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アトラン 執着心を知る

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 それを言われたのは、クウガくんの責任者となってまだ日が浅い頃のことでした。



「アトランは勇者をどのように見ている」

 勇者の報告を城に提出した帰り道。
 呼び止めた自分にそう問うたのは魔術師長でした。

「どのように、とは? 自分の見解は既に説明している通りです。魔術師長もご覧になっていると思ってましたが」
「深い意味などない。アトランの口から聞いておこうと思ったまでじゃ」

 眼光鋭いその双眸は、未だ現役であることの証たるもの。
 ですがその瞳に動じることなどなく、自分はただ報告するのみ。

「反抗心など抱く様子もなく、随分とおとなしいものですよ。あれは元々戦いなど縁のない人間だったのでしょう。前の勇者とは真逆の素直でお人好しな、どこにでもいる平凡な少年ですよ」
「そうか。だが妙なことをしでかすかもしれん。決して気を許すな」

 ここまでこの方が念を押すのは珍しいことかもしれません。基本的に放任主義といいますか、ご自身に被害がない限りは決して他人の研究に関わろうとはしない方です。かくいう自分も、この方の方針と同じことをしておりますが。
 だというのに何故このように気にされるのか。心当たりならありました。

「勇者に絆されたサッヴァ先輩のようにですか?」
「ーーあやつのことなど言っておらぬ。だが勇者に関わった者は皆等しく、勇者を擁護する立場となる。あやつだけではなく、公爵家の次男である騎士、前勇者の被害者の家族である狩人の男、そして前勇者を憎悪する街の者たち。街の平民たちはまだ勇者の存在を悪とする者たちがいるが、それにしても勇者へのわだかまりが溶けるにしては早すぎる。能力を使って懐柔したのかもしれん」

 それをわかっているからこそ、彼との研究の際にはシャンケを含めているのです。彼の能力はまだ解明しきれていませんが、わかっているのは視線を合わせて命令しなくてはならないということ。シャンケに強く言いつけているのは、決してクウガくんのの視界に自分とシャンケの2人ともが入らないようにというもの。もし彼が逃げるために命令しても、もう1人が対応し彼を拘束すればいい。
 といってもシャンケは彼と必要最低限視界を合わせようとしておりませんが。


「アトラン。もしお前までが勇者に絆されたとなったら、それは確実に勇者が何らかの行動を起こしたものと考える。それは勇者が意識してなのか無意識なのかは関係なく、その能力が危険因子であることは間違いない」


 魔術師長はどうやらそれを言うためだけに、自分のもとへと訪れたようです。
 そのことに心中で馬鹿馬鹿しいとつぶやきました。


 好きだとか、愛だとか、そんなくだらないものに流されるわけがないと。
 ですが彼の能力だけは、自分にとっては魅力的だである。

 ただそれだけなのです。


+++
 

 自室にて眉間に指を当て、ため息をこぼしました。

「何故、彼に教えてしまったのか」

 クウガくんに残された時間がもうないということを。
 下手をすれば力尽くで逃げ出してしまう危険性があるというのに。

 いや、おそらく彼が逃げ出すことはないでしょう。
 彼は頭が切れるというわけではありませんが、馬鹿でもない。ここから抜け出すことがどれだけ難関であることもわかっているはずです。
 もし逃げ出すのならば、彼1人ではなく協力者が必要となります。ですが今からそれを探すことは不可能。もうクウガくんと親しい3人を引き合わせることはできません。唯一彼のそばにいるココという魔物の子がおりますが、あれは男性にのみ能力が使えるというもの。数年前よりも減ったとはいえ女の魔導師もおります。

 彼は逃げられない。つまり死ぬことは決定づけられています。
 だからそれに同情してしまった。ただそれだけのこと。


『もしお前までが勇者に絆されたとなったらーーーー』

 いつかの魔術師長の言葉が頭を過ぎりました。
 同情している時点で、あのとき魔術師長が恐れていたことが起きている。

「古代の魔法を使える者というのは、今後出てくるとは限りませんので」

 誰に聞かれたわけでもないのですが、つぶやいてしまう。
 自分でも言い訳じみていることは自覚しています。ですが、どうにも納得がいきません。



 クウガくんの能力を調べたものをまとめた資料に目を通しました。これを作ったのはシャンケで、誰が見てもわかりやすいようにできています。最近は街で何かしているようですが、やるべきことはやっていますので特に何かを言うわけではありません。
 その資料をめくりながら、過去の研究を思い返すと同時に今後やりたいことがいくつも溢れ出てきます。ですが今からそれをするには時間が足りません。

