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シャンケ 憧れはいつまでも
しおりを挟む昔から常に空腹を感じていた。食べても食べても、お腹がいっぱいになるという感覚がわからなかった。
それは魔力が多いからと言われたけれど、子供の頃はそれがどういうことなのかわからなかった。他の子よりも食べられる量が違うということが、両親の稼いだお金をその名の通り食い潰してしまうのも、ただただイヤだった。
でもたまたま親の仕事で王都に行って迷子になり、そして魔導師を見かけた。
そのときに目にした魔法がとても綺麗だった。街でも魔法を見かけないわけではなかったけれど、あんなに綺麗な物は見たことがなかった。
父ちゃんに聞いて魔導師って職を知って、でも街の子は魔導師になれる可能性は少ないことを知った。でも憧れは止まらなくて、王都に行くときは無理矢理ついていった。
それから数年後、あの人に会った。それが魔導師になるきっかけだった。
いつ辞めさせられるかわからない恐怖と緊張で、自分から話しかけることができなかった。でもずっと感謝してて、尊敬している。
ずっとずっと、これからもずっと尊敬するのはあの人が1番なのだ。
+++
「私が、王都にですか?」
「正確には王都っていうよりも、魔導師たちの住む建物なんだけど」
オラの目の前には、あの麗しき女神サヴェルナちゃんがいる。
そのサヴェルナちゃんは戸惑った表情でオラを見ていた。
まさかあのサヴェルナちゃんがオラの目の前で、オラに話しかけてくる日が来るとは夢にも思わなかったっぺ。街に赴く日に遠くからその姿を眺めることしかできなかった頃とは違い、こんなウフフアハハな会話ができるなんてえええええ。
「街側の神殿からは遠くなってしまうけれど、たまにはどうかな? いつもいつもロッドの家にいるのも大変だろうし」
「ええ、それはまあ。ロッドの脳筋野郎はともかく、おじさんとおばさんにはお世話になりっぱなしで申し訳ないと思ってはいたんです」
「さも当然のように俺の悪口ぶっこんでんじゃねぇよ」
オラとサヴェルナちゃんの会話にロッドが割り込んでくる。こいつさえいなけりゃ2人きりなのに。パン屋の2階で3人集まっているのだから仕方ないが。
でももしかしたらサヴェルナちゃんと2人きりになれるかもしれないのだ。というのもリーダーから直々にサヴェルナちゃんと連れてきていいとお達しがあったからだ。オラがサヴェルナちゃんやロッドと会っていることをいつから知られていたかはわからないが、隠しているわけではないので別にいい。
大事なのは今夜からサヴェルナちゃんと同じ屋根の下で眠れるかもしれないということだ。今頑張らないでいつ頑張るというんだ!
「上司から許可はもらってるし、サヴェルナちゃん用の通行証も作ってもらったんだ。もちろん無理強いはしないから、サヴェルナちゃんの気持ち優先だけど」
卑怯な手ではあるが、上司の手を煩わせていますともとれる言い方をさせてもらった。相手に罪悪感を与えてしまう方法ではあるが、今は手段を選んでいられない。
迷っているサヴェルナちゃんに、ロッドが話しかける。
「いいじゃねぇか、行ってこいよ。俺の家にずっと居座ってんじゃねぇよ。むしろ自分の家に帰れよ。いつまで親子喧嘩で家出してるつもりだよ」
おい、こらロッド。最初の言葉は良いとして、後の2つの言葉は言うな。サヴェルナちゃんが実家に帰ったらオラの計画も潰れる。
「ロッド、余計なことは言うんじゃねぇっぺ。ってかオメー、本当にサヴェルナちゃんに何もしてねぇっぺな?」
「しねぇよ、するかよ、してたまるかよ。こいつと何かあるくらいなら一生独身貫いてやるわ」
