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サッヴァ+アトラン 正道と邪道

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(sideサッヴァ)


※「クウガ 強制しない」の間の話。サッヴァが自尊心を売った話。



 仕事場である神殿の私室。そこには私用の席につく私以外にもう1人。本来ならばここにいるはずのない男がにこやかな顔で用意したイスに腰掛け笑っていた。その笑顔は邪気に満ち溢れていると私にははっきりと見える。

「やっと決意を固めましたか。もうタイムリミットかと思いましたよ」

 アトランはふふふと声を震わせる。初対面の者からすれば優しげな笑い方だ。だがもう古くからの付き合いである私から言わせれば邪悪なる者の高笑いに聞こえて仕方がない。この男を人間として好む日は来ることはないと、自信を持って言えるだろう。

「先輩に手紙を送って大分経つというのに返事が来ないので、半ば諦めておりましたよ」
「だがその前に確認しておく。お前が手紙に記したことは可能なのだな?」
「可能かどうかは先輩の話術頼りですがね。それでも、これほどの量の魔力を交渉材料とするならば、国としては先輩の言葉に従わざるを得ないでしょう。難色を示しても民間に売り飛ばすといえば、他国に流出する危険性をなくすために国は了承するしかないはずです。そもそもあなたが暴走すればほとんどの人間に勝ち目はありません。あなたが一歩も引かなければ穏便に事が進むでしょう」

 アトランの言葉にうなり声をあげてしまう。
 わかってはいたが、やはりそういうことになるか。

「『クウガの旅に同行出来る』。お前はそう手紙に書いたはずだ。結局私がどうにかしなければ変わらないのならば、お前は嘘を言ったことにはならないか?」
「おかしなことをおっしゃりますねぇ。無理を通すにしても交渉条件があるかないかで相手の受け取り方は大きく違いますよ。その交渉条件を作ってあげるのですから感謝してほしいくらいですよ。つまりーー」

 アトランは勿体ぶるように言葉を切ってから話す。

「前に返していただいた貸しは、また先輩にお貸ししますので。また違う機会に返していただきますよ」

 その言葉に私は苛立ちで奥歯を食いしばった。
 アトランが言った貸しーー私側からすれば借りになるがーーとは、クウガとサヴェルナを助けたことである。死ぬとされていたクウガを隠して、2人を生かしたのはこの男がいなければ成せなかった。私に絶望の言葉を吐き捨てたが今となればクウガが生きていることを悟られないために、ああする必要があったのはうなずける。私が冷静であったならば、その真相を詮索される可能性があった。だがそれをわかっていてもこの男に感謝するつもりはない。以前この男はその貸しを返せと言い私に要求を突きつけたのだから。

「で、その交渉材料は持ってきたのか」
「ええ。この通り」

 アトランが立ち上がり、そばに置いていた袋をとって私の前へと歩み机にそれを置く。その袋の大きさに違和感を覚えてアトランを見る。

「おい。貴金属の量が前よりも増えているが?」
「クウガくんの旅に同行するのですよ? つまりこの国1番の魔力の持ち主を国外に出すということ。前に増やした魔力量だけで足りるとお思いで?」
「ーーおい、まさかとは思うが・・・・・・」

 その後の言葉を紡ぎたくなく、だがそうしなければ話が進まないため、苦々しく思いながらも尋ねる。

「また、お前の精液を飲めというのか?」

 その言葉にアトランは笑い声でもって返事をした。


+++

 以前、アトランが私の家に訪れた日のこと。
 アトランは貸しを返せと私に迫った。それが精液を飲めと言われるなど、あのときの私は予想出来なかった。だがクウガとサヴェルナを救ってくれたこともあり、アトランの言葉に強く言い返せなかった。魔導師として確固たる地位にいるアトランにとって、金よりも必要なものは魔力だということはわかっている。だがかといってそれはないだろうと言い返そうとしたが、