 そして能力とは別に、男同士の性交により生じる魔力上昇の程度も調べておきたかった。おいそれと報告できる内容ではありませんが、これは上手くいけば今後魔力の枯渇問題が起きた際の非常手段として使えるかもしれないのです。
 彼の望みと、自分の探求心。それが合致したからこそ、他人を巻き込んで彼にセックスさせるようし向けました。神殿に赴きサッヴァ先輩と会話したときはクウガくんに話したようなことは計画されておらず、クウガくんの有用性を示すことができればと考えました。今後彼にとって都合が悪いことが起きたとしても、その身に問題はないと。
 結局は何の成果もあげることなど出来なかったのですが。

 しかし今更言ってもどうしようもありません。
 それどころか自分が余計なことを言い出してしまえば、自分までクウガくんを援護したように思われてしまいます。所詮自分が出来ることと言えば、限られた時間内で研究をするだけです。





 ふと扉の向こうからノックの音が聞こえました。

「リーダー、キュルブです。入っても?」

 その声に了承の意で返すと、キュルブが中へと入ってきました。
 彼はおそらく自分の次に魔術師長に近い人間であると思われます。自分としては別にこだわる地位ではありませんので譲っていいのですが、彼が頑なにそれを拒否するのですから仕方ありません。
 魔導師を目指す者の半数以上が権力目当てで入りますが、最終的に残り続けることができるのは研究を苦としない者がほとんどです。若い女性に限っては魔導師という肩書きを手に入れて貴族との繋がりを目的としている子もおりますが。貴族は魔力の高い子を欲しているので、それで目をつけてもらい見初めてもらえればいいのです。
 もちろん自分もキュルブも研究が第一であり、それ以外にはあまり興味がありません。キュルブと行動を共にする2人も似たようなものです。おそらくキュルブが昇格しようとしないのも、研究以外のことをするのを嫌がっているからでしょう。

「これ、とりあえず前回言われたことを訂正してまとめました」

 そう言って彼が手渡したのは、以前再提出を指示した研究資料。それを受け取り目を通すが、数枚めくってすぐに彼に返しました。

「雑。そして説明が抽象的すぎます。何より字が汚すぎて最後まで読もうという気になりません」
「酷いなぁ。ジャルザやレグロよりはマシでしょう」
「比べる相手が違います。それにあの2人の場合は代筆屋を頼んでいるので、むしろ字だけは綺麗ですよ」

 そう言えばキュルブは肩をすくめ、突き返した資料を受け取りました。

「最近シャンケが捕まりにくくなりましてね。いいですよね、上司リーダーは。有能な部下も優先して使えますし」
「そんなに言うならば、いつでも地位を交換いたしますよ」
「いえ。謹んで辞退いたします」

 シャンケの両親は聞いたところ代筆屋だということです。さらに言えば父親はノーマリル出身ということもあり翻訳家も担っているそう。街に住む平民のため秘密主義である公文書などは扱えませんが、仕事が丁寧であるため王都に呼ばれることもなくはありませんでした。シャンケを見かけたのも、両親の仕事についてきていたはずです。
 両親の才能を受け継いでいるシャンケは、魔導師内でもその力を発揮しています。わざわざ遠くから代筆屋を頼むよりも近場のシャンケに頼んだ方が手間も時間もかからないからです。当然無償ではなく相応の報酬も支払っているようですが。

「シャンケもとうとう研究する内容を決めたようですよ。リーダーは内容をご存じで?」

 キュルブの言葉に、自分は無言でその先を促しました。
 おそらくキュルブは知っているのでしょう。おそらく自分に一切の報告がないのは、まだ正式に決める踏ん切りがついていないのでしょう。

「魔法による物質の具現化。手始めとして武器から始めているそうですよ」

 キュルブの発言に思わず眉をひそめます。それは過去に何度もやりつくされたものだからです。誰でも出来るわけではありませんが、まったく出来ないわけではありません。今更何故それに手をつけようと思ったのか。