「ロッドの家のご両親って良い人なんだけど、ロッドを神官にさせたかったからか私とロッドをくっつけさせようとしているのよね。ロッドの性格的に神官は無理だと思うのに」
「オメー、親を使ってサヴェルナちゃんに取り入ろうとしてるっぺか!? 最低な野郎っぺ!!」
「テメェは俺の話をまったく聞く気がねぇよな本当によお!!」
ロッドが苛立ちながらオラに怒鳴ってくる。当初だったら悲鳴をあげたかもしれないが、今となっては大分慣れた。ちなみに未だにサヴェルナちゃん相手に方言で話す勇気はない。
強く言い返そうとしたが、階段の辺りからドゴォと音がして口を閉じる。その方を振り向くとここの店長であるブラッドが怒りを背負っていた。
「騒ぐなって何遍言わせるのかな。ねぇ、ロッド。あと何回言えばわかってくれるんだろう」
「ブ、ブラッド。悪かった、悪かったから落ち着け」
ロッドが青い顔をしてそう言えば、ブラッドはチイイッと大きな舌打ちをして階段を下りていった。ロッドが安堵のため息をついた。
オラも大声を出してしまった手前、申し訳ない気持ちになってくる。
「シャンケさんの申し出はとても有り難いのですが・・・・・・、その、魔導師がたくさん集まっている場所ということですよね。それが怖いというか、不安というか」
サヴェルナちゃんがオラから視線をそらしながら告げる。サヴェルナちゃんは神官だ。その彼女が魔導師たちの集う場所に呼ばれても警戒してしまうのも仕方ない。ロッドも騎士ではあるが他の家族はそうではない。どちらの方が居心地が良いかなんて簡単なことだ。
「サヴェルナちゃん」
これはあまり使いたくない手だったが、そうも言ってられないだろう。
「おそらくクウガとも会える」
「行きます」
即答だった。だから言いたくなかったっぺ・・・・・・。
「そっか。そうですよね。シャンケさんのところに行けばクウガさんに会えるんですもんね」
今日1番であろうサヴェルナちゃんの笑顔。
ああ、それが自分に向けられていることの幸福感。そしてそれが違う男を考えていることの絶望感。オラとしては複雑っぺよ。ほら、ほらロッドも可哀想なものを見る目でこっちを見てる。
「ありがとうございます、シャンケさん」
「・・・・・・サヴェルナちゃんが嬉しいなら、それで構わないよ」
「お前って本当に、いろんな面で残念なやつだよな」
黙れロッド。
オラは悲しみを忘れるために、持ってきた紙の束と筆記具を机に広げる。サヴェルナちゃんとロッドがそれを覗き見た。別に見られても構わない。むしろロッドに渡すために持ってきたのだ。
「それロッドの回復魔法の経過をまとめたやつっぺよ」
オラの言葉にロッドがギョッとした顔でその紙束を掴むと、オラと紙を交互に見つめる。
別に紙に書いてまとめるのは苦ではない。むしろ楽しいくらいだ。魔導師にならなかったら迷い無く親の仕事である代筆屋を継いでいただろう。魔導師内でも先輩方の代筆を手伝って小銭を稼ぎ、稼いだお金は必要経費を除いて親に送金している。
「凄いですね、シャンケさん。字も綺麗で読みやすいです」
サヴェルナちゃんにそう誉められると嬉しい半面複雑だ。ロッドに渡したのはどこかに提出するものでもないので、雑と言っていいほど適当なものであったからだ。
ロッドも感心したように紙の束をめくっていたが、次第に目を閉じて天を仰いだ。
「凄いのはわかるが、俺あんまり本とか読まないから目が痛い」
「オメーは人の好意を何だと思ってるっぺ」
「いや、でも凄いのはわかる。報告書とか始末書とか俺の代わりに書いてくれって頼み込みたいくらいに」
「オラが書いてどうする」
「わかってるわ。でも文字とか読むのはまだマシだとして、書くのは苦手で。騎士になる前はそういうのが多少できなくても問題ないし。ってか騎士になったら文章を書くことになるとは思わなかったんだよ」
