの苦悶
しおりを挟む魔王との戦いが終わった。
クウガが魔物の少女の頭突きにより気絶した後は、新たな魔王の能力により一気にノンケルシィ王国の城まで飛ばされることとなった。一瞬だけ浮いた感覚があったかと思えば目の前の景色が変わったことに、当初は幻覚を見せられているのかと錯覚したほどだ。1ヶ月はかかるであろう道のりを、瞬きする間に移動してしまうのだから。
それからは怒濤の日々であった。
魔王が陛下を脅しヘテロイヤル帝国との和平を結んだことも当然だが、気づけば私たちは前勇者である魔王を倒した英雄という立場を与えられることになった。ただしクウガを除いてだが。これに関して渋ったのはダグマルのみであり(貴族であり騎士であるからこそ名誉に関して気にするところがあるのだろう)、それ以外は私も含めて納得する形とであった。
クウガは、崇められるのを求めていない。「普通」を望んでいた。
同性愛者ということで周囲と違うということを気にしていた。だからこそ勇者という枷がやっと外れた今、新たな枷をつけてやる必要はないと思っている。
まだまだクウガに対して偏見を抱く者が消えないであろうが、いずれ風化していけば良いだろう。
元々賢者という称号を持っていた私に、新たに英雄という称号が与えられたが、これといって生活が急激に変化したということはない。あえて言うならば、後妻をいろいろと薦められはしたがすべて断っている。英雄になるにあたって与えられた褒賞を「自分と娘に対し、婚姻やそれに近いものを強制することは止めて欲しい」として正解だった。私だけでなく、サヴェルナに対しても申し出が多数あったからだ。
そして魔王を倒し終えてから怒濤の1ヶ月が経とうとしていた。
もうその頃になれば、慌ただしいことも大分落ち着いてきた。そう落ち着いてきてしまった。仕事場にある私の部屋で、イスに腰掛け頭を抱えていた。
『お前と娘が、私の世界だ。それ以外の世界など必要ない』
私はあのとき、何てことを口走ったのだ・・・・・・。
冷静ではなかった。冷静になどなれなかった。だが思い返せば恥ずかしいことを言ったという自覚はある。むしろ恥ずかしさで頭が痛い。顔が熱い。
「馬鹿か。私は馬鹿か。あのような状況で、私は何を」
思わずうめき声をあげてしまう。
そういうつもりではない。決して邪な考えで口走ったのではない。だが、思い返せば馬鹿なことを言ったと思ってしまうのだ。
あのときはクウガも冷静ではなかった。それどころか意識を保つのも苦労したはずだ。私の言葉に関して邪推することもないだろう。それに関しては複雑な気持ちもなくはないが・・・・・・。
「いや、待て。複雑とは何だ。複雑とは。何を期待して・・・・・・。この、この、・・・・・・大馬鹿者がああああああああ」
思わず机を強打する。壊れはしなかったが、予想以上に大きな音が響いた。
部屋の外にも聞こえたのだろう。扉の外からノックの音とともに、神官の声が聞こえてくる。
「サッヴァさん、何事ですか? 何かありましたか!? 失礼ですが、中に入ってもよろしいでしょうか!?」
「いや、問題ない! 入らんでいい! むしろ入るな!!」
私の大声に扉の外から悲鳴が聞こえ、「申し訳ありません」と逃げるような足音が聞こえた。
そしてしばらく経ってから、私はさらに自己嫌悪する。
何を、やっているんだ。私は。どうしたというんだ。何をしたいのか。
答えなど返ってくるわけではないのに、自問自答する。そしてクウガの顔を思い浮かべた。
もう既にクウガは勇者ではない。英雄という肩書きもつけないですんだ。
これからは一市民としてこの世界で、この国で生活することができる。多少は監視の目が入るだろうが、クウガが道理から外れるようなことはしない限り問題はないはずだ。そしてクウガがそんなことをするような男ではないと、長いこと読心魔法をかけていた私にはわかっている。
だから、もうクウガと必要以上関わる理由もないのだ。クウガが平和に過ごすためならば私など関わらない方がいい。
だというのに、何故こうも落ち着かない。好きだからか? クウガが死んだと思ったときに認めてしまったが、そうだとしてもこんな年で、このようなことで心が乱されるなど・・・・・・。
ーー脳内でサヴェルナのささやきが聞こえる。
