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*** 希望は絶望の上にある

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 王国の開戦の準備が整った。
 街から出た平地にて騎士や魔導師の他にも平民の中から腕に覚えのある者が傭兵として集う。誰もが開戦の幕が上がるのを待っている。
 そして軍の中で一際厳重に守りを固めている場所があり、その中心には王がいる。何故王が開戦の場に赴かなければならないのか。それはこの世界において戦争を行う際には国の最上位の者が開戦の狼煙を上げなければならないからだ。これは人間が争い始めた頃から続く儀式であり、これを破った側の国は戦時中に不利な状況に陥ることが多いとされている。戦争を行うほど大きな国はノンケルシィ王国とヘテロイヤル帝国のみとなってしまってもその習わしは続いている。
 だがこの儀式。守られるはずの王が城外に出ているため、その隙に殺害されるという例も多く存在する。だからこそその警備に余念がない。王の周囲には魔法壁が敷かれ、その中にも魔導師や騎士たちが周囲を気にして攻撃態勢を緩めなかった。

 軍の何割かが、遠くの空に注視している。その全員が過去に帝国との戦争を経験した者たちだ。その視線の先は帝国方面。だがどうも違和感がある。
 未だ狼煙が上がっていないのだ。
 今回の戦い。多くの者は先に狼煙を上げるのは帝国側だと予想していた。だがいざ王国側が開戦しようという今もその様子が一切ないのだ。それを狼煙を上げずに進軍したのではないかと考える者が多い。
 その中で騎士団長は妙な胸騒ぎを覚える。自分の中の経験による勘が警報を発していた。何に対してかはわからないが嫌な予感がする。団長は王のすぐそばを守る騎士3人に目配せする。それに気づいた騎士たちは頷き、剣の柄を持って緊張感を高める。
 王を狙う方法として多いのは間者が紛れ込んでいる場合。それを避けるために経歴が20年以上の上位の騎士や魔導師、もしものための神官1人しか防御壁の中にはいない。だがそれでも魔力封じの石を用いれば魔法壁など簡単に壊れてしまうため、外からの進入がないとも言い切れない。未だ心配が拭えずにいる団長は防御壁の外や中、そして王の近辺などに目を配る。

 そんな団長の心配など王は気づいておらず、用意されている枯れ草に点火しようと試みる。周囲の騎士たちは辺りを見回し注意する。


 だがそれは突然、その場にいる誰もが想像しなかったことが起こる。

「・・・・・・え」

 王の周囲にいた1人の騎士の声が漏れる。その騎士の視界に突如人の姿が映ったからだ。そう、近づいたのではない。したのだ。
 そして次の瞬間。その騎士の体は縦に切断され血飛沫が飛び散った。何が起きたか認知するよりも早く、他2人の騎士が似たようにして血に伏せた。
 その間。わずか数秒。

 団長は前触れなく現れた人影に向けて手のひらを向ける。団長だけでなく、同じように魔法壁の中にいた魔導師長もだ。だがそれが誰だかわかった途端に驚愕する。その驚愕の一瞬すら、その者には与えてはならなかった。


 ーー王の首が、宙を飛んだ。そして赤き血潮に染まる体は枯れ草に倒れる。
 宙に上がった首は弧を描いて落下する。そして侵入者の手に収まった。

 侵入者の背後には子供の姿。だが子供の周囲に靄がかかったかと思えば、そこには誰もいなくなった。現れたときと同じように、一瞬で姿を消したのだ。
 残されたのは4つの死体のみだった。

 最初は呆然としていた周囲も、次第に慌て喚き出すようになる。
 その中で団長と魔導師長は、暗殺を成功させた者の名を小さくつぶやいた。それは彼らには見覚えのある男だったからだ。








 そして事態はまだ終わりではなかった。

 空がおかしいと気づいたのは誰だったか。
 晴れの日が多いこの世界に暗雲が広がる。だがいつもの大雨が降る前兆のそれとは様子が違っていた。一カ所に雲が集まるという、あまり見ることのない光景に人々は空を仰ぎ見る。次第に雲は平らの形を作ったかと思えば、次第にそこに像が映されていく。どうすれば雲に映像が映るのか。その原理を理解できる者などいなかった。
 初めはぼんやりとしか見れなかったが、その姿がはっきりしていくとノンケルシィ王国の多くの人が悲鳴をあげた。