本当に苦手なのだろう。確かに文字を読んだり書いたりすることが誰でも容易にできるわけではない。貴族ならばそういう教育を受けるのが当然だが、街にいる人たちはそうでもないのだ。自分だって親の職業が違っていたら、ロッドと似たようなものだったかもしれない。
「いいなぁ。シャンケさん、私のはないんですか?」
「え、あ、サ、サヴェルナちゃんのは、もう少ししっかりしたのを渡したくて。ロッドのは主観が混じってるというか、少し曖昧なところも多いから」
「楽しみにしてますね」
サヴェルナちゃんの笑顔に、オラはコクコクとうなずくことしかできなかった。
うおおお、めっちゃ緊張してきたああああ。下手なもん作れねぇっぺええええ。
ロッドが持っていた紙束を置き、オラの方を見る。
「ってか、お前は自分のをまとめたりしてるのか?」
「まとめてる・・・・・・けど。人様に見せられるようなもんじゃねぇっぺ。もっと良い物にしないとリーダーに見せられやしない」
上手くいかなくて処分しようとした作成資料をキュルブ先輩に見つかって強奪されたけれど。ううう、あんな中途半端なものを先輩に見られるとは。リーダーには何も言っていないことを祈るしかない。
ロッドはしばし何か言いたげな顔をして、右手のひらを上に向けて軽く腕を上げる。するとその手から炎が出て次第に形作っていく。輪郭が炎でぼやけているが、どうやらナイフを作っているようだ。だが苛立った声をあげたかと思うと、その炎を消してしまう。
「だああああ、疲れる。頭にくる」
「お世辞にも綺麗とは言い難いですね。ナイフというよりただの炎でしたよ」
ロッドが手を振っているそばでサヴェルナちゃんが口にする。
魔法の具現化は過去に何度も試みられているが、それが実用できた試しはない。魔法は吐き出した方が楽であるし、具現化する必要性があまりないからだ。形作ろうとしても、結局はただの魔法が固まっただけにしかならないし無駄に魔力を使うことにもなる。
しかし魔法はイメージだ。そしてそのイメージが固まれば具現化した魔法を日常で応用することもできる。使い勝手がいいのは武器だが、上手くいけば緊急時の梯子や土台などにも使えるはずだ。
オラは火の魔法を出して剣に具現化させる。普段ロッドが使うような剣そのもののような形になった。サヴェルナちゃんに魔法を教えるようになった同じ時期から、ロッドの剣を借りて観察させてもらっている。剣を使う者からの意見なども取り入れたいのでロッドと話をすることは益となる。剣だけでなく、槍やら斧なども持ってきてくれるのだから、例え借りることはできなくても有り難い。
オラの魔法に感嘆の声をあげる2人。それに照れつつロッドに手を出すよう指示した。そして差し出された手にその剣を渡そうとして、ロッドに慌てて拒否られた。
「俺の手を火傷させる気か」
「火傷しねぇから安心してほしいっぺ。それに万が一火傷してもオメーは治せるっぺが」
そして今度こそロッドの手にその火の剣を渡した。
普通自分の魔力で出した魔法は自分以外は燃やしてしまう。だがこの剣は火傷することのない温度にまで下げている。
ロッドがオラたちを遠ざけ、机もどけて剣を軽く振る。
「軽すぎるな」
「でもそれを重くしようとすると、今度は温度が高くなって他者には使えなくなるっぺ」
「他人の使った魔法の剣を振るってのが変な感じだな。でもこれはこれでいいんじゃねぇの? 軽すぎる剣はそれだけ壊れやすいが、これは魔法でできてるから壊れないだろ」
「普通の剣や槍には強いっぺが、その代わり魔法相手には弱すぎるっぺよ」
そう言って小さな水魔法を剣にかけると、ロッドの手の中ですぐに消えてしまう。