「僕も最初は何故それをと思いましたが、シャンケは想像以上に器用な男でしたよ。魔法のイメージが細部までよく出来ています。仮の形として作成された資料も見やすくわかりやすい。そして実際に魔法で具現化した武器も見ましたが、あの美しさは芸術の領域でしたよ。本当の芸術は僕には理解出来ませんのであくまで魔法を使う者としての見方であり、普通の人からすれば切れ味の良さそうなただの刃物でしょうが」
「それで実際の切れ味は?」
「もちろん普通の武器と遜色ありません。鈍なんかよりも使えますよ。言っておきますが風魔法は使用していませんよ。火か水のみです。本来なら燃やしてしまったり濡れてしまうであろう紙が綺麗に切れているんですよ」

 それを聞いて思わず顎に手を当てて考えてしまいました。
 具現化があまり浸透しないのは、そのイメージが上手く出来ていないに他なりません。
 魔法はイメージだと簡単に言ってしまいますが、本来は魔力を吐き出したりして使うのではなく、細かな意識が必要なのです。この辺が魔導師と神官の大きな違いとなります。神官は基本的に回復魔法を瞬時に使えることが必須であり、細かな魔力調節よりも迅速に治してしまうことが重要視されています。ですが基本の4つの魔法を土台としたほとんどの魔法で回復魔法と似たように行うとすぐに魔力が枯渇してしまうことになるのです。
 具現化に話を戻します。つまり魔法で物を形作るというのは誰もが出来ることであり、同時にそのほとんどが意味のないものを作り出してしまいます。具現化しようとする物の細部まで頭の中で想像する必要があります。ですが実際はどこか抜けている部分や思い違いをしている部分があって形が崩れたり、外の殻のみを作って中に魔力のない空洞のものが出来たりするものなのです。
 ですがキュルブが言うには、それらの問題がすべて解決されているということになります。

「わかりました。シャンケにはそのままそれを続けてもらいましょう。ですので今後彼の邪魔をしないよう魔導師たちに伝えておいてください」
「了解しました。ところでリーダーの研究はいかがですか?」

 キュルブの視線の先は、自分がさっきまで目を通していたクウガくんの資料です。
 自分は首を横に振ることで、返事をいたしました。

「やりたいことが山のようにありますが、どうにも時間が無さすぎます」
「それなら寝る間もおしんで、研究してしまえばいいじゃないですか」
「彼の能力は命令による洗脳。魔法と同じようにイメージによってその能力の質も変わってきます。疲労で頭が働かなければ良いデータはとれません」
「なるほど、そうでしたか。僕はてっきりリーダーが彼のことを好いていて甘やかしているものだと勘違いしていました」

 キュルブの言葉に、にっこりと微笑みで返しました。
 大抵の人間ならばこの笑顔に黙り込むのですが、この男には効果はないようです。

「彼が来てからリーダーの様子が随分変わりましたよね。彼はそんなに面白いのですか?」
「面白いか面白くないかと尋ねるのならば、間違いなく面白いですよ。あくまで彼ではなく彼の能力と情欲に関してはですが。好いてなどいませんよ」
「別に照れなくていいじゃないですか。世の中愛ですよ、愛」
「異常性癖者が愛を語りますか」
「異常かそうでないかは他者がどう思うかなだけです。心配せずとも不倫として捕まるヘマはしませんよ。僕は僕が思う愛を貫いているだけですから」

 魔導師は変人が多い。騎士や神官にそう揶揄されますが、間違っているわけではありません。常識に囚われていては新たな発見は生み出されないからです。
 特にこのキュルブという男の性癖は、ある意味クウガくん以上の異常者と呼んでも良いでしょう。むしろ彼が男が好きということを初めて聞いたときは「あぁ、そういう性癖もあるのですね」と新鮮さを感じただけですから。