 それは死んだとされていた前勇者カイト・ミナゴロの姿だったからだ。

『皆さん。こんにちは。僕はカイト・ミナゴロと申します。ノンケルシィ王国で勇者としてこの世界に召還された者さ。今皆さんに見せているのは光の反射を利用して・・・・・・と説明しても詮無いことだね。ところで聞いてほしいのだけれど、実は僕は王国によって別の世界から呼び出されたにも関わらず、国からは嫌われまして。最終的に殺されてしまった』

 カイトは当たり前のように口を開く。
 それを聞いた王国の人々は憤慨する。何が嫌われただ。お前が好き勝手したせいだろうが。そう悪態をつくも、それがカイトの耳に入ることはない。

『そして生き返ったはいいものの、どうやら僕は人間ではなくなったようです。まぁ、この世界に来た時点で既にけれど。ともかく皆さんにお伝えします。僕が、今の、魔王です』

 悲鳴と怒号があちこちから響き渡る。
 だがカイトが両手を掲げて映した物を見て、すべて悲鳴と驚愕に変わる。
 それは人の頭であり、あるはずの胴体が繋がっていなかった。そう、生首が2握られていた。それが誰だかはっきりとわかったのは、王国と帝国の王の顔を拝したことのある者たち。

 それは正に王国と帝国の、王の首であった。

『不思議に思わなかった? 魔物の数が減っていることに。魔物がやけにおとなしかったことに。そうだよ、そうすればこの愚かな世界にいる人間のことだ。絶対に戦争を起こすって思っていたけれど案の定だった。この世界の人間が戦争を起こす際には狼煙を上げるって知っていたけれど、まさかこんなに簡単に王の首が穫れるとは思わなかった。何の罪悪感もなく異世界から人を召還する王国は他力本願の愚か者で、魔物の森に進軍して一人残らず魔物の餌になった軍を持つ帝国も愚か者だ。そんな愚か者が世界の国の内の大きな2つなのだから、この世界は愚か者しかいないんだろう。愚かだ、本当に愚かだよ』

 カイトはそして笑う。楽しそうに、狂ったような笑い声が響く。

『そんな愚かな世界に僕からゲームを与えよう。今から1年後、僕は人間を殺していく。まずは王国と帝国の村から潰していく。そうだなぁ、平等にそれぞれの国の人間、100人ずつ殺していけばいいよね。次に街の人を殺していく。最後に王都にいる人を殺していく。外側からじっくりゆっくり殺していく。残りの小さな2つの国は、王国と帝国がいなくなった後に魔物を送り込めばすぐに滅ぼされるだろう。
 魔の森に僕を殺しに来るのか。力を蓄えて迎え撃つのでもいい。少しでも長生きするために王都に逃げ込むのでもいい。それは各自に選ばせるよ。1年もあるんだからゆっくりと考えればいい。期限が来たら殺すけど。この王様たちみたいに』

 そして髪を握ったかと思えば、玩具のように振り回す。
 何の罪悪感もない。ただただ楽しそうにそう告げる。

 カイトの高笑いが世界に響きながら、次第に雲が晴れていきその姿は消えていった。


 だが晴れの空には似つかわしくない暗い雰囲気が世界を占めていた。



+++


「・・・・・・おい、どうすんだよ」

 王国の街で誰かが口にした。それはだんだんと広がり、悲鳴と怒号が響きわたる。
 女たちは前の勇者の姿を見た途端、腰を抜かしたり気が狂った声をあげる者までいた。

 彼らは他のどの国よりもその恐ろしさを知っている。凶暴さを目の当たりにしている。誰よりも傷ついているし、恐怖心は未だに拭えない。
 その男がまたやってくる。今度は気まぐれで殺すのではない。殺すためにやってくるのだ。
 騎士でも殺せない。魔導師でも殺せない。暗殺者でも殺せない。魔物でも殺せない。
 そんな男の殺害方法など、誰も思いつけるわけがない。