これではまったくもって使えない。他の魔法と組み合わせるか、部分的に温度を上げるか。まだまだ改善の余地がある。
それにわざわざ騎士から武器を直接見て触れる機会なんて中々ないのだから、もっと本物に近づけたいという気持ちもある。
「こんなんでリーダーに見せたら赤っ恥っぺ。ただでさえ魔法の具現化なんて散々やってきたことをやるっぺから、もっと詰めていかないとリーダーに呆れられるっぺ。ロッド、後ででいいからもう一度剣を貸してほしいっぺ」
「それはいいけどよ。ーーーーってかさ、お前がそんなに言うほどリーダーってやつは尊敬に値するやつなのかよ」
「当然っぺよ」
速攻で答えたオラにロッドだけでなくサヴェルナちゃんまで複雑そうな顔をしていた。オラがその反応に首を傾げると、ロッドが言いづらそうに口を開く。
「俺たちからすると、お前のリーダーってやつの印象が良くねぇからさ」
「どうしてもクウガさんを連れて行った人って印象が強すぎて」
ロッドだけでなく、サヴェルナちゃんも続けて言った。
そういえばクウガのやつはリーダーに連れられて来たんだったっけ。初めてクウガに会ったときは男が性的対象っていう変態、あるいは勇者であることをいいことにサヴェルナちゃんに近づこうとした不埒な野郎という印象が強かった。意外にも話してみたら悪い奴ではなかったが、だが今でも本当はサヴェルナちゃんに惚れてないか心配になることがある。
「クウガさん、あの魔導師の人に酷い扱いとか受けてませんよね」
「・・・・・・ああ、大丈夫です。基本は研究がメインなので、彼を傷つけるようなことはしていませんよ」
心の傷はついてるかもしれないが。
サヴェルナちゃんにそんなこと言えるわけがなく、それっぽいことを言ってあげた。でも事実だしね。全部正直に言ってないだけで。
リーダー自らクウガのチンコをくわえて精液出させてるなんて言えるか。それから最近は2人の父親やら上司やらとセックスさせようとしていたなんてもっと言えるか。
「リーダーは端から見ると変な人で、実際に会うとやっぱり変な人かもしれなくて、そばにいると奇妙なことしているときがありますが」
「待て待て待て。本当に大丈夫なのか。全部変人としか言ってねぇぞ」
まぁ、変な人なのは認めます。魔導師のほとんどが良く言って個性的、悪く言わなくても変人だ。余所が魔導師の悪口を言っているのを聞くときはあるが「間違ってはいない」と怒りよりも納得する方が強い。
でも変な人だから、嫌いってわけではないのだ。
「リーダーは恩人で、リーダーがいなかったら魔導師にはなれなかった。貴族の後ろ盾もない人が魔導師になれることなんて稀だから」
「シャンケって街出身だったのか? 方言が抜け切れないところを見れば、確かにそうかもしれないが」
「そうっぺよ。魔法に憧れてて、でも魔導師になるのは諦めてて。でもリーダーがいてくれたから、なりたかった職につけた」
だというのに、オラはリーダーに怯えていた。魔導師長の次に偉い人だったから、どう接すればいいかわからなかった。ヘマをして魔導師をやめさせられるわけにはいかないから、極力無駄口を叩かないようにした。付きまとって邪魔だと思われたくなかった。
でもリーダーと酔ったクウガとの会話を聞いて(聞いたのは最後の方だけだったので、それまで何を話していたのかはわからなかったが)、リーダーが誰にも好かれていないって勘違いしていたことを知った。好きになるやつはいないって言った。
そんなことないのだ。少なくともオラはずっと感謝してて尊敬してて、隣に並ぶことはできなくても手助けできるようになりたいと思っているのだ。魔導師になって今に至るまでそれは変わらない。
「リーダーは凄い人で、尊敬してて、オラの憧れで。何よりあの人には感謝しかないっぺ。何があってもオラはあの人に着いていくって決めてるっぺ」