「夫の子を身ごもった女を好んで抱く男でも、愛はあるのですね」
「もちろんありますよ。夫の所有物で愛の結晶と呼べる子を体内に宿す女性は美しいですから。夫婦仲を壊したいわけではなく、彼女の膨らんだ愛の固まりと共に愛し合いたいだけ。もちろん衛生面には気をつけますし、欲望を吐き出したいのではなく愛情を分かち合いたいだけですので女性に無茶はさせていません」
「説明は結構です。キュルブの話を聞いていると、クウガくんがまともに思えますよ。彼は自身の性癖に悩み、倫理観から外れることを酷く嫌いますから。ですがその生きづらさを見ていると愛やら恋やらが馬鹿馬鹿しく見えますね。かと言ってキュルブや前の勇者のように自分の欲に忠実なのも、気分の良いものではありませんが」
「僕と前の勇者を同類にしないでくださいよ。僕は互いに愛し愛されて、かつ女性が夫から与えられた愛情をお裾分けしてもらいたいだけなのですから。前勇者は相手からの気持ちはどうでもいい、いわゆる愛という名の暴力ですよ。まったくの別物です」

 心外だと、キュルブは憤ります。
 だが自分にとってはさして違いはないように見えてしまうのです。というよりも、恋やら愛やら好きやらを語る理由がわかりません。貴族相手に種を与えていることもあるからか、そもそも恋愛などまやかしだと考えています。
 無い物を求めようとする意味が見いだせないのです。


『アトランさんは、何に怯えているんですか?』


 いつだったかクウガくんに言われたことを思いだし、こめかみの辺りが痛み出しました。しかしそれを表情に出すことはありません。

「言っておきますがキュルブ。自分がもし魔術師長になったならば、貴族の種馬の役目はあなたですよ」
「それなんですが、別にリーダーがそのまま続けても構わないと思いますが。魔術師長だって、リーダーが成長するまでは続けていたんでしょう。サッヴァ元魔導師はそういうこと一切なさらなかったようですし」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「睨まれても話の流れからして名前を出さないようにするのは無理ですよ。それとも『憧れの彼の人』とでも濁しましょうか?」

 キュルブは返した書類で口元を隠しながら苦言しました。
 サッヴァ先輩と関わりのない者から、彼の名が口にされると苛立ってしまうのは昔からの癖です。
 そう自分の失言からサッヴァ先輩が魔導師でなくなってしまったあの日から。



 両親に捨てられる形で魔導師となり、そこで魔術師長が血の繋がった父親と知る。だが子供ながらにそれは口にしてはならないことだと理解していた。
 だからこそあの魔術師長が拾って父親代わりとして育てられたサッヴァ先輩が子供の頃は、羨ましくもあり憎らしくもあり、しかしそれ以上にそんな人と近くで働けることが嬉しかった。あの人のそばから離れる日はなかった。そのことはサッヴァ先輩にとって苛立ちだということもわかっていて、あえて近づき彼の怒りが爆発する寸前までからかい続けていた。

 彼をからかって楽しいのは今もですが。

 だから彼がいなくなってからつまらなかったのです。残ったのは喪失感のみ。
 誰も彼も自分を捨てるというのなら、最初からいらないのです。




「では、僕はそろそろお暇します」

 空気が重くなったことで、キュルブはこの場から逃げるためそう口にしました。
 ですがもう一度、クウガくんの資料を見てニヤリと笑いました。

「ですがその前に話を戻しますけど。僕と前勇者カイトの愛や好きは違います。つまり人それぞれによって愛や恋や好きの感じ方は違うのだと思いますよ。リーダーが愛やら恋やらの理由がわからないというのは、それらを綺麗なものだったり次元の違うものとして捉えすぎなんじゃないですか? 確かにリーダーのそばにいた人たちがサッヴァ元魔導師だったり、魔術師長や俺を含む魔導師だったり、逆に純粋すぎるシャンケや今の勇者だったりしますので、そう思われてもおかしくないですが。僕はリーダーのそれらは、そんなキラキラ輝いたものではないと思うんです」
「では、何だと?」


「執着心。これほどリーダーの恋やら愛やらを表現する言葉はないんじゃないですか」


 そう言い捨てて、キュルブは頭を下げて退出しました。
 キュルブの言い残したことを反芻し、顔を手で覆いました。

 執着心ですか。なんとも綺麗とはほど遠い濁った感情であるのでしょう。
 サッヴァ先輩たちがクウガくんに抱くようなものとはまるっきり違う、なんとも醜い感情でしょうか。

「なんて、馬鹿なことがあるわけがないでしょう」

 そうだとしたら自分はクウガくんの能力に一目惚れしたことになります。それも間違いではありませんが。執着しているのは彼の能力や精液による魔力の増加についてであり、彼そのものに執着はーーーー。