『お父さん。それが恋なのよ。そんな風に自分に問いかけたところで、答えは出てるじゃない。いくら否定したところで無意味よ、無意味。むしろ勇者じゃなくなったんだから、何をしたっていいんだから。ちゃんと告白しちゃえばいいじゃない。ほら、ほら、ほら!!』
実際にそう言われたわけではない。だが脳内のサヴェルナがそう言い続けている。
だがここに娘がいたとしても、似たようなことを言ってきただろう。
こめかみに青筋がたったことを自覚する。
再度、机を拳で叩いた。
「余計なことを言うなああああああ!!!」
「す、すいませんでした! 出直して参ります!!」
私の叫び声のすぐ後に、扉の向こうから謝罪の声が聞こえる。
また、やってしまった。私は頭を抱えて扉の向こうにいる者に声をかける。
「いや、すまん。独り言だ。何の用だ」
「召還魔法の件についてお話があったのですが・・・・・・。お忙しいようでしたら後でも構いませんので」
「いや、問題ない。入ってくれ」
私の声に扉が開いた。恐る恐るというゆっくりとした動きだ。
そして現れた神官は私の顔色を伺いながら、部屋の中へと入っていった。
「あの、本当に問題ありませんか? 忙しかったり体調が優れないのでしたら、後日でもいいのですが」
「良いと言っているのだが」
「いや、でも」
「良いと言ってるのだが?」
神官から悲鳴が漏れる。そこまで怒ったつもりはないのだが。自分に余裕がないことが露見してしまったらしい。
それよりも用件の方が大事である。
「それで、召還魔法についての文献を所持している家などは把握できたのか?」
「大まかな目星はつけております」
「粗方では困る。徹底的に探し出さねばならん」
私の言葉にすぐさま神官が返事をするが、しばし口を閉ざした後、私の顔色を伺いながら尋ねてきた。
「恐れながらお伺いしますが。本当によろしいのですか? 召還魔法を処分しようだなんて」
「ーーああ。といっても、存在する魔法を完全に排除するというのは難しいだろうが。だがやらないよりかはマシであろう」
私がそう伝えると神官は了承したとうなずいたが、目がまだ納得できないと訴えているのがわかる。
召還魔法という魔法そのものを、この世からなくす。
それが今後若くもない私が、生涯をかけてやらねばならないことだと思っている。
「魔王がどのように世代交代するのかはわかっているか?」
「ーー次代の魔物、あるいはそれに準ずるものが魔王を食らう。または魔王に宿る半神に取り込まれるか。サッヴァさんを含む英雄の皆さんの報告書にはそう書かれておりました」
「そうだ。つまり召還魔法は召還した人間を半魔物化させ、魔王を倒した後はその人間を取り込むことで新たな魔王にする。確かにそうすれば魔王そのものを変えることはできる。だがそれは同時に、召還した者が裏切られたと感じ人間を襲うこともあるだろう」
勇者として魔王を倒した者が、新たな魔王となる。そしてその魔王は常に魔物に命を狙われ続けることになる。しかも魔物は年をとらない。食われるまで生き続けなければならない。元々人間だった者がそんなことになれば、自我が崩壊するに決まっている。あるいはカイト・ミナゴロのように、元々の人間性がおかしくなければやっていけないはずだ。
つまり召還魔法は人間の手で魔王を変えることが出来る方法である。しかしそれは召還した人間の犠牲なくしてはあり得ない。さらに召還された者の人権を度外視したとしても魔王となってしまえば、その人間を処分することは出来なくなる。魔王がいなくなればこの世界が崩壊するのだから。
この魔法は魔力を多量に必要とする割には危険が伴う。神官1人の命だけでは済まない。それに異世界の人間に対する人権をあまりにも無視している。
そこで私は思ったのだ。召還魔法そのものを、この世からなくす必要があると。
簡単にはいかないであろう。私の人生を使っても無理かもしれない。
魔法というのは、その人にとっての武器であり財産である。使えなくとも、その魔法の知識があるのとないのとでは大違いである。せっかく知り得た知識を捨てることに拒否するのは間違っていない。
だが、ここで渋るわけにはいかないのだ。
「新たなカイト・ミナゴロのような人物を生み出すわけにはいかん。あのような悲劇を繰り返してはならないのだ」
私の言葉に神官はゴクリと唾を飲み込んだ。