思わず顔がにやけてしまう。
好意を口に出すようになってからリーダーに怒られることが増えたけど、それでも良かった。勘違いされることの方が辛かった。
クウガがきっかけでそれに気づかされたのは悔しいが、でも怯えていただけの自分じゃ気づかないままだった。クウガがきっかけなのはリーダーのことだけじゃない。目の前にいる2人と会うことも話すこともなかった。好きな女の子と会話できるとは思わなかったし、騎士から武器を借りてそれを研究することになるとは思わなかった。そういう意味ではクウガにも感謝している。あいつには面と向かって言う気はないけれど。
「あー、そういやどっかでノーマリル出身の代筆屋の夫婦がいたっけか。見回りの管轄外だから詳しく覚えてないが」
「親とは緊急時にならない限り、立派になるまで帰らないって決めてるっぺ。だから研鑽するためにもリーダーのそばで学ばせてもらうっぺ」
口に出すことで改めて決意を固める。
そんなオラを見て、ロッドは頭をかいて「あー・・・・・・」と照れながらそっぽ向いた。
「俺も気持ちわかるわ。俺も隊長に憧れて騎士になったしな。魔物と戦って帰還した姿見て、かっこいいって思った。それから騎士になるって言って親と大喧嘩だ。回復魔法使えるから親は神官にさせたくてさ。亡くなったこの店の親父さんに説得してもらってなんとか騎士になれた」
ロッドは両手を強く握る。
「貴族なのにひけらかさず、実力を持った姿を見てさらに憧れた。クウガ関連で『おいおい』って思うときもあるが、それでも隊長が1番俺にとっての最強の男だ。シャンケと違って、いつか絶対にあの人を超えてやろうって思ってるけどな」
そして歯を見せて好戦的に笑っていた。
オラとロッドにつられるかのように、サヴェルナちゃんも口を開く。
「私はーー、2人と違ってお父さんのこと怖いとしか思ってませんでした」
でもその表情は少し暗い。
「両親が神官だから自分も神官になるのは当然でした。お父さんのことは凄いと思いつつ、怖くもあったんです。小さい頃からお父さんには近寄ろうともしなかったですし、話しかけることもできなかった」
そこまで言うと、サヴェルナちゃんは深く息を吐いて思いっきり笑った。
「なのにクウガさんと接したお父さんが面白くて親近感が湧いたんです。死んだお母さんのことも大好きだから申し訳ないけど、今のお父さんの方が好きなんです。意地っ張りでめんどくさくて、素直になれないお父さんが好きなんです。だからお父さんとクウガさんのこと応援しちゃうんですよ。クウガさんと私は運命共同体みたいなものなのでなおさら」
サヴェルナちゃんの笑顔に心臓が死ぬかと思ったが、最後の言葉に引っかかりを覚えた。
「運命共同体?」
「はい。私がクウガさんを呼んだので、私たち命が繋がってるんですよ。つまりどっちかが死んだら両方死んじゃいます」
・・・・・・おい、クウガ。聞いてねぇっぺよ。後で説明してもらうからな。
「おい、それ俺も初耳だぞ。あ、でも言われてみりゃ前の勇者のとき・・・・・・あっ」
ロッドも驚いて口を開くが、途中で慌てて言葉を止める。
そういえばそうだった。前の勇者は召還した女性、サヴェルナちゃんの母親が自殺したことで死んだのだ。おそらくロッドもそれを思い出したのだろう。
しかしサヴェルナちゃんは「事実ですから」と苦笑する。
「別に隠していることでもないですし。でも命が繋がっている男女とか物語みたいですよね。もしクウガさんが普通に女の人が好きだったら、クウガさんが運命の人だったかもしれませんね。なんて、ふふふ」
可愛らしく冗談めかして笑うサヴェルナちゃん。
それにオラは微笑みを向けつつも心は嫉妬の炎が渦巻いていた。