「命乞いすれば」
「無理に決まってる」

「何でも言うことを聞けば」
「魔王が人間に望むことなんて死しかねぇだろ」

「誠心誠意説明すれば」
「元々人の意見に耳を傾けるやつじゃない」

 街の人々が言い争う。その声に覇気はなく、目に光は消えていた。

「戦うか?」
「馬鹿言え。死ぬだけだ」

「じゃあ、逃げるか」
「どこにだよ」

「・・・・・・王都にだよ」

 そして人々は王都に繋がる壁を見つめる。
 そうだ。王都だ。王都に逃げれば少しは生きられる。でも入れない。それなら無理矢理にでも入ればいい。
 こんなときでも王族や貴族は壁に囲まれて安心しているんだ。そんなこと許してたまるか。反逆として殺されたって構うものか。どっちにしたって殺されるのだ。王様が殺されたように首だけになって死んじまう。

 人々の空気が沸々と煮えていく。冷静な思考などない。ただ生き残りたいという欲が勝つ。前の勇者の横暴を知っているからこそ、その判断は早かった。
 生きたい。死にたくない。その気持ちが、暴走し始める。




 その狂気的な熱は、とある少女の言葉で一気に鎮火する。

「だいじょうぶだよ。今の勇者のおにいちゃんがいるもん」

 兄の服を掴んで少女が無邪気に笑いかける。

「前のときだって、ミンユたちのことたすけてくれたもん。今度だってたすけてくれるよね」

 少女の言葉に街の人々は黙りこんだ。
 そしてポツリポツリとつぶやいた。

 そうだ、今は別の勇者がいる。そうだそうだ、元々魔王を倒すために勇者は呼ばれたんだ。そもそもどっちも俺たちとは違う世界の人間だ。そいつらで責任をとるのが普通だろ。勇者は不思議な力を持ってる。前の勇者だって殺せるかもしれない。

 王都に向かっていた悪意の熱が、勇者への期待の熱に変わる。
 人々に希望が灯った。絶望しかけていた心が治っていく。
 勇者のことを蔑んでいたことも忘れ、口々にその期待は広がっていく。




 そんな人々を軽蔑の眼差しで見つめるのはギダンだった。
 今の勇者クウガがそんなに強くないことを、普通の人間だということをギダンは知っている。人々が期待するような人間でもなければ、悪意を向けられるような人間でもない。
 それを知らないのにクウガを憎んでいた人々。それなのに勝手にクウガに期待する人々。そんな身勝手に流される人の心にギダンは幻滅した。そしてその姿にかつての自分を重ねて自己嫌悪する。

『本当に俺が悪いかどうか、ちゃんと確かめろよ』

 友人ギュレットがギダンの余計な発言で騎士に連れてかれた後、クウガはギダンにそう言った。だからギダンは言われた通りにクウガを観察した。だからこそクウガが自分たちに対して無害だと気づいた。前の勇者による先入観だけで判断していたと気づかされたのだ。
 今の街の人々を見てギダンが思うのは馬鹿ばっかりだということ。自分勝手ばっかりだということ。
 ギダンは元々家の仕事柄、様々な情報を得ることが多かった。でも視界が狭かった。それがクウガに着いていくのがきっかけでその視野が広がった。王都に行くようになってからそれはさらに広がった。

 王都へ行って貴族たちの会話をギダンはこっそり耳にすることが多かった。貴族たちはギダンを街の子供だからと馬鹿にしており、見られてもギダンが頭の悪い街の子の振り(実際に街の子ではあるが)をすれば見逃されていた。
 それ故にギダンは知ってしまっている。クウガが死んでいるということを。
 信じられなくて信じたくなくて、ギダンはサッヴァに尋ねたのだ。だがどこかに行って戻ってきたサッヴァの様子から、ギダンはそれが真実だと思い知らされた。


 街の人々が勇者に期待する声を聞きながら、ギダンは唇を噛みしめていた。
 そこにいる人々は未だクウガが死んだことを知らずにいる。



「バカだよな。ぜんいん、バカだ。みんな、みんなバカばっかりだ」







 ゆっくりと、ゆっくりと、絶望は浸食していった。
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