『先輩はクウガくんと娘さんの命よりも、ご自身の自尊心の方が大切なようで』

 と言われてしまい、私に残された道はなかった。
 そこでいざ大量の貴金属を身につけてから、アトランのブツを拝むことになったのだが問題があった。というよりも何もかもが問題なのだが。何が悲しくて同じ男の陰茎を見なければならないのか。実際アトランのモノを見て最初に感じたのは嫌悪感だ。クウガに対しては一切感じなかったというのに、同じ男でもこう違うのかと知りたくもないことを知った。
 アトランもアトランで、私に対して陰茎を見せることに冷めており萎えきっていた。まず勃たせなければ始まらないというのに、アトランは私に「先輩の顔を見てたら勃起するモノも勃起しない」と文句を言ってきた。何故強制されている私がそんなことを言われなければならないのか、殺意に近い苛立ちを覚えつつなんとか射精させるに到った。
 だが精液を口に入れた瞬間、強い痺れと刺激が脳天を突き破るような感覚を覚え、耐えきれずに倒れ込んでしまったのだ。クウガの精液を飲んだ際も痺れ、それは性感を強く刺激したような感覚だった。だが魔力の強いアトランでは命の危機をも感じるような強刺激。すべて飲み込むことが出来ず、吐き出して倒れてしまったほどだ。

 ・・・・・・まさかその後、クウガに見られるとは思わなかった。
 朝に私が告白に近い失言を放ってしまったが故、顔すら合わせられなかったというのに。そんなクウガにアトランの精液を飲んだことを知られたときは絶望した。クウガが死んだと知ったときとは別の絶望だ。そんなこともあり、あのときの私の失言はすっかりと流されてしまった。いや、元々告白するつもりなどなくウッカリ口走ってしまっただけなのだが。
 かつてクウガを困らせるなとステンに忠告した私が、深刻な時期にクウガを困惑させたことに関しては後悔している。ダグマル辺りにでも知られれば怒鳴られるか幻滅されるかしただろう。


 アトランはそんな私の精神ダメージによって得た魔力で、私の借りをチャラにしたのだった。


+++

 そのチャラにしたはずの借りを、また今日作ることになってしまう。増やした魔力は私がクウガの旅に同行する許可をもらうために国へと差し出すことでアトランの手元には残らないからだ。元々神官や魔導師は月々決められた量の魔力を渡すことになっているが、それが大量に手に入るのだから国にとっては魅力的なはずだ。
 魔王が攻め込む状況だから尚のこと魔力があって困ることはない。私が一時的に国を離れることの懸念は緊急時に私の魔法に頼れないことと、私の魔力を得られないということだ。大量の魔力は交渉材料としては十分だろう。

 だがアトランへの借りが増えるというのに、肉体的にも精神的にも辛いのは私だけではなのが不満でしかない。何故男である私が男の、それも嫌いな男の精液を飲まなければならないのか。クウガのときは好いているからこそ出来た行為だ。

「では、早速始めましょうか」
「おい、待て。まさかと思うがここで始めるつもりか?」

 ここは私の家ではない。神殿の奥にある神官たちの仕事場だ。

「出来るわけがないだろう。前回のようにお前が私の家に来れば良いだろうが」
「その前回でクウガくんにバレているのですよ? また自分が先輩の家を訪ねて部屋に籠もれば嫌でも察してしまうでしょうね」

 それを聞いて、グッとくぐもった声が出る。
 確かにクウガにもう変な誤解を与えたくない。いや、誤解も何もアトランとそういう行為をしたのは事実だが、クウガに変なことを思われたくないのだ。ただでさえ私はクウガに対して失言が多い。惚れてしまった人に対して、失望はされたくはない。

「ーーならば、個室のある店に行けば良いだろう。それならばわざわざここでやらずとも」
「先輩。あなたは神官ですが、ただの神官ではありません。賢者であり、過去に魔導師から移動した経緯があります。魔導師に鞍替えをするのではないかという、下手な勘ぐりをする者もいるのではないですか? 神殿ここならばまだ神官かれらの領分ですが、他所まで2人で話し合いがされたと知られればその疑念は強まるだけですよ」