クウガ、オメー本当は男じゃなくて女が恋愛対象でしたとか言ったら許さないっぺよ。もしそんなことになったら殺・・・・・・したらサヴェルナちゃんも死ぬんだった。
リ、リーダー。お願いだからクウガが心変わりしないよう引き留めていてほしいっぺ(泣)
それからはいつも通り、互いが互いの技術や知識を教え合ったのだった。
+++
そして数刻後。
無事サヴェルナちゃんを魔導師たちの住む建物へと連れてくることができ、客間へとお通しした。
ここに来るまでの道中は緊張で上手く話すことなどできず(ロッドがいない状況で2人っきりになったのは初めてだ)、でも2人っきりで歩くことができたのは幸せ以外の言葉はない。本当はもっと年上の余裕とか見せてあげたかったのだが、余裕など一切存在しなかったのだから仕方ない。
「あの、クウガさんは」
「その前にリーダーに会ってもらわないと・・・・・・」
「自分ならここにいますよ」
まるでタイミングを見計らっていたかのようにリーダーが部屋に入ってきた。リーダーはオラにいつもの笑みを向け、人数分のお茶を煎れるよう指示した。オラはそれにうなずいて客間を出る。出てすぐの場所にキュルブ先輩、ジャルザ先輩、レグロ先輩たちが揃っていた。3人ともいつもの表情ではなく、どこか真剣なそれにイヤな予感がした。
バタンッ
背後から何かが倒れるような音。オラは反射的に振り返って客間へと戻った。
そこでオラが見たのは、リーダーのそばに倒れ込むサヴェルナちゃんの姿だった。思わず悲鳴をあげようとしたが、それは背後からのどを絞め上げられてうめくことしかできなかった。オラの顔の横にはジャルザ先輩がいて、おそらく先輩の腕がオラの首を絞めているのだろう。
「シャンケ、ご苦労様でした」
「な・・・・・・んで」
「彼女の存在が邪魔なのですよ。クウガくんが死ぬためにも」
リーダーの言葉に目を見開く。
クウガが死ぬ? それはつまりサヴェルナちゃんも死ぬ?
嘘だと思いたかった。リーダーが研究対象であるクウガを研究半ばで殺すなんて考えられないからだ。なによりリーダーは認めないかもしれないが、クウガのことを気に入っていると思っていたからだ。
「そしてシャンケ。役目は終わりました。もうあなたの存在も邪魔になります」
それを聞いて、首よりも心が痛んだ。
オラの存在がリーダーにとって邪魔でしかない。突き放された事実に震えてしまう。
リーダーが手に持っていた布でオラの鼻と口を塞ぐ。香ったのは妙に甘ったるい薬草のにおい。それが何の効能だったか思い出せず、次第に体の力が抜けていった。
「苦しまず、すぐに眠れますよ」
続くリーダーの言葉に、毒薬という言葉が頭を過ぎった。確かに痛みも苦しみもない、心地よい眠りに落ちるかのような気分だった。自分は死ぬのかと理解したのに、その心地よさからのせいか悲しみや怒りは湧いてこない。
「魔導師にならなければ、自分に見つけられなければ、こんなことにはならなかったのに」
遠のく意識の中で、リーダーの言葉をなんとか拾った。
怠くて仕方ない脳と体。それでもなんとか口を開いた。
「・・・・・・それ、でも、オラは・・・・・・あなたを、尊敬、しています」
殺されそうになってるのに馬鹿なことを言っていると思われただろう。
でも、それでもそれは本心なのだ。こんな結果になるとわかっていても、オラは魔導師になるのを止めなかっただろう。
悔やむのは、好きな子を守れなかったこと。そしてあいつに渡したまとめの資料、もっと丁寧に作ってやればよかったということ。
思っていたよりも、オラは3人で集まることが楽しかったようだ。
意識が、落ちた。
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