人間であった頃からやつはおかしかった。倫理というものが備わっておらず、ただ快楽を追求する人間であった。それが魔王という力を手にしてしまったのだから、絶望的という言葉以外なかったであろう。召還した人間によっては国や世界が崩壊しかねないはっきりした例だ。
「申し訳ありません。出過ぎたことを申しました」
私の真意を理解してくれたのだろう。神官はそう頭を下げてきた。
「構わん。魔法を扱う者からすれば、私のやろうとしていることに賛同出来ないのは仕方のないことだ。それでもやらなければならない」
「もう一度、過去に召還魔法についての書籍を借りた者がいないか確認して参ります。または懺悔している貴族に対して、悟られない程度の情報収集もしていこうと思います」
「そうだな。本来は神官でしか出来ないとされている召還魔法だが、貴族の中にもその知識を得ている者がいてもおかしくない。神官を辞した者を雇っている家は特に気をつけろ」
神官は「はい」と力強くうなずいた。
だがふと何かを思い出したようで、「そういえば・・・・・・」と別の話題を振ってきた。
「勇者が、あっ今は違いましたね、えっと・・・・・・クウガくんが目を覚ましたということですが、サッヴァさんは会いに行かれたのですか?」
その問いに無意識に拳を叩きつけることで返事をした。返事というよりも、クウガの話題に対しての拳であるのだが。そのことに対して我に返ったときには、神官がブルブルと震えていた。
「あ、あの、えっと、出過ぎたことを」
「いや。気にする必要はない。虫が過ぎたと勘違いしただけだ。それとクウガに関しては、出来る限り私がそばにいない方が落ち着くと判断した。そもそも行く時間もない」
クウガが目覚めたのは知っている。そしてその場所も知っている。ここや私の家からは大分離れた場所ではあるが、魔法で移動すれば行ける距離ではある。だが仕事が立て込んでいることと、私が英雄となったことで周囲が騒がしくなっていることもあり、クウガのところに行くのを躊躇っている。
「そうですか。確かにサッヴァさんはお忙しいですからね。魔の森から帰ってきてから今まで、空いた時間もなかったようですし。少し気晴らしで会いに行ってもよろしいのではないですか? もし目立つことを気にするのでしたら、どこかで落ち合えば良いかと」
「ーー何故、そこまでクウガを気にする?」
まさかサヴェルナだけでなく、周囲にまで私の気持ちはダダ漏れなのか?
そう不安を抱えながら尋ねれば、神官は私の顔色を伺いながら「失礼ながら」と前置きをして話し出した。
「勇者が召還されサッヴァさんと過ごすようになってから、サッヴァさんの纏う空気が穏やかになりましたので。前は常に張りつめていたというか、緊張感があったというか。今のように仕事とは関係のないことを話せる様子はありませんでしたので。ですから勇者の存在が、あなたさまに深い影響を与えたのだと思ったまでです」
それを聞いて、私は頭を抱えたくなるのを必死に堪えた。
そこまでわかりやすいのか、私は。
「サッヴァさんにとって、彼は特別なんだろうと。そうですよね、ずっと見守り続けていたのですから。サッヴァさんにとって彼はーーーー」
神官の言葉に、心臓が酷く鼓動する。
まるで実刑に処される罪人のような心持ちだった。
私にとって、クウガはーーーー。
「息子みたいなものなんでしょうね」
その言葉に、頭上から岩が落ちたような錯覚がした。
「サッヴァさんの娘さんも、彼と似たような年齢でしょう? 確かにサッヴァさんが気にするのもわかりますよ。年頃の女の子よりも男の子の方が同性な分、気軽だと思いますから。同性愛者という点はよくわからないですけれども。
あ、余計な話をしてすいません。召還魔法の情報を知りうる者に対してもう少し調べてみようと思います。失礼いたしました」
神官は私の様子に気づかずに退出していった。
残された私は拳を机に叩きつける。しかしその力は弱々しいものになってしまった。
「そうか。息子か・・・・・・。当然だ。普通に考えればそれが当然だ。クウガが年上が好きだとしても、私とクウガでは父と子と思われるのが普通のことだ」
改めて突きつけられた現実に頭が重い。これは回復魔法でも治らないであろう。
「いろんな意味で、クウガと顔を合わせにくくなったな・・・・・・」
こぼれた言葉は、酷く乾ききっていた。
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