『好きになっちゃうんじゃないですかね。アトランさんのこと』


 真っ直ぐな瞳で言われたことが、頭を過ぎりました。
 まさか自分にあんな純粋な目で好意を向けられる日が来ようとはーーーー。

『リーダー、リーダー! オラ、尊敬しているっぺよ! 一生着いていくっぺよ!』

 ・・・・・・いや、あれは別枠です。そもそもシャンケがあそこまで直接口に出すようになったのも、酔ったクウガくんとの会話を聞いてしまってからですが。それまではオドオドして怖がっていましたし。それにシャンケの場合は自分のおかげで魔導師になれたようなものなので、多少は仕方ないですが。


『アトランさんのこと嫌いじゃないです。だからもし抱いたら、確実にそういう好きになっちゃうかもしれないんです。男の俺が、本気で好きになっちゃうんです』

 しかしあの発言の後に何故か嫌悪感を抱けなかった。それどころか行為を続けようと試みてしまった。それが示すことということはつまり、そういうことに他ならないということでしょうか。
 いえ、そう結論づけてしまうのは尚早過ぎるでしょう。ですが彼に残されている時間はほとんどないと言っていい。

 一研究者として、このまま何もかもが有耶無耶になったまま終わらせるのは癪に障ります。彼の死期を延ばす良い方法はないものでしょうか。




 それにしても自分の恋愛=執着心ですか。言い得て妙ですね。

「ふふふ・・・・・・」

 思わず笑い声がこぼれました。まさしく自分らしいと思ったからです。
 綺麗やら尊いとはほど遠い、醜く汚らしくどす黒い感情でしょう。

 愛やら恋やらは信じられませんが、確かにそれはじぶんらしい。



+++

 翌日となりましたが、結局良い案が浮かぶわけでもありません。
 そもそもの問題として陛下の許可を得ていることであるため、それを覆すことは不可能と言って良いでしょう。ならばクウガくんを途中で逃がすことが出来れば良いのですがそれも難しい。おそらく騎士団団長が出張ってくるであろうことが予想されます。直接殺すことはないであろうが、おそらく逃がすことはしないでしょう。火魔法だけは高い水準を持つあの男ならば火事として処理し、建物内から誰も出せなくさせれば良いだけですから。
 そうなるとクウガくんは捕らえられた時点で死ぬことが確定したといえます。しかし互いの国も戦争を起こそうと躍起しているのですから、それを阻止することは不可能です。さらに下手に自分が介入すれば周囲に、特に魔術師長に感づかれるでしょう。

 捕まった後、クウガくんが自力で誰にも見つからないよう脱出しなければならない。
 ですがそれこそ無謀としか言い様がありません。彼の能力は特殊で希有なものではありますが対策さえとれれば怖いものではなく、また彼の魔力や戦闘力は本職と比べるまでもなく劣っています。

 やはり、どうにもならないと諦めた方が早いのでしょう。
 ですがやはりどうにも惜しい。



 彼は昨日告げられた内容を、どう思ったのか。そしてその末に与えられた選択肢のどちらを選ぶのか。
 それを知るために彼の使う部屋の前までやって来たのです。ノックをすることもなく扉を開きました。

 中を開けたらクウガくんはとうに逃げていた、ということもなくベッドに腰掛けていました。そして自分の姿を目に映すや、立ち上がり自分の前に移動しました。
 自分は彼と視線を合わせないよう、彼の顔ではなく足下を見つめました。このタイミングで能力をかけられるわけにはいかないからです。

 だから彼がどんな顔をしているのかはわかりません。

「それでクウガくん。どうするか決めましたか」
「はい。俺のやるべきこと、はっきりと見つけました」

 やるべきこと。クウガくんが発言した内容に違和感を覚えました。
 彼に与えた選択肢は彼の欲望を叶えるかどうか。彼が特別何かをしなくてはいけないということではないはずです。
 だというのに、その言い方はまるで彼が自分の役割を見いだしたかのように聞こえたのです。





「アトランさん。俺は必ず死ななくてはならないんですよね?」


 そのとき彼がどんな顔でそれを口にしたのか。
 自分は知ることはできませんでした。



「それなら俺はーー、死ぬことにします」
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