 またもくぐもった声が口から出てしまう。
 これは私が招いた問題でもある。魔導師から神官に移動する者はそうそういない。対立しているからこそ余所者扱いが激しいからだ。移動してからが長いためそうそう疑われることはないが、確かにアトランとこう何度も会うのは危険かもしれない。
 私は前にダグマルから教えてもらった店を使おうとしていたが、あそこは密会でも使われるとダグマルは説明していた。そんな場所にアトランと2人っきりでいるというのはマズい。

 私はギリギリと歯ぎしりをする。
 嫌そうな顔をする私に対しアトランは、それはもう楽しそうに笑うのだ。


「先輩、諦めた方が楽ですよ。さあ、今回はこれ全部に魔力を込めさせていただきますよ。さすがに自分も若くはないので回数は少なくしてほしいので、全部飲んでくださいね」


 逃げ道はないようだ。
 私は苛立たしく机に拳を叩きつけることしか出来なかった。


+++

(しばらくお待ちください)

+++


「ガハぁっ、えぼっ、ぐは、あ、ぁ、ぁ」

 何度か、飲み干した。肉体的にも精神的にも死ぬかと思った。

 アトランの前に跪く格好で、私は飲み込んだものを吐き出すようにせきこんだ。しかしすでに胃の中へと入ったものが逆流することはなかった。マズいだけでなく吐き気しかない。さらに言うならば頭が割れるような、脳が未だに揺さぶられるような感覚がある。痛みともいえる痺れが手足を襲った。
 昔、エルフの少年が犯されて死んだという記述があったが理解出来る。魔力の膨大に体が拒否反応を示している。魔力を移せる貴金属を身につけていてもこれなのだ。対策のとれなかったエルフの少年の体が耐えきれるわけがない。

「ーーこの方法はあまり広めない方が良さそうですね。魔力の違法売買が蔓延する可能性が高い」

 アトランはブツをしまいながら、私の様子を見て冷静に推測する。

「ごほっ、おま、えっ、えぼっえぼっ、いつか、ヴォェ・・・・・・、ころす」
「堂々とした殺人予告ありがとうございます。その日を心待ちにしていますとも」

 思わずこぼしてしまった殺意にも、アトランは怯えるどころか楽しそうに告げる。
 そして腰を屈めて私と同じ姿勢になると、私のことなど気にすることなく首と腕にジャラジャラと煩わしい貴金属を外していく。既に意識は私ではなく魔力に向かっている。私を見て嘲ることがなくなったのはありがたいが、他人のことを一切鑑みない姿勢に苛立つのも仕方ないだろう。
 そしてアトランはひとつの腕輪を除き、すべての貴金属を外した。残っているのは魔導師長から買い取った純度の高い貴金属だ。元々クウガに貯めた魔力を渡すために毎日少しずつ魔力を入れているのだが、底がないのか1年以上経っても満杯になることはない。

「先輩、すべての金属に魔力を貯められましたよ。これだけあれば上も納得するでしょうね。どうやって魔力を集めたのか、その方法は他言無用で」
「言えるか!!! 用が終わったのならばさっさと帰れ!」

 やっと事が終わったのだ。さっさと出てけ。そもそも職場でこんなことしているとバレたら退職だけで済むとは思えない。完全にこの男に毒されている。クウガの、クウガのことさえなければ・・・・・・。
 私は歯を食いしばった。

「えぇ、帰りますよ。では先輩、また」

 もう二度と顔を見たくない男だが、あれもまたクウガと関係がある。わざわざ顔を見せに行こうなどとは思わないが、これから先会わないはずがない。
 私は頭を押さえた。きっとこの頭痛は回復魔法でも治らない。


『俺も、サッヴァさんがいてくれてよかったです』


 だがふと思い浮かんだクウガの言葉に少しだけ楽になってしまい、自分が単純であると実感してしまうのだった。





+++


(sideアトラン)

※サッヴァが無事クウガと同行が叶った後の話


「それにしても少し意外でした。あの人に先輩が譲るなんて」

 王都に戻り腰を落ち着けシャンケと共に書類をまとめていると、シャンケから声をかけられました。顔をあげてシャンケを見ると、不思議そうに首を傾げています。

「あのダグマルという騎士が魔法を使える者を集めていると聞いたとき、リーダーがクウガの旅についていくと思っていました。リーダーは古代の魔法に対して真剣ですし、魔の森に行ける絶好の機会だとばかり」
「甘いですよ、シャンケ。そんなのだからあなたは周りに利用されるのです」

 そうため息を吐くとシャンケが謝罪してきた。

 自分がサッヴァ先輩に魔力の貯まった貴金属をすべて渡す。そしてそれによって先輩がクウガくんの旅に同行する権利を得ることになりました。それはシャンケからすれば自分が行けるはずであった地位を先輩に譲ってしまったように見えたのでしょう。
 確かにその通りです。自分は先輩がクウガくんたちと同行する術を教えました。それは同時に自分にも使用できる方法だったのです。しかしそれを自分ではなく先輩に与えてしまった。結局自分の手元には国に交渉する材料はありません。


 でならば。


「いいですか、シャンケ。もし力を得たいのならば周囲を利用しなさい」
「利用、ですか?」

 意味がわかっていないであろうシャンケに、自分は笑みだけを向けるのでした。



+++


 そして先輩がクウガくんたちの同行メンバーに加わったという話が正式に決まった日。自分は魔導師長に呼ばれました。

「あやつが、勇者の旅に同行すると聞いたが。何か聞いていないのか?」
「何かとは?」

 自分がいつものように微笑みを向けると、魔導師長は眉間にしわを寄せます。

「とぼけるな。お前があやつと時折会っているということは知っている。それにお前も勇者に肩入れしていると聞いているぞ」
「ははは。そんな噂が流れているのですか。あの人と会っているというのは事実ですが、それはあくまで勇者の魔力に関して情報を得ているため。古代の能力を持つ男がどんな魔法を使うことが出来るのかは、自分としても研究材料になりますので。ええ、本当に良いサンプルですよ、彼は。そういう意味では肩入れしていると言ってもいいかもしれませんね」

 自分はそう話をしてから、魔導師長に尋ねる。

「それで、自分に話とは? まさかあの人の近況報告をしろと言うつもりはないですよね?」
「馬鹿なことをぬかすな。あやつとはもう何の関係もないと何度も言っているだろう」

 魔導師長はこめかみをおさえながら、言い辛そうに口を開く。

「ーーキュルブのやつは、魔の森に興味はないのか?」
「まったくないと言えば嘘でしょうが、わざわざ数ヶ月もかけて行きたいとは思わないでしょうね。キュルブだけでなく魔導師としての力や地位を持つ者たちはそれぞれ研究調査している事柄がありますので、まず行きたがらないでしょう。魔導師で強く声をあげているのは、魔導師としてパッとしない者ばかりですよ」

 そう進言すれば魔導師長は苛立たしそうに、自分をにらみつけてきました。

「騎士からは公爵家の子息であり隊長を務める腕利きの男。そして神官からは国で最も魔力の高い賢者の称号を持つ男。だというのに魔導師からは誰も出さないというのは外聞が悪い。さらにもし勇者が無事に魔王を倒したとしたならば、魔導師の立場が崩れる恐れがある」
「そうですね。しかし生半可な者では逆に反感を買いましょう」
「ーーーーこれが、お前のやり方か?」
「さて、何のことでしょうか?」

 首を傾げると、「白々しい」と憎々しげに言われました。
 自分はそれに対して苛立つことも、嘲ることもなく、ただ笑顔を見せるのみ。





 クウガくんが旅に出る1週間前。
 同行するメンバーに、自分の名が載ることとなる。
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